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ぶーとれぐ ストーンガーデン 白と赤

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ぶーとれぐ ストーンガーデン 白と赤

リアクション


序章

◇◇◇◇◇

<アリアンロッド>

 果てのない霧の中を進む。
 犯罪事件の捜査状況の表現に使われそうな比喩ですね。
 たしか、日本の言葉で五里霧中というのもありました。幸い私は、実際の事件の捜査でそんな状況に陥った経験はありませんが。
 しかし、こうして、現実として1インチ先も見通せない霧の中を歩くというのは、あまり楽しくはないです。
 ここは、場所が場所ですから、この状況も仕方ないのですけれど。
 通常は人が立ち入ることのない、想像上の怪物、魔物の類がいきなり顔をだしてきてもおかしくない、灰色の領域なのですから。

「ヒャッハァ〜。
パンツの重みについて俺以上に語れるやつはいねぇぜィ。
中身より、パンツが大事なのは当然だけどよォ。中身がいい女なら、そっちも頂く。
つまり、俺は差別がキレェな博愛主義者なんだよォ。
ヒャッハァ〜」

 声はすれども姿は見えず。
 すぐ側にいるらしいのはわかるのですが、この奇天烈な発言の主の姿は、私にはまるで見えません。

「そこに、誰かいるの」

「ヒャッハァ〜。
幼い女の声だぜ。ロレッタか。ノーンか。それとも、カラス娘かよ。
俺様を探しにきたんだな。幼女だてらに健気じゃねぇか。はぐれちまって悪かったな。
すぐに抱きしめてやるぜ。
ヒャッハァ〜」

「あなたは誰」

「ヒャッハァ〜。
伝説のスーパーエリート南鮪(みなみ・まぐろ)様に決まってるだろゥ。照れるなよ。
で、おまえは誰だ。
ヒャッハァ〜」

「私は」

 私は、今回の捜査では、こんな姿ですし、そうですねぇ。

「私はアリアンロッド。
ストーンガーデンに住んでるの。鮪お兄ちゃんと会うのは初めてよ。
お兄ちゃんは、どうしてここにいるの」

「ヒャッハァ〜。
初めてでも安心だぜィ。
俺はよ、拉致誘拐されるほど幼女たちに愛されてるんだ。
俺もたまにやるけど人を浚うのは、愛の表現の一つだからな。
俺を愛しすぎたカラス幼女に拉致られてここまできたんだが、どうやらはぐれちまったみてぇなんだ。
おまえ、俺のための幼女ハーレムを知らねぇか。
ヒャッハァ〜」

「ごめんなさい。知らないわ。
でも、私、さっき、ここにくる途中で、ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)っていう獣人のおじさんとすれ違ったの。
ベステイエおじさんは、ランプを持ってこのへんをお散歩してるんですって。
彼ならお兄ちゃんのハレームの場所を知ってるかも。
ベステイエおじさんのランプのあかりを探してみたらどうかな」
 
 ハレームはともかく、彼は、あなたがここから出る方法を教えてくれると思いますよ。
 世界と世界の狭間に現れたり消えたりするこの領域にいても、鮪さんにとってプラスはなにもないでしょうし。
 魔女が隠れ家をつくるには、むいている場所かもしれませんが。

「ヒャッハァ〜。
ペストおじさんだとぉ。そんなやつ知るかァ。
細けぇこたぁいいんだよォ。
せっかくめぐりあったんだ。アリアンロッド。おまえのパンツをもらうぜ。
さあ、早くパンツを脱いで、こっちに投げてよこすんだ。
多少の汚れは女の勲章だぁ。
水くさいぜ。気にすんなよ。
ヒャッハァ〜」

「じゃぁね。鮪お兄ちゃん、またね。さようなら」
 
 私は、だんだんと近づいてくる鮪さんの気配から逃げるように、足早にそこを離れました。

◇◇◇◇◇

ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)

 ロレッタはノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)と一緒にファンシー・インテンス・モリガンとお話してるんだぞ。
ずっと前に遠くから真都里の声が聞こえたような、ついさっきまで隣にいてロレッタたちの髪や体をやたらにさわろうとしていたモヒカンの兄ちゃんがいなくなったような、そんな気がするけれども、記憶があいまいなんだぞ。
 ほら。
 また、いま、背後に人の存在を感じたような。
 でも、それもたぶん錯覚なんだぞ。
 だからロレッタは振り返って確かめたりはしないぞ。
 どうせ霧でなにも見えないし。
 ここで一番大事なのは、ファンシーとお話することなんだぞ。
 とっくの昔にそう決まってるんだぞ。

