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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

リアクション

 地上で、イコンと巨大なスポーンとの激闘が始まった。
 とある中層ビルの上。レイヴンTYPE―Cのコックピットからそれを眺めていた葛葉 杏(くずのは・あん)が、にやりと笑う。
「まさに空京怪獣大決戦って感じね。……あ、そろそろ倒れるかな。ふふふ、どうやって止めを刺してやろうかしら」
 あの巨大怪獣を倒せば間違いなく目立つ。そうすればアイドルスター間違いなしだわ。
 写真が雑誌の表紙を飾って、イベントに出て握手・サイン会して、大規模会場でコンサート! 杏の頭の中はそんな妄想でいっぱいだった。
「やっぱりどこから撮られてるか分からないし、派手な技がいいわよね。イレイザーだかなんだか知らないけどさぁ、パラミタにはイコンがあるんだからでかい顔はさせないわよ」
(……通常運転ですね)
 橘 早苗(たちばな・さなえ)は恐怖や緊張どころか、むしろわくわくしているパートナーを見ながら、若干不安を感じないでもない。
 やがて杏が声をあげた。巨大なスポーンに一斉に攻撃が撃ち込まれ、白煙に包まれたのだ。スモークはアイドルに付きものじゃないだろうか。
「いくわよ早苗、怪獣退治の始まりよ!」
「は、はい」
 早苗は慌てて操縦系のサポートに徹する。
 ビルの屋上から飛び立ったレイヴンTYPE―Cの黒い機体は、瞬く間にスポーンの上へと接近した。
「これでも喰らいなさい!」
 白煙が引くと同時に現れる、両手両足、そして頭部。泥人形のような形を取っているスポーンの頭部に、アサルトライフルを全弾撃ち込むと、バズーカに持ち替える。
 スポーンが反応できずにいる間に、肩に担いだバズーカをお見舞いする。
「いけるかっ!?」
 頭部が爆発、四散したのを見て、杏は畳み掛ける。
「こいつで止めよ! サイコビームキャノーン!」
 レイヴンTYPE―Cから放たれた一条の光が、スポーンの胸部を貫いた。
「杏さんは相変わらず勇ましいですぅ」
 目立とうとする時だけは、という言葉は敢えて省いて、早苗がパートナーをリスペクトしておく。
 ふふん、と杏はスピーカーをオンにすると、周囲に向かって宣言する。
「空京の町を襲った巨大怪獣はこの天御柱学園の葛葉杏が華麗に成敗!」
 既に半分以上事件が解決したつもりでいて、勝利の余韻に浸る。それでも彼女は高度を下げてスポーンの前に回り込み、念のため動きを見定めようとした。
「……私も乗ってるんだけどな」
 早苗がそう小さく愚痴った時……。レーダーに映った反応に思わず声をあげていた。
「……杏さん、まだです!」
「ええっ!?」
 仰け反ったまま両手をだらんと垂らしていたスポーンの足から、何かが飛び出る。間一髪で避けた後の空間を、スポーンの触手が薙いでいった。
 カメレオンの舌のようにビルの看板に巻きついた触手は、見る間に石化させる。看板は巻きつかれ締め上げられ、ガラガラと古い城壁のように崩れ落ちて行った。
「……ちょっと、まだってどういうこと?」
 巨大なスポーンの胸部に空いた穴は信じられないことに、その傷を徐々に修復させている。
 杏に答えたのは、だが早苗ではなかった。
「取り込み続けているのです」
 答えたのは、舞い上がった一匹のワイバーン──その背に跨った度会 鈴鹿(わたらい・すずか)だった。その後ろにはパートナーの織部 イル(おりべ・いる)の姿も見える。
 轡に赤い花飾りを付けたワイバーンは、口に填めたメタルファングにひっかけた体長二メートルほどの、丁度巨大なトカゲのような形をしたスポーンを地上に放り投げる。
「見えませんか? あの地面やビルに張り付いた小さなスポーンたちが……」
 上空から目を凝らせば、病院から出てきたスポーン、機器を取りこんだものもそうでないものも、巨大スポーンと戦ううちにも一つ二つと折り重なるように「合体」していた。
 それは飛び跳ねて巨大なスポーンに飛び込んで同一になり、或いは巨大スポーンが足を踏む、その下にあって踏みつぶされるように同化していた。
 勿論、スポーンだけでなく、放置されていたバイク、車、そういったものも含まれている。
 そしていつの間にか、蝙蝠のような形をした、薄い皮膜の翼をもつスポーンが不死の吸血鬼を慕う蝙蝠のように、巨大なスポーンを取り巻いていた。
「あれらがある限り再生は続きます。──ルビーベル!」
 鈴鹿はワイバーンの名を呼んだ。
 カッと開かれたルビーベルの顎から、下方へ向けて炎のブレスが吐き出された。周囲に何もない地面に張り付いたスポーンたちを焼き払っていく。
 ルビーベルは続いて空を飛ぶスポーンたちに向けてもブレスを吐きかけた。
「私が可能な限り、再生を妨げます。皆さんと一緒に攻撃をお願いします」
 杏にそう言って、鈴鹿は再びルビーベルの首筋を軽く叩いた。彼女の意を汲んだルビーベルは、スポーンを求めて急降下する。
 側に可燃物がある場所にブレスを吐きかけるわけにはいかない。風を切る音と共に一直線にバスの上へと向かうと、張り付いたスポーンたちをすれ違いざまに爪で切り裂いていく。
 落下しないすれすれまで加工すると急激に上昇。巨大なスポーンの周囲を取り巻く蝙蝠たちを爪にひっかけて空に舞った。まるで砂袋が破裂したように、あちこちで黒い煙が立ち上る。
(とは言ったものの……)
「アイリス様のシャクティ化が止まるまで、スポーンは無尽蔵に現れ続けるのでしょうか……?」
 瀬蓮たちがきっと辿りついて、成し遂げる、それを信じるしかない。
 信じるしかないのに、嫌な想像が頭の中をよぎった。
 『ニルヴァーナはシャクティにより滅んだ』というのは、 単にシャクティの強大な力で滅ぼされただけでなく、こうしてウィルスのようにニルヴァーナ人に感染していったのではないか……。
「鈴鹿よ、妙なことは考えるでないぞ。まさかそなたを抱えて帰る訳にはいかぬのじゃ」
 彼女の背後から、イルが声を掛ける。
「幾許かであっても助力するために参ったのだ。我らには飛び火せぬとはいえ、アイリス殿の苦痛はいかばかりか……。ほれ、見るが良い」
 イルがもたげた手指の先、ビルの谷間を駆け抜ける、瀬蓮たちらしき契約者の集団がいた。中に見覚えのあるモヒカンの色が小さく見えている──王 大鋸(わん・だーじゅ)だ。
 鈴鹿は、空恐ろしいその考えが頭の中からすっと消えていくのを感じていた。
「……はい」
 頷いて、前を見る。だが、その両眼は次の瞬間大きく開かれた。
 泥人形であった巨大なスポーンは徐々に見覚えのある形へと変化していた。くびれた腰、豊満な胸、ショートカットの髪、……それは、アイリスその人だった。

