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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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 一難去ってまた
 
 
 
 元々一人乗りのペガサスに無理はさせられないからと、エメは危機から離脱した所まで走らせるとペガサスを止めた。
 ひらりとエメが飛び降りると、エルシャは慌てて下りようとしてペガサスから落ちそうになった。1人では乗っていられないと言うエルシャに手を貸し、ペガサスから下ろしてやると、エメは尋ねる。
「もう砂鰐の心配はいりません。ですが、貴方だけが助かっても意味がないのでしょう?」
 彼女は砂鰐から逃げるのではなく、杖を突き出して立ちはだかっていた。コントラクターと違い、この少女に砂鰐と戦うすべなどないはずだろうに。
「何を護ろうとなさっていたのです? 教えてください」
 エメに聞かれ、エルシャは逃げてきた方角を振り返った。
「おばあちゃんから預かった手紙……どうしても届けたかったから……服にくるんで……」
「手紙?」
「コントラクターの人に、ユトの町を助けて下さいって……あ、あそこに」
 戦う皆の間に服の色を見つけ、エルシャはそちらを指さした。
 どこだろうとエメがエルシャの見ているものを探そうと、そちらに意識を取られた……その隙に。
「ヒャッハァ〜思わぬところでお宝発見だぜェ〜いただいていくぜェ〜」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)がエルシャをかっ攫った。
 エルシャを小脇に抱えたまま、迷彩塗装を施したスパイクバイクに跨り走り去ってゆく。
「な……待て!」
 追って来ようとする大吾にモヒカンゴブリンを差し向けると、光学迷彩も併用して鮪は逃走にかかった。
「ヒャッハァ〜お前とお前のパンツを頂くぜェ〜」
 歓声を上げて砂上を走り、ある程度追っ手をまいた所で鮪はエルシャのパンツを奪い取った。
「しょぼいの穿いてやがるなダメだぜそんなのじゃよォ〜!」
 パンツを穿くならこういうのでないと、と鮪は上質な布で作られた新品の下着をエルシャに渡した。
「こいつと交換だァ〜! おまえの住んでるところの奴はみんなこんなのを穿いてるのかァ? 気にいらねえぜェ〜後で案内しろよ。村もお前と同じようにしてやるぜ」
 新たなるパンツの育成場を見つけたと大口を開いて笑うと、鮪はエルシャのやせた身体をじろじろと眺めた。
「しっかし貧相なガリガリだなァ。俺がしっかり愉しめるように肉をつけてやるぜェ〜」
 手持ちの食べ物も、と荷物を探る鮪の顔面にエルシャが投げつけた新品のパンツが華やかに咲いた。
「案内なんて絶対にしないわ」
 羞恥に涙をためた目でエルシャは鮪をにらみ付ける。
「町の人に被害なんか出させない。グリゼルおばあちゃんの下着は私が守る!」
「ばばあのパンツだとォ〜?」
 おばあちゃんのパンツ……と2.06秒ほど考えた後、鮪は言い放つ。
「そいつもまとめていただくぜェ〜!」
 パンツに老若男女の区別なし。あるとしても、たった2.06秒の差だけだ。
「させない……そんなこと」
 砂鰐と対していた時に持っていた杖も、どこかに取り落としてしまって無い。それでもエルシャはがんとして首を縦に振らなかった。
 そこに。
「その子を放すんだよっ!」
 フライングポニーに乗ったアリカが追いついてきて鮪にライトブレードをつきつけた。
「何故ここが分かったァ!?」
 光学迷彩を施しておいたはず、と言う鮪に千結が呆れたように言う。
「見つからないはずがないよ〜」
