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夏祭りの魔法

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「ののさん、パトリックさん」
 模擬挙式の希望者も一通り式を終え、片付けをはじめようかとののも合流してきたちょうどその頃、パトリックたちの元へ訪れたのは、円・シャウラ(まどか・しゃうら)だった。
 いつもは恋人と二人でやってくる円がひとりでやってきたので、パトリックは少々驚いている。
「こんにちは。本当はパッフェルと一緒にと思ったんだけど、急な仕事入っちゃってさ」
 だが、すぐに円が事情を説明してくれたので、そういうことかと納得する。
「模擬結婚式してたんだねー、いいなー。あ、そうそう……」
 片付けのすすむ結婚式場を見ながら、円はごそごそと荷物の中からデジタルカメラを取りだした。そしてなにやらぴっぴと操作しはじめる。
「ボクとパッフェル、この前結婚したんだー。それで、今は円・シャウラ」
 カメラを操作しながらあっけらかんと告げられた報告に、パトリックとののは驚いて顔を見合わせた。
「そ、それはおめでとうございます」
「全然知らなくて……お祝い出来なくてごめんなさい」
「ううん、気にしないで。それよりほら見て、これ結婚式の写真」
 驚いているのの達に、円はデジカメを渡した。そこには、幸せそうな円とパッフェルの結婚式の写真が沢山詰まっていた。おおおと、思わずパトリックは感嘆の声を漏らす。隣で覗いているののも、うわぁと楽しそうな声を上げた。
「沢山お色直ししてね、指輪とか結構こだわったんだよ。プラチナのペアリングで、お互いの誕生石つけてんの!」
「素敵! いいなあ、どのドレスも可愛いし、やっぱりいいなぁ、結婚式」
 はしゃぐののとは対照的に、パトリックは静かに黙っている。――あまりに眼福な写真と幸せそうなのろけ話ばかりで、口を開けばボロが出そうなのだ。
 一通り、もとい延々と、ガールズトークのテンションでのろけ話が披露された後、円は不意ににっこりと笑って、ののとパトリックに正面から向かい合う。
「ここでパッフェルとデートして、距離が縮まった気がしてね。ののさんとパトリックさんは、ボクたちの恩人かもしれないって思って」
 その言葉に、うっかりパトリックの涙腺がやられた。
「……そう……言って貰えると……うれ、嬉しい、です……どうか……お幸せに……っ」
 つっかえつっかえの鼻声で、なんとか答える。初めは――いや、今だって、自分の浅はかな欲望の為の行動だったのに、こうして誰かの幸せに貢献できたのだと知らされると、感動が半分、自分の浅はかさを責めたくなる半分で、跪いて懺悔のひとつもしたい気分だ。
「今は百合園を卒業して、社会人やってるんだ。サバゲーショップやってて……あ、これうちの商品」
 だが円はそんなパトリックの胸の内など知らず、どうぞ、と可愛くラッピングされた箱をののたちに差し出す。
 ぼろぼろ泣いてしまっているパトリックに代わり、ののが受け取った。
 ちなみに、ファンシーなラッピングが施されているが、中身はエアガンである。
「ありがとうござます。今度、遊びに行くわね」
「うん、是非来てよ。……ところで前から気になってたんだけど、ののさんとパトリックさんはお付き合いしてないの?」
「おつっ……?!」
 唐突に斬り込まれ、のののよそ行き仮面が少し剥がれる。
「やだ、そんなこと無いわよ誰がこんな百合ぐる…………っととと」
 危うくパトリックの秘密を暴露しかけて、すんでの所で口を噤む。パトリックに義理立てるつもりもないが、こちらがポカをすれば同等の報復が返ってくるのは目に見えている。
「ないない、ないわよ。ねぇパト」
 ののがパトリックを振り向くと、パトリックは今だにぼろぼろ泣いていて、泣きながら力強く頷いていた。
「……なんか、そこまで力強く同意されると若干腹が立つわね……」
「……誰が、お前みたいな跳ねっ返りと……付き合うか……」
 まだ鼻声のくせに、パトリックはきっぱりと否定する。その掛け合い具合が夫婦漫才に見えるということに、多分二人は気づいて居ない。
「あれっ、違った? いやー、仲が良さそうだし、もしかしたらって思ってたんだけど、勘違いだったかな」
 予想外の否定に驚いた様子の円だったが、特にそれ以上追究してくることもない。
「じゃあ、ボクはそろそろお暇するね。今日はお誘いありがとー」
 一通りの用件を済ませた円は、ひらひらと手を振って踵を返した。

「……いい加減そのどうしようも無い顔を何とかしなさいよ」
 すっかり円の背中が見えなくなってから、ののはそれでも未だにはらはらと涙をこぼし続けるパトリックを、若干引き気味に小突いた。
「だって……あんな幸せそうに……俺達のお陰とか言われて、お前……良く平気だな……」
「そりゃ……私だって感動したし、ちょっとは泣きそうだったけど……号泣してるアンタみてたら冷静になったっていうか」
 とりあえず顔を洗ってきなさい、とパトリックに命じて、ののは引き続き模擬結婚式の会場の片付けを進める。
 パトリックが立ち去ったあと、ちょっとだけ泣いたのは、ののだけの秘密だ。