「ロレッタちゃん。
ファンシーちゃんのお話をまじめに聞いてあげないとダメなんだよ。
わたしは、すっごく一生懸命聞いてあげてるんだからね」
 
 ノーンに注意されたけど、おカド違いなんだぞ。

「ロレッタも聞いてるんだぞ。
後ろなんか、まるで気にしてないんだぞ」

「ありがとう。
ロレッタちゃんもノーンちゃんも私の大事なお友達よ。
二人とも、私の息子を助けるために力を貸してね」

 私の息子。
 ファンシーはロレッタたちと同じ小さな女の子で、私の息子なんて言うのもヘンな気がするけど、それも関係ないんだぞ。
 ロレッタはファンシーの味方なんだぞ。
 それでいいんだぞ。

「そうだよ。
ファンシーちゃんの息子さんのためにわたしもがんばるよ。
わたしのパートナーの陽太おにーちゃんにも助けてもらうように連絡するね。
ここがどこかはよくわかんないけど、パートナーとなら電話はつながるよね」

 ノーンが携帯電話と、紙に包んだアップルパイをポケットからだして、ロレッタとファンシーにくれたんだぞ。
 ストーンガーデンの林檎は甘くて、みずみずしくておいしいぞ。

「ロレッタもミレイユやシェイド兄ちゃんに電話してみるんだぞ」

「ノーンちゃん。ロレッタちゃん。それは、やめて。
私は二人と仲良くしたいだけで、他の人はどうでもいいの」

 なるほど。それもそうなんだぞ。
 ファンシーがそう言うなら、ロレッタは電話しないんだぞ。

「わかったよ。わたしもやめておくね。
ファンシーちゃんにイヤな思いをさせてごめん」

 ノーンも反省したんだぞ。
 三人は仲良しだから、お互いがイヤがることは絶対にしないんだぞ。

「魔女が不義の息子のために、頭数を集めているようですね。
となると今回の事件の結末は、やはり」

 背後で、ノーンでもファンシーでもない女の子のささやきが、いやいややっぱり気のせいなんだぞ。
 ノーンにもファンシーにも聞こえてないみたいだから、間違いなくロレッタの空耳だぞ。

◇◇◇◇◇

矢野 佑一(やの・ゆういち)

 不謹慎かもしれませんが、僕は、マジェスティックの廃墟を深夜徘徊するのが好きで、というか、夜ふけに立ち入り禁止のフェンスを乗り越えて敷地に忍び込み、ロンドン塔の崩れかけたタワーにのぼって、マジェの街並みを見下ろすのが大好きなんです。
 以前に非公式の作戦で、僕らが爆撃したこの街の夜の顔は、霧とガス灯のおぼろげな光、時たま走る二頭立て、四頭立ての馬車、あんな事件の後でもいなくならない酔漢と街婦、ヤードの制服警官たちで彩られてて、ぼんやり眺めていても飽きないですよね、なんて。
 僕が悪魔と出会ったのは、そんなロンドン塔での十二月の夜を楽しんでいた時でした。
 僕のいた塔の部屋に、彼はいつの間にか入ってきていたのです。
 だいたい二十代くらいにみえる、足の長い青年。
 左目を大きな眼帯で隠した彼は、帽子、ロングコート、スーツ、ネクタイ、靴とすべてが黒で、ワイシャツだけが白。
 まるで執事か、葬儀の帰りのような服装でした。

「おまえ、こんなところでなにをしている。何者だ」

 先客の僕を非難する感じの、まるで自分がここの住人みたいな口ぶりです。

「僕は、僕は天御柱学院の学生ですよ。
ここで夜をすごすのが気に入っているんです」

「魔術師の亡霊がうろつくと評判のある廃墟に一人でいて楽しいのか。変わったやつだな」

 あなたに言われたくないですね。と、当然、思いました。

「あなたは、どうしてここに」

「俺は、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)

