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第三章
もういっちょ、屋台行列

 ニセビールとニセ白ワインを飲みながら、祭りの人の流れの中を歩く二人の女性の姿があった。
 浴衣姿の泉 小夜子(いずみ・さよこ)はニセビールを片手に、隣を歩く女性に話し掛ける。
「おいしいですわね、この見た目アルコール飲料!」
 対し、ニセ白ワインを飲んでいるスーツ姿の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は笑顔で答える。
「ええ。面白い屋台を見つけれたわ」
 ハイコドたちの店は好印象のようだ。
「でもごめんね、スーツで。間に合わせようと思ったらどうしても着替える時間が、ね」
「いえ、こちらこそ急な誘いでごめんなさい御姉様。仕事帰りでも来てくださっただけでも嬉しいですわ!」
 それにしても、と小夜子は思う。
 ――気のせいかしら。何だか昔より太……いえ、ムチムチしてますね。
「ん? どうかした? こちらをじぃーっと見て」
「あ、いえ! お肉が食べたくなったなあと」
「お肉が食べたくなった? へえ……?」
「と、特に深い意味はありませんわ! まあ、長い年月が経ちましたからね。人も変わるのでしょう」
「?」
 小夜子は慌てて視線を反らした。
「そ、そういえば御姉様。今日は残念ながらお酒は駄目なんです。そういう決まりでして」
「ああ、確かそんな話だったわね」
「はい。ですので今日は花と団子で我慢してくださいね?」
「団子っていうのはこれのことかなー?」
「きゃあ! 団子はそれの事じゃありませんわ! もう、御姉様はその辺は変わりませんわね」
「……そんなに私、変わったかしら。小夜子こそ、昔に比べて大分エロくなった気がするわ。どことは言わないけど」
「大人っぽくなったと言ってください!」
「あとほら、下着とか、そことかこことか……」
「ちょ……どこ触ってるんですか!」
「ふふふ、あら、あそこの木のそば、ちょうど誰もいないわ。あそこで花火、見物しましょうか」
「あ、いいですね! 何か食べ物も買っていきましょう!」
「そうね。あ、チョコバナナもらうわ。二本ね」
「毎度ありがとうございます!」
 そうして亜璃珠が、酒杜陽一が営むチョコバナナを、小夜子はクレープを買った。
「そこのあなた」
「はい?」
 と、小夜子は誰かに呼ばれて振り向いた。
 そこには、水仙柄の浴衣を着た女性が、地面に落ちている何かを拾った。
「財布、落としたわよ?」
「え? あ! 申し訳ありません。ありがとうございます!」
 女性は小夜子の財布についた汚れを手で払うと、微笑みながら財布を手渡した。
 小夜子は改めて礼をすると、先ほど見つけた木の下へぱたぱたと駆けて行った。

 見上げれば満天の花火。時々変わった形の花火が上がって、見る者を楽しませる。
 肩を寄り添いあって、クレープや飲み物、チョコバナナを食べながら、色とりどりの花火を楽しむ。
「昔はよくこうしていたものですね」
「そうだったかしら?」
「まあ、今はお互いに忙しい身ですからね。たまにはこういうのもいいでしょう?」
「ふふ、そうね」
 と、亜璃珠は小夜子の頭をなでる。
「たまには、こういうのもいいわね」
 亜璃珠は優しく、小夜子に向かって微笑んだ。

■■■

 この明倫館、実は穴場スポットがちらほらある。
 たとえば、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が確保した、明倫館の入り口から少し外れた場所。学園の敷地内でありながらも入口付近、屋台行列からやや外れているので、意外と見つかっていない。
 髪を結い上げた、菖蒲柄の浴衣姿のセレンフィリティは確保した場所に、買ってきたたこ焼き、リンゴ飴、焼きそば、チョコバナナ、その他屋台で購入した食べ物をシートの上に置いた。
「ふう、始まっちゃってるけど、まだまだこれからね。さすがにこうも人が多いと進むのも一苦労ね……って、あれ?」
 ふと振り返ると、すぐ後ろにいたはずのパートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿がない。
「ごめんなさいね。ちょっと引き離されちゃったわ」
 と、すぐに水仙柄の浴衣のセレアナが合流した。
「歩くの速かった?」
「いいえ、すれ違った人が財布を落としたから、拾ってあげたの。それで、ね」
「ふーん、そう?」
 からん、ころんと下駄をならし、二人は壁に背をつけて空を見上げた。
「なかなかいい場所じゃない」
 セレアナは買ってきたジュースを傾けながら言う。
「でしょ? まさかこんないい場所が空いてるなんて私も予想外だったわ。というか良く見つけたわ、私」
 と言って買ってきたたこ焼きをぱくっと頬張る。
 二人は最初から祭りを大いに満喫していた。屋台巡りで射的やら金魚すくいやらでその凄腕を発揮し、景品を大量に取得。屋台のお兄さんも思わず苦笑いするほどの腕前だった。涼しい顔で射的の銃を肩に担いで前髪を梳く姿に一部から歓声が沸いたほど。そんな相変わらずのお祭り好きな姿を、セレアナは苦笑しながら見守っていた。
 その後、盆踊りに参加してセレアナと軽く体を動かした後、屋台で食べ物を大量に買ってここにやってきた。
 そんな祭り好きなセレンフィリティは、たこ焼きの後はチョコバナナ、射的の景品のスナック菓子と、次々に食べ物を飲み込んでいく。食欲旺盛ぶりをいかんなく発揮し、せっかくの美人が少々残念な画になっているなぁとセレアナはぼんやり思う。もっとも、下品さは感じられず、実に美味しそうに食べるので見ていて微笑ましい。
 ――まあ、それも含めて彼女らしいか。
 セレアナもパートナーにならって、買ってきたフランクフルトをかじる。

 大輪小輪咲き乱れる夜空。赤、青、緑、色とりどりの光が祭りを彩っていく。
 セレンフィリティも思わず見惚れていた。綺麗だ。素直にそう思い、感動していた。
 でも、それよりも。
「…………」
 もっと綺麗なモノを、セレンフィリティは見つけた。
 花火の光に照らされて、セレアナの横顔が見える。
 花火も魅力的だが、色々な光を浴びるセレアナのほうが素直に、もっと美しいと思った。
「ん?」
 と、セレアナがそんな視線に気付いて、セレンフィリティに向いた。
 どうかしたの、と言いたげな表情に、少しどきっとする。
「や、綺麗だなぁって思ってさ」
 そして、セレンフィリティはセレアナに肩を寄せた。
「花火も……何より、あんたもさ……」
 いつまでもこうしていたい。
 そう思いながら、二人は肩をぴったり付けた。
「…………くすっ」
 セレアナは優しく微笑むと、セレンフィリティと手を繋いだ。
 ずっとこうしていたい、と強く願いながら。

 花火は、二人だけの世界となった場所も分け隔てなく、力強く光を振り撒き続けた。