校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 夕焼け色の契約 ■ それは今でも忘れられない風景。 上空は菫色。星が1つ2つと姿を見せ始めて。 太陽が沈みゆく西の空は茜色。さっと刷いたような雲が光って見える。 そんなグラデーションの中に、影絵のように佇む少女がいる。 どこか思い詰めたような表情で、けれど柔らかく街を見ている。 褐色の肌、夕日を受けて輝く金の髪。 それが、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が最初に目にした、セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)の姿だった。 学校の帰り道。友だちとまた明日と別れたすぐ後で、ヴァーナーはセツカを見かけた。 (とってもキレイ……) 友だちには黒い肌をしている子がいなかったこともあり、セツカの立ち姿はとても新鮮に目に映る。 しばらく見とれているうちに、ヴァーナーの気分は浮き立ってきた。 母と姉妹に猫可愛がりされてきたヴァーナーは、綺麗なものや可愛いものが大好きだ。だから、今目の前にいるセツカにも好感を持った。 (なんだかとっても好きかも〜) そう思うとたまらなくなって、ヴァーナーはセツカに走り寄った。ぱたぱた走るとふわふわのコートのフードが跳ねて、頬に当たるファーがくすぐったい。一番のお気に入りのコートを着ているときにこの少女に出会えたのも、どこか運命のようで嬉しい。 「こんばんは〜」 声をかけると、セツカはひどく驚いた顔をした。 何度もヴァーナーの顔を確認してから、セツカは少し寂しそうに微笑んだ。 「こんばんは」 「お姉ちゃんはここで何してるですか?」 尋ねながらヴァーナーはさっきまでセツカが見ていた方角に顔を向けた。 そこに見えるのは、コペンハーゲンの運河通りの道。運河の流れが夕焼け色を映している。 「街並みを見ていましたの。ヴァイシャリーに良く似た雰囲気でしたので、つい懐かしくて……」 「ヴァイシャリー?」 「パラミタにある街ですわ。しばらく帰っていないのですけれど」 「お姉ちゃんは旅行者さんですか〜」 ヴァーナーがあれこれとする質問に、セツカは丁寧に答えてくれた。 故郷のパラミタを離れて旅をしていること。 人を捜していること。 大切な人を失ってしまったことも。 「それは寂しいですね……」 この頃ヴァーナーは、複数の仲の良い男友達女友達と恋人ごっこをして、皆から可愛がられて楽しく暮らしていた。誰かを失う痛みは知らないけれど、もし自分が大切だと思っている人々がいなくなってしまったら、どんなにか悲しいことだろう。 何か励ませないかとヴァーナーは考え、そしてこう提案してみる。 「ボクとお友だちにならないですか? 大切な人の代わりにはならないかもですけど、ちょっとは寂しくなくなるかも知れないです」 「大切な人の……」 セツカはまた何かを確認するように、ヴァーナーの顔を、その瞳をじっと眺めた。 ヴァーナーは知る由もなかったが、セツカはこの時、亡くなった大切な人の面影をヴァーナーに重ねていた。 最初に声をかけられた時に驚いたのは、ヴァーナーの声と瞳の輝きが大切な人……セツカの幼馴染みであり婚約者だった彼とそっくりだったからだ。 その彼は不幸にも事件に巻き込まれ、命を落とした。もっと色んなものを見たかった、色んなことをしたかった、そう悔しそうに呟いて死んでいった彼の為、セツカは彼を殺した仇を捜す旅を続けていた。 その途中で、彼の面影のある子と出逢うのも何かの巡り合わせだろうか。 死んでしまった彼の代わりというわけではないけれど、ヴァーナーには彼が出来なかった事……色んなものを見て、色んなことをやりたいだけやってもらいたい。そんな気持ちが湧いてくる。 彼はもういないけれど、ヴァーナーは今ここに、こうして生きている。彼を幸せにすることは出来なかったけれど、ヴァーナーが幸せになる手伝いなら出来るのではないか。 そう思ったら、言葉は自然に口からこぼれた。 「もし……もし良かったらいっしょに行かない?」 「もし良かったらいっしょに行かない?」 そうセツカに聞かれた時、ヴァーナーは即座にうんと答えた。 言葉の意味するものを正確に捉えられていたかは分からないし、その先にあるものを考えたわけでもない。けれど、うんと答えるのが自然だと心の何処かが囁いて、即答していたのだ。 するとセツカの顔がゆっくりと近づいてきて、とってもやさしいキスをした。 うっとりとそれを受けると、今度はヴァーナーの首筋にセツカの口唇が触れる。 少しだけチクリと痛みを感じたその時には、ヴァーナーはセツカに血を吸われていた。 吸血鬼であるセツカの、それは契約のキス。 パートナーという切れない絆を結ぶキス。 この時からヴァーナーとセツカはパートナーとなった。 パラミタに渡って百合園女学院に入学し、色々なこともあったけれど、互いが互いのことを大切に思い、大好きだと思う気持ちは変わらない。 そしてまたこれからも、あのきれいな夕焼けの中で結ばれた心はずっとそのままに――。