リアクション
約束の橋の下へ 樹月 刀真(きづき・とうま)は、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と共にヴァイシャリーの街中を歩いていました。 どこか、奇妙な緊張感が二人をつつみ込んでいます。 夕暮れが近づいてきた街路で、二人は言葉少なげでした。ともすれば、水路の水音さえ耳に聞こえてきてしまいます。 言いたいことはたくさんあって、言えられる言葉は少なくて。思いは重く、想いは軽く。 「ええい、敵の大軍を相手にする方がどれだけ楽だか……」 ポケットに忍ばせた物を握りしめて、樹月刀真がつぶやきました。これが、銃や剣であればもう少し落ち着けるのでしょうか。 そんな樹月刀真の様子を察してか、漆髪月夜もどこかぎこちない態度です。多分、もうすべてバレバレなのでしょう。それが分かるからこそ、樹月刀真としても、次にどうすれば分からなくなってきています。いや、何をすればいいのか分かっているからこそ、それができないのでしょうか。 とにかく、歩くことしかできなくて。そして歩いていき、小さな桟橋に突き当たりました。古びたゴンドラ乗り場です。近くには、昔使われていたらしい大きな水槽がありました。確か、錦鯉が飼われていた物ではないでしょうか。今は何もいない水槽ですが、ここに囚われていた錦鯉はどこへ逃げだしたのでしょうか。それとも、どこかで元気に泳いでいるのでしょうか。もし水路にいたとしても、誰も気づかないのかもしれません。でも、もし気づいたとしたら、元気に顔をあげてくるのでしょうか。 「乗ろうか」 「乗らない?」 どちらともなく、同じような言葉が二人の口から零れました 夕暮れのゴンドラ遊覧、シチュエーションとしては十分です。 「いらっしゃい」 バイトで船頭をしていたキーマ・プレシャスが、二人をゴンドラへと導きました。相変わらず、ヴァイシャリーでいろいろなバイトをして生計をたてているようです。 じんわりと夕日の朱に染まっていく水路を、ゴンドラが静かに進んでいきます。微かな水音もせず、まるで、本当に水の上を滑っていくかのようです。 いくつかの水路の分岐点を通りすぎ、いくつかの水路の交差点を通りすぎ、いくつかの橋の下を通りすぎ……。 やがて、ゴンドラは、小さなアーチ橋の下にさしかかりました。 「この橋は、この下を通りすぎるときに愛を誓いあうと、それは永遠になると言われている場所なんですよ」 キーマ・プレシャスが、そう二人に告げました。 橋が近づいてきます。 「月夜、この橋をすぎた後の時間を、俺にくれないか」 ぎりぎりの所で、やっと樹月刀真が言葉を捕まえ、そして渡しました。 「うん……、いえ、はい」 漆髪月夜がうなずきました。 ゴンドラが、ゆっくりと、橋の下を、通りすぎます。 樹月刀真は、ポケットに忍ばせていた指輪を取り出すと、そっと漆髪月夜の指に填めました。 ★ ★ ★ 「二人とも遅いですね」 玉藻 前(たまもの・まえ)と一緒に樹月刀真と漆髪月夜の帰りを待ちながら、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が言いました。 テーブルの上には、二人で作った料理が、秘蔵の酒と共に、所狭しと並んでいます。 「さあ、今日は二人共帰って来ぬかもしれぬぞ」 訳知り顔で玉藻前が言いました。その言い方はちょっとと、封印の巫女白花が微妙な顔になります。 「で、もしそうなったとしたら、白花はどうするのだ?」 皆までは言葉にしようとはせずに、玉藻前が封印の巫女白花に訊ねました。 「私は刀真さんの守護天使ですから、刀真さんがいらないって言わない限りはそばにいます」 玉藻前が差し出したコップ酒を受け取りながら、封印の巫女白花が言いました。今日は、遠慮するつもりはないようです。 「ふーむ」 自らも酒を楽しみながら、ちょっと疑わしそうに玉藻前が封印の巫女白花をじっくりと眺めました。 「ですから、私はずっとそばにいます」 念を押す封印の巫女白花に、玉藻前が分かっていると言いたげに笑いました。それを聞いた封印の巫女白花が、くいっとコップの中のお酒をあおります。いい飲みっぷりです。 「そう言う、玉藻さんはどうするんですか?」 ちょっと頬を赤くして、封印の巫女白花が訊ねました。 「我か? 我も、飽きるまで刀真たちと一緒にいるさ。二人に子供ができたら世話の仕方とか教えないといけないし、刀真を慰める必要があるかもしれないだろう?」 「どういう状況なんですか?」 慰めるって、何をと封印の巫女白花が小首をかしげます。 「だいたい、それじゃ、今とあまり変わらないんじゃありませんか?」 「変わる物もあるさ。変わらぬ物などないからな」 「それでも、変わらない物があると思いますよ」 なんだか、嬉しそうに二人が言葉を交わしました。 「さて、それで、二人は、今日、帰ってくると思うか?」 「賭けますか?」 身を乗り出した玉藻前の言葉に、封印の巫女白花もデーブルの上に身を乗り出して答えました。顔を突きつけ合わせてささやくと、まるで密談でもしているかのようです。 「面白い、乗った!」 ドバドバと互いのコップに酒を注ぎながら、玉藻前が嬉しそうに言いました。 |
||