校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
リアクション公開中!
■ 地下に眠る花嫁 ■ 龍杜神社で過去や未来をのぞき見る秘術が体験できるらしい。 そんな話を持ち込んできたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)に、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は感心とも呆れとも言えない調子で言った。 「本当にサビク、お前妙なことばっか知ってんだな」 「知識が豊富って言ってよ。ボク、リーブラのこと、あんまし聞いたことなかったじゃない? ものは試しってことでひとつ見せてくれない?」 「見せ物じゃねーけど……ま面白そうだし、ひとつ行ってみっか」 サビクが他人の身の上に触れてくるのは珍しいと思いつつも、特に隠さなければならない秘密でもないので、シリウスはリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)を誘って、龍杜へと出掛けた。 「過去の出会いを全員で見るのね。じゃあまず、ここに座ってもらえるかしら」 龍杜 那由他(たつもり・なゆた)は3人の希望を確認すると、手際よく指定の位置に座らせた。 「えーと、要するに見たい過去を思い浮かべていけばいいんだな?」 「そうよ。出会いのところまで行けるように調整はしてあるけど、思い出してイメージすればより早く到達することが出来るわ。あまり時間がかかりすぎると途中で疲れちゃうこともあるから、きちんとその頃のことを思い出した方がいいのよ」 那由他に言われ、シリウスは水盤に目をやった。 「リーブラと会ったのは今から4、5年くらい前……だったかな。ちょっと話が前後するけど、まずオレの身の上から話した方がいいか」 「身の上は必要ないけど、その方がイメージできるのなら、そうしてくれて構わないわよ」 分かった、と答えるとシリウスは思いつくままに話し出した――。 ――オレの生まれは……よくわかんねぇんだ。 いや、両親っていう人の記録はあるし、生家って言われる場所もあったんだけど、オレの出生記録だけぽかりと抜けててさ……私生児っていうのかな? 世間や親に望まれなくて届け出がなかった子供ってヤツ。 で、その親もオレが産まれてすぐ火事で死んじゃって……この辺りはちょっと混乱してる。 はっきり憶えてるのは10歳くらいからかな。 それからずっとバイナリスタ孤児院……東欧の、修道院が建てた孤児院なんだけど、そこに引き取られて暮らしてたんだ。 院長先生が、厳しいけど優しい女性でさ……え、そっちはいい? はいはい、じゃここまでをふまえて。 オレが生家ってとこに出掛けたところから、話は始まるんだ……。 ■ ■ ■ シリウスが生家に出掛けたのは、いい歳になったから遺産相続がどうの、という話が来たからだった。 今更そんなもの、と思わないでもなかったけれど、シリウスに来てもらわないと話が進まないとかで、相続を依頼された弁護士は何度も頭を下げて、来てくれとの泣き落としまがい。 突っぱね続けるのも面倒になって、行ってみるぐらいいいかと思ったのがきっかけだった。 生家、というからきちんとした形があるのかと思ったら、そこには焼け跡のような残骸があるだけだった。ミサイルでもぶち込まれたのか、とシリウスが呆れたくらい、清々しいほどの瓦礫の山。 見るものもないけれど、取り敢えず一巡りしてみようか、と瓦礫に沿って歩いていったシリウスは、ふと、瓦礫の中に覗く板のようなものに目を留めた。 大量の瓦礫の中でそれだけが目をひいたのは、そこに施された精緻なレリーフの為なのか、あるいは……もしかしたら呼ばれていたのかも知れない。 シリウスは引き寄せられるようにその板に近寄り、周囲の瓦礫を取り除いた。 「これは……扉、か?」 天秤の意匠が彫られた板についている取っ手を引っ張り上げてみると、その下にはぽっかりとした空間が広がっていた……。 一旦灯りを取ってきてからシリウスは地下室に入った。 「崩れてくるなよ……」 見た限りでは地下には崩落の痕跡は見あたらないが、地上の破壊の跡がどのくらい地下に影響を及ぼしているものやら分からない。 