校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 深く癒えない傷の痛みが ■ リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は今日も花の配達に精を出していた。 客に対するときには職業的笑顔も浮かべる。けれどその間もずっと、リュースには世界はモノトーンに見えていた。 考えるのは初恋の少女のこと。 反パラミタ組織からの救出作戦時、少女はリュースの身代わりとなって命を落とした。 (何故彼女は、オレの為に死ななければならなかったのでしょうか。……オレが死ねば良かったのに) 彼女の命を踏み台にして生きていると思えば、自分の命が厭わしく感じられる。なのに、死ぬ勇気もない自分は臆病者なのだと、リュースはずっと自分を責め続けていた。 花を届け終わった後、リュースは少し遠回りして帰ることにした。 ぼんやりと足を運んでいると、通りの向こうから女性が歩いてくるのが見えた。 「……っ!?」 一瞬息を呑んだのは、彼女と見間違えたが為。だが髪の色が違う。 (それに、彼女は死んだ。オレのせいで首を落とされて、死んだ……) すれ違うはずもないのだと、リュースは自嘲した。 別人だと分かっていながらも、彼女を思わせる女性が近づいてくると穏やかではいられない。幾分緊張しながらすれ違おうとした時、その女性はリュースに話しかけてきた。 「ごめんなさい、ちょっと道を教えてもらえるかしら? 小さな花屋らしいんだけど……」 女性が口にした花屋の名前にリュースは驚いた。 「その花屋はオレの家ですが」 「え、そうなの?」 なんて偶然、と女性の方も驚いた様子で言う。 「私はグロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)。民間人の為に尽くしたという軍人の噂を聞いて、どうしても会ってみたくなって来たのよ」 「……両親は既にいませんが」 「それは知ってるわ。その方たちはテロで亡くなった、って。でも、子供が生きていると聞いたから会いたいと思ったの。あなたがそうなのね……」 パラミタの空京から日本へ、そこからドイツへと乗り継いではるばるやってきたのだと言うグロリアに、ああ、とリュースは記憶を探る。 「日本領になった浮遊大陸でしたね」 「それだけ? パラミタっていうと、みんなもうちょっと反応してくれるものだと思ってたわ」 地球ではパラミタの話題はよく上がる。契約者にならないと行けない場所だからこそ、憧れや批判、様々な思いで人はその場所を語るのだ。 けれどリュースにはそんな場所のことはどうでも良かった。 「興味ありません」 「可能性を含んだ新大陸でも?」 「バカらしい。大体、オレくらいの歳の奴に何が出来ると思ってるんです?」 契約者の多くは未成年だと聞く。そんな地球人が別大陸に渡ったところで、何になる。 リュースのその意見に、グロリアは言い返してきた。 「若い方が未来に進む力を持っているから、選ばれてるんじゃない?」 「若さなんて……未熟なだけですよ」 あの時もし自分がもっと成熟していたら……彼女を死なさずに済んだかも知れないのにと、リュースは顔をしかめた。 そんなリュースをしばらく眺めた後、グロリアはいきなりこう持ちかけた。 「あなた、私と契約してみない?」 「……オレの話聞いてたんですか? パラミタに興味なんか無いですし、行ったところで何も出来ませんよ」 リュースは即座に拒否した。が、グロリアは食い下がる。 「行ってみたら興味が湧くかも知れないし、何か出来ることがあるかも知れないわ」 「絶対に厭です」 「ちょっとぐらい考えてから返事しなさいよ」 どうしてなのか、グロリアは譲らなかった。パラミタに行きたい地球人は多い。契約を持ちかければ二つ返事で受けてくれる人など、いくらでも見付けられるだろうに。 リュースは死んだ彼女に似たグロリアとは契約したくない。けれどそれを、ついさっき会ったばかりの女性に言うのも気が進まない。