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2月14日。

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リアクション



21


 気になる人が目の前でデートに向かったり、女友達から本命チョコの試作品をプレゼントされ一瞬本気で頭を悩ませたりと、紡界紺侍のバレンタインは今のところいいことなしである。
 ――しかも今は雑用とかね、もうね。
 クロエが居たら慰めてもらおうかとも思ったが、そのクロエはスレヴィがデートに連れて行ってしまった。
 ので、諦めてひたすら片付ける。様々なバイトで培った手際の良さで、お茶会の名残や散らかったキッチンをさかさかと。
 あらかた片付いたところで、休憩。そのタイミングで、着信があった。ディスプレイには柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)という文字。
『もしもし、紺侍?』
「ハイ、オレっスよ」
『ねぇ、今日、予定は空いてるかな?』
「えェ、ロンリーバレンタインも佳境に入りました」
『ふふ、なにそれ。じゃあさ、もしよければだけど。デートしない?』
「オレの時代きた」
『?』
「や、なんでもないっス。えェ、今すぐ行きますよ、どちらまで?」
『んー……っていうか、俺が行くよ。紺侍、今出先でしょ?』
「ありゃ? どうしてそれを」
『周りが騒がしいから』
 見渡した。なるほど確かに工房は人でいっぱいだ。ざわめきが届いてもおかしくはない。
「じゃあお言葉に甘えて。ヴァイシャリーの広場でいいスかね? 噴水広場」
『了解。じゃ、近くなったらまた連絡する』
 ぷつり、通話が切れた電話をしばらく見てから。
 ――オレリア充!
 なんて、アホなことを思ってガッツポーズした。