 バイクのエンジン音、巻き上がる砂煙、そして何より……こっちだと示すように砂の上に引かれたタイヤ痕。もはや光学迷彩がどうのこうのというレベルではない丸わかり状態だ。
「こっちだ! 早く来い!」
 今のうちに逃げるんだと呼ぶジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の方へとエルシャは走る。
「おまえたちはそいつの相手を頼む。オレがこの娘を安全な場所まで送る!」
「ジャジラッドにその子を渡すな!」
 その様子に気づいたリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が警告するが、既にジャジラッドはエルシャを抱えて場を離れつつあった。
 次々に身に降りかかる事柄に、エルシャはもういっぱいいっぱいになっている。どうなってしまうのだろうと不安に満ちた瞳に、ジャジラッドはにやりと笑いかけた。
「ネルガルへの反乱軍が救世主だとでも思っているんじゃねえか? 残念ながら大人の世界はそう単純じゃねえ。奴らは奴らなりの目的で動いているだけだ」
「え……?」
「おまえのような小娘はネルガル様の側仕えにピッタリだ」
 このままエルシャをネルガルの所に献上品として連れてゆくつもりなのだと、ジャジラッドは明かした。
「ネルガルの側仕えになって寵愛を受ければ町には一定の配慮もされるだろう。おまえ1人が犠牲になることによって、町が救われるなら安いものだと思わないか? 万が一反乱軍がネルガルを打倒することがあっても、ネルガルの手の者に攫われただけだと言い訳出来る。どっちに転んでもおまえの損にはならない計算だ」
「何を言ってるんだか分からないわ」
 ネルガルがイナンナに反旗を翻して以来、ユトの町でもネルガルの噂話が絶えることは無かった。ネルガルは決して酒色を好むような人物ではない。真面目で優秀な神官だった。だからこそ、立派に神官を勤め上げていたネルガルが何故いきなりこんな暴挙に出たのかと、皆不思議がっているのだ。
 ネルガルがそこらにいる町娘を献上品として喜ぶはずもないことを知っているエルシャは、ジャジラッドの言うことに全く耳を貸そうともせずに両手足をばたつかせてもがく。
「わけの分からないこと言ってないで下ろして!」
 エルシャには協力しようという気配もない。おまけに、エルシャを抱えて走るジャジラッドの前に、リュースがレッサーワイバーンで舞い降りる。
「彼女を返せ」
「何か誤解をしているようだな。オレはこの小娘にいい提案をしていただけだぜ」
「喋るな。貴様みたいなのが人間の言葉を喋ってるのを聞いていると恥ずかしくなる」
 リュースはにこりともせず、足を踏み出し、両手に剣を構えた。
 その上空では、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)がワイルドペガサスで旋回しながら、コントラクターたちへと呼びかける。
「みんな、女の子はここです! サンドワームが近づいてきています。手を貸して下さい!」
 その呼びかけに、他のサンドワームと戦っていたコントラクターの一部がエルシャ救出の為に駆けだした。
「ちっ……」
 ジャジラッドは小さく舌打ちした。
 前方にはリュース。上空にはシーナ。背後からはコントラクターたちが迫り、そして横からはサンドワーム3体が向かってくる。
 逃げる手段が自分の足しかないジャジラッドでは逃げ切れない。
「彼女を放さないのなら殺す」
 リュースのその言葉に嘘はなかった。
 ジャジラッドを殺す気で斬りかかろうとする。
 と、それを見たジャジラッドは進路を変えた。横手から来たサンドワームを避けるように……ではなく、その真ん前へと。
 そして……ブラックコートを剥いだエルシャを思いっきりサンドワームの方へと突き飛ばした!