何か断る理由はないだろうか。 「大体そんなこと、オレだけで決められませんよ。姉貴だって反対するだろうし」 「反対するかどうか、話をしてみないと分からないわよ」 ああ言えばこう言う。 このままでは埒があかないからと、リュースはグロリアを家に連れて行くことにした。姉だってきっと渋るだろう。2対1ならば、いくらしつこく契約を勧めてくるグロリアとて、引き下がるだろうと考えて。 リュースがグロリアを連れて帰ると、姉であるリーヴェ・ティアーレに事情を説明した。 「そう……」 グロリアを見て、リーヴェは納得する。 彼女はリュースのために死んでしまった初恋の少女と良く似ている。違うのは、あの少女の髪色が金だったことぐらいだ。グロリアが相手では、弟が契約を渋るのも無理はない。 「1つ聞いてもいいか? 何故リュースと契約したいんだ」 興味が湧いてそう尋ねると、グロリアはリュースにもした、地球にやってきた理由を話した。 「ほう、私たちの両親の名を聞いて地球に降下したのか……」 「そう。憧れみたいなものね。それで、実際にそのご両親の子に会ってみたら、放っておけないし、何だかこの人なんじゃないか、と思ったのよ」 リーヴェはしばらく考えた後、 「少し席を外していなさい。私が彼女を見極めよう」 とリュースをその場から遠ざけた。 リュースが席を外すと、リーヴェは真剣な表情でグロリアの瞳を覗き込んだ。 「……事情は話せないが、リュースは心に深い傷を持っている。その傷が時としてグロリア、お前を苦しめることがあるかもしれない。生半可な決意です、私もリュースとの契約、賛成しかねる」 「傷、ね」 とグロリアは何かを思い出すように目を細めた。それは傷の痛みを知る顔だ。 「私も全く傷のない過去を持ってる訳ではないし、誰でも傷を持っていると思ってる」 「そうか、お前も傷があるか……」 「ええ。だから私は尚のこと、彼を放っておけないわ」 リュースを見た時その虚ろな印象が気になったのも、己の傷が、彼の持つ傷を感じ取った所為なのかも知れない。 「リーヴェさん、私に彼を任せてもらえないでしょうか。勿論、傷が癒える保証はないけど、でも今よりはずっといいと思うんです」 「そうだな。ドイツで癒せぬ傷は、別の地で癒した方がいいのかもしれない」 「だったら……」 言いかけたグロリアを、リーヴェは手で制した。 「ただし、1つ条件がある」 「条件? 呑めるものなら呑むけど……何?」 「リュースの過去を詮索しないこと。過去についてはリュース自身も整理がついている訳ではない。今も尚、どうしてだと考え続けているかも知れない。だからあの子自身の口から話すまでは、詮索しないであげてくれ」 「分かったわ。私も人の傷を無闇に詮索なんてしたくないしね」 そんなことなら当然守るとグロリアが確約すると、リーヴェは小さく息をついた。 リュースの心に宿る闇にリーヴェだけは気付いていたが、自分ではそれをどうしてやることも出来ないことも分かっていた。 グロリアがリュースの傷を癒す何かのきっかけになってくれれば、と願う。 「ありがとう、グロリア。姉として、あの子を託そう。パラミタがどんな地かは想像の範囲だが、お前を信じよう」 「信じてくれてありがとう。何ができるかは分からないけど、託してくれたその気持ちを裏切らないようにがんばってみるわ」 2人の間で話がまとまると、リーヴェはリュースを呼んだ。 当然断ってくれるだろうと思っていた姉から、契約してもいいと言われたリュースは、何を考えてるんですと訝った。 けれど、姉が言うのならそれはきっと今の自分に必要なことなのだろう、と思い直す。 それに、何もかも新しい場所で生きるのもいいかも知れない。 「これからはパートナーよ、リュース」 はっきりした口調で言うグロリアに、リュースも挨拶を返す。 「よろしく、グロリアさん、いえ、グロリア」 今からは互いが互いのパートナー。それを示すようにグロリアの名を呼び捨てて、リュースはグロリアと契約をかわしたのだった。