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リアクション
『8.毛布の下で』
どれくらい眠っていたのだろうか。
少しだるさを感じるけれど、身体に痛みはなかった。
ここは熱くもないし、暑くもなかった。
そして腕の中には温かいものがある。
(生きてる、間違いなく本物)
リンは、ゼスタの腕を握りしめていた。
彼の腕は温かかった。呼吸も規則的にしている。
もう一度彼の身体をぎゅっと抱きしめた後、リンは身を起こして辺りを確認した。
無機質な病室のようだった。
ベッド以外その部屋には何もない。
窓はないが、ドアが一つある。その先には誰かいるのだろうか、何かあるのだろうか。
立ち上がって行ってみようかと思ったけれど、彼をおいて行くのは怖かった。目を離したすきに、いなくなりそうな気がして。
(あの女の人があたし達をここに運んだのかな? パラミタ人には攻撃しないようなこと言ってたから、ここでじっとしてたら安全?)
でも、理由はなんだろう。
リンはゼスタと話をしていた女性の言葉を思い浮かべながら首をかしげる。
地球人には攻撃をするのだろうか。
あの女性が放ったものと思われる光は、とても暖かくて傷が癒えていって……。なんだか、母親というか、シャンバラの大地の力――女王様の力のようだったと、リンは思う。
いろいろ考えた後、リンは眠ったままのゼスタを服をひっぱった。
「ゼスタせんせーおーきーてー」
彼の肩には光の刃が刺さったままだ。
負担をかけないよう注意しながら、優しく服をひっぱった。
「ん……」
ゼスタが声を上げて、薄目を開き。
「スイーツ……」
「もー、寝ぼけてる場合じゃないよ、おーきーてー、ゼスタせんせー!」
ちょっと強めに服を引っ張ると「わかったわかった」と、ゼスタは片手をベッドについて、半身を起こした。
「……っ」
「傷、痛い?」
「そりゃ、ものすごぉぉぉぉぉく」
彼の顔色は良くはない。肩以外の傷は治っているようだが、刃が刺さったままの肩からは血がにじみ出ている。
「これ、抜くことできないの? 触ったら手が切れそうだよね」
刃に触れていた布団が裂けている。触ることもできないようだ。
「抜くことは出来ない。こいつを放った術者が消すまでは消えない。あとは、この手の術は、術者が死んだ場合消滅するはずだ」
「術者ってあのおばさんだよね。知り合いっぽいけど、元カノか何か? 趣味わるいねー」
「おばさんって……お前、姿見てねぇだろ」
「声から想像できるよ、40代半ばくらいだね、あの声は」
「いやいや、若くはないがかなりいい女だぞ」
ゼスタは軽く笑いながら、悪戯気な目をリンに向けた。
「なんだ、妬いてんのか? 熟女の魅力は、お前には一生かかっても出せないもんなー」
「……! !! !!!」
リンは、キッとゼスタを睨みつける。
「で、何でお前、あんなところにいたんだ? ダークレッドホールに飛び込んだんだよな」
「最後に会ったとき、なんて言ったか自分の胸に手をあてて考えるといいよ!」
リンは枕を掴みよせると、ゼスタの方向に投げた。
「最後に会った時? スイーツの話で盛り上がったっけ?」
「違ーう! ゼスタせんせーこそなんで急に……いなくなったりケガしたりしてるの!」
毛布を引っ張って、リンはダンダンと床を蹴りながら、バンバンとベッドに叩きおろす。
「何でひとりで……白百合団団長さんも連れて? こんな所に来てるの!」
「っ、暴れるな。マジで痛ぇんだって」
リンは枕も毛布も傷口に当てはしなかったが、僅かな振動でもゼスタは痛みを感じるようだった。
「うー……」
リンは大人しくベッドに座り込む。
ドタバタしていたら、監視の人でも見には来ないかと思ってわざと暴れていたのだ。
念力も試してみたが、使えなかった。
「せんせーの口から、血の臭いがした。“食事”したんだねー。白百合団団長さん、食べちゃったんだ?」
膨れっ面でじっと睨みながら言うと、ゼスタは暗い目でふっと笑みを浮かべて。
「そうだ。風見瑠奈の血は全ていただいた。元より、馬鹿な行動をした彼女を俺が庇わなきゃ、彼女は渦に飛び込むより前に死んでいたんだ。
