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試衛館へ



 ここは空京にある試衛館の道場の一つです。新撰組の英霊たちが、久方ぶりに集まって忘年会を開いています。
「ここが試衛館ですか」
 こじんまりとした道場を見て、クロス・クロノス(くろす・くろのす)が言いました。もうすでに人が集まっているのでしょう。玄関近くには、誰かの乗ってきたらしいレッサーフォトンドラゴンがちんまりと座って餌の肉を食べていました。隣には、巨大クワガタの兼定もいます。
「ええ、そうです。遠慮なく上がってください。なにしろ、あなたは私のパートナーなのですから」
 道場の中へと、井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)がクロス・クロノスを招き入れました。
「で、何を持ってきたんですか?」
 井上源三郎が、ここぞという日のために秘蔵していた日本酒を掲げてクロス・クロノスに聞きました。
「私はこれを」
 そう言って、クロス・クロノスが、ちくわの竜田揚げと大根サラダを道場中央に用意された大きな卓の上におきました。卓の上には、すでに米利堅刺身ことタクアンが山盛りでおかれています。なんでこんな物が山盛りされているのかクロス・クロノスには分かりませんでしたが、新撰組のメンバーはそれを見てしたり顔をしています。
「俺の肴も見てほしいな。見てください、本当に魚です」
 沖田 総司(おきた・そうじ)が、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と共に釣ってきた魚を塩焼きにした物を並べて自慢しました。風祭優斗は今日は来ていませんが、二人で釣ったおかげでたっぷりの魚が釣れています。
 はてさて、量はたっぷりなのですが、どこをどう回って釣ってきたのか、魚の種類はてんでまちまちで、大きさも揃っていません。アユやイワナなどがあると思えば、コイやナマズ、はては、サケにハゼまでこんがりと丸焼きにされています。中には、名前の分からない魚も混じっているようですが、まあ、このメンバーであれば、食べても死ぬようなことはないでしょう。
 みんな揃ったのを見て、近藤 勇(こんどう・いさみ)が立ちあがりました。これから、乾杯の挨拶です。
 門下生として参加している神崎 優(かんざき・ゆう)の膝の上で、神崎 紫苑がキャッキャッと喜びました。強面のお兄さんたちの集団にも少しも物怖じすることはなく、むしろ、興味津々です。隣にはお母さんである神崎 零(かんざき・れい)もいるので、安心しきっているのかもしれません。
「あ、あー、静粛に。みんな、今日は、よく集まってくれた。試衛館の道場主として、新撰組の組長として、今日の宴会の主催者として、光栄に思う。これからの時間、大いに飲み、食べ、語ってほしい。思い起こせば……」
「話が長い」
 ちょっとむっとした顔で、芹沢 鴨(せりざわ・かも)が言いました。
「えっと、では、乾杯!」
 慌てて、近藤勇が口上を切り上げます。ここで引き延ばすと、荒っぽい奴らが暴れだしそうです。
「カンパーイ!!」
 一同が、杯を掲げました。さあ、宴会の開始です。
「せっかくなので、実家の酒蔵を漁ってきた。パラミタにふさわしい銘酒だ。ついでに、肴もな」
 そう言って、山崎 烝(やまざき・すすむ)が、持ってきた一升瓶と小手毬寿司を卓の上に載せました。
 一口大の小手毬寿司は、京都ならではで、可愛くも彩り豊かで目でも楽しめるものです。
 パートナーと一緒の者もいますが、今日は騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はいませんので、山崎烝一人きりです。
「これでは、一口じゃな」
 言葉通り、手鞠寿司を一口で食べて伊東 一刀斎(いとう・いっとうさい)が言いました。
「そこがいいんですよ。上品な食べ物なんですから」
 しれっと、山崎烝が言います。
「まったく、女子供の食べ物かよ」
 原田 左之助(はらだ・さのすけ)が、山崎烝にツッコみました。
「確かに、その通りですね。でも、楽しんでもらえて満足です」
 言い返す山崎烝は、いい話題でそれこそ話の肴になったでしょうと満足そうでした。
「何言ってんだ。酒の肴っていうのはこういうのを言うんだよ。しっかり味わんな!
