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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



14


 シャンバラ上空にある、花に包まれた島。
 蒼空の花園に、秋月 葵(あきづき・あおい)は来ていた。
 葵の隣には、秋月 カレン(あきづき・かれん)エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が居た。ペガサスに乗って、空を飛んでいる。
「葵ちゃん、疲れませんか? 大丈夫ですか?」
 エレンディラがそう心配してくるのは、葵がペガサスに乗って飛んでいるのではなく【空飛ぶ魔法↑↑】を使って飛んでいるからだ。
「大丈夫だよ〜、ペガサスと一緒に飛べるなんて楽しくて嬉しくて夢みたいで、疲れなんてないよ〜♪」
「あおいママ、お空でも自由なの。すごいの!」
 カレンに尊敬の眼差しで見られ、「そうかな〜」と照れ笑いひとつ。
「すごいの。とってもとってもすごいの〜」
「じゃあもっとすごいところ見せちゃおうかなっ」
 言って、加速。並走をやめて、ペガサスを抜かした。後方で、カレンが驚いたような声を上げていた。エレンディラが笑っている気がする。葵もなんだかおかしくなって、空中で振り返り、二人を見て笑った。


 空中遊泳を楽しんでから、三人は休憩とランチタイムを兼ねて島に下りた。
 昼食はエレンディラが作ったもので、具沢山のサンドイッチや玉子焼きなど、お弁当の定番メニューである。
 美味しくいただいてから、葵は改めて島の景色を見渡した。どこもかしこも花が咲き乱れている。
「本当、キレイだね〜」
 色とりどりの鮮やかな花。一足先に春が来たような錯覚に陥った。
 花を見ながら、これまでにあったこと、これからしたいことを話す。
 雪が降ったら雪合戦しようか、とか。
 春になったら、またこんな風にお弁当を作ってピクニックに行こうか、とか。
 そんなことを話しながら、葵は緊張をほぐす。
「あ、あのね」
 そして、意を決して口を開く。
「どうしました?」
「あおいママ、お顔赤いの」
「んーとね、今日はバレンタインでしょ? だから、エレン。……チョコ、受け取ってほしいな」
 二人に内緒で手作りしたチョコをエレンに向けて差し出すと、エレンの表情が一拍後に笑顔になった。
「ありがとうございます、葵ちゃん」
 お礼に照れ笑い。
 そのうち、視線を感じる。見回すと、カレンがじっと葵を見ていた。
「カレンちゃんにもあるよ」
「! 本当?」
「本当。はい、カレンちゃん。ママからのバレンタインチョコだよ☆」
「ありがとうー!」
 二人が喜ぶ姿を見て、満たされた気分になる。
 ――幸せだなぁ。
 ――この幸せが長く続きますように。
 そんなことを思って祈るように目を閉じると、
「葵ちゃん」
「あおいママ」
 二人から名前を呼ばれた。目を開ける。
 目の前にあったのは、ハート型のチョコケーキと、手作り感溢れるチョコレート。
「……え?」
「あら、やっぱり忘れていました? お誕生日」
「あっ、そっか……!」
 今日、2月14日は葵の誕生日なのだ。バレンタインの準備ですっかり忘れていたけれど。
「あおいママ〜、カレンからプレゼントなの!」
 カレンが渡したのが手作りチョコ。
「お誕生日おめでとうございます」
 微笑むエレンディラが、たぶんこのチョコケーキを焼いたのだろう。チョコケーキにはプレートがついており、『大好きな葵ちゃんへ お誕生日おめでとう』と書いてある。
 カレンがチョコと一緒に渡してきたメッセージカードには、『大好きなあおいママ お誕生日おめでとうなの』とあり、涙腺が緩んだ。嬉しくて泣きそうだ。
 そんな葵の気持ちを知ってか知らずか、カレンが【幸せの歌】をアレンジした歌を歌った。
「葵ちゃん、生まれてきてくれてありがとうございます」
 エレンディラの言葉で二人を抱きしめて、
「ありがとうぅ〜」
 涙色の声で、お礼を言った。


