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リアクション
7.もう一体のイレイザー
メルヴィア大尉とはレン・オズワルド(れん・おずわるど)は面識があった。
お互いにちゃんと面識があれば、テレパシーによって会話ができる。ただ、イレイザーという強敵と戦っている最中に、無神経に話しかけてしまって、それが最悪の事故に繋がる可能性を考慮し、テレパシーで呼びかけたのは二体目のイレイザーを発見し、こちらが攻撃を加えた時からだ。
発見された二体目のイレイザーは、大きな窪みの前に立っていて、何者かと戦闘している様子ではなかった。その大きな窪みは、イレイザーすらも入れそうなほどで、巣ではないかと誰かが言っていた。
戦闘が始まってから、何度も呼びかけを繰り返しているのだが、一向に反応が無い。どうしても、最悪の事態を想定してしまう。イレイザーは戦っている様子は無かったのは、既に大尉はやられてしまっていて、戦闘が終わってしまったからかもしれない。
決め付けるのはまだ早い。そう考えて、レンは後衛としての援護の合間に周囲の探索を続けていた。
気になるのは、誰かが巣だといったあの窪みの中だった。
「まさか……嘘だろ……」
それは最初、そんなものには見えなかった。
歪な形をした、何かの結晶だった。それが、何度も見ているうちに、どこか人間の形に似ているような気がしてきた。何度も確認するようにそれを見て、最終的にそう判断するしかなかった。
メルヴィアは大尉は、水晶の結晶にへとその身を変えられてしまっていた。すぐに見分けがつかなかったのは、その腕にもう一人誰かが抱えられて、シルエットが人間のものとは違っていたからだ。
だが何度も確認し、服装から何から何まで、大尉と一致していた。
「ったく、思いっきり殴ってやったってのに平気そうな顔しやがって」
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は血が流れ出している自分の手をさすりながら、イレイザーを見上げていた。一度攻撃を仕掛け、一旦戻ってきたところだった。
レンは彼を見つけると、自分が見たものを簡潔に説明した。その場には、彼の手を治療している教導団の生徒も居たので、少佐への連絡はそちらに頼み、ラルクには別の提案を持ちかけた。
「なるほど、あんたの見たもんが確かなら、ここで暴れるのは不味いな。なんとかあいつを引き離す必要があるってわけか」
何故水晶にとか、本当に見たのか、などとラルクは尋ねたりはしなかった。
レンが見た印象として、何かの結晶にへと変化させられていたメルヴィアは、些細な衝撃で砕け散ってしまいそうに見えた。物質の強度もそうだが、何より人を抱きかかえているといういびつな形は、簡単にどこか欠けてしまいそうだった。
「あの結晶が本当にそうかはわからない。だが、可能性がある以上は」
「わかった。俺が戦いながら前に居る奴に声をかけてまわる。うまく俺に意識を向かわせて、少しばかり移動してもらおうか。つっても、さすがに真面目に追いかけっこしちゃこっちの身がもたねぇ。しっかり援護してくれよ」
「ああ、任せてくれ」
イレイザーを巣穴から遠ざけるために、敢えて側面や背面からの攻撃を控え、正面に部隊を集中させることになった。攻撃や意識を分散させることができなくなるうえに、人口密度があがるために下手を打てば一網打尽になる可能性が高い。
さらに酷いのは、各自の判断でなんとかするように、という投げやりな命令だ。戦いながら状況が動いていくのは常なので、そうせざる得ない場合というのは往々にしてあるのだろうが、ここまではっきりとそう伝えられることはまずありえない。
そんな無茶苦茶な命令だったのに、対イコン用の装備を持っている仲間が打撃を与え、他の面子が彼らの援護や囮を引き受けるという流れは案外すぐに完成した。正規の軍隊と違って、突発的に何かと荒事に巻き込まれやすい契約者らしい部分だろう。
「囮も楽じゃないねぇ」
中距離から打撃を与えられる火力を持たないため、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は味方の護衛と囮のために動き回っていた。攻撃手段を持つ仲間は多くなく、彼らの一人でも戦線離脱することになれば大きな穴があく。それに対して、彼は倒れた時の損害は少ない。
「無茶もいいですけど、フォローできる範囲でお願いしますよ」
