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 恋心と信頼と

「蓮華の願った過去って、ここか?」
「というか、結構アバウトだったから……蓮華さん、どう……え?」
 イーシャンとシルヴァニーが向いた視線の先では金 鋭峰(じん・るいふぉん)に平謝りする董 蓮華(ただす・れんげ)の姿があった。
「済みません済みません金団長っ! まさか一緒に巻き込まれるなんて……」
「いや、董大尉のせいではないと思うが……赤の書に青の書、何故私まで運ばれたのだ」
 イーシャンとシルヴァニーも困惑を隠せない顔をするが、彼らにも原因が良く解らないらしい。
「来ちまったものは仕方ねえんだし、団長も蓮華と一緒にこの際時間旅行すりゃいいんじゃねえ?」
 至極簡単にシルヴァニーは言ってのけてしまった。
(団長と一緒に、時間旅行? あ、ちょっと嬉しい……ドキドキかも)
 鋭峰に見られないよう、密かに顔を綻ばせる蓮華であった。


 ◇   ◇   ◇


 蓮華は改めて、降り立った過去の場所が何処なのかを確かめていた。
「……ニルヴァーナの、氷壁遺跡」
 蓮華の呟きに鋭峰も表情を変えて、周りを見渡した。アルティメットクィーンによってニルヴァーナ大陸が崩落しようとした時、この場所で蓮華を始め複数の契約者達によってその落下を食い止めた場所だった。それはファーストクイーンの力もあっての事かもしれないが、行動を起こした蓮華の功績が大きいものだった事件でもあった。
「そうであったな、あの時の功績で当時の董大尉は中尉への昇進を果たしたのだった……」
 鋭峰も、どこか感慨深げに呟いた。

 最初の女王器が収められていた聖櫃からポムクルさんが作り出した勾玉――『リンク・オブ・フォーチュン』、このアイテムがニルヴァーナ大陸の落下を阻止した媒介アイテムになった。今まさに崩落しようとしていたニルヴァーナの大陸が、蓮華と彼女のパートナー、空京 たいむちゃんの祈りとエネルギーで『リンク・オブ・フォーチュン』の力を引き出し、落下を止めた瞬間が蓮華と鋭峰の目に入る。蓮華にとって、あの瞬間は無我夢中でありあの場所に居た誰もがそれぞれの役目を担っていた。欠ければ大陸の落下を止める事は叶わなかったのだ。
「こうして見てみると、もの凄い事やったのね……懐かしくもあるんですが団長とこの場面をもう一度見る事が出来たのは、恥ずかしくもあるし……でも誇らしくもあるし……」
「誇って良いであろう、董大尉はそれだけの事を成し遂げたのだ……」
「金団長……」
 教導団で見る鋭峰は団長としての厳しさが前面に出た、生粋の軍人であり司令官だが今、蓮華と共にいる鋭峰はただの「金 鋭峰」としての顔を覗かせていた。それは、蓮華に心を許し信頼を置いているからなのか、それとも――
「本当にすごい事やったよな……蓮華達。もしあのまま大陸が崩落してたら、俺達一度も目覚めないまま消滅してたかもしれねぇ……」
「全くだね……というかシルヴァニー。君、少し空気を読む事覚えた方がいいと思うよ」
 大きな事件を顧みる蓮華と鋭峰の雰囲気に水を差しそうなシルヴァニーを引っ張っていったイーシャンは、2人を遠くから見守る事にした。

 ニルヴァーナ大陸の崩落を阻止し、過去の出来事であるそれを今目の前にしている蓮華はこの時、軍人として鋭峰の信頼を得て力を示す事が出来た。
「金団長……こんな事件、そうそう起きはしないと思いますが……もしも、この先に起こる異変があった時は頼っていただけませんか? 私、団長のお力になりたいんです、支えて差し上げたいんです……」
 真っ直ぐに鋭峰を見つめる蓮華の瞳を見返す鋭峰は、彼女の言葉に自然と顔を綻ばせた。
「……異変が起こらぬ事をこそ願いたいが、永久的な平和などありはしないのかもしれぬ。だからこそ、我々のような者が必要であろう」
 今はもう誰もいなくなったニルヴァーナの氷壁遺跡が眼下に広がる場所から見下ろしていた鋭峰の言葉に蓮華は恋心を奥に仕舞いつつ、「金 鋭峰」への尊敬と誇らしさを胸に頷いたのだった。


 ◇   ◇   ◇


 多少のアクシデントはあったものの、無事に現代へ戻った蓮華と鋭峰、双子の魔道書は鋭峰の執務室に現れた。
「あ、あの……金団長、お仕事中にほんとに済みませんでした!」
 再び謝り倒す蓮華に鋭峰は「気にするな」と声をかける。
「それに、私にとってもニルヴァーナ大陸崩落を阻止する瞬間をこの目で見る事が出来たのだ……逆に礼を言わねばならんな」
 鋭峰の言葉に蓮華も安心したように笑うと、執務室を後にした。

「ところで蓮華……今度、時間旅行すんならアバウトな注文は避けてくれよ?」
「今度は未来を見てみるのもいいかもしれないね、君と団長の……さ」
 茶化す魔道書達、ロート、ブラウと新しい名を与えられた彼らの元へ蓮華が鋭峰を伴って訪れる日も、そう遠くはない事なのかもしれなかった。