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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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4.発見イレイザー

 どんな学校であっても、その生徒はおおよそ二種類に分けられる。理由があってその学校にやってきた者と、そうでないものだ。
 スポーツのため、進学のため、もしくはそこに共に通う仲間がいるからか。どれであっても構わないし、また後者の目的が無いというのも、責め立てるようなことでもない。目標なんてものは、そこで学びながら見つけても決して遅くはないのだ。
 彼は、後者だった。教導団に入学した理由は特になく、強いてあげれば些細な憧れのようなものはあったかもしれないが、面接で用意する答え以上の理由は特に持ち合わせてはいなかった。
「おい、大丈夫か!」
 仲間を肩に担ぎながら、必死になって足を前に出して、気がつけば背後にアレの姿はなかった。心臓を鷲掴みするような咆哮をあげる化け物は、もうとっくに見えなくなっている。
 意識が朦朧とし、視界もまた霞がかかっていたが、駆け寄ってくる人影を何とか認識できた。
「大尉の調査隊だな? 大尉は?」
「我々を逃がすために、まだ……あ、おい!」
 その人影は、仲間だったようだ。軽症の部隊の仲間が報告を行っている。救援がきたのなら、肩に担いだ仲間を預けてやらなければならない事がある。囮となった大尉を救出に向かわなければならないのだ。
「馬鹿、お前が一番重症なんだぞ!」

 背中に大きな火傷を負った隊員を取り押さえて、藤原 忍(ふじわら・しのぶ)は携帯電話を取り出した。電波が届いてなくとも、パートナーである龍造寺 こま(りゅうぞうじ・こま)には連絡を取ることができる。
「大尉の部隊の生存者を発見した。あ、くそっ、あばれんな! ああ、なんでもない。こっちに治療できる奴を回してくれるように頼んでくれ……わかったよ、説教ならあとで受けるからさ」
 どうやら、隊を編成している最中に一人で飛び出した事に、本部はお冠らしい。
 別に手柄を独り占めしたいと思って行動していたわけではないが、彼女の考えは―――そもそもそれを考えというのかはわからないが、伝わらないだろう。
「しょーさが、しょーたいの状態について教えてほしいっていってるんだにゅ」
 こまに言われて、忍は確保した小隊の人数が四人であることを伝えた。うち、一人は背中に大きな火傷を負い、また一人は片足を骨折している。二人は軽症だが、どちらも極度の疲労状態だ。ここまで重症人二人を担いで、徒歩で逃げてきたのだから当然だろう。
「しょーたいは全部で三十人だって言ってるんだにゅ」
「おい、他の奴はどーした? あーったく、だから動くなっての!」
 取り押さえている奴が、もがく。普通なら動けない程の大怪我を負った体を動かすのは、精神的な部分から来ているのだろう。つまり根性だ。どうやら、大尉や他の仲間を救出したいらしい事をうわごとのように呟いているが、行かせるわけにはいかない。絶対に無駄死にするだろう。
「四五人の班に別れて、別々に逃走したんだな。ってことは、あと五つは班が残ってるってわけか」
 報告をしながら、いつまでたっても来ない救援部隊に忍は苛立っていた。
 根性だけはあるらしいこの大馬鹿者は、忍ぶが全力で抑えてないと今にも走り出しそうだった。

 イレイザーの戦闘能力はイコン数十機分だというのは、いくらなんでも誇大評価だろうという考えは、少なくない人数が思ったことだ。
 シャンバラで活動する契約者にとって、イコンというのは案外身近な存在だ。それが、どれぐらい強力な兵器かは体感として理解している。それが、数十倍―――想像しろ、というのが難しいだろう。
「体感してみると、案外なっとくできるものですね」
 まず、とにかく大きい。二十メートルという話しだったが、翼を広げた姿はその倍にも見える。さらに、背中からはえた何本もの触手が、縦横無尽に動き回り火炎弾を吐き出して攻撃をしかけてくる。
 例えるならば、動く要塞だろうか。その威圧感と火力は、体感として人間が立ち向かっていいような相手には思えない。
「……けが人は一刻も早く撤退させるべきですね」
 彼らの為にも、自分達の為にも、御凪 真人(みなぎ・まこと)は発見した小隊に一刻も早く撤退してもらう必要があると判断した。誰かを守りながら、なんて考えを持っていたら、それこそまとめて吹き飛ばされるだろう。文字通りの意味で。
「治療はあとどれぐらいかかりそうですか?」
「うん、もう少しで傷口は塞がるよ」
 メジャーヒールでライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は発見した小隊の面々を治療していた。
「傷口が塞がり次第、移動しましょう……近くに居るだけで、危険過ぎますから」
 イレイザーの触手が吐き出す火球は、着弾と同時に大爆発を起こす。また、あの禍々しい頭部から吐き出される衝撃波は、イコンを飲み込むほどの範囲を持つ。流れ弾一つ、楽観しするわけにはいかない。
「そうだね。少し行けばバイクに乗れるから、そこまでは頑張って走ろう」
 治療を終えたライゼが、生存者を励ます。彼女の言うように、少し離れた岩場の影に、バイクを隠している。ここから走って、二分もかからない。
「垂、すぐ戻ってくるから、頑張ってね」
「行きましょう」

