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【DarkAge】空京動乱

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【DarkAge】空京動乱
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リアクション


●今こそ自由を

 端末を探すため地下に移動したダリルとアイビスを除き、一行は放送スタジオのある上階を目指した。
 電源が落ちる危険を回避するため、エレベーターは使わず、階段だけで進む。
 用心を重ね全員武器を構えた状態だったが、まるで敵の抵抗はなかった。
 やがて最上階にたどりくと今度は、スタジオを探して歩いた。
「奇妙だね。出迎えが全然ない……まさかこの『塔』、ただの空き家だったってオチはないよね?」
 と言うリーズにベアトリーチェがこたえた。
「そうは言い切れません。敵も戦力が不足しており、使える駒を一箇所に固めている可能性もあります」
「だったらやだな……」
 とリーズが洩らしたそのとき、一行は四方から白いスポットライトを浴びせられたのである。
 広い部屋だった。
 テレビ撮影用の機材が、天井や床に用意されている。ここはすでにスタジオだったのだろう。
 その一つ、テレビカメラに向かって、つまり、レジスタンスに背を向けて、マイク片手にリポーターよろしく弁をふるっている女性があった。
「ご覧下さい、皆様」
 彼女は言う。
「今、ついに暴力をもってレジスタンスが押し入って参りました。確認できるでしょうか、レジスタンスのこのものものしい装備を! 私たち『平和を愛する空京市民の会』は、彼らと対話する用意がありますが、彼らにその意志はあるでしょうか? もし、ここで悲惨なことが起こったとしても、それは彼らの正しさを証明するものではありません! 良識ある空京市民の皆様、市中の戦闘はもうすぐ終わります。それまでは家から出ず、とくに、一部暴徒との接触は絶対に避けて下さい。……さあ」
 くるりと振り向いた彼女は、紫の髪をロングにして、灰色のスーツを着込んでいる。
「お話し合いを致しましょう」
 カスパール・竹取である。
 彼女を守るように、量産型クランジが集団を形成していた。スタジオ内の観客席をびっしりと埋めている。ただ、いずれもカメラに映らないようにしているらしく、レジスタンスにもカスパールにも近づいてこない。
「『市民の会』が聞いて呆れる……あれだけ量産型を従えて、政権とべったりではないか」
 夏侯淵は憤慨したが、それをおおっぴらにすればマイナスイメージになると考え、小声でつぶやくにとどめている。
「仮にここで手を出せば、カスパールの正しさを証明するばかりになってしまいます……。かといって、放映の主導権はまだ向こうにある……容易な状況ではありませんね」
 真奈は陣を見た。陣はただ、目で「わかってる」と返事しただけだった。
「まずは、『暴力集団』という印象操作をなんとかしなくちゃ」
 美羽は涼司を背にかばうようにしながら、はっきりと見えるように武器を下ろした。
 ルカルカを含め全員それにならう。
 そしてルカは進み出た。カスパールから一つマイクを手渡される。
「レジスタンスの代表、ルカルカ・ルーです」
「あの脅迫映像の方ですね。エデンを空京に落とすという……」