 シュヴァルツ・ヴァルトは、やはり、彼の名前でしょうね。
 それは見当がついたのですが、それだけ言って黙られても。
 自称シュヴァルツさんは、意地悪そうな笑みを浮かべ、僕の言葉を待っているようでした。

「僕は、矢野佑一。
さっきも言いましたが、天御柱学院のパイロット科に所属していて、実はこの場所とは因縁があるんです。
ここをこんなふうにしてしまった、実行犯の一人、というか。
だから、気になっている部分もあるんですよね。
噂通りメロン・ブラック博士の亡霊がでるなら、会ってみてもいいかな」

「佑一。情報は小出しにしろ。
想像する楽しみが減る。
夜はまだ長い。
先日、俺はここで、切り裂き魔事件と関係のある某人物を見かけたぞ」
 
 シュヴァルツさんは、また言葉を切ると、僕の横にきて並んで、枠だけ残った窓から街を見下ろしました。

「犯罪王ノーマン・ゲインですか」

「あれは、人ではないだろ。こんなところで会いたくもない」

「コリマ校長が博士の生死を自ら確認に」

「いやいや、それはないな」

「地球のロンドンから派遣されたとかいう、伝説の名探偵の後継者」

「まさか。彼女は多忙だろ」

「誰なんです。教えてくださいよ」

「この程度で降参されては、遊びにならんよ」

 こうして彼と言葉のやりとりをして、僕は、マジェに広まっているいくつかの怪しげな噂を教えてもらいました。

「つまり、まだ公になってはいないけれど、切り裂き魔の次は、ジキル博士の模倣犯が貧民街の住民たちを恐怖に陥れているんですね」

「俺のヨタ話をすべて真に受けられても、困るんだが」

「あの、いま聞いた話のどこまでが、本当なんですか」

「俺にもわからん」

 小一時間ほど話したあげくの結論がこれだったので、僕は笑ってしまいました。

「なにがおかしい」

「だって、あなたは、ようするに僕をからかって時間をつぶしているだけじゃありませんか」

「そうとも言えるがな。だが、おまえのような穴だらけのやつと話すのもなかなか興味深い」

 穴だらけ。
 なにげに彼が口にしたその言葉に引っかかって、僕は彼の顔を覗き込みました。

「おい。どうした。急になんだ」

「僕のどこが穴だらけなんです」

「おまえ自身が気づいてないわけがないだろ。人に説明させるな」

「あなたは、僕の記憶が見えるんですか」

「期待するな。
穴は穴にしか見えん。
そこになにがあったかは、俺は知らん。ただ」

 彼は右目だけで、僕の目を見返しました。

「穴の形から、抜け落ちたものを推測するくらいは可能かもな」

 なぜか断片的にしかない契約以前の僕の記憶。
 シュヴァルツさんは、それを推測できるらしい。

「あなた、普通の人ではありませんね」

「ああ。俺は悪魔だ」

 今度は、僕は声をあげて笑いました。
 悪魔ですか、なるほどね。
 悪魔なら、黒服で深夜の廃墟をうろつくのも、思わせぶりに人に話しかけるのも、もっともだ。

「そんなにおかしいか」

「いえいえ。真偽の定かでない噂話の収集、人の記憶をみる、他にはなにができるんです」

「失礼な。その程度は余技だ。
出会ってすぐでは仕方がないが、おまえは、俺の真価をまるでわかっていない」

「まだまだ秘密の機能が満載なわけだ。
あなたがいると便利そうですね」

「俺の力を借りて、失った記憶を取り戻したいのか。
悪魔を利用しようとする小賢しい人間は、やがては破滅するぞ。
それとも、死とも相容れぬアレイスタのような存在になりたいのか」

 破滅するのも伝説になるのも、イヤですが。

「記憶はなければなくてもいいんですよ。
とりあえず、いまのところ、どうにか普通に生きてるんだし」

「謙虚だな。
佑一、どうやらおまえは、悪魔ともうまくやっていけるタイプの人間らしい。
ためしに俺を使ってみるか」

 脅したり、持ち上げてみたり、まったく、悪魔らしいですね。

「どこまでもどこまでも、信用できないんですけど、使ってみますか、ためしに」

 結局、その晩、僕は悪魔シュヴァルツさんと契約したのでした。

◇◇◇◇◇

九条ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)

