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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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第3章 乗船前

 青葉は、可能な限り正確な、ナラカ探索隊の名簿を作成した。
 可能な限り、というのは、変装などをしている者もいるからである。
 かつて『ちぎのたくらみ』や異性装を使って警戒網を抜けられた経験が、彼にはある。
 名簿を作成して探索隊員を把握し、その上で、指名手配犯などの要注意人物は乗船させるべきではない、と、彼は考えていた。
 腕ずくでもだ。

「は? 何で?」
 名簿はシャンバラ側の責任者の他、エリュシオン側にも届けた。
 そして旭は、自らが乗艦する3号艦の責任者、斯波大尉に上告した。
 が、その返答が、何で? である。
「何でも何も……犯罪者を、今この場で何もしていないから放置、なんて有り得ない、で、しょう」
「…………」
 制服ではなく、パワードスーツのアンダーウェアに上着を1枚羽織っているだけの斯波大尉は、暫く上空を見上げて考え込んでいた。
 任務中はずっと、有事の際にすぐにスーツを纏えるこの格好でいるらしい。
「うーん、あなた、何か勘違いをしてるわ」
「え?」
「国軍が、“来る者拒まず”で人員を募集したのは何故だと思う?」
「……」
 むっつりと黙る旭に、斯波大尉は笑った。
「ナラカが危険な場所だってことが、行く前から解っているからよ。
 私達はね、戦力を欲しているの、切実に。
 その結果集まった連中を船に乗せない、ってのはナシでしょ。
 素性なんて関係ないわ。小さいこと言ってないで、利用できるものは神でも悪魔でも利用する、くらいの気構えでいなさい」
「利用……」
 何だか、とても卑劣な内容の話を聞いているような気がする。
 顔をしかめた旭に、更に斯波大尉は笑った。
「ぶっちゃけようか? 使い捨ての駒は、いくらいてもいいのよ」
「ワタシ達は、使い捨てなの?」
 旭のパートナー、ゆる族の山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が問う。
「そうじゃないから、こうして私に上申に来てるんでしょ」
 斯波大尉は肩を竦める。
「……ま、これはぶっちゃけすぎだけど。
 でもね。集まった連中が内心でどんな意図を持っていようと、この先にあるのは、ナラカという自然そのものとの戦いよ。
 敵対してる余裕なんてないわ」
 納得できない、という様子の旭に、斯波大尉は微笑む。
 正義感が強いらしい彼に、このような説明で諭すのは無理なのだろう、と思った。
 内心で微笑ましく思いつつ、でも。
「理解なさい。世界は綺麗事だけで回ってるんじゃないの。
 理解できなくてもいいわ。我慢なさい」
「……しかし、それで内側から攻められたらどうするんだ」
「その為に私がいるんでしょ」
「あなたで、何とか出来ると?」
「できるわよ」
 斯波大尉はあっさりと言った。
「あなたの名簿と犯罪者資料、見たけど、一対一ならまず負けないわよ。
 多数で来られたらこっちも多数で相手するし、必ず勝てっていう状況なら卑怯な手を使うし」
 旭は絶句した。
 確かに自分も、必要ならば対人攻撃にイコンを使うことすら辞さないつもりだったが、彼女は、卑怯な手を使う、と堂々と言う。
「でも敵は、そんな連中じゃなくてナラカよ。間違えないように。
 あなた、ちゃんと戦えるんでしょうね? イコンは持参してる?」
「勿論です」
 答えると、斯波大尉は微笑んで頷き、ポンとその肩を叩いた。
「我慢なさい。でも、曲げなくていいわ。
 綺麗事だけじゃ、世界は回せないけど、綺麗事がないと、回せないものよ」


「斯波大尉とは、どのような方なのでありますか?」
 教導団にいても、聞かない名前だった。
 補佐の為に側につく大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)の問いに、都築少佐は、あいつか、と苦笑した。

 都築少佐は、パートナーロストの影響で左腕が麻痺している。
 その補助になれればと側につき、あれこれと気を使う丈二に、都築少佐が
「そんな念入りな介護が必要なほどじゃないぜ」
と苦笑したのは余談だ。

「簡単に言うと、清濁合わせ持つ、っていうかな」
 彼女を一言で説明するのは、とても難しい。
「正義や正しいことが大好きだが、全く同じ比重で、悪や卑怯なことも大好きなんだよな」
「……は?」
「正しいことをしたがる奴は普通に多いからな。
 必然的に汚い仕事を多く任されることになるわけだが」
 正義のために、正義の組織に所属して、何の迷いも憂いもなく非道な行為が出来るような人間は、そう多くはないだろう。
 信念の為に耐えるのではなく、そうすることを喜んで。
「下の奴等にはもっぱら嫌われている奴だが……。
 単独任務が多かったのに、今回は珍しく表に出てきたな。
 あまり近付かないでおけよ。
 歯に衣を着せることを知らねえし、気に入った奴はいじめるタイプだからな」
「り、了解であります」
 緊張した声音で答える丈二に、まあ固くなるな、と都築少佐は笑った。


「問題のある人物は、同じ一つの艦にまとめて乗船させるべきではないかな」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)の提案に、斯波大尉は腕組みをして深く頷いた。
「全くそうよね。
 あんな面白そうな連中、エリュシオンの船に乗せておくのは勿体無いわ」
「……そういう意味じゃないんだけどな」
「あら、違うの?」
 本気できょとんとするのに天音は苦笑する。
「大帝と同じ船に乗せるのは危険かと思うのだけど」
「ああ、報告は受けてるわ。
 危険人物として認識はしてるけど、でもまあ、本人が表立ってでかいことをしでかしたってことでもないみたいだし、とりあえず全員好きにさせとく、ってことになってるのよね。
 ま、何か面倒ごとを起こして手に負えないようなら報せてちょうだい。
 尻めくってひっぱたくなりナラカに蹴落とすなりするから」
「僕が?」
「あら、だってあなたも御座船に乗り込む気なんでしょ」
 言われて、天音は肩を竦めた。