 カスパールは小馬鹿にするような目で、それでありながら口調だけは『勇気をふるってテロリストと対面する善良な一般人』の体でルカに返答した。無論、カメラは今、カスパールの表情が映らぬよう彼女の後方から撮影をしている。
 ――ルカ、挑発に乗るな……!
 カルキノスは知らず、拳を握りしめていた。力がこもる。自分の長い爪が掌に食い込むほどに。
「あれはニセモノ!」とルカがここで騒ぎ立てて何になろう。印象を悪くするばかりである。
 無論、ルカルカ・ルーはそのことを理解していた。彼女は穏やかに、笑みすら浮かべて一礼する。
 そして言った。
「空京に暮らす皆さん。私たちは宣言を出すためにここにきました。宣言とは、空京のみならずこの世界すべての解放宣言です
 空京の皆さん。皆さんに与えられていたものを、偽りの平和などと否定するつもりはありません。ですがそれは、自由なき平和でした。まるで籠の中の小鳥のような、生殺与奪の権を他者に握られた平和でした」
「なにをおっしゃいます」
 カスパールはたくみに言葉を滑り込ませてきた。
「うちつづく戦争で地球は人の住めない世界となり、このパラミタも毒され、私たちは滅亡の危機に瀕していたのです。それを脱するために、この状況が必要だったのは疑うべくもないでしょう? 空京の現在こそ、私たちが求めたものではありませんか」
「『私たち』とは誰のことですか? 表現の自由はもちろん、言論の自由すら存在せず、思想に問題があるとみなされれば裁判もなく即エデンに収容されていたこの社会において、ひとたび思想犯になった者は『私たち』から排除していいとおっしゃるのですか?」
「それはごく少数の例外的な方々でしょう。大多数の『私たち』は、空京内に思想的な危険分子がいることを恐れます。彼らは私たちの安心や安全を奪う人たちです。あなたたちレジスタンスのように、主張が通らなければすぐに暴力をふるうような恐ろしい人たちです。『私たち』空京市民の平和を、あなたがたが侵害する権利はない」
 かかった――ルカルカはカスパールの、この種の反論を待っていたのだ。だがはやる心を抑えて、むしろ悠然とルカは問うた。
「さきほど『大多数の私たち』とおっしゃいましたが、カスパールさん。なにを根拠に『大多数』と主張されるのです?」
「それは、空京の治安が安定していることからも……」
 ここで一気に、ルカは攻勢に転じた。口調が走らないようペースを保ちつつ、それでも、一言一言はっきりと述べる。
「違うでしょう? そういう漠然とした答が聞きたいわけではありません。私は、誰が、どうやって空京住人の大多数の声を調べたのかと聞きたいのです。選挙でも行ったのですか? それとも、国勢調査でも実施したのですか? 違いますね。なぜって空京には、普通選挙の制度がありませんから! 空京は、クランジと呼ばれる特権階級の独裁体制下にあるからです」
 カスパールは怒りを口元にのぞかせながら、それでも冷静をたもちながら言った。
「『独裁』という悪意のレッテルが貼られた言葉をお使いですが……あえてそれをお受けしましょう。しかし、この独裁は必要があっての独裁です。この体制下でなければ、空京という都市を設立することはできなかった。議論ばかりしていて決定に時間のかかる民主制をだらだらと続けて、どうしてこの危急存亡の秋(とき)に対応できましょう? 即断即決が必要な現代、市民市民にとって、独裁と民主制、どちらがより有用でしょうか!」
 しかしその言葉は予想済だ。
「開き直りましたね。しかしカスパールさん、あなたは私の質問に答えていません。そうして論点をそらせようとしている」