 同じ罠に二度もかかるのは、やはりバカなのかな。
 それでも、やはり、彼女に話しかけたい気持ちが。

「シン。見えているかい」

「ああ。今度のは幻聴、幻覚じゃねぇな。
いや待てよ。安心するのは、まだ早すぎるか」

 パートナーのシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)も私と同様にこの状況に半信半疑みたいだ。
 それもそうだ。

「今回からの視聴者のために、これまでのストーンガーデンワイド劇場を説明しよう。
私、九条ジェライザ・ローズは、相棒のシンと共に空京のテーマパーク、マジェスティックにやってきた。
マジェ内の巨大集合アパートメント、ストーンガーデンで起きた殺人事件を調査するためだ」

「ロゼ! てめぇ、急になにしゃべりだしてんだ。大丈夫か」

「すまないな。
私自身の気持ちを整理するために、日頃から見慣れているテレビの連続ドラマのオープニング風に、いまの自分の状況を客観的にナレーションしてみたいんだ。
少し、聞いててくれ」

「はぁ。被告人控え室におまえと二人で閉じ込められて、そこに現実か幻かわかんねぇ少女が入ってきて、黙ってこっちを眺めてるって時に、おまえにまでおかしくなられたら、俺はもう、お手上げだぜ」

「解説を続けよう。
これは別世界への旅です。
これから数時間、あなたの目はあなたの体を離れて、不思議な時間の中へ入っていくのです」

「連続ドラマでも、それは違うだろ。
てめぇ、ピンチだってのに、余裕ありありだな。
俺たちの置かれた状況をわかってんのかよ」

「あはは。消える死体、裁判の被告人、実在しない少女とか、あんまりにも、現実感がなさすぎてさ。
逃避に逃避を重ねちゃって頭がトワイライトQだよ」

「ジャンボジェットが鯉になるアニメとか、いまどき誰もみてねぇーぞ」

 さすが、私のパートナーだ。マイナーな作品までよくご存知で。

「ふふふ」

 私たちのやりとりに少女が笑った。整った顔立ちをしているが、黙っているより、やはり笑顔のほうがいいな。

「きみは私たちと話せるのかい。実体のある、普通の女の子なんだね」

「俺らをCHEMELでハメたやつとは、別人なんだな」

「私は、アリアンロッド。
あなたたちと会うのは、初めてよ。
でも、お姉ちゃんがしようとしてることを手伝ってはあげられるかな」

 薄紫の髪、水色の瞳の格子柄のロングコートの彼女は、なかなか賢そうだ。
 正体不明の少女の罠にハメられて、現在の状況に陥った私としては、アリアンロッドを信じるのに、ためらいを感じないわけではないが。

「しかし、どんな時もまずは人を信じなければ、なにもはじまらないよな」

「その思い込みをやめろ。
すでに間違ってるぜ」

「シン。ごめん。
騙すよりも、騙される方が私はまだマシだと思う。
アリアンロッド。きみは、私のなにを手伝ってくれるんだい」

「九条お姉ちゃんは、自分たちにかけられた容疑を晴らすために、ここを抜け出して、CHEMELへ調査に行きたいんでしょ」

 すごい。
 なぜ、私の気持ちが手にとるようにわかるんだ。

「おい。それくらい誰でも、思いつくぞ。
だらしなく口あけて感心すんな。
てめぇ、最近、医者になる勉強のしすぎでバカにみがきがかってんじゃねぇか」

 シンに後頭部を叩かれた。
 痛いよ。乱暴だなぁ。
 けど、十歳未満の女の子なのに、彼女はしっかりしてるよね。

「アリアン。
適当な言葉を並べて九条のバカをたぶらかすつもりなら、やめてくれ。
たしかに俺らは無実の罪をきせられてるし、俺もCHEMELには秘密の仕掛けがある気がしてる。隠し部屋とかな。
霊安室でそれを発見できれば、死体消失の謎も解明して、俺らは晴れて無罪になるだろう。
けど、言ってることはもっともらしくても、悪いけど、てめぇも怪しいんだよ。
だから、俺はてめぇを信用できねぇ。