「……あれ?」
 出発前に、飛空艦の方に乗り込むという樹月刀真と話をしておこうと行った先で、天音とパートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、意外な人物を見掛けた。
 ソア・ウェンボリス達に囲まれている少女、ハルカである。
「何故、彼女がこんな所に……?」
 ブルーズが呟く。

 歩み寄った2人は、話を聞いて顔を見合わせた。
 そして再びハルカを見て、天音が提案する。
「僕達は御座船に乗り込ませて貰うけれど、ハルカも一緒にどうだい?
 龍騎士に護衛されている船だから、前線の国軍の船より安全かと思うんだけど」
「その方が良いのかもしれんな」
とブルーズも頷く。
 ハルカは少し考えたが、ごめんなさい、と言った。
「ハルカ、そあさん達と一緒がいいのです」
「そう」
と天音は微笑む。
「無理強いはしないよ。……そうだ」
 持っていた、デスプルーフリングを取り出す。
「よかったら貸そうか」
 それを見てソアが苦笑した。
「ん? 何だい?」
「ありがとうなのです」
 ハルカは嬉しそうに受け取る。
「流石に多すぎんか?」
 光臣翔一朗が言うが、
「多すぎないのです」
とハルカは答える。
 これで、ハルカの持つデスプルーフリングは合計4つだ。
 ハルカは、サイズの合うソアのリングを指に嵌め、残りはオリヴィエ博士のものと一緒に鎖に通した。


 そうして御座船に乗り込む最中、天音はふと眉をひそめた。
「天音?」
 訊ねたブルーズは、天音の視線の先を辿って首を傾げる。
 特に、天音の表情を渋らせるようなものがあるとは思えないのだが。
 再び歩き出した天音は、船に乗り込む少女の耳に囁いた。

「……バレてるよ」

 少女は、はっと振り向く。
「騒ぎは起こさないことだね。
 上に報告して捕獲されるだけのことをしているよ」
 黙って睨み付ける少女に涼しく笑って、天音はブルーズと共に少女と、隣りに立つ少年の横を抜けて乗船した。

「あれは誰?」
 エリュシオン出身の魔女、ネヴァン・ヴリャー(ねう゛ぁん・う゛りゃー)は、隣りに立つ三道 六黒(みどう・むくろ)に訊ねた。
 2人とも、六黒の『ちぎのたくらみ』によって変装していたのだが、天音はそれを見抜いたのだ。
「知らぬ」
 六黒は答える。
「だが、恐らくファリアスに居たのであろう」
 エリュシオン、ミュケナイ地方の選帝神の座を狙う者、その力を有する者との死闘が、シャンバラ辺境の地、浮き島ファリアスにて起きたのは、つい最近の話だ。
 野望を断たれた魔女、ネヴァンは、六黒に導かれて生き長らえ、彼と契約したのである。
「……ふぅん」
 ネヴァンは面白く無さそうに呟く。
「それにしても、この変装、役にたってないんじゃないかしら」
 ナラカの仮面までつけていたのに、とネヴァンが文句を言うと、六黒は肩を竦めた。
「余計な詮索は煩わしいと思ったのだが」
 そう、今の天音のように。
 六黒の目的はドージェだ。
 ナラカに到達するまでは面倒を起こすつもりはないし、船賃程度の働きはするつもりでいる。
 ――ということを説明したとしても理解はされないだろう、と思うので変装をしていたのだが。
「元々あ奴は、我等に対し警戒を強めていたのだろう」
 他の者達にも簡単に見破られるとは思えないし、天音も上からの命令があるからか、とりあえず静観するつもりのようだ。
 六黒はこのまま変装を続けることにした。



「共同作業といっても、バラバラで動いていたら意味が無いし、人質、と言ったら語呂が悪いけど、迅速な情報手伝達係も兼ねて、数名ずつ交換しておくのはどうかな」
 と提案したのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)である。
「そうすれば、連携もとりやすくなるんじゃ?」
「それは、特に意味が無いだろ。
 通信手段ならあるし、そもそもこっちの人間、大勢向こうに乗り込んでるしな」
 都築少佐がそう答える。
「ま、立場は微妙だが、元々向こうの人間だったのも一人、こっちに居るし」
と、肩を竦めた。
 そう言われては仕方がない。正悟は諦めた。


「またすごいモンを持ち込んだもんだな」
 大型飛空艇を持ち込んだ風森 望(かぜもり・のぞみ)に、長曽禰少佐は半ば呆れ、半ば感心して言った。
「戦闘もそうですけど、ナラカへ向かう道中の戦いには、足場が必要だと思ったので。
 皆さんが飛べるイコンをお持ちなわけではないでしょうし、物資を積める倉庫も、一つ多いにこしたことはないでしょう?」
「できるだけ節約はさせていただきますが、弾薬の補給は受けられるのですよね?」
 パートナーのヴァルキリー、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が訊ねる。
「ああ、それは勿論だ」
 長曽禰少佐はそう請け負った。
 しかし、さすがにこれは、飛空艦に収納することはできないので、随行させることにし、既に相応の処置は施してある。
「で? おまえはどうやって戦うんだ?」
「勿論、生身で」
 望はにっこりと笑った。