 
 
 エルシャの身体は簡単に吹っ飛んで、サンドワームの直前に転がり出た。
 砂上に倒れて呻くエルシャにサンドワームが迫る。
「危ないですっ」
 光る箒でエルシャを追ってきたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は慌ててサンドワームを牽制しようとしたけれど、エルシャはあまりにサンドワームに近すぎる。下手に攻撃してサンドワームが暴れたら、それに巻き込まれるだけでエルシャはひとたまりもないだろう。そう考えるとなかなか狙いを定めることが出来ず、『運命の書』ノルンは焦る。
 と。
「エイムちゃん!」
 エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)に呼びかけざま、神代 明日香(かみしろ・あすか)は空飛ぶ箒を放り出して飛び降りq

「はい? 何ですの?」
 急に明日香が復興地を飛び出してノルンもそれを追いかけていったので、自分も置いていかれまいとついてきたものの、エイムには話が急すぎて理解が追いついていない。ぽや〜っと返事をしているうちに、魔鎧化して明日香に装着された。
 胸部腹部と腰の側面を覆う胴部分、腕から手先を覆う腕部分、腿から足先まで覆う脚部分。エイムは5つのパーツとなって明日香を護る鎧となる。
 空中でエイムを装着すると、明日香はエルシャのすぐ脇に飛び下りた。落下の勢いに負けてバランスを崩すのをそのまま利用してエルシャに飛びつく。
「明日香さん!」
 サンドワームの口がエルシャと明日香に向かうのを見て、2人が放り出した箒を回収していたノルンが叫ぶ。
 ノルンのいる位置からは、明日香とエルシャがサンドワームに呑まれた……と見えた。けれどサンドワームが身を起こすと、砂上には伏している明日香とエルシャの姿があった。
 明日香は押し倒したエルシャごとごろごろと砂地を転がって、サンドワームの口から逃れたのだ。
 巻き起こした風の鎧で怪我は軽減されている、とはいえエルシャにとっては厳しい。
 けほ、と口に入った砂にむせながらも、明日香は自分の怪我そっちのけでエルシャを治療した。が、その明日香へと再びサンドワームが迫る。
 今度こそ2人が食べられてしまう。
 ノルンが息を呑んだ時。
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が2人とサンドワームの間に割って入った。
 ぱくり、と大きく開けたサンドワームの口が霜月を飲み込む。
「霜月!」
 パートナーのアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)が叫ぶ。戦闘能力のないアイリスには霜月を援護することしか出来ない。
 霜月を呑んだサンドワームは、そのまま飲み下そうとでもするようにぐっと頭を持ち上げた。が、いきなりのたうち回り出すと、霜月を吐き出す。
「サンドワームの口の中に入る経験なんて、するもんじゃありませんね」
 地上に落ちた霜月は顔をしかめた。飲み込まれたのを幸いと、サンドワームの口内に光の弾丸を撃ちまくってきたのだが、決して良いとは言い難い経験だった。
 低空飛行してきたノルンが、霜月と明日香の怪我を命のうねりで包み込む。
「2人とも無茶しすぎです」
「そうであります。霜月がサンドワームの餌になったかと思ったであります!」
 闘いは嫌いだけれど霜月が食べられてしまうのはもっと困る。アイリスはほっとした余りに力が抜けそうになった。
 リュースも今はジャジラッドを追うことよりもエルシャの無事だと、暴れるサンドワームにとどめをさしにかかった。
 その頭上ではシーナが皆の援護にと、幸せの歌を歌う。
 ♪ 君と僕は いつも一緒 絆と絆で結ばれてる
    嬉しいこと 悲しいこと 楽しいこと 苦しいこと
    僕と君でいつも分かちあおう 絆と絆で結ばれてるから
    そう、僕らは2人で1人〜 ♪ 

 サンドワームの隙を見てエルシャを離脱させたいのだが、1体を倒し終えた頃にはもう次のサンドワームが目の前、3体目の敵もすぐ間近だ。
 ジャジラッドが厄介なことをしてくれたものだと思いつつも、リュースは目の前のサンドワームから手が放せない。
 そこに、砂を蹴散らして八雲 千瀬乃(やくも・ちせの)が駆け込んでくると、手近に迫っていた方に軽い一撃をみまった。
「こちらです!」
