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リアクション
ユトの町
朝の光が砂にまみれた大地を照らし出す。
ゆるやかな起伏を覆う砂には自然の妙たる風紋が刻まれ、朝日を受けている様は……この砂が人々を苦しめているのだと知っていてもなお、美しく目に映った。
「地図によるともうそろそろのはずですが……」
目印となるものが見えないかと御凪真人は周囲の風景と地図とを見比べた。
夜間の旅程となったが、エルシャから聞いた目印は見落とさないように気を付けて来たはずだ。とすればそろそろ、町らしきものが見えてきても良いはずだ。
「あれじゃないかな?」
「え、どこどこー?」
黒崎天音が指さす方向を、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が身を乗り出すように眺める。
「何にもないよー?」
「リン……たぶんむこうにみえるのが……そう……」
プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)に教えられてもうーんと首をひねっていたリンだったが、近づくにつれてそこに建物が固まっているのがはっきりと見えてくる。
「町だー! 町があるよっ」
「……だからさっき……」
そう言ったのだけれど、と続けようとしてリンのわくわくしている様子が目に入り、その先を言うのをプリムはやめた。
あと少しで町、というところまで来ると、天音とパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は一旦足を止めた。
「僕はもう少し後で町に入ることにするよ」
うっかりサンドドルフィンたちを連れて入って食料にされたら大変だから、と冗談めかして言うと天音はしばらくそこに留まることにした。
2人をその場に残すと、あとの者たちは町へと向かった。
「ちょっと早すぎたでしょうか」
あまり朝早くから町を騒がせることになっては、と関谷未憂はまだ静かな町を見回す。
「あそこに誰かいるようです。まずあの方に話を聞いてみましょう」
町を歩く人影を見つけ、真人はそちらへと向かった。
「すみません、教えていただきたいのですけれど……ここはユトの町でしょうか?」
尋ねた相手の女性は60歳代半ばといったところ。けれど矍鑠としていて歳を感じさせない生命力が溢れている
「ああ、その通りだよ。そんなことを聞くあんた方は?」
カナンの人々とは違う格好、違う雰囲気のコントラクターたちに女性は尋ねてくる。
「朝早くからごめんなさい。私たちはシャンバラからカナンに来ている契約者の者です」
未憂は挨拶すると、エルシャが持っていた手紙を見せた。
「手紙を見てこちらに来ました。グリゼルさんとお話がしたいのですけれど、いらっしゃいますか?」
「グリゼルはあたしだけど……」
そう言いながらグリゼルは期待の目をコントラクターに向け、次いでふと暗い目をした。
「そうかい。あの子はやってくれたんだね……」
グリゼルが何を誤解しているのかを察して、未憂は慌てて説明する。
「あ、安心して下さい。エルシャさんは無事です。ちょっと疲れているようなので、少し休んでもらってるんです。順調に行けば、今日にも町に帰って来られると思います」
その説明にグリゼルはゆっくりと息を吐き……ようやく心からの笑みを浮かべた。
「ありがとう。それじゃあんたたちはあの手紙に応えてやってきてくれたんだね」
「はい。でも私たちだけじゃありません。エルシャさんと共にもっと多くの契約者がこの町に向かっているんです。近くまで道が出来ていることを伝えるためだけでなく、ユトの町のお手伝いをするために」
未憂が言うと、衿栖もそれに力強く言葉を添える。
「もう大丈夫です。ユトはこれから蘇るんです!」
「その為にも、町長さんや町を代表する方々とつなぎを取っておきたいのです。俺たちがしようとしていることを、まずはユトの主立った人に伝えておきたいのです」
真人の頼みにグリゼルは快く頷いた。
「分かった。すぐにたたき起こしてくるからね。狭いところだが、うちで待っていてくれるかい?」
