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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第3回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第3回/全3回)

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「これは…… 高いね」
 機晶姫であるロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は首の可動域を一杯に広げて塔を見上げた。
 地上60階建ての石造り。薄雲を突きそびえる試練の塔のその高さに、ロートラウトはただただ感嘆の声をあげていたが、応えたのはこの国の女神であるイナンナだった。
「そうね、こうして見ると確かにちょっと高すぎたかも……」
「高すぎた?」
「えぇ、まさか自分で取りに来るなんて思ってなかったから。張り切っちゃった」
 テヘっと舌を出しそうに笑みながらイナンナは言っていた。西カナンの開拓が進み、僅かながらにも封印された力を取り戻した彼女の姿は17歳前後のものに見えた。スラリと伸びた足は健康的で瑞々しかった。
「あれ? ということは…… 試練の塔ってイナンナ君が作ったの?」
「そうよ、ギルガメッシュの納め地としてね」
 イナンナを先頭に一行は塔内へと入っていった。一階部分は比較的開放的な作りになっているようで、庭園調のエントランスのように見えた。
「気をつけてね、試練は一階から襲ってくる事もあるみたいだから」
 正に襲われたように突然に試練は登塔人に降り懸かるという。心を通わせた者たちが共に同じ試練に挑み、そして見事試練に打ち勝った者だけにイコンギルガメッシュは最上階にて姿を現すという。
 塔を生んだイナンナ本人には試練は課されない、しかしギルガメッシュを出現させるには試練をクリアしなければならない。故に生徒たちに協力を呼びかけたというわけだ。
「ったく、面倒な事してくれるぜ―――」
「だってギルガメッシュを悪用されるわけにはいかなかったし、乗り手にはそれなりの実力と資格がないと―――って…… エヴァルトさんっ?!!」
 イナンナの目の前でエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が倒れ込んだ。駆け寄り見れば、さっきまで白い歯を見せて言っていたエヴァルトは真っ白い顔で気を失っており、パートナーのロートラウトも同様にドサリとその場に倒れてしまった。
「これは……」
 2階への階段にも辿り着いていないというのに、早くも彼らに試練が襲いかかったようである。


「ほぉ。俺の試練はお前ってわけか、ドウフ
 エヴァルトに歩み来る巨体を持つゴブリン。かつてドラセナ砦で刃を交えた相手だが。あの時の戦いに納得がいかないとでも言うのだろうか。
「どうした、ドウフ。こんな所にまで出張ってくるなんてよ。仲間のことは良いのかよ」
 思っている間にドウフの巨体が、巨漢と同じ程のハンマーが大股で迫ってきた。
 つーかオイ、前よりもハンマーが大きくなってねぇか?
「くっ!!」
 振り下ろされたハンマーは避けた、しかし砕けた地の欠片が散弾銃のように襲ってきて、それを避けている内に間合いを詰められていて、力の限りに振り下りてきた。
 横に跳び、地を削って制止した。
「巨漢に似合わぬスピードは、健在というわけか」
 これが試練。本物ではないはずなのにポテンシャルは本物同等、いやそれ以上にも思えた。
 ――いや待てよ、これが試練ならあいつはドウフであってドウフじゃない。
「って事は、今のお前は群れの仲間を背負って戦ってるわけじゃねぇって事だ」
 元より手加減できる相手じゃないが、そいつが分かればやることは一つだ。
 横に薙ぎられるハンマー、これまでならそれを避けてから反撃の体勢を作っていたが、
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
 エヴァルトは『神速』をもって正面から向かっていった。
 ――俺は、俺たちは、お前よりも強い、強いんだ、だから…… お前は安心して同胞を守れ。
「ネルガルは俺たちが必ず打ち果たす!!」
 『軽身功』を駆使して跳び上がり、振り下ろされるハンマーの打面に着地してから更に高くに跳びあがった。
 回転するホイールのように空中で身を屈め回し、そして『ドラゴンアーツ』で強化した両足を交互に振り下ろした。
「ふぅっ!!!」
 ドウフの脳天に連撃の踵落としが撃ち落ちた。
 砂の山が流れ雫れるように、ゴブリンの巨体がゆっくりと倒れ込み、そして消えていった。
 ――揺れていたのはエヴァルトの方、だったのかな?
 戦いを見届けたロートラウトは、膝に手をついて立ち上がるエヴァルトの元へと駆け寄った。その時、2人は現実の世界へと引き戻された。
「エヴァルト、お疲れさま」
「あぁ。どうにか、な」
 辺りには誰の姿もない。先に向かったという事だろう。
「まったく、優しくない女神様だぜ」
「試練の事? それとも60階建ての事?」
「どっちもだ」
 2人は2階へと続く階段を捉えて駆けだした。