「移動を始めたか……援護無しか、厳しいな」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は少し茶化したようにして言う。それをすぐ近くで聞いていたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は「余裕あるね」と同じように言い返す。
 先ほどまでは、真人がブリザードなどの魔法で二人を援護し続けていた。厄介な動き回る触手を吹き飛ばすにはどうやら威力が足りないようだったが、死角に回り込もうとしたり、火炎弾の狙いを定めようとしている触手の邪魔はかなり有用だった。
「あっちの撤退を援護しつつ、検証する余裕はないかも」
「検証?」
 パワーブレスを受けても触手の相手をするのがやっとのセルファには、垂の言葉につい呆れてしまった。この戦いの最中、弱点は無いかと攻撃手段を切り替えながら試していたらしい。
「それで、何か見つかったの?」
「うーん、今んところ。ああでも一つわかった。触手にある口は、呼吸してないっぽい」
 真人が対人用の攻撃手段と見た触手は口があるものと無いものの二種類があった。口があるのは、全体的に太くなっており、そうでないものは細い。どちらも、触手の先には甲殻のようなものがあり、そこには剣が中々通らない。そうでない部分には刃は通るが、そもそも太い上に動き回るため、中々切り落とすまではいかないでいた。
「呼吸してないって、なんで?」
「あれがこっちに噛み付こうとしてきた時にさ、しびれ粉を使ったんだよ。全く効果なし、触手の先にある口は砲身みたいなもんなんだろうな」
 推測だけどな、と最後に付け加える。
 あまりにも相手が大きすぎるために、一撃だってもらえない状況で垂はよく観察していた。イレイザーを見つけた時に気押されずに進んでいったのは、単なる無謀とは違うらしい。
「さーて、せめて痛い思いさせて、こっちに意識集中させてやるか」
 撤退している仲間のために、さらに前に進む垂に、遅れるものかとセルファも前へと進んでいった。

 振り上げられた触手の先は、五十メートル以上に達し、それが重力だけでなく強い力を持って振り下ろされる。防御力を上昇させるスキルで身を固めていても、いや、イコンの装甲であっても直撃したら持たないかもしれない。
「あんまりトリッキーな攻撃してこなくて助かったな」
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、イレイザーの動きは知能によるものではなく、反応に近いものではないかと予測していた。それが正解かどうかはわからないが、しかし少なくとも触手は考えて行動しているといった様子は受けない。
 口から発射される火炎弾は直線的に獲物を狙うし、口のないものも同じように真っ直ぐ当てようとして攻撃をしかけてくる。ちゃんとよく見れば、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)も攻撃を避けることぐらいならなんとかなる。
 かっこよくギリギリで避けたりしようなどとは考えず、火炎弾も打撃も大きく距離を取るように逃げる。爆風は当然脅威であるし、打撃の風圧も近くにいると足元を掬われかねないのだ。
「なんとか、こっちからも打撃を加えたいんだけどな」
 そう思いはするものの、テノーリオは手にもつさざれ石の短刀の間合いにすら入れないでいた。
「無理はするなよ」
 焦る気持ちを察してか、トマスが声をかけてくる。
 短刀を使えれば、石化が効くのかどうかも調べることができる。危険を冒してまで確かめる必要があるかと問われれば、たぶんあるのだろう。だが、今優先すべきはイレイザーの足止めだ。あちこちで発見された小隊の生き残りを治療し、撤退させる作業の方が今は大事だ。
 こうして、偶然の産物で追い詰められないよう仲間と連携して攻撃を避け続けることには、大きな意味がある。
「ちゃんと帰んないと、魯先生の鍋食わせてもらえないもんな」
 イレイザーを食材として利用しよう、なんて極端な発想をした魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は冗談ではなく本気でそのつもりだ。椅子以外の四本足は全部食べるという国の人の言う事はスケールが違う。
「二人とも、イレイザーの振り下ろしを誘える?」
 二人にミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)の通信が入る。彼女から連絡が入ってきたという事は、こちらから仕掛ける用意が整ったということだ。
「了解、やってみる」
 視線で問いかけてきたトマスに頷くと、トマスがそう返事を返した。