*...***...*


 2月14日、バレンタインデー。
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)がチョコをくれるというので、セルマ・アリス(せるま・ありす)は待ち合わせ場所である蒼空の花園で待っていた。
 30分は早く、この場所に来た。家で一人じっとしていることに耐えられそうになかったからだ。
 この日、チョコをもらえるということはとても嬉しいことだ。
 嬉しいことなのだけど。
 ――既に緊張でいっぱいいっぱいなんだけど……どうする、俺。大丈夫か、俺
 落ち着け落ち着け、と自分の胸に手を当てて深呼吸。
 呼吸しているうちに、待ち合わせの時間になった。オルフェリアはまだ来ない。
 数分遅れて、それらしき姿を見つけた。しかしいつもの元気のよさはなく、とぼとぼと肩を落として俯いて、セルマの前まで歩いてきた。
「……オルフェさん?」
 どうかしましたか、と問い掛ける前に、オルフェリアが顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃだった。
「ちょ、ええ!? な、なんですかどうしたんですか! 何がありました!?」
「セルマさんにチョコを渡したくて……昨日からチョコを作っていたのです……」
「昨日からって、」
 待ち合わせは13時だ。
「どうしても、チョコが作れなかったのです……。奮闘していたら、朝でした。
 固まらないのです。どろどろさんなのですよ……」
 ぐすぐすと洟をすすりながら、オルフェリアがタッパーを差し出した。中身はチョコのようだが、オルフェリアが言うように固まっておらずどろどろ、カカオバターが分離してしまっている。
「遅れてしまってごめんなさい。チョコが出来ていなくて、ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げるオルフェリア。
 ――えっと、えっと。
 緊張していたせいで、上手く事態を飲み込めないでいたセルマだったが、これだけは理解した。
 ――俺にチョコを渡したい、んだよな。
 だったら、
「ありがとう、オルフェさん」
「え?」
 タッパーを受け取った。
「オルフェさんの気持ちですよね? 受け取らないわけにはいきませんから」
 微笑んで、手を差し伸べた。おずおずと、その手が取られる。セルマはにっこり笑った。
「散歩しませんか? 花、すごく綺麗ですよ」
「は、はいっ」
 手を繋いで、歩き始めた。
「そうだ。俺、オルフェさんに聞きたかったことがあるんです」
「はい、なんなりとっ」
 オルフェリアは、以前よりも段々と変わってきている。
 だから、今ならもしかして、前に聞けなかった答えが聞けるんじゃないかな、って。
「オルフェさん、『愛』の意味、わかってきましたか?」
 問い掛けに、オルフェが立ち止まり、黙った。
 ――まだ、無理だったかな。
 そうセルマが思い始めた頃に、オルフェリアが涙を拭った。それからはにかむ。どきっとするほど、可愛くて綺麗な笑みだった。
「オルフェは、なんとなくですが、判ってきたような気がします。
 セルマさんを想っているこの気持ちが、多分、人がいう『愛』なのだと思うのです。
 だから、セルマさん。ずっと、一緒に居て欲しいのです……」
「…………」
 嬉しくて言葉が出なくなることがあるのだと、セルマは初めて知った。
「セルマさん?」
 呼びかけられて、硬直が解ける。繋いでいたオルフェリアの手を引いて、ぎゅっと抱き寄せる。甘い香りがした。チョコレートと、オルフェリアの香りが混じったどの花よりも甘い香り。
「せ、せせせ、セルマさんっ!?」
 ――ああ、もう、この人は。
 ――可愛いとしか言いようがない……。
 一拍遅れで心臓が高鳴り始め、頬が赤くなっているのを自覚する。
 少しの間そうしてから、
「……目を瞑ってもらえますか?」
 セルマは言う。
 その時点で言葉の意味を理解したのか、オルフェリアの顔が真っ赤になった。それでも、「はい」と静かに言って、目を閉じる。
 ――ありがとう。
 ――それから、愛してます。
 思いを込めて、口付けをした。
 唇と唇が離れて、オルフェリアが目を開いた。数秒見詰め合ってから、
「オルフェさん……いいえ、オルフェ。ありがとう」
 セルマはオルフェリアの答えへの返事を、微笑んで告げる。
「貴女のその気持ち、とても嬉しいです」
 受け取りました。
 もう離しません。
 それから、
「貴女を守ると、誓おう。
 貴女を愛する者として」
「……はいっ」
 新たな告白に、オルフェリアが笑顔になった。
 その笑顔を見て、セルマも笑った。
「じゃあオルフェはセルマさんを守りますね!」
「えっ、それじゃダメですよ。俺がオルフェを守るんだから」
「だからオルフェもセルマさんを守るです!」
「……はい。無茶しないでね、お姫様」
「……じゃあまずは、」
「まずは?」
「そのチョコを、どうにかして食べさせずに済む方法を考えなくては……!」