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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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 今にも一雨きそうだが、それでも、その一歩手前でとどまっている。
 そんな空だ。
 土方伊月は番傘を片手に、石原拳闘倶楽部に現れた。
「邪魔するぜ」
 がらりと戸を開け、会長室、と通称される肥満の部屋までずかずかと上がった。
 気づいても伊月を止める者はない。彼は鷹山や天地蔵人のように石原とは古い付き合いであり、顔役であった。
「そろそろ行くんじゃねぇかと思って、来たぜ」
「行く? 何のことだ」
 肥満は、やや腰を浮かしかけていたが座り直した。
「チヨ嬢を救いに行くんだろ?」
「チヨのことなら心配してる……だが、どこにいるかもわらかねえものを救いにはいけねえな」
「嘘つけ。肥満、おめえの嘘はすぐバレんだよ。昨日の晩は好きな麻雀をやらなかったって天地に聞いた。おめえが麻雀をやらねえのは何かしでかす前って決まってらあ」
「そうだったか……? いや、いつもとは限らねえが」
 やれやれ、と土方は嘆息した。
「語るに落ちたな。肥満、おめえのその正直なところが魅力でもあるんだが」
「……してやられた、というわけかい」
「その通りだよ。チヨ嬢の話もカマかけただけだ。これからでかいことをやろうってんなら肥満よ、もうちょっと腹芸ができないとな」
 伊月は、肥満の手元にあったものを取り上げた。
 白い覆面と、『KK』と署名された封筒である。
「封筒は観世院か……チヨ嬢の監禁場所についてはやつが調べたな」
「ああ、それに、新竜組が渋谷警察署の襲撃を計画しているって情報も流れてきた」
 観念したように肥満は答えた。
「警察署?」
「ウォンが、不満を溜めている大陸系のヤクザなど、新宿、いや東京じゅうのアウトローを煽って、渋谷署を襲撃するように画策しているらしい。そのどさくさに紛れて、新竜組の本隊がここに攻め込むって話だ」
 元々、渋谷署の厳しい取り締まりは筋者には嫌われている。そのくすぶる不満を爆発させて警察を襲わせるのだ。しかもそれはあくまで陽動で、警察襲撃に比べれば少数だが精鋭部隊が、この石原拳闘倶楽部に攻め入るというのだ。
「そうなる前に、チヨ嬢を単身で助けに行くつもりだったのかい。ふむ、全く無茶をする。嬢を人質に取られたままだと、新竜組に手も足も出ないからな」
「確かに、それもある」肥満は言った。「だがな、俺が一番許せねえのは、駆け引き云々にゃ関係ねえ。単に、年端もいかねえ子どもを誘拐して平然としている奴らの根性だ!」
「肥満、おめえらしい考え方だな」
 土方は白い覆面を持ちあげた。
「ところでこいつは何だ? ドクロみてえな柄だが」
「ここ二三日、新竜組の阪場を怪人『白ドクロ』とか呼ばれる野郎が荒らしてるらしい。その強さは尾ひれが付いて伝説みてぇになってる。俺はそのドクロに会ったことはねぇが、伝説を利用させてもらうのさ」
 肥満は楽しそうに笑った。
「ちゃっかりしているというか抜け目がないというか……」
 つられて土方も笑ってしまった。こういう、何とも言えない茶目っ気があるのが肥満らしい。
「どっちにしろ肥満よ。嬢の奪還は俺に任せろ。おめえは渋谷の指揮を執らねぇと駄目だろうが。チヨ嬢を連れ帰って渋谷決戦じゃ体力ももたねえだろ。肥満、おめえがこんなところで倒れたらな、俺の夢も台無しになっちまうんだよ。勝て。そして生き残れ。必ずな」
「だが」
 と言いかけただけで石原肥満は言葉を止めた。自分は頑固者だ。それを知っている肥満である。しかし、この土方伊月という男も、自分に輪をかけて頑固者なのだ。そしてこの場合、同じ頑固でも伊月の言うことのほうが正しい。
「任せる」
 肥満は椅子に腰を落とした。観世院の手紙を土方に手渡す。
「俺はここに残る。この城はもちろん、渋谷署も守ってやる責任があるからな。あそこの官僚じみた署長は好かんが、副署長の山葉にはできた人間だ。義理もある」
 それに、と肥満は鈍い色の光を目に宿らせた。
「渋谷で一手に新竜組をひきつけ、その隙に新宿を盗る、という手もあるな。たとえば、鷹山に別働隊を率いさせるとか」
 土方は驚いたような顔をしたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「今思いついたようなことを言うなよ。最初からその腹だったろう」
 肥満は何も言わなかった。ただ、
「気をつけろよ」
 と板。
 安心しろ、と返事し、去り際に土方はもう一言だけ告げたのである。
「俺にも、頼れる道連れがいるんだ」