「今じゃ!」
 武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)の声とほぼ同時に、フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)は飛び出した。
 地面に叩きつけられた触手に向かっていく。叩きつけられた衝撃で強い風と埃とが舞い上がって視界を塞ぐが、巨大な触手を見失うことなんてありえない。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 イレイザーの触手は太く、一太刀で切り落とすのは難しい。装甲で守られていない部分は堅くはなく刃が通るのだが、じっとはしてくれない触手に無理やり刃を入れると、そのまま空中へと釣り上げられてしまう。
 現に、よく見れば触手のあちこちに、剣や槍が突き刺さっている。切り落とそうとして適わず、釣り上げられないように手を離した結果だ。
 そこで、足りない威力と刃渡りを補う方法として叩きつけられた触手を左右から同時に二人で切りかかることにした。こうすれば、一人の担当は半分になるし、二人の力で押さえつければ釣り上げられる危険も減るはずだ。
「く、これほどまで!」
「このままじゃっ……!」
 刃は深く深く、触手の肉を切り裂いていくが、一瞬で切断するには至らない。
 迷いが生じた。このまま切り込んで切り落とすまでいくか、それとも安全を取って武器から手を離すか。その迷いは、ほんの僅かな一瞬だったが、その時には体が浮かび上がっていた。
「フェイト!」
 鉄の龍神の声がする。その時にはもう武器から手を離していたが、ほんの僅かな一瞬で数メートルは持ち上げられてしまっていた。そして、視界一杯に触手の先にある巨大な口が広がっていた。
 鋭利な歯は、彼女の身を包む防具などいとも容易く貫くことができるだろう。防ごうにも、獲物はたった今手を離してしまった。触手に深く食い込んで、握っているから何ができるというものではないが、無手である事の不安の方が今は大きい。
「させぬでござる!」
 その声は、彼女の耳には届かなかった。代わりに、強烈な爆風が彼女を弾き飛ばした。
 武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)の対イコン用爆弾弓が、触手がフェイトに食らいつくよりも早く、その口の中に飛び込んだのだ。対イコン用と名がつくだけあって、その爆発を口内で受け止めた触手は大きくのけぞり、そのまま地面に倒れて落ちた。
「おっと」
 吹き飛ばされたフェイトを、弁慶が受け止める。
「あまり無理はなされるな。相手は強大ぞ」
「……申し訳ありません」
 爆風に煽られただけで、フェイトには特に外傷は無かった。すぐに自分の足で立って、自分の武器を探す。
 思いのほか、簡単に見つかった。見せ付けられたというべきかもしれない。
 その触手に一人、飛び掛るものが見えたからだ。松平 岩造(まつだいら・がんぞう)だ。
 イレイザーに近づくのは危険だ。トマスやテノーリオが自らを囮にして敵の攻撃を分散させてはいるが、近づくほどに攻撃は苛烈になっていく。一つ一つを避けることは難しくないとはいうが、偶然の産物で追い詰められる可能性はどんどんあがっていく。
 本体に打撃を与えるために、触手を削る方がいいと言い出したのは誰だったか。それはその通りで、今はその削る段階の真っ最中だ。だというのに、一人向かっていく理由とは何か、逃げようとした触手にとどめを刺すためだ。
 切り落とされるとまではいかなかったものの、大きな深手を負った触手は本体の近くまで引いていた。それを叩くために、岩造は奥へと進んだのだ。
「一人でなら無理だったろうが、二人のおかげであの触手は弱っていた。逃げて回復されたりしたくなかったからな」
 目論見通り触手を切り落とし、鉄の龍神とフェイトの獲物を回収して戻ってきた岩造は涼しい顔でそう言った。

「回収してきたわ」
 ミカエラは得意の高速移動で、岩造が切り落とした触手に近づき、その肉の一部を切り取って子敬の元へと戻ってきた。
「ご苦労様です」
 禍々しい色をした肉だ。とてもじゃないが、食べていいようなものには見えない。それを大事そうに子敬はしまっておいた。
 のちに彼らは、ある報告書を出す事になる。それは、イレイザーの肉体は普通の生物と体の構造が違っており、食用に転用することは不可能であるというものだ。そこには、腹痛をはじめとした、多くの症例が記載されており、彼らがどのような運命を辿ったかについては、推して知るべしである。