危険を考えればこんなところに入るのは自殺行為なのだろうが、シリウスはどうしても引き返す気になれなかった。 部屋は案外広い。 その一番奥にある台に……棺が載っていた。 「ここは地下墓地だったのか……?」 答える者がいない代わりに、シリウスは棺の蓋を恐る恐る開けてみた。 対面するのは白骨か、あるいはミイラか。 そんな覚悟をしていたのだが、中に寝かされていたのは女性だった。長い銀髪がウェーブしながら身体にかかっている。 まるで生きているみたいだ。そう思った途端……女性……リーブラは目を開き、シリウスを見てゆっくりと微笑んだ――。 ■ ■ ■ 「あん時は腰抜かすかと思ったぜ。棺の中の死体が目ぇ開けるんだからな」 シリウスは当時のことを思い出して笑った。 「死体だなんて……わたくしは封印されていただけですわ」 多分、と付け加えたのは、リーブラ自身が自分がどうしてシリウスの家の地下で眠っていたのか、記憶していない所為だ。 目覚めたリーブラは、自分の名前以外、何も知らなかった。 かろうじて英語が通じた程度では、詳細を聞くことも難しかったし、その当時パラミタに全く興味がなかったシリウスには、剣の花嫁なんて単語は出てこなかった。 ただいつ崩れるかもしれないこんな地下に放っておくこともできず、シリウスはリーブラを孤児院に連れ帰った。 「まぁその頃はまだ契約とか、パラミタとか全然頭にもなかったんだけどな」 それで、と話し出そうとするシリウスを、サビクが遮る。 「脱線しない! キミの思い出は無限大でも、時間は有限なの。さっさと進む!」 「すいません……シリウスの話は脱線ばかりで……その後のことはわたくしがお話ししますわ」 リーブラが続きを引き取り、彼女たちはまた過去へと沈んでいった……。 ■ ■ ■ それから暫く、リーブラは孤児院で暮らした。 自分の姿のことも、剣の花嫁だということも、何も知らずに。 けれど、それは幸せな日々だった。言葉、作法、家事、色々なことをシリウスや孤児院のみんな、院長先生から教わり、リーブラもまたたく間にそれを身につけていった。 その平穏な日々が破られたのは2年前。 夕食の後、孤児院の子がテレビを指さした。 「あ、リーブラお姉ちゃんだ!」 そこに映っていたのはリーブラではなく、シャンバラの逆賊として報道されるティセラの姿だった。 どうしてそっくりなのかと孤児院は大騒ぎになったが、リーブラにも分からない。 「剣の花嫁って言ってたな。リーブラにも武器が出せるのか?」 「分かりません……」 「試してみろよ」 不安ではあったけれど、シリウスに後押しして貰い試すと……リーブラの体内からは光条兵器が現れた。 「これで分かった。リーブラは剣の花嫁だ。そしてきっとリーブラの探す答えは……パラミタにある」 自分は何者なのか、どうしてシリウスの生家の地下室で眠っていたのか。謎のままだと思っていた事柄に答えが与えられるかもしれない。 知りたい――そう思ったリーブラとシリウスは契約を果たし、パラミタへと渡った。院長先生の口添えで百合園女学院に入学し、そして今に至る――。 ■ ■ ■ 「剣の花嫁は契約した相手によって姿を変えるもの。けれどシリウスと契約しても私の容姿は変わりませんでした。シリウスは、『自分に【一番大切な人】がいなかったからだ』って言います。みんな同じくらい大切過ぎたからだ、って。でも……本当はどうしてなのでしょうね。それに……わたくしの正体は……」 小首を傾げるリーブラに、サビクが答える。 「前に話したでしょうが。ボクが知っていることは。『ティセラが反逆したときに殲滅するための最終安全装置の1つ』それがキミの生まれた理由全てだ」 「本当なのですか?」 「さあね。信じる信じないは自由。それに役割はもはや有名無実。だから……キミはキミのしたいことをすればいい」 そこでサビクはふと目を伏せ、誰にも聞こえぬよう付け加えた。 「ボクのように過去に囚われず、ね……」 パラミタにやってきて解けた謎もある、解けなかった謎もある。 けれど大切なのは、自分のしたいことをし、生きたいように生きること。 他の誰でもない、『自分』らしく――。