グリゼルはコントラクターたちを自分の家に通すと、すぐに出ていって町の主立った人々を連れて戻ってきた。
「何と。シャンバラの人々が動いてくれているというのは本当だったのか」
仰天する町の人々に、だからエルシャが言っただろう、とグリゼルは渋い顔を向ける。
「あんたたちが信用しないから、あの子を危険な場所に送り出す羽目になったんだよ。反省おし」
「実際に見ないと信じられないという気持ちは分かります」
真人は苦虫を噛み潰したような顔をしている顔役たちをフォローすると、自分たちがカナンの復興の為に動いていること、ネルガルに敵対しイナンナに協力していること等、現在のコントラクターの行動目的を誠意を持って伝えていった。
このあと到着する皆の復興支援がうまくいくかどうかは、こちらをどのくらい信じてもらえるかにかかっている。だから真人は嘘や誤魔化しをまじえずに、率直に語るように心がけた。
「今も降砂を止めようと戦っている人たちがいます。すぐには無理でも、いつかこの砂は止みます。そのためにがんばっている人たちがちゃんといます。だから、この町の皆で砂の止む日を迎えるために、少しだけお手伝いさせてください」
「そりゃあ有り難いのう」
町長のサルモンは満面の笑みで喜んでくれる。
が、グリゼルはサルモンを制して尋ねてきた。
「あたしたちにとっては有り難いことだけど、別にこの町だけが特別なんじゃない。他の地域のことは知らないが、この付近の町や村は全部こんな状態だ。なのに、うちの町だけ手を貸してもらって良いものかねぇ。あたしはこうして、カナンの為に動いてくれている人がいることが知れただけで十分だと思ってるんだよ」
ユトだけが苦しいわけではない。カナンに住む多くの人が砂と絶望に苦しめられているのだと言うグリゼルに、未憂はそうでしょうねと答えた。
「この町のことはたまたま知れましたが、他にもきっとたくさんあるんですよね……。でも、たまたまでも知ったのは何かの縁だと思うんです。それに、この町だけではありません。他の地域の為にも復興は行われていますから」
カナンの地には道や施設が次々と作られ、緑化も進んでいるのだという未憂の説明を聞いて、グリゼルも納得する。
「だったら頼んでしまおうかね。本当に有り難いことだよ」
「そうじゃそうじゃ。わしらに出来ることは何でも協力するからの」
グリゼルの横やりにはらはらしていたサルモンは、大急ぎで身を乗り出して頷いた。
町の顔役たちによって、コントラクターがユトの復興の手伝いに来るのだということが町の人々に知らされた。
半信半疑で様子を見に出てきた皆の前でリンは魔女のスープの歌を歌う。
「♪ 魔女のスープ魔法のスープ 味にはあんまり期待しないでね
甘いの辛いの酸っぱいの苦いの お好みで調味料をどうぞ
とりあえずの腹越しらえに 少しだけ温まるように
魔女のスープ魔法のスープ 朝飯前にご用意します ♪」
「ということでご飯の代わりになるもの持ってきたよー。良かったら食べてね。他のみんなが着いたら、きっともっと美味しいもの用意してくれると思うけど」
お腹がすいていたら力が出ないから、とリンはギャザリングヘクスのスープを作り出して皆にふるまった。
1つの鍋で食べられるのは3、4人。だからどんどんと作っては提供する。
「……しばらく……おせわに、なります……」
プリムは町の人々に頭を下げると、持ってきたお菓子を子供たちに分け与え、幸せの歌を歌った。
「♪ あなたのうえに、やさしいうたと、やさしいことばを
あなたのむねに、ひとつぶのあかりを ♪」
ユトの人々の為、午後には到着するはずの皆の為、どうかこの町に一粒の灯りが灯りますように、との願いをこめて――。
天音がユトに様子を見に来た時には、顔役との交渉はほぼ終わっていた。
「交渉はうまく進んだようだね」
まだうち解けてこそいないけれど、町の人から受ける視線に敵意は無い。そのことに安堵しながら、天音はグリゼルをはじめとした町の顔役と話しに行った。
「今のユトに必要とされているのは、まずは食事かな。腹が満たされれば少しは気力も湧くと思うのだけれど」