 イテッ。
 
九条、なんで、叩くんだよ」

 私は、さっきのお返しにシンの頭にゲンコツを落とした。

「小さな女の子相手になんて言い草だ。
彼女の気持ちを考えろよ。
この子は、私たちを心配してここまできてくれたんだぞ」

「それがそもそもおかしいだろ。
厳重に警護されてるはずの被告人控え室に、なんで、こいつはすんなりはいってこれたんだ。
ちったぁ、疑えよ」

 それは、そう言われてみれば。

「誰にもとがめられずに、ここにいられる時間はあまりないの。
私と一緒にきてくれたら、いろいろ説明できるわ」

「はんっ」

 シンは腕を組み、アリアンロッドから顔をそむけた。そして、小声で、

「行きたいなら、九条、おまえだけ行けよ。
二人揃って消えるよりも、一人でも残ってた方が裁判もできるだろし、追っ手も少なくてすむだろ」

 シンはいつでも素直じゃないなぁ。

「ありがと。必ず、無罪の証拠をみつけてくる」

 私はアリアンロッドに近づいた。
 彼女は頷くと、私に手をさしだす。私はその小さな手を握る。

「やばくなったら、召喚で必ず俺を呼べよ。一人でオッ死ぬんじゃねぇぞ」

 背中でシンの助言を聞きながら、部屋をでた。

◇◇◇◇◇

三船敬一(みふね・けいいち)

 シャンバラ教導団の三船敬一だ。
 ストーンガーデンの事件では、聖杯の行方を追っている。つもり、だったんだがな。

「もう一度、いまの言葉を聞かせてもらえるか」

「だから、聖杯は失われてはいない。
ガーデンのしかるべき場所に安置されている。
メロン・ブラックもそれを手に入れられはしなかったし、彼の信奉者たちも入手をあきらめ、彼の復活のためには別の手段を選んだと聞いている。
ブラック関係の噂話は、数がたくさんありすぎて俺たちもどれを信じればいいのか、実際、完全には判断がついていないんだが」

「聖杯は、イコンの襲撃で肉体を失ったブラックの復活のためには、絶対に必要なのではないのか」

「どうやら、そうでもないらしい。
魔術師などというものは、はなから世の常識とはかけ離れたものの考え方をするし、現実には存在しないものを神や悪魔の力を借りてまで、創りだしてしまうのを得意としている連中だ。
聖杯が手に入らなければ、それにかわるものを自分で創るぐらいはするだろう」

 ドックレース場をでて、ガーデン内で聞き込みをしていた俺は、要人の一人であるオパールと話す機会を得た。
 オパールは二十代前半くらいの顎鬚の似合う青年で、いかにも石大工らしい、たくましい体つきをしている。年が若いせいか、要人といっても気さくな感じだ。
 俺が、ギルドに、十二人いる要人の誰かから聖杯についての話を聞きたいと頼むと、オパールも他の要人たち同様に多忙だろうに、すぐに俺と一対一で会う時間をつくってくれたのだ。

「俺の言葉にウソはないぞ。
俺は面倒な駆け引きは嫌いだ。
おまえと会っているのは、聖杯の管理が俺の仕事だからだ」

「聖杯については、その存在自体が秘密じゃないのか」

「あれはな、真に必要とする者には手の届くところにあるが、本来、あれを必要としていないものが、どんなに望んでも、手には入らないのさ。
それにいくら俺でも、通常時なら、部外者にこんな話をしたりはしない。
もっとも、ガーデンの住民なら、だいたい人間が知っている程度の秘密ではあるな。
あんたは、事件の捜査メンバーだし、俺は捜査に協力して早くガーデンが普通に状態に戻ってほしいと思ってる。
だから、話している。それだけだ」
 
 オパールのさっぱりとした男性らしい態度に、俺は好感を持った。
 俺はデジカメをだして、彼に画像をみせてみる。
 聖杯騒動の重要人物インクルージョンが自分のトレードマークにしていた一筆書きの六芒星だ。

「おいおい。これは。メロン・ブラックつまり、アレイスタ・クロウリの自作の紋章だ。
これを使うのは、やつとやつの弟子たちだろ。
あんた、まさかそれも知らないのか」

「申し訳ない。俺はもともと軍人だからな、魔法関係には疎いんだ。
すると、自分の持ち物にこの印をしていた、インクルージョンは、やはり、ブラックの信奉者なんだな」

「信奉者どころか、博士とかなり深い関係の人間でなければ、こんな印を使っていたら、たちまち身の破滅だぞ。
そのインクルージョンとやらは何者なんだ。
それに、あんた、インクルージョンって言葉の意味を知ってるのかい」