瑠樹の考えは、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)には筒抜けだ。彼は懐に、ざれ石の短刀を忍ばせている。最後の手段として、自分の身を省みずそれを使用するつもりのようだ。イレイザーは石化するのかもわからない。ただの博打でしかないそれは、できれば避けたい選択肢だ。
「そうだねぇ……おお、また一歩動いたよ。これで何歩目だっけかなぁ」
「数えてませんよ」
イレイザーが一歩踏み出すと、それだけで結構前に進んだ事になる。たぶん一緒に戦っている仲間の誰かは、その歩数を地道に数えているはずだ。まともにダメージが通っているのかわからない巨大な化け物に対して、目に見える分かり易い唯一の成果だ。
「それにしても、案外やってみるとなんとかなるもんだねぇ」
「どういう事ですか?」
「あんな相手でも、みんなで頑張ったら動かすぐらいはそんなに難しいことじゃないってこと」
最初、イレイザーは巣穴の前に立っていた。どう考えても、門番か何かだ。ここに敵が居るのかどうかはわからないが、警戒のためにその場に居たように見えた。それを、イレイザーにとっては小さい小さい自分たちが、巣穴の前からこうして誘導に成功しているのだ。
「あとは倒せれば完璧なんだけどねぇ」
「誘導できるのなら、倒し方もきっと見つけられますよ」
「そうだねぇ」
気休めでしかない言葉だったが、今はそれが精一杯だった。
今回の作戦で苦慮したのは、移動手段だった。小型の車両であればいくつか搬入されていたが、それらを用いて救出隊を全て動かすには数が圧倒的に足りていなかった。なんとかバイクや小型の車両をかき集め、それでも足りないために個人の持ち物を借り受けたりとしてなんとか数を揃えての出撃となった。
乗り物は当然バラバラで、あまり固まらずに行動したその光景は、文字通り珍走団といった様子だった。軍の行軍とはとても見えないわね、と自身も空飛ぶ箒シュトラウスに乗っていながらルカルカ・ルー(るかるか・るー)は思いもした。斥候として最初に目標地点にたどり着き、イレイザーの目を避けながらメルヴィア大尉を探したが見つからず、そうしているうちに後続がついて戦闘が始まった。
「正確には、大尉らしきもの……か」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は受け取った報告をどう判断するか、考えあぐねている様子だった。人間が何かの結晶変えられてしまったというのが問題なのではなく、それをあのイレイザーが行ったのか、という部分に疑問があるらしい。
今のところ、そういう特殊な攻撃をイレイザーがしてくるのは観察できない。触手によって殴るか、火炎弾や衝撃波のような攻撃ばかりだ。
「テレパシーに反応は無かったから、何かあったかもしれないとは思ってたけど」
「とにかく、大尉と思われるものを回収するのが先決だろうな」
地上では、回収を成功させるためにイレイザーの誘導が進められていた。
大尉の回収のために、地上では長曽禰少佐の隊が移動を始めている。物陰に隠れながら、イレイザーの注意を引かないように移動しているため足は遅い。
「うん、なんだあいつら……」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がイレイザーと戦っている部隊と、少佐の隊とは別に、五人ほどの集まりが巣に向かって移動するのが見えた。
「調査隊の生き残りか、まさか大尉を救出しようとしているのか?」
「ちっ、大人しく隠れてりゃこっちでなんとかするってのに」
メルヴィア大尉の通信を最後に、小隊からの連絡は一度も届いていない。イレイザーの襲撃にあった際に、通信手段を失ってしまったのだろう。故に、彼らは現状を味方がたどり着いたとまでしか理解していないでいた。イレイザーが陣取っていた場所から移動したのを、彼らチャンスと見たのだ。
「おい、イレイザーが気付いたぞ」
「…っ、カルキノスとルカはイレイザーに上空から攻撃、意識をそらさせろ。淵は俺と生存者の確保だ。無理やりにでも戦場から引き離す」
ダリルの指示を受け、それぞれが返事を返さずに行動する。夏侯 淵(かこう・えん)と共にダリルは小隊の生存者に真っ直ぐ向かった。
「無茶をする……少し我慢しろよ」
「なに、このぐらいこの帝王にとって大した問題ではない」
