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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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第一章:宮殿の改築

 ……と、格好良く気合を入れてみたものの、セルシウスの頭には『涅槃の間』のイメージがまだ固まっていなかった。

「むぅ……」

 そこで、他の『匠』達の仕事からヒントを得ようと、セルシウスは宮殿内の一部を利用しつつリフォーム工事の進む『応接間』にいた。

 時折、アディティラーヤの地下やどこかから、ズゥンッという音が響く。随分駆逐したとはいえ、まだどこかで古代の機晶ロボットやモンスターが遺跡の探索者と戦っている音だ。軽い揺れと共に、かなりの高さを誇る天井から細かな埃が舞い落ちてくる。

「あぁ……やってもやってもお掃除しなきゃいけませんね! でも、応接間はアスコルド大帝の様にお客様が尋ねてくるところでもありますから、人目についても恥ずかしくない様に清掃されていなければいけませんっ! ですから詩穂は負けませんっ! そう、負けるわけにはいかないのですっ! 給仕の家系の誇りにかけて!」

 そう言って、お掃除用の由緒あるはたき『ダスター・オブ・プリンセス』』を用いて『ハウスキーパー』の技術でくまなく応接間を掃除していたのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)である。

 宮殿がニルヴァーナの政治を司る場所であるならば。VIPがニルヴァーナの創世学園や探索隊の偉い方々と簡単な会議ができるように、或いは情報を公に公布する場所の提供が必要になるはず、と考えた詩穂は、『宮殿の応接間』作りをパートナーの二人と志願していたのであった。

 梟雄の清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)は、『ぽいぽいカプセル』に『エンタシスの柱』を入れておき、『空飛ぶ箒シーニュ』で資材を内部に運搬し、『自動車殴り』と『金剛力』で宮殿の骨となる柱を設置していく。破壊と暴力の化身たる梟雄の特性を生かして、重たいものでも自由自在に操る青白磁ならではの作業だ。

「おーい、そこのダイヤモンドのぅ? 柱はここでいいんじゃな?」

柱を担いだ青白磁が天井付近でドラゴンに跨るダイヤモンドの 騎士(だいやもんどの・きし)に呼びかける。

「青白磁殿。もう少し左です……あぁ、私から見て」

クイーン・ヴァンガード支給品のハンドベルトコンピュータで測量を行なっていた皇 彼方(はなぶさ・かなた)が声をあげる。

「俺の測量だと、あと20センチだぜ? 清風?」

「……柱持ったわしにキッチリ20センチ測れると思うとるんか? 皇?」

「……手伝うってことだぜ? そこを30秒キープしておいてくれ、今、測ってやるよ」

 彼方が溜息をついて青白磁に近寄る。

「しかし、アレじゃな……宮殿の骨としての柱以外にも、飾りの柱が必要かもしれんのぅ……クロスフィールド?」

「はい? わたくしですか?」 

 青白磁の言葉に、壁に向かって作業する手を止めたセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が振り返る。セルフィーナは『施工管理技士』に建築学的な立場の意見を聞きながら、壁や柱に『名画家のパレット』で絵を描くように装飾を施しては、時折『ホークアイ』で離れた位置から作品を眺めたりと、地道に作業を進めていた。

「そうじゃ。もっとカンパスが欲しいじゃろう?」

「そうですね……わたくし、ささやかな自慢ですが『手刀』のスキルにより大幅に『箸』を扱うのが上手くなりましたのでね」

 セルフィーナはそう言うと、右手に持った『塗り箸』をカチカチと言わせ、ニコリと微笑む。

 セルフィーナは、この箸とナイフ(『逆鱗のジャマダハル』)を使って、柱や壁に装飾を彫っていた。独特なる彼女の彫刻の仕方はこうだ。まず、固い柱や壁を『石を肉に』で粘土に戻して加工しやすくした後、ローグの特性『トラッパー&ピッキング』で器用にした手先で、ナイフで大雑把に掘っては、箸を器用に使って細かなところを切ったり、捻ったり、取ったりしていた。