「面白い生き物だ」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)はそのモンスターを目にした感想としてそう呟いた。
 パートナーに課された試練。共に異界へと飛ばされたようだが、そこで待ち受けていたのは炎に包まれた鰐だった。
「背中から炎を発しておるようだな。見たところ表皮も硬そうし…… 種はサラマンダーか」
 ――正解。
 応えるのは心の中で、にした。巨鰐の口が開いている、避けなければ炎に焼かれてしまう。応えたいのにそれをしている暇がない、タイミングが同じだなんて全く、小さな事故のように思えるよ。
「それでも…… 不幸な事ばかりじゃない」
 どうにか着地してから緋桜 ケイ(ひおう・けい)はもう一度、じっくりと敵を見つめた。
ファイアサラマンダーか、懐かしいな」
 パラミタ大陸にやって来て間もない頃に戦ったことがある。空京の砂浜に打ち上げられた繭を撤去しに出向いて、みんなで火山島に送り届けたんだ、そういえばそのまま砂浜で海開きの準備もしたんだっけ。
「おっと!」
 飛びつき噛みついてきた。あの強靱な顎で噛みつかれたら、それこそ骨ごと砕かれてしまうかもしれない。いつまでも感傷に浸ってる場合じゃない。
「あの時は確か……」
 戦いの記憶を思い返してみて、力強く踏み込んで駆け出した。
 まずは正面から、そして眼前で切り返して、すぐにまた切り返す。
 ――どうだい? あの頃よりも速いだろう?
 眼で追おうとはするが追えていない。どうにか捉えようと眼が動いているその隙に、
「ここだね!!」
 サラマンダーの足へ『龍骨の剣』を振り下ろした。
 鈍い音がした。硬い皮膚に剣は弾かれ、そして―――
「ぐっ……」
 乱暴に振られた尾がケイの体を直撃した。
 ――剣撃も厳しいか……
 あの時は剣ではなく『氷術』で手足を凍らせて動きを封じた。今はより強力な『ブリザード』を修得している、修得はしているのだが―――
「やっぱりダメ、か」
 手のひらを向けて唱えてみても、氷の欠片すら出ては来なかった。
 魔力はあっても使えない、それがケイの現状だ。様々な方法を試していたがどれも功を奏していない。
「ぐっ! くそっ……」
 避けられると思った、予測して避けた、それが仇となった。サラマンダーが吐いた炎は以前よりずっと大きかった。
 ――ファイアサラマンダーだって成長してるってのに……
 火のついた『メンターローブ』の端を、一思いに切り捨てた。
 あの頃は魔法が使える事に酔っていた。魔法が使えず剣で挑んでいた生徒に向かって「地味なことを……」なんて言ってもいた。それが今は。
 ――魔法を使わずに勝ってみせろって事かい?
 ファイアサラマンダーが大きく口を開けている。ケイの目の前で、今にも炎が吐き出されるだろう。
 剣で斬りつける? それともフットワークで駆け避ける? 
 ――いいや違う。分かっているさ。
 正面から向き合って、両の手のひらを広げて向けた。
「光を照らしたり、炎の嵐を起こしたり。そんな風に、派手な魔法を使える事が魔法使いの全てじゃない」
 あの頃はそう思っていた、そう信じていたさ。でも今は違う。
「背中を押す、ほんの一押し…… 想いや願いを力に変える奇跡、それこそが本当の魔法なんだ、それが起こせる者が真の魔法使いなんだ!!」
 見えたのは断片的な3つの映像。『手のひらが光り輝き』『氷漬けになったファイアサラマンダー』そして『異界の全てを照らす光り』
 瞼を開いて見えてきたのは、現世の景色、塔の内部とカナタの笑みだった。
「…… 勝った…… のか?」
 『ブリザード』を唱えてみても叶わない。再び魔法は使えなくなっていた。
 ――まぁ、それでも良いさ。
 ケイの試練はこれからも、どうやら現世でも続くようだった。