 以前約束した、紺侍とのデート。
 いつ誘おうか、何をしようか。そう思っているうちに、月日は経って。
 早くも二月になり、バレンタインの日を迎えた。
 ああそうだ今日にしよう。そんな思いつきで連絡をして、了承されて。今貴瀬は待ち合わせ場所に立っている。
「貴瀬さん」
 ぼーっと空を見ているうちに、紺侍が来て。ひらひら、手を振った。
「お誘いありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
 ふわり、笑顔を浮かべると笑い返された。
「……で、お隣の彼は」
「気にするな、空気だと思え」
「随分デケェ空気で」
 貴瀬の横に居る、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)を見て紺侍が苦笑した。貴瀬は気にせず、デートだし、と紺侍の隣に並んで歩く。
「実はね、デジカメが欲しくて。シンプルで使い易いの、知ってたら教えて欲しいな。こういうの買うの初めてでよくわからなくて」
「デジカメっスか、いいスよ。でもまたどうして突然?」
 欲しい理由を問われて、首を傾げた。
「この間、紺侍の写真を撮ったとき面白かったから。興味のあることは、いろいろとチャレンジしないともったいないと思わない?」
「イイ考え方っスね。オレ、そういう考え好きっス」
「ふふ。ありがとう」
「じゃ、買いに行きましょっか。初心者用かァ、どんなんがイイかなァ……」
 考えながら歩く紺侍の横顔を見る。睫の色が黒だった。髪の色は染めているらしい。
 ふい、と紺侍の顔が貴瀬の方を向いた。目が合う。真っ直ぐで、透明な瞳をしているなと思った。
「どうかしました?」
「ううん、別に」
 ふるふると頭を振る。気付けば店に着いていた。
「初心者さん用ならこの辺っスかねェ? オレ、最初はここの使ってましたし」
「じゃあそれにする。お揃い?」
「や、こっちのが型、新しいっスね」
 ともあれ購入して、ひとつめの目的は達成。
「ねえ、まだ付き合ってもらえるの?」
「イイっスよ? ……向こうのお兄さんが許すなら」
 紺侍が瀬伊を見遣った。空気だと思え。その宣言のとおり、二人の買い物に口を挟まず静かについてきているだけ。貴瀬が瀬伊、と呼びかけようとしたら、掌を向けられた。気にするな、ということらしい。
「いいみたいだよ?」
「っスねェ。じゃ、喫茶店でも行きます?」
「うん。行こう」
 手を繋いでみた。抵抗がなかったので、指も絡める。ぎゅ、と握り返されて、笑む。
 喫茶店に入る時、指が離れた。名残惜しく思いながら、壁際の席に座る。
「俺はコーヒーとチョコパフェ」
「オレ、カフェラテで」
「……」
「何スか?」
「や、可愛い注文だなぁって」
「チョコパフェ頼んだ人に言われたくないスね、そのセリフ」
「なんか紺侍ってコーヒーはブラック、ってイメージあるもの」
「残念。オレ、お子様味覚なんで。コーヒーも紅茶もストレートじゃ飲めないんスよ」
 けらけらと笑う顔は、ああ確かにお子様、と思った。無邪気なのだもの。背は高いし、体格だって良いのにアンバランスだ。
 ――嫌いじゃないけど。
 思っていたら、注文の品到着。
「俺ね、甘いもの好きなんだよね」
「チョコパ頼むくらいですし?」
「うん。紺侍も平気みたいだね」
 すい、とチョコが絡んだソフトクリームをスプーンですくった。一口分。差し伸べる。
「大丈夫なら、どうぞ」
 さすがにチョコ自体を渡すのは恥ずかしいけれど、これくらいなら、と。
 パフェでもチョコはチョコだ。
「なるほど」
 意図に気付いたらしく、紺侍が笑う。貴瀬もくすくす、笑った。
 スプーンを持った貴瀬の手を紺侍が掴んだ。そのままスプーンをくわえる。
「ゴチソウサマ。……お返し、考えなきゃなァ」
「気にしないでいいのに」
「いえいえ、そういうわけには。オレ紳士だし」
「なにそれ」
 笑って、貴瀬もパフェを食べた。いつもより甘いと思った。
「そういえば貴瀬さんはどうしてオレに構うんです?」
「ん? ……つい目で追ってしまうから?」
「ガン見されるほど面白いもの内包してないスよ?」
「それは紺侍の主観だね。
 俺から見るとね、紺侍は万華鏡みたいなんだ」
「万華鏡? そんなまさか、お綺麗な」
「まさかじゃないよ。同じように見えるのに、少しずつ異なっているような……つい、目が離せなくなる。気付いたら、紺侍を見てる」
 不思議な感覚だった。
「ねえ紺侍、ツーショット写真。撮ろうよ」
「写真じゃ、その万華鏡みたいな変化は見れないっスね」
「うん。でも、その瞬間の紺侍は綺麗に撮れるね」
「なるほど」
 頷かれた。了承、されたらしい。
 瀬伊、と視線を向けると、瀬伊がやれやれとでも言うようにため息を吐く。
「あまり無理強いはするなよ?」
「え? 紺侍、嫌?」
「自分の写真なんて、慣れてないだけっスよ。お構いなく」
 そう言ってくれるなら、甘えようか。
 喫茶店を出て、二人並んで写真を撮った。
 どんなデータが残っているだろう。今見たいけれど、まだ我慢する。家に帰ってから、見るんだ。
「今日は付き合ってくれて、ありがとう」
 デジカメを抱いて、ほんわり微笑む。
「楽しかった。……紺侍もそう思ってくれてたら、嬉しいな」
「つまらないなんてことあるわけないじゃないスか。楽しかったっス。またデートしましょうね」
「うん。また誘う」
「楽しみにしてます」
 じゃあ、今日はまたね。
 ばいばいと手を振って、別れた。