「強がるな、瀕死もいいところだろ。とにかく、ここから一度離れるぞ」
地上を勝手に動く小隊の生存者について、地上部隊にも気付いている人間がいた。ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だ。
ダリルと淵が彼らを確保するよりも一歩早く、イレイザーは火炎弾を彼らに向かって放った。その火炎弾は、二人よりもずっと早く小隊の元にたどり着いた。一度壊滅した部隊に、それをどうにかする手段はなく爆風に飲み込まれて全滅するはずだった。
そこに、ヴァルが飛び込んだ。とは言っても、火炎弾は大きく破壊力もある。人間一人が壁になっても威力を削りきるのは不可能だ。そこでヴァルは、あろうことか火炎弾に攻撃をしかけた。
「相殺できると踏んだが、うまくはいかないものだ」
岩陰まで小隊の生き残りと共に運ばれ、治療を受けている最中のヴァルは計算問題で初歩的ミスをしたような気軽さでそんなことを言う。
「そこの小隊よりよっぽど重症な奴が何言ってんだ。それより、なんでお前こんな外れに居るんだよ」
「ここに俺が居る理由は、お前達と同じと思うがな」
「あいつらか―――お前どんだけ走ってきたんだよ」
イレイザーはだいぶ動かされている。ここまで来るのは、ちょっとした運動だ。それも、イレイザーに背中を向けながらである。
「なに、大したことではない。それよりも、彼らは大丈夫なのか?」
「だから、どっかの誰かさんよりはよっぽどマシだ。今、ダリルが説得してるが、あんたはあいつらを連れて戻れ」
「なに、この俺に撤退しろと言うのか」
「撤退じゃねぇよ。護衛と、監視だ。あいつら放っておいたらまた勝手しそうだからな、あんたの言う事なら聞くだろってダリルの判断だ。なにせ、命の恩人だからな」
彼らだけではなく、いくつかの小隊は彼らを無理やり抑え付けてでも撤退させている。彼ら重い軽いの差はあれど、ほぼ全員が負傷者であるのともう一つ。小隊を無事生還させるためだ。未知の敵であるイレイザーに対し、少しでも意義のある結果を出さなければ、ただでさえ不便と無茶を通して行われているこの活動に問題を起こしかねない。強敵であったが襲撃を受けた小隊は全員生存しイレイザーを退けたのと、死者を出しながらもなんとか追い払ったのでは、全く受け取る側の印象は違う。
仮に負傷者である彼らが、自爆特攻をしてそれが有効な手段であったとしても、そんな事をさせるわけにはいかないのだ。この遠征は、一日や二日では終わらない。長い戦いを想定した時、この小さな戦果の差が個人の心に大きく重しとなるだろう。
「やれやれ、やっと納得してくれた。彼らには、メルヴィア大尉はもはや英雄のようだ」
ダリルが戻ってきて、治療を受けているヴァルの様子を確認する。
「ふむ、思った以上に重症だな……これを」
差し出されたものをヴァルは受け取った。地図だ。調査隊が記録をしながら作っていた周囲の地図であり、そこに一箇所バツ印がある部分をダリルは指差した。
「現在、この地点でもう一体のイレイザーと戦闘中となっている。ここを避けるように、こう―――」
すっと指をずらして、弧を描くように橋頭堡までを示した。
「進むようにしてくれ。それと、これは彼らの予備だが、周囲を調査した地図を彼らは持っている。今後に役立つ貴重なものだ、彼らと共に必ず橋頭堡まで持っていってくれ」
「人の返事も聞かずに勝手に話を進めるな」
凄んでみるものの、ヴァル自身自分の体のことぐらい判断できる。このままそこらのモヒカンと喧嘩するぐらいなら問題ないが、イレイザーとの戦いでは厳しい。治療を施してもらったとはいえ、目に見える怪我はだいぶ残っている。
自分はよくとも、周囲が気にするだろう。協力しあい庇いあうのは美徳ではあるが、それを推奨するのは美徳でもなんでもない横暴だ。
「嫌と言っても、彼らは納得しないだろうな」
なんとなくそんな気はしたが、どうやらダリルはヴァルという怪我人を橋頭堡まで運べと小隊の面々に指示したらしい。命の恩人を戦場で放っておくわけにはいかない、そう彼らは判断して、まだこの戦場に残りたいという気持ちをとりあえず収めてくれたのだろう。
「よかろう。ここで押し問答するよりはずっとマシだろう。何より不安にかられているであろう橋頭堡の者に少しは景気のいい話を持ってかえってやらねばな」
「そうしてくれ」
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