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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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 2025年2月、百合園女学院を訪れたのは御神楽一家だった。
「お久しぶりですわね」
「本当、お久しぶりです。皆で来れるようになったんだね」
 賓客を迎えるとあって普段以上に整えられ、けれど小さなお客さん用に余計な装飾品を取り払った応接室で、百合園女学院の主人ともいうべき二人――ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)桜井 静香(さくらい・しずか)が、彼女たちを温かく迎える。
 校長を辞め、そして一児の母となった環菜にこうして会うのは本当に久しぶりのことだった。
「お久しぶりです。その節はありがとうございました」
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は出産祝いの礼を述べる。
「こちらこそ、お返しをありがとう。……それで、その子が……?」
「ええ、娘の陽菜です」
 環菜は母親の顔、そして親馬鹿な顔を覗かせて、嬉しそうに後ろを示した。
 夫・御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に抱っこされていた陽菜は、くりくりとした紅い瞳できっとラズィーヤと静香の顔を見つめている。母親譲りの金髪紅眼の美少女だったが、目元は父親に似て優しい感じがする。
「こんにちは」
「はじめまして、陽菜ちゃん」
 ラズィーヤと静香が笑顔であいさつすると、陽菜は手を伸ばして「あー」と声を上げ、にこにこ笑顔で挨拶を返した。
「ふふ、可愛いですわね。……さあ、お座りになって」
 ふかふかのソファに環菜と陽太が、そして間に陽菜を座らせる。陽菜は物珍しいのかすぐにソファから降りると、テーブルに掴まって起き上がり、すぐにあちこちをよちよち歩き始めた。
 去年の2月1日に産まれ、1歳になった陽菜はねんねの赤ちゃんから徐々に悪戯盛りの時期に移る、その片鱗を見せ始めていた。
「まーま! ぱーぱ!」
 他人の家が珍しいのだろう、歩いては家具に捕まってぺたぺた触ったりしている。
 陽太は慌てて立ち上がると、陽菜がぶつからないように引き剥がす。赤ちゃんを大人しくさせるのは至難の業、抱っこしたり危なくないよう気を逸らしたり、あやしたり大忙しだ。
「最近、一人歩きできるようになって、言葉も話せるようになって。もう、すこぶる元気なんです」
「ここまで長旅だったのに、とっても元気だね。……可愛いなぁ」
 静香は楽しそうに陽菜を見ている。
 陽太はまた陽菜をソファの、自分の膝の上に戻しつつ、
「ありがとうございます。……そう、それから百合園のイベントではパートナーのエリシアノーンがお世話になりました。何度か参加しましたが、大いに楽しんでいました」
 出産・育児と御神楽夫妻は家から動けなかったので、代わりにパートナーたちが二人で遊びに行くことが多かったのだ。
「楽しんでくれたなら良かったよ。それに、これからはお出かけも少しずつできるようになる思うから、良かったらまた今度は五人で息抜きにでも来てね」
「はい、是非。
 そうそう、二人で家にずっといるのも初めてでしたが、育児も楽しいですよ。おかげで陽菜も毎日元気にすくすく育ってますし、家族って、結婚っていいものだなあと思いました」
 陽太が突然のろけ始めたので環菜はぱっと顔を赤くして咳払いしたが、すぐには止まらなかった。
「そうだ、静香校長はご結婚は?」
「え? ……ええっと……な、何で僕の話に……?」
「先輩夫婦としてお伝えできることもあるかと思いまして。校長もご結婚されたら――」
 陽太は。陽太は、愛妻家だ。
 その陽太にとっての素晴らしい結婚生活、ということは素晴らしい妻の話になるわけで……。
 照れながらも聞いている静香はあえて止めそうではないし、ラズィーヤはにこにこというよりどちらかというとニヤニヤとでも形容できそうな雰囲気で楽しそうに相槌を打っている。
 徐々にエスカレートする陽太に、環菜は陽太の膝から陽菜を奪い取ると、テーブルの紅茶のカップを陽太の両手に押し付けた。
「ちょ……ちょっと陽太。……もういいじゃない。ほら、陽菜は私が見ているから、あなたはお茶を。せっかく頂いたのに冷めるわよ」
「……はい、環菜」
 陽太はそれでようやく、にこりと笑って結婚の話を止めて。
「……でもとにかく、今までの色々な話をこの機会にしておこうと思いました。世界も平和になりましたしね」
「そうですわね……最近はお仕事の方は?」
「ええ、鉄道事業は順調です。できるだけ手伝ってますし……」
 蒼空学園の校長兼生徒会長、そしてトレーダーだった環菜は、今は愛する家族を得て自分の興味ある分野に邁進しているようだ。
「校長時代とは同じ苦労も、違う苦労もあるようですが。静香校長はどうですか?」
「え? 苦労……というか、皆にいつも手助けしてもらってるから。あ、でも校長ならではというと……」
 静香は自身の鼻の頭を指さした。
 陽菜もつられて自分の小さな鼻を小さなぷにぷにの指で指差した。
「……式典とか真面目な話の最中に、鼻の頭がどうしても痒かったりしてもかけなかったり、くしゃみできなかったり……とか?
 地味にそういうことが多いかも。ラズィーヤさんはくしゃみしなさそうだけど」
「失礼ですわね、静香さん」
 ラズィーヤは扇子を広げると、静香の顔を意味ありげな微笑みで見つめる。
「それなりの訓練をしてますのよ?」
「くしゃみしない訓練? どんなの?」
「企業秘密ですわ。……ねえ、環菜さん?」
 ラズィーヤは環菜に微笑みかけ、環菜は可笑しそうに頷く。
「え? 何、二人とも? 教えてよー」
 食い下がる静香が面白かったのか、陽菜が真似して手足をバタバタさせながら、
「おちえてー、おちえてー」
 と繰り返す。それを見て、皆の顔にも笑顔が広がっていくのだった。