*...***...*


 貴瀬とのデートを終えて、工房に戻ってきた紺侍を待っていたのは藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)だった。
「…………」
 じっ、と静かに紺侍を見つめてくる。
「えっと。オレ、何かしました?」
 とりあえずで問い掛けてみるが、答えはない。
 代わりに、つい、とホワイトボードを差し出された。
『後で写真撮って』
「へ?」
『鳳明とリンスの写真、撮って』
「や、え? えーと、真正面からっスよね? 承諾は?」
『もう許しはもらってある。二人ともいいよって言ってた。だから後は紺侍が撮るだけ』
 ――つーか、アレ? なんでこの子オレの名前知ってるんスか。
 どこかで会ったことがあるのだろうか。けれど、見覚えはない。いや違う。どこかで会った気はするのだけれど、思い出せない。他人の空似か、それとも。
「……あの、失礼っスけど。オレらどこかでお会いしました?」
「…………」
 無言を貫かれた。わかりづらい。会ったことがないのか、それとも怒っているのか。
 ――誰かから名前を聞いたとか。口頭で。
 ――だとすっと、オレの名前漢字で書けるわけねェし。
 ホワイトボードには、しっかり『紺侍』と漢字で書かれていた。こんじ、という読みから一発でこの漢字を当てることはなかなかないと思う。
 とすれば知り合いなのだろうけれど、やはり覚えはない。
 ――嘘ォ。オレ、人の顔覚えることに関しては自信あんのに。
 美少年や美少女なら、特に。
『……嫌?』
「え?」
『写真撮るの、嫌?』
 どうやらなかなか返事をしないから、そう取られたらしい。
 違うんだ、そうじゃない。そうじゃなくて、
「アンタが誰なのかを思い出そうとしてまして」
『それはどうでも、いい』
「どうでもいいんスか」
 こくり、頷かれる。
『必要ならいつかわかる。
 それより今は、鳳明とリンスの写真』
「撮ることなら別に構わないスよ。お二人とも綺麗ですし、オレとしては大手を振って撮影できるチャンスというわけで」
『悪用禁止』
「しませんて」
 もう懲りた、と苦笑いして、
「鳳明さーん、人形師ー。ちょっと外来てくださいよ」
 二人を呼んだ。
「はい並んでー。で、こっち向くっスよ。……って何でアンタらそんな無表情なんスか。写真って楽しいモンっスよ、笑えってンだ」
「…………」
「俺、デフォルト」
「そりゃそうみたいっスけどね?」
 緊張したように顔を強張らせる鳳明と、いつも通りすぎるリンス。
 これじゃ絵になるものも絵にならない。
 それでも撮るんスか? と紺侍は天樹を見た。あっさり頷かれる。ならばいいけれど。
 かしゃり、かしゃり。
 何度かシャッターを切った。
「お疲れさんっした。もういいですよ」
 二人を解放して、紺侍はまだ外に残る。
『どう?』
「さあ、現像してみねェと。
 ……にしても、鳳明さん大丈夫っスか?」
『?』
「や、なァんかグルグルしてるみてェだし」
 あんまり考えすぎなければいいけど、と呟きながら工房に戻った。
 外は、雪が降りそうな気温になっていた。


