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 Episode24.家族のとある夜の話


 日中の遠雷は、日が沈んでから随分と近づいていた。今日は夜通し雷雨となりそうだ。
 それが人の野生を呼び覚ます、というわけではないのだが、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は何となく、今夜は妻シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)と愛し合いたい気分になった。
 結婚以来、勿論ベッドは同じだが、最近は忙しくもあり、そういう雰囲気にはなっていなかった。
 シルフィアは、アルクラントの誘いに少し笑って、「はいはい、まあ最近ちょっとご無沙汰だったし……」と了承した。
「ふふ、ちゃんとムード出してね?」

 夜も更け、雷雨は更に強くなった。アルクラントには好都合といったところだ。
 これなら、少しくらい声が大きくても大丈夫そうだ。
 同居人が多いと、そういうことにも気を遣う。

「夏の終わりに、雷も張り切っているようだな」
 長いキスの後、唇を離して、そう言ったアルクラントに、彼の下に横たわるシルフィアは笑った。
「アル君も、」
「それはそうさ」
 くすくす笑って、額を寄せ、シルフィアの夜着の中に手を滑らせた時、ノック音がした。
「?」
 これからという時に入った横槍に、がくりとしつつも、ベッドを降りる。
 ドアの向こうにいたのは、カスパール・ジェニアス(かすぱーる・じぇにあす)だった。
「カスパール? どうかしたのかい?」
 こんな時間に起きてくるなんて珍しい。
 問うと、カスパールは怯えた表情でアルクラントを見上げる。
「あ、あのね……め、さめちゃった……。はいっても、いい?」
 アルクラントは、すぐに察した。
「そうか……雷、怖いよな」
 カスパールの精神年齢は今、幼い子供だ。この轟音と光、それを伴う雨音は、きっと恐怖だろう。
「ち、ちがうよ、こわくなんて……きゃあっ!」
 ドォン! と鳴り、バリバリバリ! と鼓膜をかき混ぜる嫌な音に、カスパールは思わずアルクラントにしがみつく。
 どうしたものかと思っていると、シルフィアがベッドを降りた。
「そうねぇ、暫く収まりそうにないし……待ってて、部屋から枕を持ってきてあげる。
 一緒に寝ましょ」
「いいの?」
 アルクラントの腕の中で、カスパールの強張っていた力がほっと抜けた。
 え、それってつまり、お預けということか?
 一瞬、絶望的な表情を見せたアルクラントに、シルフィアがごめんねと苦笑している。
 だが、仕方ないと諦めた。
 カスパールは、自分達の大切な子供だ。
 残念ではあるけど。
 残念ではあるけど。

「ほら、真ん中においで、カスパール」
 戻って来たシルフィアが、枕を二つの枕の間に置く。
 カスパールはいそいそとベッドに潜った。
「えへへ、いっしょにねれるなら、かみなりもいいかも」
 くすくす笑っているカスパールに、アルクラントは苦笑する。
「現金だな」
「眠るまで、何かお話してあげようか」
「おはなし?」
「そうよ。どんな話がいい?」
「えへへ、おはなし……アルとシルフィアは、いつ、であったの?」
「私達の出会い?
 誰にも話したことなかったけど……そうね、じゃあ特別に教えてあげる。私達のなれそめのお話を」
「なれそめ?」
「はじまりはじまり、ってことよ」
 出会いの話とか、少し照れるなとアルクラントは思ったが、その時のことが、シルフィア視点になるとどうなるのか、興味が沸いて、カスパールと並んで聞く体勢である。
 そんな二人にシルフィアは微笑んで、語り始めた。

 カスパールは、シルフィアの話を一生懸命に聞いていたが、話が終わる頃にはうとうとし始めた。
「カスパール、大丈夫? 眠くなったら、寝ていいのよ」
「うん……。……おもいで、たくさんね。わたしもこれから、おもいで、つくるよ……」
 すう。
「……寝たな」
 いとけない表情で眠りについたカスパールを見下ろして、アルクラントがほっと息をつく。
「ごめんね」
「いいさ、また今度」
「……こうしていると、本当に子供みたいね」
 心と体のバランスを考えれば、決していい状態ではないのだが、本当のカスパールは、こんな子だったのだろうな、とシルフィアは感じる。
 今は車椅子で移動するカスパールだが、毎日歩く練習を頑張っている。
 夕飯の時は、いつもより長く歩けたのだと、嬉しそうに報告していた。
 飛んだり跳ねたりも、きっとすぐにできるようになるだろう。
「良くなるさ。きっと平和な世界で暮らしていれば」
 だからこそ、守っていかなくては。
「おやすみ」
 二人は軽くキスを交わして、布団に潜る。

 今日は残念だったけれど、構わない。それでも自分は幸せなのだから。
 二人きりの幸せは、別の機会に、また今度。
 隣に眠る二人を見て笑み、アルクラントは目を閉じた。