 浴衣姿の美女が二人、祭の会場で楽しんで居た。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のふたりだ。
 セレンフィリティは薄い藤色地に花柄の浴衣で、髪もいつものツインテールではなく一つにまとめてアップにしている。普段の格好からは想像も付かないほど、シックで大人っぽい仕上がりだ。
 一方のセレアナは、シンプルな紺色の浴衣。柄がない分素材の良さで勝負している逸品だ。ショートにした髪と緩やかに抜かれた襟から覗くうなじが、また格別の色気を匂わせている。
 黙って立っていれば、行き交う人も足を止める程の美人が二人――――なのだが。
「どうだ、教導団仕込みの射撃の腕!」
 射的コーナーでコルク銃を得意げに構え、ばんばん景品を落としまくっているその様子では(別の意味で足を止める人は続出だが)、全て台無しである。
 そんなセレンフィリティの様子を呆れ気味に見て居るセレアナの手には、先ほどセレンフィリティが買い込んだ大量の食物が握られていて、こちらも大分残念な状態。
「ちょっとセレン、そんなに落としても持ちきれないわよ……全く」
「あら、それもそうね……そうだ、あのエコバッグ落とせば良いのよ!」
 セレアナから苦情を受けても、セレンフィリティが大人しくなる様子はまるでない。
 それどころかコルク玉を追加して、景品に並んで居たエコバッグを見事にゲットする始末。
「……まあ、荷物の心配は無くなったけどね……」
 セレンフィリティが取ったエコバッグに荷物を移しながら、セレアナは盛大にため息を吐いた。自分で持ちなさい、と射的を終えて満足したセレンフィリティに荷物を渡す。
「……あら、金魚すくいもあるのね」
 と、セレアナが金魚すくいの屋台で足を止めた。
「金魚すくい? あたしに勝てるのかしら?」
「……負けないわよ?」
 二人の視線が火花を散らす。
 かくして、金魚すくい対決が催されることとなった。
 二人は小銭を店主に渡し、ポイとお椀とを装備する。
「制限時間なし、穴が開いても良いけどフチを使って救うのはなし。オーケー?」
「良いわよ」
 ルールを確認して、よういドンで掬い始める。
 二人ともさすがは軍人というかなんというか、気配を消し、魚の群れにそっと(ポイを持った手で)忍び寄り、相手が油断したところをすかさず引き上げことで、確実に金魚をすくっていく。
 だが、冷静でコンパクトな動きで着実に一匹ずつ救うセレアナに対し、豪快で派手な動きで、隙あらば二匹同時獲りも狙うセレンフィリティ。ポイが破れるのはどうしたって、セレンフィリティの方が早かった。
「あー」
 二匹を同時に狙い、ポイの真ん中に大きな穴を開けてしまった。セレンフィリティの落胆の声が響く。
 一方のセレアナは、現時点ではセレンフィリティより救った数は少ないものの、ポイへのダメージは小さい。
 そのままコンスタントにペースを落とさず救っていき、あっという間にセレンフィリティの救った数を抜いてしまった。
「私の勝ち、ね」
 ふ、と勝ち誇ったように笑うセレアナに、セレンフィリティはがっかりと肩を落とすのだった。

 そんなことをして遊んでいるうち、日はすっかり森の向こうへ沈んでいき、屋台もお開きの時間となった。

「花火のご用意がありますから、最後まで楽しんで行ってくださいね」
 ののがアナウンスをするが、そうは言っても良い時間だ。ちらほらと帰途に着く人々も出始める。
 そして少し人口密度の減った庭では、家庭用花火によるささやかな花火大会が始まった。

「……綺麗ね」
 色とりどりの花火が、夜の庭を染めている。
 その中でセレンフィリティ達は静かに、線香花火を楽しんで居た。
 しゅしゅしゅと独特の音を立ててはじける繊細な炎は、僅かな振動でもぽとりと落ちてしまう。
 そんな姿にふと、セレンフィリティは自分達の姿を重ねる。
 軍人という道を選んだ以上、いつ死ぬか解らない――「死が二人を分かつ」かもしれない。
 だからこそ、こうやって四季折々の一瞬一瞬を大切にしていきたい、そう思うのだ。
「……」
 そんなセレンフィリティの横顔を、セレアナは黙って見詰めている。
 考えて居ることが解るからこそ、そっとしておくことしか、できない。
「ねえセレアナ、今夜はここに泊まるわよ。……思い切り、愛し合いましょ」
「……ええ。そうね」
 そう言うとセレアナは、パートナーの肩にこつんと頭を預けた。
 こうして一緒に居られる時間を、慈しむように。