 ルカルカは一歩、踏み出した。もう一歩前に出る。さらに一歩。
 止まらない。
「『必要があっての独裁』『即断即決が必要』『決定に時間のかかる民主制』……こういった価値判断は誰がしたというのですか? 『市民の皆さん』というのであれば、それは何人ですか? 空京住人の何パーセントだというのですか? そもそもあなたは、空京に暮らす人々の意見を聞いたことがあるのですか?」
 ですから、とカスパールをかわして、ルカルカはカメラの正面に立った。
「聞いて下さい、空京に暮らす皆さん。市民階級かそうでないかは関係なく、空京で生きているすべての皆さん! 総督府が意見を聞く気がないというのなら、皆さんから意見を、態度で表明しましょう!
 皆さんを閉じ込めていた壁はもうありません! 灰色の服を脱ぎ、新しい風をうけましょう。
 心に秘めていた自由の旗を掲げるのです!
 人間は誰にも支配されてはならない。未来は自分達で選び取るものよ!
 立ち上がり、武器を取れ、すべての人々よ!」
 ルカルカは息を吸い込み、力の限り叫んだ。
「今こそ自由を!
 今こそ世界を!
 取り戻すのです!!」

「なにを……」
 カスパールは二の句が継げない。論戦には自信があったのだろう。それを砕かれたゆえかカスパールは反応が遅れた。カメラは回り続けている。つまり、ルカルカの言葉すべては放映されたのだった。
 ようやくそのことに気づき、カスパールは慌てて指示を出した。
「スイッチを切りなさい! 早く!」
 ところが機材の電源は一切落ちることがない。そればかりか、
「そうはいかない」
 というダリルの声がスピーカーより響き渡った。つづいてアイビスの声もする。
「端末の乗っ取りは成功。この建物内のすべての放送機材は私たちが押さえた。鮮明な音と画像が、空京のすべてのテレビに流れたことだろう。今はちなみに、さっきの論戦をリピート放映中だ」
「もちろん、カスパールの『スイッチを切れ』発言も含めて、な」
 ダリルの口調には冷笑するような響きがあった。
「くっ……」
 カスパールは後退し、マイクをとって何か言おうとした。しかしすぐに、
「俺はダリル・ガイザック、有機コンピューターと言われた男だ。やめておくんだな、そちらが無様をさらせばさらずほど、室内に閉じこもってテレビを見ている市民たちは刺激される。もっとも、すでに蜂起している者も少なくはなかろうが」
「形勢逆転だな。まぁ、こうなることも予想はしていた」
 磁楠は陣を振り返った。
「人間は新しい環境に放り込まれたとき、即興劇の役者のように本能的にその舞台を壊さないよう行動するものだ。役柄は先着順……クランジは支配する側を先に取り、人間は残り物……始めから支配される側役しかない舞台に無理矢理引きずり込まれた。それがこれまでだったわけだ。
 だが、ルカルカの言葉で放たれた種火は、確実に蜂起の魂を人々に植え付けることに成功しただろう。あと一押し押し込めば、総督府の支配体制は瓦解する……きっとな」
「あと一押し……オレもそう感じる」
 陣がうなずくと、
「やってみてはどうだ」
「やってみるって……オレがか?」
「他に誰がいる? ほら」
 磁楠は陣の背を押した。
 あっ、とつまずきそうになりながらも陣は前に出た。意を決したのか手を上げる。
「もう一言、いいか?」
「よし、すぐ回す」とダリルが撮影機材を操作するのがわかった。
 すべてのカメラが自分に向いているのを確認すると、やや緊張した面持ちで陣は立った。ルカルカからマイクを手渡される。
「柄じゃないけど、ま、しゃべらせてもらおう」
 軽く咳をして、まっすぐ正面を向く。
「オレは、レジスタンスの七枷陣だ。
 オレらが目指してるのは、支配されたり支配する極端な世界じゃない。2020年以前の……多くの人間が自分で生き方を選ぶことのできる世界だ。でも、極端な理想主義で言ってるつもりはない。この四年で、世界はかつてとは比べるべくもなく酷い有様に成り果てた。たとえオレたちが総督府を打ち倒しても、もうこの世界で生き抜くのは正直厳しいと思う」
 ここで一呼吸置いて、さらに彼は言った。
それでも! 結果がそうであったとしても、そこに立ち向かう意志こそが重要なんや! 人間なら!
 ただ管理され享受され、生きるだけならそりゃ楽やろう。でもそんなの人間じゃない、ヒトという名前の家畜や! 今これを見てるアンタたちは一体なんや? 家畜か?……違うだろう! 人間だろう!?
 だったら立て! やせ我慢でも意地でも、立って立ち向かえ! 人間だっつーんなら!
 オレは人間として生きて、人間として死にたい。だから意地張って立ち上がって、立ち向かう! 最後の最後までだ!」
 ここまで言って陣は下がった。
「すまん、熱くなっちまって……」
 とマイクをルカに返すと、
「いや、良かったと思うよ! むしろ最高!」
 とピースサインを彼に見せたのである。