 この間の写真騒動は、見事なまでの空回り。
 紺侍を捜し歩いていたら、いつの間にか解決していたらしい。後日工房に行ったら全て解決していて、安堵と淋しさが半分半分で琳 鳳明(りん・ほうめい)の心を埋めた。
 ――私、あんまり役には立てなかったなぁ。
 そう思ってしまうと、ため息もこぼれそうになってしまうわけで。
「…………」
 しかもその瞬間を、リンスに見られてしまっていて。
 ヤバ、と鳳明は心の中で冷や汗を流す。
 心配させたくはないのだ。
 だから、元気を出す。
 ――空元気も元気のうち!
 俯いていたら気分も俯いてきてしまう。
 ――顔はちゃんと前を向けろ。しっかり自分が進む道を見ろ、っておじいちゃんも言ってたしねっ。
 だからまっすぐ前を向く。リンスと目が合ったから、微笑んでみた。軽く頷かれて、視線が逸らされた。人形を作る作業に戻るリンスの横顔を、ただ見る。
 そう、前を向かなきゃ。
 前。
 進むべき道。
 まず浮かぶのは、クリスマスに言った『好き』の結果。
 ――そうだ、私。
 ――クリスマス、リンスくんに好きって言っちゃったんだ……。
「~~ッッッ!!」
 思い出したらもう、横顔ですら見れなくなった。顔がどうしようもないくらい赤くなる。
 意味なく立ち上がり、また座り、また立ち上がる。
「……屈伸運動?」
 リンスに怪訝そうに見られた。それがまた恥ずかしいし、告白前と変わらない態度というのもどうにもわからなくて、鳳明は思い切り顔を逸らした。
 ――ってこれ! 私無視! 無視しちゃってるよ!? ちょ、そんなことしたいんじゃないんだけどー!!
 思っていても、顔を合わせられないのだもの。
「椅子を利用した屈伸運動が流行ってるんだよ!」
 でも無視は良くない、と背を向けたまま嘘を吐く。
「へえ……疲れそう」
「それが健康に良いんだって」
「なるほど」
 会話が途切れて、そっと振り返る。リンスは人形作りに戻っていた。ほっとすると同時に、自分は何をしているのだろうとまたため息が漏れそうになる。
 意味もなく工房を歩き回り、ここに溢れる雰囲気に埋もれてみた。
 誰もが楽しそうで、幸せそうで、鳳明は上手く溶け込めなくて。
 チョコレートも渡せない。
 試行錯誤して、頑張って完成させた手作りのチョコ。
 他の人が、照れたり、笑ったり、友チョコとして何気なく渡しているそれを、鳳明は渡せないでいる。
 ――チョコ、できれば二人っきりで渡したかったなぁ。
 叶いそうにはないけれど。
 そして、そうならないなら渡せそうにもないけれど。
 鳳明は工房を出ることを選んだ。
 ――渡せなくても、いいや。
 そう思ってしまって。
 ――よく考えてみれば、わかることなんだ。
 ――告白したからって、リンスくんがみんなに優しいのは変わらないよ。
 テスラだって衿栖だって、リンスのことを考えて。
 リンスのために色々やって。
 ――私は?
 何かできたのだろうか。
 何かしたのだろうか。
 告白だけして、何かした気分になっていただけなんじゃないか。
 勝手に浮かれて、舞い上がって、写真を撮ってもらっちゃって、でもそれですら緊張しちゃって上手く笑えなくて。
 チョコも渡せないで。
 前を向こうとしていたくせに、えらそうにおじいちゃんの言葉まで借りたくせに。
 気がつけばまた俯いて。
「本当何やってるんだろう、私」
 思わず声に出た。
 ら、びしばしと何かが投げつけられた。
「い!? いたたたっ!!」
 妙に硬くて甘い香りのそれは、
「……芋けんぴチョコ……?」
 そういえば、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)がクロエと一緒にそんなチョコを作っていたような。
 ということは、これを投げてきたのは。
「ふっ、案の定ノコノコと工房から出てきおったな!」
 やはり、ヒラニィだった。
 ばーん、と効果音を背負おう格好で仁王立ち。びしりと鳳明に人差し指をつきつけて、
「ここで会ったが、えーと……、…………」
「……二時間くらい、かな?」
「二時間目!」
「学校の授業みたいだね」
「ええい鳳明の分際で口を挟むでない!
 それよりも! それよりもだ! なぜ外に出てきた!」
 案の定出てきた、と言いつつ出てきた理由までは気付いていないのか。それとも気付かない振りをしているだけなのか。
 判断しかねたが、鳳明は笑った。
「だって、リンスくん人気だし」
 その言葉に、ヒラニィの顔色が変わる。
「その性根……神である麻羅と神風なわしが叩き治してくれるっ!」
「呼ばれて飛び出た神じゃ!」
 ヒラニィの後から、天津 麻羅(あまつ・まら)が顔を出した。
「敵前逃亡とは武士の恥!」
「私武士じゃないよ?」
「細かい問題だ! のう麻羅!」
「うむ! 神の前ではどんな問題も瑣末じゃ!」
 そりゃそうだろう、と思ったけれど言わないことにして。
 どうしよう、と苦笑を浮かべながら辺りを見回した。樹の陰に隠れるようにしてこちらを窺っていた水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)と目が合う。
 たすけてーと口を動かしてみるが、なぜか親指を上に向けられた。なぜそこで頑張れの合図なのだろう。
 ――楽しんでるって思われてたりして。
 有り得る、と思った。緋雨は、恋愛模様が絡むと読唇術が使えるようになる。ただしパッシヴで昼ドラフィルターがかかっているので、正誤はあてにならないのだ。この間それを目の当たりにしたとき、彼女のそれはかなりすごかった。
 なにせ、唇の動きとはまったく関係なく、その場の雰囲気、立ち位置、関係者のテンション、感情、表情を感じ取り擬似修羅場を脳内に展開してそれを高速で紡ぎ始めたのだ。ニュースキャスターも驚きの滑舌だった。その滑舌の前には、『もうそれ読唇術じゃないよ! むしろ読心術じゃないの!? ていうか創作だよね!?』というツッコミを封印されてしまうほどに。
 閑話休題。
 目の前の二人をどうしよう、と向き直る。
「不甲斐ないのぉ」
 麻羅が言い放つ。
 ――だって。
 しょうがないじゃないか。
 俯いたら、またチョコが投げられた。
「……ていうかこれ意外と痛いよ!?」
「芋けんぴは痛いものだしのぉ」
「そうじゃな。そして何気に投げるのが楽しくなってきたぞ、わし」
「いたたっ、ちょ、やめてよー!」
「ほれほれ! 鬼は外! 琳は内!!」
「内って何! どこ!」
「工房の内じゃ。ほれ入れ入れ~」
「鳳明、ハウス、ハウス!」
「私、犬!?」
 追い立てられて、工房に戻って。
「……あ」
「ん」
 リンスと目が合った。
「何で髪に芋けんぴくっつけてるの」
「ええ!?」
 慌てて頭に手をやった。ヒラニィや麻羅の体温で溶けたチョコが、くっつけていたらしい。
 ――は、恥ずかしい……。
 でも、そのせいだろうか。
 色々なもやもやが一周して、なんだかどうでもよくなってきた。これが開き直りというものかもしれない。
 とことこと、リンスの座る椅子の横に椅子を引いて、ちょこんと座って。
「戻ってきちゃった」
 ぽそり、告げる。
「おかえり」
 当たり前のように言われた言葉に、
「……ただいま」
 再び、ぽそり。
 工房には人が居るけれど、鳳明とリンスの周りには誰も居なくて、二人が口を開かなければ静寂が訪れるだけ。
「そ、そうそう。チョコ渡すの忘れてたんだよね!」
「チョコ?」
「そう! 食べてもらおうと思って、あのほら差し入れって意味でさ! なんだけど渡すこと忘れるなんてもー私馬鹿だよねぇ、最近忘れ物多くて困っちゃうよ」
「琳、それ世間ではドジって言うらしいよ」
「ドジじゃないよ、うっかりさんだよ」
「あまり変わらないと思う」
「……で、受け取ってくれる? あ、味は大丈夫だよ。うっかりさんしてないし」
「ってことは手作り?」
 問われて、はっとした。
「……重い、かな?」
 告白してきた相手からの手作りチョコだなんて。
 どきどきして答えを待っていたら、
「いや、嬉しい。ありがとう」
 微笑まれた。
 どきりとする。
 ――ああ、やっぱり、好きだなぁ。
 なぜだか、そう確信した。
 同時に、引っかかっていたことをどうしても伝えなければいけない気がしてきて。
 そしてそれを伝える決心もついて。
「……あのさ」
 鳳明は口を開く。
「言おうかどうか、迷ったんだけど……言わなきゃいけないと思うから、言うね」
 リンスがじっと鳳明の目を見ている。
 ――言ったら嫌われちゃうかもしれない。
 ――なんでそんなことしてるの、とか思われちゃうかも。
 ――でも、言わないなんてもっとダメだ。
「あのね。……テスラさんにお姉さんの話してるの、偶然立ち聞きしちゃった。……ごめん」
 聞くつもりはなかったけれど、聞こえてしまった秘密の話。
 どうすることもせず、ただ心の中に秘めておいたけれど。
 知ってしまったことを、伝えなくちゃと思って。
「……正直だね」
「うん。リンスくんにはね」
「そ。別にいいよ、訊かれなかったから言わなかっただけだし」
「訊いたら教えてくれるの?」
「どうだろうね? 気分かな」
「じゃ、聞かせてよ。お姉さんの話」
「今は気分じゃないから駄目」
「……ちぇ。じゃあ、今度ね」
「うん。今度」
 ――ああ、良かった。
 心から、思う。
 また普通に話せて。
 よかった、と。
 自分でグルグルしていただけだけど。
 それでも、変に離れてしまわないで、よかったと。
 鳳明は微笑んだ。


