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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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 春、パラミタ内海沿岸部の港町に、波を蹴立てて一隻の船が入港した。
 少々レトロな外観の機晶帆船だが、それはフランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)の乗るヴァイシャリー海軍の軍船だった。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が国軍の制服姿のまま港町をぶらりと散歩していたのは偶然にもこの時だった。
 春の、寒さの緩んだ潮風に吹かれながら海の向こうやパラミタのこと、自分の事にのんびりと思いを馳せていた。
「6年か……あっという間、というべきか、まだ6年なのか……判らないわ」
 少し前……今年の3月にゆかりも26歳になった。月日の流れるのが早いことを改めて実感する。
 パラミタへ来た当時は20歳、国立大学法学部を中退して教導団へ入るという決断をしてもう6年。その間に様々な事があった。制服の襟についている階級章も変わった。階級が上がってますます多忙になってきたように思う。
 過去の失恋の痛手から立ち直れたわけではないが、恋人もできた。
(もっとも、パートナーは決して、彼のことを認めはしないだろうけど……)
 それはともかく、本当に変わった……その善し悪しはともかくとして。
 海は静かに白い波を寄越しては、引いていく。同じように見えるけれど、一つとして同じものはない。少しずつ入り江の形を変えていく。
 ゆかりやパラミタに起こったことは、それよりも遥かに激しい事件ばかりだったけれど、そんな風にして変わっていったように思う。
 ゆかりは、何となく軍船を見上げた。水兵がタラップを渡すと、そこから白い軍服に赤毛を靡かせた、浅瀬を思わせる緑の瞳の女性が仲間と共に降りてくるのを見付ける。
 彼女がフランセットだ。そしてメイドや部下が次々と降りてきたが、その中に最近よく見る顔を見付ける。
「あ……」
 と思う間もなく、隣を黙って歩いているパートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、彼の方へ駆けていった。
(変わったものもあれば、変わらないものもあるわけで……マリーと守護天使。また「いつもの」が始まるわね)
 そして予感は的中する。
 マリエッタは腹が立っていた。黙って歩いていたのもそのせいだ。
 別に彼のせいではない。
 ゆかりのせい、もっと正確に言うとあいつのせいである。
(何でよりによってあの男と……。ゆかりも26歳、恋人ができるのはまあいいわ)
 でもその男がよりによって、マリエッタの不倶戴天の敵なのである。
 だから、フランセットたちと雑談を交わしながら、平和そうな顔でのほほんと港を歩いている(ようにマリエッタには見えた)守護天使を見付けたとき、マリエッタは、苦虫を噛み潰したような顔から鬱憤を晴らしたい顔にさっそくチェンジして、ロックオンしたのであった。
「あら、久しぶりね。堕天使さん」
 守護天使の肩がびくっ! と、跳ね上がった。錆びついたブリキの人形のような動きでゆっくり顔をねじると、そこには彼の天敵が立っていた。
「堕天使? 何のことだ?」
 フランセットに訊かれるが、まさか守護天使も黒史病にかかった時の設定です、とは言えずに口を噤むしかない。
 しかしマリエッタは口を噤むはずがない。
「港町をうろついてるってことは……殺雪だるま、お花畑大虐殺、お化け殲滅に続いて、今度は津波でも起こそうってわけ?」
 守護天使の悪行を並べ立てる。ちなみにどれも不可抗力(雪だるまは本人が悪いが)、お化けに至ってはマリエッタが元凶な気がする。
「……いえ、全く持ってそんなことは――」
「問答無用よ」
 弁解も許さず、マリエッタは守護天使に言葉で鬱憤をぶつけていく。
「マリー、やはり守護天使のことが好きなのかしら?」
 ゆかりは遠目に見て呟くが、そんな好意など微塵も滲んでいない口撃に守護天使は半泣きになっているのだった。