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リアクション
石原肥満によれば、暴力団つまりヤクザと、自分たちつまり愚連隊はアウトロー集団といってもまるで性格が異なるという。ロザリンドのみならず全員に確認するように言った。
「筋者(ヤクザ)は商売だ。裏稼業で食って行かなきゃならねぇ。だから平気で非道をする。人身売買だのヤバいクスリの取引にも躊躇がない。そりゃあ俺たちもな、世の中のためになる悪……つまり必要悪なら手を染める。喧嘩ならほぼ毎日、場合によっちゃ降りかかる火の粉を払うため戦(いくさ)になったことも数限りねえや。けどな」
石原はフンと鼻を鳴らした。
「俺たちにはな、矜持があるんだよ。食うためにと理由をつけてまで、ただでさえこんな世の中を、もっと悪くするようなマネやるなんざ真っ平だ」
その言葉に合わせたかのように、拳闘倶楽部のドアがさっと開かれた。
「シニョーレ鷹山には、昼前に一度お目にかかりましたね」
扉に手をかけているのはスーツ姿の人物だ。少女、あるいは少年であろうか。この時代、下町でこのような正装を見るのは珍しい。西洋人とあればなおさらだ。GHQの関係者ならありえる服装ではあるが、その人物が汗のように自然に発散している雰囲気は黒すぎた。この暑いのに上着を着込んでおり、しかも左の胸元が僅かに膨らんでいた。ホルスターをつけて拳銃を仕込むと、丁度そういう膨らみ方になる。
ドアを開けた人物――カミロ・コッレリ(かみろ・こっれり)は閑かに宣言した。
「こちらはコーサ・ノストラのドン、ジョルダーノ・トスカーニ(じょるだーの・とすかーに)です!」
小悪魔のような笑みを浮かべてカミロが場所を空けると、カミロとそれほど年の違わない赤い髪の少年……いや、少女の可能性もある……が、ゆっくりと入ってくる。その指に大きな宝石のついた指輪が輝いていた。
「石原さん、耳に入れておいた二人が彼らです」
「らしいな」
石原は立って、癖の少ないイタリア語で述べた。
「Benvenuti in Giappone」
「イタリア語、おできになるので?」
カミロが目を丸くするも、肥満は首を左右に振った。
「挨拶くらいだ。大陸にいた頃は、各国の人間と付き合う必要があったんでね」
ジョルダーノは小さく笑うと、では鷹山から事情は聞いているかい、と述べた。
「日本のヤクザに我々トスカーニファミリーの恐ろしさを見せてやろうかと思ってね」
「ドンと私は二人がかりで日本での勢力を拡大しようとしている最中でして……もちろん、狙うのはマフィア、つまりヤクザだけです」
突然の闖入者が口にする耳慣れぬ言葉に怪訝な顔をする者が少なくなかった。それを察したかジョルダーノが語った。
「マフィアとは要するに『海外のヤクザ』でドンが『組長』でアンダーボスが『若頭』あと○○ファミリーは『○○組』という図式になるな。つまり私はトスカーニ組、組長! OK?」
箔を付けようというのか、カミロは薄笑みを浮かべたまま滔々と続ける。
「我々は地味に『営業活動』しているのですよ。ある者はボコッて手足を折って、高い建物につれってって高所からサヨナラ。いつ聞いても嫌な音です、断末魔とその後の音は……」
などと言いながらカミロは、恍惚とした表情になっていた。
「ある者は鈍器で殴って気絶させ、手足を縛って水泳をしてもらったりもしました。気絶から覚ましてから放り込むってのがミソですね。とりわけ幹部には酷い死に方をプレゼントしてきましたよ。ある者は飯屋で食事中に背後から銃で頭をズドン、ある者はボコッって手足を折って、高い建物につれってって高所から低所へ単純移動という塩梅です。とにかく敵の組には『メッセージ』をはっきりと伝えるのがモットーですので」
空気が静まり返るのがわかった。マフィアの所行に恐怖を感じたからではない。
「悪いが、帰ってくれないか」
決して怒気をあらわにせず、されど閑かに、厳として肥満は言ったのだった。
「ちょうど、うちはヤクザとは違うという話をしていたところでな」
「ですが我々の組織力と実行力は……」
「帰ってくれと言ったぜ」
鷹山も立ち上がった。
「協力の申し出自体は感謝しますぜトスカーニの旦那。けど、俺たちとは流儀が違うようだ」
既に祥子やロザリンド、ハーティオンも立ち上がっている。
祥子はとうに見抜いていた――トスカーニの言っていることは嘘だ。少なくとも、1946年ではそんなことはしていない。
二人の言い様が本当なら、東京中にその名は知れ渡っているはずである。だがその気配はない。
そもそも彼らはどう見ても2022年の人間ではないか。未来から来たのであれば判っているはずだ。自分たちが言うような殺人と宣伝を繰り返せば、歴史が変わってしまうに決まっているということを。悪意を持って歴史を変えに来たのならともかく、石原肥満に協力して歴史改変を止めようという人間がそんな無謀をしていいはずがない。また、これから先にそのような手だてに出るのが正しいとも到底思えなかった。
歓迎されていないことを察知したのだろう。
「そういうことならば」
それでも優雅に、ジョルダーノとカミロは去ったのだった。
「さて……」
何事もなかったかのように手を叩くと、そろそろ仕事だ、そう言って肥満は出て行くのである。
誰も止めない。止めようともしない。
「石原さん、命が狙われているんですよ」
慌ててロザリンドはこれを追った。
「かもな。けど、お前がついてくれるんだろう?」
悪戯っぽく笑って機先を制すと、
「それにな、新宿の連中が動いてるってんなら大がかりに仕掛けてくるはずだろ? まあ、それにな、人間死ぬときは死ぬんだ。仕事を休む理由にゃなんねぇよ」
と締めくくって、まるで肥満はとりあわなかった。愚連隊の面々もそんな彼の性質を知っているのか、引き留めるはおろか護衛につくということも選ばなかった。
「行ってくらぁ」
石原肥満は、近所に買い物にでも行くような口調でドアを開けた。