剣として一緒に行くとほざいていたが、結局食事にしかならなかった。今のところ、俺が怪我した分だけ損」
「……ふーん、ゼスタせんせー、その子のせいで怪我したんだね」
「ああそうだリーファちゃん。で、また血が足りなくなってきたんだけど、分けてくれる?」
にこにこ笑みを浮かべて、ゼスタはリンに手を伸ばした。
「血はあげられないよ。でも他の方法で、少しなら生気をわけてもいいよ。ゼスタせんせー、唇から摂れるんだよね?」
「こんな時でも吸血拒否するのかー。生気だけじゃ満たされないんで、他の欲求の方を満たさせてもらうぜ」
ゼスタはそう言うと、リンの腕を引っ張ってベッドの上に倒した。
そして彼女に覆いかぶさって、唇を奪う。
生気を吸われたのはほんの少しだけで、彼の口づけはリンの頬へ、首筋へと移動する。
「せんせー……血は、ダメだよ」
「牙は立てねぇよ」
言って、ゼスタは片手で毛布を掴んで、自分達に覆い被せた。
「演技を続けながら、聞け」
リンの耳元で、ゼスタが囁き声で言う。
リンは頷いてから声を上げる。
「んんっ、ゼスタせんせー、傷に響くよ」
彼女は本当の気持ちを表現していなかった。
彼の呼び方も変えてあり、ゼスタも合わせてくれていた。
「見たかもしれないが、そこのドアの先には3点ユニットがあるだけで、廊下とは繋がっていない」
「ふふ、くすぐったい」
毛布の下で動き、演技を続けながらリンはゼスタの話を聞いていく。
「この部屋の天井と壁に、監視カメラがある。また、この部屋や周辺、もしくは建物全体に、魔力を抑制するフィールドが張られていて、魔法が使えない状態になっている。
これから俺は、ヘバッてるふりして、力の流れを辿り、制御室の場所を探っていく」
演技というよりごく自然に、ゼスタがリンの頭を撫でた。
「俺の体内には魔力を増幅する装置がある。制御室の場所を掴んだら、壁抜けの魔法でそこまで行くつもりだ。で、そのシステムを切れば、お前や他の捕らえられている者も魔法が使えるようになるだろう。ここがどこだかは分からないが、テレポートや壁抜けの能力がある者は脱出できるはずだ」
低くごく小さな声でゼスタは続けていく。
「俺はあの女を――殺す。あの女が持つ魔道書の魔法は、神の能力に匹敵するほどに強力だ。生け捕りは不可能。仕留めるために、非道な手段を使うかもしれない」
それから――。自分の体内にある装置は自爆装置としても使える、とゼスタは言った。
「死ぬつもりはないが、どうにもならない事態が訪れた時、自分のすべきことは解っている」
ゼスタはしばらくリンを見つめてから。
彼女の唇に自らの唇を重ねた。
……生気は、吸わなかった。
「お前を残してはいけないし、連れて行って守れる気もしない。
だから決めてくれ」
全てが終わるまで、自分の身の安全を最優先に、隠れているか。
共に、あの女を討つ捨て身の刃となるか。
『9.捨てられた愛菜』
気づいた時、藤崎凛は傷を治されベッドの上にいた。
その部屋には他には何もなかった。
ひとつだけあるドアの先には、トイレと洗面台、シャワーのみが存在しており。
定期的に転送されてくる食事を食べながら、何日も何の説明も受けることもなく、そこで過ごしていた。
「ごめんなさい、皆さん……シェリル……」
うなだれながら、凛は白百合団の仲間達と、パートナーに謝罪をした。
この部屋では魔法も使えず、携帯電話や所持していたものも全て、奪われてしまっており、分かったことを伝える手段がなかった。
「きいろさん……」
介抱し、共に訪れたあの少女は、まるで心の無い剣の花嫁のようだった。
(きいろさんは、ここの人たちに作られて、ロボットのように操られているのかしら……
今も、生存者を求めて外を彷徨っているのかしら……)
こんな目に遭っても、凛は彼女を案じていた。
そして、剣の花嫁であるパートナーのことを思いだして、悲しい気持ちに包まれていた。
(彼女はシェリルみたいに自由な心を持つことができないのかもしれない……)
ツァンダの病院で会った瑠奈の事をも思い浮かべて、首を左右に振った。
