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第1章 俺のヨメ

 バレンタインが近づいても、学校では普通に授業が行われるし、大きなイベントが催されることも特にはないものだ。
 薔薇の学舎は男子校。
 男子同士のカップルはいようとも、共学よりはバレンタインの話題が上がることは少ない。
 しかし、誘いは絶えない。今日も校門前に、薔薇学生を待ち伏せしている少女達の姿がある。
「ヨメはイニチェリになった。そして初めてのバレンタインを迎えようとしている」
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、ヨメ――皆川 陽(みなかわ・よう)への誘惑を警戒していた。
 陽はテディのヨメである。……テディが勝手にそう決めた。
 その最愛のヨメが、イニチェリになってしまったのだ。
 気が弱くて自分に自信がなく、つい先日まで、テディ以外の友達さえもいなかった、ごく普通の庶民、皆川陽が!
 それからというもの、テディは陽の周りで常に目を光らせている。
 バレンタインが近づいた最近では、隠形の術と不寝番で、陽の自室に近づく者がいないかどうか見張りをしている。
 昼間だって、陽に近づこうとした者がいたのなら……。
「ちょっと来い!」
「……ん? え、えええ?」
 陽の部屋に近づいた少年をテディは有無を言わさず体育館の裏まで引っ張っていった。
 冒険で経験を積んでいるため、テディは薔薇学屈指の実力者だ。そして今は、隠れ身で姿を隠している。
 少年は、訳も分からぬまま。体育館の裏に引きずり込まれた。
「パートナーがイニチェリになったことで目覚めたスキル『ホモはホモを見分ける』により、お前が陽の貞操を狙っているということを見抜かせてもらった! さあ、僕と決闘するか、あきらめるか、選べ!!」
 テディは少年の胸倉をつかみあげ、顔をぐいっと近づけて怒りの形相で迫る。
「え、えええええ!? 僕、プリント渡しに来ただけですけど!?」
「嘘をつくな! プリントごとき、直接渡す必要ないだろ!? ポストに入れればすむこと!」
「う、うん。ポストに入れて帰ろうと思ったんだけど、なんかポストが塞がれてて……」
「当たり前だ! ヨメ宛てのラブレターは全部受け取り拒否だからな。塞いでおくに限る!!」
 勿論、事前にポストは封鎖済みなのだ。
 胸倉をつかまれた少年は目をぱちくり瞬かせている。
「そ、それじゃ、これ渡しておいてくれる?」
 少年はプリントをテディへと差し出す。
「んん? このプリントは、な、な、なんだと……遠足のお知らせー!? ヨメは行かぁぁん!」
 そして、テディはびりびりとプリントを破いた。
「あーっ。せっかく届けに来たのに……」
「遠足と称して、デートに誘うつもりだろっ。ヨメは渡さーん。これ以上しつこくするっていうんなら、決闘だ! 決闘だ!」
「うわああっ、しつこくしませーん。もう二度と近づきませーん」
 胸倉をつかまれて揺すられて、少年は泣き出しそうな顔でギブアップ。
「それなら、許してやろう。以後気を付けるように」
 なんだか偉そうにそう言って、テディは少年を解放した。
 なにせイニチェリのパートナーだから、一般の生徒の躾も責務なのだ。
 人のヨメに手を出そうとするような者は、学校にはもちろん、シャンバラにだっていらないのだ!
 そんなことを考えながら、テディは全速力で陽の部屋へと戻っていく。
「しまった、5分も離れちゃった。ラブレターたまってたらどうしよ」
 無論、そのようなものたまっているわけがなく……。

「はあ……」
 陽は部屋の中で、深いため息をついていた。
 普通に授業を受けて、放課後は図書館で本を読んですごし、カフェでお茶を飲んでから寮の自室に戻って来た。
 至って普通の平凡な日……なはずだけれど、なんだか違う。
 最近、皆に避けられているような気がする。
 元々、パートナー以外、友達と呼べるような人物は、薔薇学にいないけれど。
「誰も挨拶一つしてくれない。廊下ですれ違っても、目を逸らされちゃうし、配布物もボクのところには、回ってこないような……」
 友達がいないだけじゃなくて、皆に嫌われちゃったのかな。そうだよね、と、陽はまた大きなため息をついた。
「もうすぐ、バレンタインデーなのに。ボクのことなんて、誰も誰も誘ってくれないよね。薔薇学は男子校で男しかいないから、義理チョコすらもらえないよね」
 さみしいな。かなしいな、と、大きく大きくため息をつく。
 そしてふと思い出す。お友達のテディに、バレンタインデー当日に、どこか遊びに行こうと誘われていたことを。
「そうだね。他に何も用事がなかったら、テディと一緒に遊びに行こうっと」
 日本では2月14日は特別な日なのに。テディはシャンバラ人だから、そういうことに疎いんだろうな、と思いながら、予習復習をごく普通に平凡にしておくことにする。

 バレンタイン早朝。
 連日の徹夜と張り込みで体はボロボロだが、当日ということもあり、テディは興奮状態だった。
「なんだこれはー!」
 テディは先回りして、陽の靴箱のチェックに訪れていた。
 そして発見してしまった。陽の靴箱の中に入った沢山の手紙を!
 ……親切な委員長が靴箱の中に配布物を入れていってくれたのだ。テディがポストを塞いでしまったり、陽に近づく者に脅しをかけているせいで、誰も陽に近づけなくなっていたから。
「くっ、こんなにラブレターが! ヨメは渡さん!」
 即刻、テディは確認もせずにそれらの書類を破り捨てて、ゴミ箱にぶちこんだ。
「危なかった。見張ってたいところだけど、直接近づこうとする者からヨメを護らなきゃなんないし……。あ、そうか。こうすればいいんだ」
 テディは靴箱の名札をとって、『空』と書いた紙を変わりにいれた。
 そして、愛するヨメの靴は、履きやすいように、出しておいてあげる。

「え……っ」
 登校し下足室に到着した陽は、自分の上履きが出されていることと、自分の靴箱が空となっていることに、唖然とした。
 さらに、その靴箱の中にはぎゅうぎゅうに新聞紙が詰められている。
「やっぱりボク……い、苛められてる……っ。う、ううううっ」
 陽はダッシュで教室に駆け込んで、机に突っ伏して泣き出してしまった。

 ――そんなこんなで約束の2月14日夕方。
 どよーんとした、皆川陽と、寝不足でふらふらなテディ・アルタヴィスタは、空京に向かう列車の中に引きこもったり、寝過ごしたりで、何往復もして。
 会話もない列車デートを思う存分楽しんだ?という。