そう言って天音は物資として持ち運んでいた食料を提供した。種もみや小麦の他に、塩や粒こしょう、氷砂糖のような調味料も含まれている。それほど多くの量ではないが、エルシャと共にこちらに向かっている他のコントラクターたちからも、食料の提供はなされるだろう。
「ひとまずはこれで腹を満たしてもらうとして。それ以外にこの町では今何が一番必要とされているのかな?」
「食べ物飲み物、生きていくために必要なものだね」
「それは恐らくもうすぐやってくる皆も考えていると思うよ。その他には何があるかな。エルシャの話だと布も不足しているという話だったけれど」
「ああ、何もかも足りないのじゃ。衣類に道具、それから薬草や油……」
これ幸いと言い始めたサルモンを制してグリゼルが答えた。
「他は今のところ問題ないよ。布や日用品の類は、新しく何かを作るのをためらう程度には不足しているが、まだ何とかなる段階だね」
「しかし、せっかくじゃろうに」
不満げなサルモンに構わず、グリゼルは続ける。
「生きていけるという希望が蘇れば、町の者で作り出すことができるようになるさ。どの町だって厳しい状態の中やってるんだ。そこまで助けてもらったら、情けなさ過ぎるってもんだろう」
必要なのは足りないすべてではないと言うグリゼルと、不足は出来るだけ助けて欲しいと言うサルモンとは意見が合わないが、日々の食料と水の確保が第一、その他の生活物品は不足し始めているかあるいは不足することが予想されている、という状況のようだ。
それぞれの意見や町の実情を聞き終えると、天音は一旦町の外の所へ戻った。
待機場所で退屈しのぎと腹ごしらえをかねて干し肉を囓り、時にそれを待たせているサンドドルフィンにも与え、しながら待っていたブルーズが近づいてくる天音に気づいて顔を上げる。
「案外早かったな。揉め事は起きていないという事か」
「ああ、先行者の皆はうまくやってくれたようだね」
天音はそう言いながらよしよしとサンドドルフィンを撫でてやり、自分も餌を与えた。サンドドルフィンは獲物が捕れない時は肉以外の草や木の根を食べることもあるが、基本的に肉食の動物だ。
サンドドルフィンは、砂漠化が進んでいるカナンでは乗り物として重宝されている。普通のイルカと同等の知能を持ち、訓練次第ではある程度人語を解するようにもなる頭の良い生き物だが、砂地でしか生きられない。
「ブルーズもドルフィンたちも十分休めたかい?」
「どうせこき使われるだろうと覚悟はしている。何をすれば良いんだ?」
「そうだね。まずは西カナンのマルドゥーク卿の所に行ってもらおうか」
「一体何日かかると思ってるんだ」
「何日もかかるだろうから、気を付けて行ってきてくれ。ブルーズだけでなく皆もよろしく頼むよ」
天音はキュイキュイと鳴くサンドドルフィンに軽くキスをすると、手紙と必要物資の目録を託した。
マルドゥーク宛ての手紙には花嫁衣装を一着用立てられないかという相談が書かれている。エルシャが助けられた際にちらっと見ている為、だいたいのサイズを目測で記しておいた。
ユトの町辺りでは決まった花嫁衣装の形はなく、貴族の簡素なダンスドレスのような服が晴れの衣装として使われているということだから、用立ては難しくないだろう。
必要物資は西カナンの住人たちに運んでもらうつもりでいる。復興を目にしている同じカナンの住人に、ユトの町の人を励まして貰えたら効果的だろうと考えてのことだが、西カナンとて復興の真っ最中。そこから人と物資を送ってもらうのはかなり難しいことだから、こちらは叶わない可能性の方が高いだろうと思われた。
「では……」
行ってくると言いかけて、ブルーズは黙った。その視線の先で数人の人影が動いているのが見える。
ユトの様子を窺っているらしきその人影はしばしその場に留まった後、立ち去って行った。
「ネルガルも情報収集には熱心とみえるね」
「やはりそうか。そちらも十分に気を付けるのだぞ」
ブルーズは気がかりそうに何度も天音を振り返りながら、サンドドルフィンとともに発っていったのだった。
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