(スポーンにも、意志のようなものがあるというの……?)
 佐野和輝から送られてきた映像を、{ICN0003800#グレイゴースト?}のコックピットから見ていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、心中で呟いた。
 パートナーのフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)も落ち着かなげに身じろぎをする。
「フィー?」
「いや。イレイザーの小型版がイレイザー・スポーン。それが集まって合体したのならば、それはもはや本家本元のイレイザーそのものではないのかな? などと思っていたのだが……」
 あれはどういうことなのか。
 まるで偶像だ──それはアイリスという人物の像というだけでなく、彼女が神であるから、という意味だ。
「どうでしょうね。でも攻撃の手を休めるわけにはいかないわ」
 送られてきた映像。その背には、翼が形成されつつあった。流石のスポーンといえども、今回の戦いでは今のところ羽のない個体の飛翔は確認されておらず、その逆はある。
 ということは、翼が形成されこれ以上厄介なことになる前に倒す必要があるということだった。爬虫類の羽でないのは、アイリス自身がヴァルキリーだからだろう。
 ローザマリアはビルの合間から遠くに見える巨大なスポーンの背中に、スナイパーライフルF.R.A.G.仕様の照準を定める。
「……いける」
 グレイゴースト?がトリガーを引き絞ると、真っ直ぐにそれは小さな不恰好な翼の付け根に吸い込まれていった。
 一枚、翼が空に舞ったかと思うと、霧散する。
 辺りを見回すスポーンだが、近くで戦うイコンたちに翻弄され、彼女には気付かないようだ。
「もう一度……ここよ」
 再度、撃つ。──命中。イコン戦における射撃技術に関して、ローザマリアは自信を持っていた。そしてそれだけの実力もまた備えていた。
 翼を打ち抜くと、今度はスポーンの足元をタイミングを見計らって撃って行く。体勢を崩したイコンを味方機が剣で切りつけている。
 可能ならばこのまま射撃を続けたい。旗色が悪くなったときなどのために近接戦闘の用意はあるが、エネルギーの消費が激しいのだ。
 今回の件では国軍が準備しており、空京大学のドックも含めて契約者のイコンに補給場所が提供されているため、補給自体は容易なのだが。
「近接戦闘をしている味方機一、エネルギーの消費が激しい。援護要請だ」
「了解」
 退く味方機を援護するように、立て続けに弾丸を撃ち込む。
 体のあちこちから黒い煙を噴き上げるそのスポーンは、だが出来の悪いアイリス人形が不気味なダンスを踊っているようにも見える。
「なんて悪趣味なの」
 それでも確実に巨大なスポーンは消耗していた。
 そしてやがて、複数のイコンの攻撃に耐え切れなくなった末に、表面からずるずると溶けるように崩れ、巨大な黒い山となった。山は風に黒い塵を巻き上げながら徐々に消えていく。
(これで一安心ね)
 だが、……まだ、大きくなりつつあるスポーンはそこらじゅうに残っている。
 ローザマリアは、一旦接近戦で消耗した彼らを助けるべく跳躍した。
 跳躍力に優れた機体であるグレイゴースト?は、軽い震動を残して、ビルの屋上を足場に空京の上空を風のように渡っていく。さながら忍者だ。
 彼らの中央に降り立つと、霧隠れを放った。彼らに視覚があるのかは分からないが、何かしらの役には立つだろう。
 彼女は銃剣付きビームアサルトライフルを取りまわして狙いを澄まして撃っていく。弾丸が切れると、彼女は接近して銃剣でスポーンを突き刺していった。