校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 改札を越えた向こうで待つものは ■ 今から3年前の春。 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)は上野駅の改札を入り、空京行きの新幹線に乗った。 地球・パラミタ間の新幹線の料金は高い。契約者ならば割引にもなるのだが、この時紅鵡はまだ契約者ではなかった。 それでも新幹線に乗ったのは、どうしてもパラミタに行きたかったからだ。 地球人は契約者でないと拒絶されてしまうパラミタでも、空京だけは別で、契約者以外でも歩き回ることが出来る。はじめて足を踏み入れる大陸に、紅鵡は心躍らせた。 空京に到着すると、紅鵡は一番にホームに飛び出した。 ホーム自体は地球のものと大差はないが、地球人には見られない特徴を持った人々の姿が目立つ。パラミタの種族が地球にいない訳ではないけれど、こんなに多くの種族が普通に歩いているのを見るのは初めてだ。 パラミタに来たんだという感慨も深く、紅鵡は改札の表示を頼りに進んでいった。 空京駅の改札まできて、紅鵡は鞄を探った。 「あれ……?」 切符が無い。 (まさか、ここまで来て空京に入れないってこと!?) 紅鵡は駅の隅のほうにいくと、鞄の中を探しまくった。 (ない……ない……) 周囲の人の目にも構っていられなくなって、鞄の中身を片っ端から外に出し、ひっくり返して探してみたけれど、やっぱり切符は見つからない。かといって、上野・空京間の運賃を払えるほどの持ち合わせもない。 「そんなぁ……」 改札を出ればそこはもう空京なのに、ここで引き返さなくてはならないのかと、紅鵡は愕然とした。 そう、あそこの改札を出さえすれば……。 紅鵡はごくりと唾を飲み込むと、手荷物から手を放した。 「…………お父さんとお母さんに駅のおじさん御免なさ〜い!」 改札をぶっちぎり、走る走る走る。 空京に入りたいという願望に突き動かされ、紅鵡は改札を突破した。 当然、駅員が追ってくる。 捕まってはならじと、紅鵡は人の混雑を押しのけ、間をくぐり、懸命に逃げた。 駅の建物を出ると、空京の街に出る。 パラミタの太陽は地球のものとは違い、天体ですらないのだと言われている。それに興味もあったけれど、今はゆっくりと空を眺める暇などあるわけない。 とにかく走って、とにかく逃げて。 見通しの悪いほうがまきやすいだろうからと、路地に入ってみたけれど、それくらいで見逃してくれる警備員たちではない。 (ダメだ、このままだと捕まる……) 半ば観念しながら、それでも捕まりたくなくて紅鵡は必死に策を巡らせる。 そして、横道のすぐ前に立っている女性に気付いて駆け寄った。 「助けて下さい」 それだけ言って、女性の背後になる横道に飛び込む。 助けてくれるかどうかは分からない。けれどもう、それ以外の方法を紅鵡は思いつけなかったのだ。 助けて下さい。 そう言ってその子は横道に入った。 いつもと同じように路地裏で人目を避けていたブリジッタ・クロード(ぶりじった・くろーど)は、どうしようかと考えた。人と関わりたくなくて、路地に潜んで暮らしていたブリジッタにとって、揉め事に巻き込まれるのは有り難くない話だ。 と、すぐに警備員らしき制服を着た男性が路地に現れた。 「こっちに男の子が走って来なかったかい?」 息せき切って尋ねてくる。あの子を追っているのだろう。 「いいえ、来ませんでした」 その答えはよどみなく出た。 一見男の子のように見えたけれど、あの子は女の子だったから。 それに……あの子に捕まって欲しくない、そう思った。 「そうか。ありがとう。――戻って探そう」 警備員はブリジッタの言葉を信じ、仲間に呼びかけて道を戻っていった。 その足音が十分に遠ざかってから、ブリジッタは横道の奥を覗く。 「もう出てきてもいいですよ」 「ありがとう。助かったよ」 屈託無く笑う女の子には、後ろ暗そうなところは無い。だから興味を惹かれてブリジッタは尋ねた。 「何故貴女はこの世界に来たの?」 「ボク、地球人って丸わかり?」 女の子は照れたように笑う。 「パラミタという世界が見てみたくて来たんだよ。それで……出来れば友だちになってもらえませんか? 1人じゃあ無理だし、それに貴女と出会ったとき、何か一緒に居たいと思ったから……駄目ですか?」 唐突な申し出ではあったけれど、ブリジッタもまた、この女の子と離れがたい何かを感じていた。 いかにもはしっこそうな身のこなし、活き活きした青い瞳。 友だちになりたい。ブリジッタも心からそう感じた。この子となら、一緒に歩んでいける気がする。 「私も貴女と友だちになりたいと思います」 「いいの? 嬉しいな。ボクは紅鵡、よろしく」 「私はブリジッタ。ブリジッタ・クロードです。よろしければ私と契約を結びませんか。そうすれば、貴女は契約者としてこのパラミタを自由に歩けるようになります」 そう言うと、女の子は目を丸くした……。 紅鵡は驚いた。 こんなうまい話があって良いものだろうか。 さっきまで、地球に帰されるかもしれないと絶望的な気分だったのに、今では契約を持ちかけられている。 けれど紅鵡に断る理由はない。 「うん、もちろんだよ。よろしくね、ブリジッタ。あ、お近づきのしるしに……」 確かキャンディをポケットに入れていたはず、とズボンを探り……紙のようなものの手触りに、紅鵡はあれと首を傾げた。 取り出してみると、それは切符だった。 「こんなとこに……!」 「どうかしたのですか?」 「実はね……」 紅鵡が切符をなくして駅を突破してきたことを話すと、ブリジッタは微苦笑した。 「駅に謝りにいきましょう。私も一緒に行きますから」 「うん、そうする……」 紅鵡はブリジッタ空京駅に謝罪に行き、こってりと絞られることとなったのだった。 ■ ■ ■ ――その後、紅鵡は両親に契約を果たしたことを話し、改めてパラミタに行きたいと頼んだ。 紅鵡の意思を聞いた両親は「それならもう一度、高校に行きなさい」と勧めてきた。 そして今、蒼空学園に通う紅鵡がいる。 あのとき、どうしても空京に行きたいと感じたのは、ブリジッタがそこにいたからなのだろうか。それともあれはただの偶然の巡り合わせなのだろうか。 どちらなのかは分からないけれど、あの出会いがあって良かったと、過去見を通して紅鵡は再確認したのだった。