 綾刀を振り上げてその目を引く。たとえ間に入ったとしても、狙いがエルシャに向いたままでは意味がない。
「全力全開いくよ! リリカルまじかる♪ シューティングスター☆彡」
 上空から葵がきらりんと降らせた星が、サンドワームに命中する。
「なんと醜悪な生き物よ……あのようなものは速攻で潰す! ――破滅と共に闇は訪れん!」
 無銘祭祀書が生み出した暗黒はサンドワームを覆った。頭痛や不安にさいなまれ、サンドワームは苛立ちにまかせて目の前にいる千瀬乃へと向かった。
 千瀬乃は不安定な足下をしっかりと踏みしめると、サンドワームが襲いかかってくるのを待ちかまえた。
 慣れない砂地だ。下手に動いて足を取られるよりも、あえて動かず敵を待つ作戦だ。
 そのうちにと、千瀬乃のパートナーの出雲 櫻姫(いずも・おうひめ)黒栖 彩子(こくせい・あやこ)が、明日香とエルシャが下がれるようにと援護についた。
「敵はどこから来るか分からぬ。くれぐれも気を付けねばな。この女子を無事にあの珍妙な獣どもの牙の届かぬところに導かなくてはならぬ」
 前方のサンドワームだけでなく周囲に目を配って櫻姫が退路を探している間に、明日香はそれまでしっかりと抱きかかえたままだったエルシャを起こし、マントでくるみこんだ。
「大丈夫?」
 明日香の呼びかけにエルシャはかろうじて頷いたが、重なる危機に顔色は紙のように白く、マントでくるまれても身体の震えが止まらない。
「早く安全なところで休ませないといけないですねぇ」
 このままでは精神的にもエルシャがまいってしまう。マントをかけた上からもう一度しっかりとエルシャを包み抱くと、明日香は上空で心配そうな瞳でこちらを見ているノルンに指示を出す。
「ノルンちゃん、ファイアストームを地面めがけて撃って下さい〜」
「地面に、ですか?」
「サンドワームは地中を移動する生き物ですぅ。きっと視覚よりも振動とか熱を感知して攻撃してきているんだと思います〜」
 だったら油でも撒いてやれば効果的かと如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は持っていた油を準備した。それほどの量はないが、しばらくの間熱を保ってくれるくらいは役立つだろう。
「ではその隙に下がるかの。千瀬乃もサンドワームの足止めを頼むぞ」
 万が一突破されたら自分が相手する心づもりで、櫻姫は退く皆よりもやや前に出る。
 彩子は『今から下がる』『心配するな』と書かれた看板を次々にエルシャに見せた。喋らない彩子にとってはそれが会話の代わりなのだが、エルシャは何の反応も見せなかった。
 カナンで文字の読み書きができるのは、冒険者や長老、年配者といった限られた人々だけ。文字の読めないエルシャから見れば、次から次へと出される看板は意味不明のものでしかない。
「いいですかぁ? じゃあノルンちゃん、やっちゃってください〜」
「明日香さん……無茶しすぎです」
 はらはらと胸を痛めながらも、ノルンは地面に向けてファイアストームを放ち、正悟はそれにあわせて油を撒いた。
 ごうと地面を走る炎の嵐に、サンドワームがそちらに意識を取られる。
「今のうちじゃ!」
 櫻姫の合図にエルシャを連れた明日香はサンドワームと距離を取った。
「粘り強さなら普通の女の子たちには負けません!」
 こういう時のために小さな頃から剣道漬けだったのだと、千瀬乃は全力でサンドワームに挑む。エルシャの避難はパートナーに頼んである。だから自分の役割はサンドワームを倒して無事に戻ること。それだけを念頭に置いて。
「剣鬼の教えを受けた私の刃、獣の牙に後れは取らない。――いきます!」
 迫るサンドワームの頭部を千瀬乃が打ち据え、霜月が捨て身で斬りかかるのにあわせ、葵も上空からシューティングスターを放つ。
『今です』
 彩子が看板を明日香へと突きつける。
「ノルンちゃん、援護はお願いですぅ」
 明日香はエルシャを抱いたまま、空へと待避する。
 エルシャの避難が済めば、もうサンドワームの攻撃を受ける壁はいらない。
 それまでは防戦優先で戦っていたのが一転、コントラクターたちは攻めの戦いへと移る。
「雷帝招来!」
 無銘祭祀書が高らかに呼ばわると、雷がサンドワームへと降り注ぐ。
「これで終わりだよ! スターダスト・エクスプロージョン」
 葵は魔法少女のコスチュームでくるんと回ると、とどめの星をサンドワームにくらわせた。