 息を吹きかけても取れないが、取らないと微妙に狂ってしまうデザインの時、上達した箸の技術が役立っていた。

「ははは、見事なもんじゃのぅ。つい、前までとはまるで別人のような箸使いじゃ!」

 最初は疑心暗鬼にセルフィーナの箸使いを見守っていた青白磁だが、今や彼女に安心して仕事を任せている。

「ええ、今となっては日本人にも負けません!」

「そうじゃな。だが、まだ日本人に負けとるもんがあるんじゃが……」

「えぇ!?」

 セルフィーナが思わず箸を落としそうになる。

「嘘じゃ、冗談じゃけぇ」

 青白磁が笑う。

「(ナイフと同時に使うのも勿論、指し箸、迷い箸、せせり箸……まぁ、食べ物じゃないけぇ、細かいことは今はいいがな)」

 義に生きる青白磁としては、箸のマナーもセルフィーナに覚えて欲しいと少しだけ思う。

「青白磁ちゃん、セルフィーナちゃん? 手が止まってますよ? 完成を急ぎましょう!」

 はたきを持った詩穂が二人の間を駆け巡る。 

 なんだかんだで捗る青白磁とセルフィーナの作業で出た資材の欠片とか色々と細かいものが落ちている床。詩穂は特にそれらに注意を払って掃除をする。

「任せとけぇ、騎沙良!」

 青白磁がズズゥゥンッと柱を設置する。またもパラパラと落ちてくる埃。詩穂は天井を見つめ、ふと物思いに耽る。

「(……応接間かぁ、シャンバラ宮殿で今も1人で戦っているアイシャちゃん、元気かなぁ……)」

 何度も危機を救う度に自然と大好きになってしまった最愛の人のことを考える詩穂。

「(ううん、大丈夫! だって、一番最初に詩穂に祈りの間に入ることを告白してくれたから、詩穂がどこにいても信じてがんばらなくっちゃ!」)

 そう、頭を振ると、詩穂は「シャンバラ宮殿の応接間はどうだったかなぁ……」と、掃除が終われば、『記憶術』を頼りに、この応接間に理想的な動線を考えて家具の配置などを決めていこうと思う。尚、動線とは、建物の中を、人が自然に動く時に通ると思われる経路を線であらわしたものを指す。建物の間取りを設計する際に気をつけなければならないことだ。

 彼女は最初、色々な所を見学しているセルシウスで、動線を試そうと思っていたが、未だ応接間は改装の真っ最中であるし、肝心のセルシウスは、腕組みしたまま壁に持たれて宙の一点を見つめたような状態だ。

「(お疲れのようですね……)」

 作業の手を止めた詩穂はセルシウスにお茶とお菓子を差し出す。

「む!?」

「どうぞ、セルシウスさん、ティータイムです!」

「……済まないな、気を遣わせて……」

 セルシウスは、カップに口をつけて紅茶を飲みつつ、詩穂が改装中の室内を見渡す。

「この間は……貴公が適任であったな」

「え?」

「いや……応接間というのは、我々設計士の中でもよく議論になる空間だ。快適性と機能性、そして立ち話以上の会話を引き出す空間の両立というのは案外難しいものだ」

「でも、お客様をお通しする大事な場所って、メイドとしては腕の見せ所ですからっ!」

 詩穂がセルシウスに笑う。

「お客様……何より人を重視する貴公の姿勢、是非建造美だけに走るエリュシオンの若い設計士達に学ばせたいものだな」

「いえいえ……。あ、それより……詩穂がお願いしていた家、どうですか?」

 カップに口をつけたまま、暫し沈黙するセルシウス。

「……あ!」

「忘れて……」

 詩穂の言葉を打ち消すように、セルシウスが言う。

「無論! 覚えているぞ!! 貴公がメイドの仕事を終えた後、リラックスできるような部屋がある家だな!」

「え、えぇ」

 安堵する詩穂に、セルシウスがカップを渡し、腕をグルグルと回す。

「ふむ! 何しろ、30以上の家々を同時進行で一気に設計するなど、長い設計士生活の中でも無いのでな! ハハハ! 腕が鳴るわ!!」

「……」

 どちらにしても、この応接間が完成するまではあまり休めることはないのだろうと、詩穂は思った。なので、セルシウスには「少し休んで……」と口を開こうとしたその時……。

「お! ここにいたのか!? 探したぜ、セルシウスさん……と、彼方!」

 セルシウスに声をかけたのは、詩穂と同じく『匠』として宮殿作りに励んでいる渋井 誠治(しぶい・せいじ)であった。

「貴公は……」

「オレの担当していた『間』の方が随分出来上がったんだ。ちょっと見に来てくれよ? あ、彼方も後で来てくれよ!」

 そう言うと、誠治はセルシウスの腕を強引に引っ張っていく。



「ほう!」

 誠治が改装した部屋を訪れたセルシウスは、感嘆の声をあげる。

 まず目に入るのが大きな厨房。しかも調理してるところも見られるよう全面ガラス張り仕様である。白を基調とした清潔感漂う厨房には、眩しく光る白銀の調理器具や、大きな鍋が、然るべきところにキチンと並べられている。これらの調理器具は、誠治が麺屋渋井 トラック店でかき集めて運んで来たものだ。