 原田左之助が、手にした肉の塊を差し出しながら言いました。まるで原始肉のような扱いです。豪快すぎます。
「それで、お前は、今、何をしているんだ? 俺か? 俺は、今、旅の途中だ。パートナーの真は、もう一人で大丈夫だからな。ケジメもつけてきた
 近況を語りつつ、原田左之助が、パートナーの椎名 真(しいな・まこと)の名を口にしました。きっと、今ごろくしゃみでもしていることでしょう。
「今は新しい世界に挑むことに心が躍って仕方ねぇ……って、おい、誰だ! 日本酒の香り潰すようなカレーの香りさせやがるのは!?」
 そこはかとなく漂ってくるカレーの香りに、原田左之助が叫びました。
「大丈夫だ。当たり外れはあるが、試食実験はすんでいる。死人は出ていない。まあ、問題があっても、この石田散薬がある」
 土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、自信たっぷりに言いました。アーサー・レイスのカレーを持ってきているのですが、さすがに酒のつまみにカレーというのはいかがなものでしょう。持ってきたという酒も、ワインと言うよりは吸血鬼用の血のようにも見えます。
「それは頼もしい」
 沖田総司が、それはよかったと、石田散薬を見て言いました。まあ、今のところ、魚にあたった者は、やっぱりいないようですが。
「こちらもいかがですか?」
 神崎零が、持ってきた揚げ出し豆腐や炊き込み御飯を、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)と一緒に皆に配っていきました。
「土方さんは飲まれないのですか? せっかくのうまい酒ですし、まあ一口いかがです」
 井上源三郎が、一口も飲まないのはつまらないだろうと、一升瓶片手に土方歳三の許へやってきました。
「俺は、お前等と違って、漫画の連載に、フランスでの個展の準備もあって忙しい。酒なぞ飲んでいられるか!」
 土方歳三が断固として固辞します。
「つまらんなあ」
 横でそれを見ていた原田左之助が、燗をつけた徳利をつまんで他の者に酒を振る舞いにでかけました。
「おっ、兄さん、静かじゃねえか。まあ、一杯いけ」
「おっとっと、ありがとうございます」
 クロス・クロノスが、酔った原田左之助からお猪口で熱燗を一杯いただきました。もともとあまり飲めないので、最初からセーブしています。
 原田左之助と言えば、次々に酌をして、「俺の酒が飲めないのか」と楽しそうに騒いでいます。
「ちょっと片づけてきますね」
 そんな原田左之助が戻ってきて、これ以上酒を勧められてもまずいと、クロス・クロノスが、食べ終わった皿などを持って厨房へとむかいました。
 いくら無礼講と言っても、クロス・クロノスにとっては知らない人間ばかりです。ここは、早々と裏方に回った方が気が楽なのでした。
「ゴミは分別しておかないと……」
 クロス・クロノスが、ちょこちょこと宴会場と厨房を行き来しては、料理を運んだり、ゴミを処分したりしていきます。
 宴会場の方では、幾人かに分かれて、それぞれに話の花が咲きほこっていました。
「剣術にしても、ここまで世界が変わると、それにあわせて様変わりするしかないんじゃろうな」
 小さな七輪で魚の干物を炙りながら、伊東一刀斎が近藤勇に言いました。
「だとしても、根底にある物は不変だろう。変わる物は変わる、変わらん物は変わらんさ」
 ぐい呑みの酒をちびちびと飲みながら、近藤勇が答えます。どうやら、二人の間で、剣術談議と銘剣談議が交わされているようです。
「うんうん。剣豪の話って言うのは、端で聞いていても面白く、ためになるもんだねえ」
 宴会場の隅では、持ってきた白子のポン酢和えを肴に、八神 誠一(やがみ・せいいち)が、そんな剣豪たちの談議に耳をかたむけていました。
「つまみがたりなそうですね。ちょっと買い出しに行ってきます」
 そう言って、クロス・クロノスが試衛館を後にしました。