 そんな風に笑う鳳明と、リンスが並んでいるツーショット。
 それを、紺侍は一枚に収めた。
「ミッションコンプリート。ほらね、鳳明さん可愛いんだから笑わなきゃもったいねェよ」
 鼻歌交じりにカメラをしまう。
 紺侍は、天樹に言われてからずっと二人が良い雰囲気になる瞬間を待っていたのだ。
 これを渡せば天樹も喜ぶだろう。喜ぶ相手を見るのは好きだ。
 ――あと、なンかあの人の笑顔とか気になるし。
 名前も知らない相手なのに。
 気になるのは、なぜだろう。
 知り合いのような気がするからか、それとも別の何かか。
 ――ま、何でもいいっスけどねェ。
 勝手に結論付けて、写真を保存してからデジカメの電源を落とした。


 どうやら二人は上手くいったらしいと、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)はキッチンで微笑んだ。
 鳳明が、チョコを渡せず何も言えず、思いつめた表情で工房を出て行った時はどうなることかと内心少しは焦ったけれど。
 何かを企んでいるような顔のヒラニィと麻羅が居たから、任せてみた。
 そうしたら戻ってきて、チョコを渡して、なにやら話し込んだりして。
 最後には幸せそうに笑っていたし。
 それでこそ、クロエや衿栖を『そろそろ遅くなってきたから、一緒に片付けましょう』と言ってキッチンに隔離した甲斐があったというものだ。
「セラフィーナおねぇちゃん、キッチン、きれいになったわ!」
「こっちもピカピカにしたわよ」
「うん、綺麗ですね。それじゃあ向こうに戻りましょう」
 もう、あちらも良い雰囲気だし。
 できるだけのことはやれたから。