(あの瑠奈お姉様は、なんだか違う気がしたの。きいろさんと違うようで、同じようで)
きいろと名乗った少女よりもっと、『からっぽ』のようだった。
記憶を消されたからではなく、本物ではないとしたら。
(本物のお姉様はまだこちらにいらっしゃるのかしら……。私と同じように捕まって……? それともあの熱い外のどこかに……)
無事だろうか。
凛は立ち上がって壁に触れて回る。
瑠奈の事が心配で、何かせずにはいられなかった。
見つけて一緒に帰りたい。
瑠奈と、ここに捕まっている皆と一緒に。
だから、諦めたくなかった。
壁を叩いて、厚さを確かめる。それくらいのことしか出来なくても。
凛は諦めず、希望を捨てずに動いていた。
○ ○ ○
「あははは、あはは……やだやだっ、くるしい、やめて〜」
涙目になって、愛菜はヴァーナー・ヴォネガットのくすぐり攻撃から逃れようとしていた。
「ここから出る方法教えてくださいです」
「だーめー、お、おしえたら、愛菜、ママにきらわれちゃうもん! あははは、やめてよぉ」
「だめですか〜」
これ以上続けたら、泣き出してしまうと思い、ヴァーナーはくすぐるのをやめた。
ここに閉じ込められてもう随分と経つ。
愛菜はずっとこの部屋にいるわけではなく、お風呂やトイレからどこかに移動しては戻ってきていた。
「くるしかった〜、いじわるするなら、愛菜他の人のところに遊びにいく〜」
「もうしないですよ。やりすぎてごめんなさいでした」
「ん。でももうすぐお別れだけどね。どーんする日が近づいてるから、おねえちゃんもうすぐ行かなきゃだしね!」
愛菜は相変わらず、無邪気に笑う。
「どーんて、百合園をですよね? 爆発しちゃうですか? どうしてそんなことをするですか?」
「悪い人が沢山いるからだよ! すっごい力をもったカイジンがたくさんいて、ママたちのこの世界をしはいしようとしてるんだって!」
「んーと、怪人はいないですよ。外人は沢山いますけど、やさしいおねえちゃん、沢山いますよ。そんな事しないで、いっしょに百合園にいってたくさんお友達つくって遊ぶと楽しいですよ?」
「愛菜はカイジンのなかまにはならないの。ママといっしょにせかいをたすけるの!」
愛菜は楽しそうに言った。
「百合園は世界征服なんて考えてないですよ?」
「おねえちゃんは、子供だからしらないだけ。大人たちにだまされてるんだよ。だから、おねえちゃんたちの力で、百合園をこわすんだよ」
「ボクたちの力で……? ボクはそんなこと絶対にしないですよ」
「するのー。どーんするの〜♪」
愛菜は陽気に笑いながら、リモコンを取り出して映像を写していく。
「この娘にけってい〜」
そして選び出した娘――凛を、部屋に連れてきたのだった。
凛を連れてきた後。
くすぐり攻撃を受けたこともあり、愛菜は疲れて眠ってしまった。
「ご無事でよかったです。シャンバラでは実は……」
凛はヴァーナーにシャンバラで起きたことを話して聞かせる。
行方不明者の姿をしたモノが現れていること。
本物のヴァーナーに会って、彼らが偽物だと言う事を確信した。瑠奈やゼスタ、そして行方不明になった人達が、ここかダークレッドホールの先の世界にまだいるはずだということを話した。
「ボクはダークレッドホールに飛び込んだわけじゃなくて、ヴァイシャリーで知らない人に捕まって、ここに連れてこられたです」
そして、人体実験のような『テスト』をされて『合格』をしたため、治療をされ、ここで愛菜の世話を任されている、ようだと話す。
「愛菜ちゃんの『ママ』は百合園に攻撃しようとしてるみたいなんです。ボク達に協力させるつもりかもしれません」
「そんなこと……。早くここから抜け出して、皆様にお伝えしなければ」
焦る凛に、ヴァーナーはこの部屋にどうやって連れてこられたのかを尋ねてみた。
凛は愛菜に手を繋がれて、壁を抜けてこの部屋までやってきたそうだ……。
「それならもしかして」
ヴァーナーは寝ている愛菜から、リモコンを拝借して操作し、お風呂を部屋に出現させた。
それから、愛菜を抱き上げてお風呂場へと入る。