 また、その横のホールも、カウンターだけではなく、お客を呼んでのパーティも開けるような広いスペースが確保されている。

「そうか、食! 食文化だな! 貴公が作ったこの間は!!」

 セルシウスの問いかけに、誠治は満足そうに頷く。

「ああ、生きとし生ける者に大事な物……それは『食』だ! それを題材にした部屋があってもいいじゃないか!」

「その通りだ! さてはここは各国や各文化の食事を提供する場所だな?」

「半分正解で半分ハズレだぜ、セルシウスさん?」

 誠治はセルシウスにニヤッと笑うと、未だ白い布がかけられた壁へと歩を進める。

「地球、パラミタには様々な食文化が存在する……そして、その食文化からそれぞれの国、人々の特徴が見えてくる……」

 語りかけながら白い布に手をかける誠治。

「オレは、そんな食文化を通じて世界中、いやパラミタ中、ニルヴァーナ中の人々が手を取り合えるようになればいいって思いを、この間に込めたんだぜ!」

「おお! 何たる壮大な着眼点だ!!」

「だから……オレが提案する『間』は、コレだッ!!!」

 白い布をバサリッと取る誠治。

 そこに現れたのは、相当な達筆で描かれた『麺』の一文字。

「麺だと!?」

「そう、麺の間だッ!!」

 ラーメンが好きで好きで、ラーメン屋になった誠治。確かに、麺類は地球各国、パラミタに数多く存在する。しかし、誠治の専門はラーメンであり、他の麺類に関しては造詣が深くない。

 そこで誠治は宮殿造りに携わる人や街の人たちの故郷の味を聞いて回って、様々な麺類を提供出来る、そんな『麺の間』を造り上げたいと考えたのだ。

「渋井、手伝いに来たぜ?」

 ひょっこりと彼方が顔を覗かせる。彼方と誠治はクイーン・ヴァンガードの頃からの顔見知りであった。

「凄いな……これは……」

 厨房を覗いた彼方は、溜息を漏らす。ラーメン屋であるはずの誠治が、蕎麦用の臼や、パスタを茹でる専用釜まで、本気モードで麺造りに励もうとしているのはすぐにわかった。

「し、しかし……」

 セルシウスが誠治に尋ねる。

「ラーメン屋の貴公がラーメンを作るのならばわかる……だが、聞けば、他の麺類に関しての腕は未知数だと言うではないか? そんなものを各国の高貴な方々に食べさせて……」

「違うぜ、セルシウスさん。言わなかったか? オレのこの麺の間はまだ未完成なんだ」

「何!?」

「ここは、謂わば、まだ魂が入っていない人間みたいなものなんだ」

 誠治が麺の間を見渡す。

「どういうことだ?」

「来客がパラミタVIP程になり、しかも味に煩いとなれば、専属のシェフ一人や二人連れてるだろう? 麺の職人は、それで何とかなるんじゃないかと思ってる」

「……?」

「だってVIPのとこで働いてるシェフなんだし、場所とレシピと腕さえあれば、その味を再現可能なんじゃないかってね?」

「……! そうか! 貴公は、各国の来賓者に対して、腕を振るうだけでなく、同時に自身がその味を学び、そして食文化交流が可能な空間を作ったということか」

「そういうことだ。大切なのは箱じゃない、そこにどんな人間が入るかだぜ?」

「……」

 誠治の言葉に、セルシウスがまた考えこむ。

「(この者、ただのラーメン屋と思っていたが、そこまで考えて空間プロデュースをしていたとは……)」

 実は、セルシウスは誠治からもう一つの建築を頼まれていた。それは、街に『麺の間』で出される料理と同じ物を提供する麺屋であった。

 受諾した時は、ただのラーメン屋だと思っていたが、ラーメン屋よりも複雑な設計を依頼した誠治の考えが今となってわかったのだ。恐らく誠治は『VIPだけでなく、街の人や街を訪れる人にも麺類を通じて食文化を学ぶ機会を作って欲しい』との想いから、街にも同様の施設を建てることを望んだのだろう。

「(少し、設計図を再考するか……)」

 誠治の心意気に心を打たれたセルシウスは、そんな事を考える。

「……で?」

 テーブルで頬杖をついた彼方が二人に呼びかける。

「俺は何を手伝えばいいんだ? 渋井?」

 誠治は彼方の方を見ると、弾んだ声を出す。

「彼方さんには、俺が試作した麺類の試食をして貰いたいんだ! わからないとは言え、不味い麺を出しては、麺の間の名折れだから」

「あ、食うだけか……ならいいけど」

 少し小腹が空いたと感じていた彼方は、納得した顔を見せる。

「ええ、そして一緒に麺道を究めましょう。麺で世界を平和にしましょう!」

「……」

 彼方は、この間読んだ本で、「コシの強い讃岐うどんで相手を絞め殺した後、うどんを犯人食べて、『完全犯罪成立だぜ』と叫ぶ」といった内容があったな、と思いながら、厨房の湯気の向こうへと消えていった誠治を追って、テーブルから立ち上がるのであった。

この後、良い匂いを出し続ける麺の間には、「他の作業者達も集まってきて大変だった」と、誠治は後に語っている。