「他の部屋に行くのですか? 私も一緒に……」
凛がヴァーナーの腕を掴んだ。
「行けるかどうかわからないですけれど」
ヴァーナーはお風呂の中で、お風呂の位置を部屋の下へと戻した。
愛菜が部屋で使っていなかったボタンを押して試していると。
緑色のボタンを押した時、愛菜が持っていた指輪が淡く光った。
「愛菜ちゃん、手かりますね」
ヴァーナーが愛菜の手を壁に当てると、するりと壁を擦り抜けた。
「行けそうです。愛菜ちゃんに掴まってください」
「わかりました」
凛が愛菜のもう一方の手を握りしめた。
ヴァーナーは足を踏み出して、壁を抜けて隣の部屋へと移動した――。
ヴァーナーが監禁されていた部屋の下。風呂の先に存在していた部屋は、倉庫だった。
薄暗いが小さな明かり灯されていた。
「あっ! 私の服や道具がありますわ!」
奪われた凛の服も置いてあった。
「ボクのも……あったです!」
ヴァーナーの装備品は奥の方に置いてあった。
2人は急いでそれらを纏い、装備する。
「でもここからじゃ外には出られないです。上に行かないとですね。ハシゴを持っていくです」
ハシゴに近づいたヴァーナーは、近くにあった杖に目を留めた。
「これはレイルちゃんが使っていた杖です……?」
魔力を増幅させる効果のある杖だった。
ヴァイシャリー家の誰かも掴まっているのだろうかと思いながら、ヴァーナーはその杖を確保した。
その時――。
「悪い子ね、愛菜」
突如、光の魔法で部屋が照らされた。
「誰です……?」
30代半ばくらいの、ヴァルキリーの女性が部屋に現れていた。
ヴァーナーは愛菜を抱きしめながら、後ろに下がる。
「私達を、ヴァイシャリーに帰してください」
凛は空飛ぶ箒を抱えながら訴えた。
「ん……。ママ……あ、あれ? あれっ?」
愛菜が辺りを見回して、飛び起きた。
「約束破ったのね、愛菜」
「ちがうのちがうの、ママ。愛菜が連れてきたんじゃないの。愛菜ねてて、わかんなかったの……ほんとだよ、ママ!」
泣き叫ぶかのように愛菜は言うが、ママと呼ばれた人物は冷たい笑みを浮かべて、首を左右に振った。
「約束を破る子は嫌いよ。地球人のお姉ちゃんたちが好きなら、一緒に行きなさい。ママは他の子を見つけるわ」
「や、やだ、やだぁ! 愛菜はママといっしょがいい!」
「愛菜ちゃん、この人の側にいたらダメです」
この女性が間違ったことを、愛菜に教えている『ママ』なのだと知り、ヴァーナーは女性の元に向かおうとする愛菜を、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「はなして、ママ、ママー! おしごとおわったら、愛菜とおでかけしたり、たくさんあそんでくれるってやくそくしたよね……ママぁ!」
叫ぶ愛菜と、ヴァーナー、凛は『ママ』が放った強い光に包まれた。
光が止んだ時。
ヴァーナーと凛は、熱い世界にいた。
「ここは……ダークレッドホールの先の空間です」
夕暮れ時のように赤く染まった大地を見ながら、凛が言った。
近くには門が存在しているが、それ以外何もなかった。荒野が広がっているだけだ。
「ママ……ママ、くるしいよぉ。愛菜、エネルギーになりたくないよ。ママのいうこときいて、いい子にしてたのに……ママ、ママ……っ」
ヴァーナーの腕の中では、幼子が泣き叫んでいた。
『10.脱走兵発見』
晴海、ジャジラッド、アルファ、葵は壁の中を十数秒ほど引っ張られ、白い部屋へと出た。
石造りの建物の、大きな部屋の中のようだった。
4人が到着してすぐ、その部屋に駆け込んできた男性がいた――エリュシオンの脱走兵だ。
「!」
即、晴海は風の魔法を放とうとしたようだが、何も起きなかった。
「魔法封印システムが作動している。こっちは任せるわ!」
言うと、晴海は奥のドアの方、恐らく『ヒュー』の元へと駆けていく。
部屋には他にも人がいた。
コンピューターを操作している作業員のような人々。
それから、リナリエッタと竜司の姿もあった。
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