「さっきのあなたの話の通り、彼はブラックのために聖杯を創ろうとしていたらしい。
すまんな、俺はやつの名前の意味も知らんのだが」

「インクルージョンは、石の内部にある天然の不純物だ。
そいつが自分でそう名乗ってんなら、自分はガーデンの中の異物だって自覚してるんだろ」
 
 どうやら、これで、やつが確信犯で、かなり危険な人物なのは、裏がとれたな。

「ブラックの信奉者たちがここに過去に英霊を召喚しているという噂も聞いたのだが、それは事実なのか」

「それは、ムダだろうな」

「ムダとは」

「ガーデンに住む四つの部族の英霊は、いまも生き続けている。彼らは、いつだって俺たちと共にある。わざわざ召喚する必要はないのさ」

「それは信仰的な意味でか」
「いや違う。
俺たちの英霊は、ロード・ブリティッシュとでも呼ばれるべき人物だ。
彼の騎士も、魔術師も、宿敵となる息子も、そのままだったり、転生を繰り返して、みんなここにいるんだ。
王はその時がくれば眠りからさめて俺たちを救いにくる」

 オパールは、誇らしげに語る。
 聖杯。
 四つの部族。
 眠りについているロード・ブリティッシュ。
 伝説や神話にくわしくない俺でも、ガーデンの王が誰なのかは、おおよそ想像がつく。
 オパールが王の名前を直接、口にしないのは、敬意のあらわれだろう。

「英霊についてはともかく、インクルージョンが創ったニセの聖杯が原因で、ガーデン内だけでなく、マジェ全体で騒ぎが起こっているらしい。
そこで、どうしても教えて欲しいんだが」

「なにをだ。インクルージョンについては俺より、あんたの方がくわしい気がするぞ」

「そうではなくて、俺が知りたいのは、聖杯の壊し方だ。
事後の憂いを絶つためにも、やつの創った聖杯を残らず壊す必要がある」

◇◇◇◇◇

クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)

 せっかく、マジェスティックまできてるんですから、お兄さんはお兄さんなりに、攻略法を考えましたよ。
 ええ。
 過去の経験を踏まえて、よりよき結果をだすためのメソッドの作成です。はい。
 実例をあげて説明しますと、お兄さんはこのヴィクトリア朝風のロンドンの街の中で、一人でも多くのお嬢さんのあられもない姿をみたり、おさわりしたいわけです。
 そのために手段を選ぶような贅沢はしたくはないのですが、なにごとにも効率は大事ですからね。
 基本として第一に、警察官や、お兄さんの行為を妨害するような人物が周囲にいないか、それを確認する、これは重要です。
 これを怠るとボコられて意識が飛んだり、逮捕されたりしてチャンスロスにつながりますからね。
 人気のない場所で、お嬢さんと一対一になるシチュエーションを作る、ここもポイントですよ。
 マジェには狭い路地が多いですから、狙い定めたお嬢さんをそこに追い込んでしまえばいいわけですね。

「やあ。御機嫌いかがですか」
 
 以前からの知り合いのごとく、親しげに話しかけるのも、ファーストアタックとしては、なかなか使える戦術だと思います。
 マジェの住民のみなさんはどなたも、御自分がマジェスティックのアトラクションの一部である、と自覚しておられるらしく、見知らぬ人物に声をかけられても、ほとんどの方が笑みを返してくださいます。
 そこにつけこむわけです。
 微笑を浮かべた麗しの君にすっと近づき、自然な仕草で手をとりましょう。
 相手が、その手を振りほどく隙を与えずに甲に優しく口づけします。

 べちゃ。

「てめぇ。初対面の人の手の甲、いきなり、なめてんじゃねぇよ」
 
 パートナーのシスタ・バルドロウ(しすた・ばるどろう)さんがお兄さんのズボンの尻になにか、冷たい泥のようなものを入れましたね。
 ズボンとパンツの間がクチャクチャしてるんですが。
 あれあれ。
 お兄さんが一瞬、かたまった隙に、麗しの君はスカートを翻し、どこかへ行ってしまいました。
 残念です。

「馬糞だぜ。
これって、マジェ名物だよな。
馬車馬のクソが道にぽこぽこ捨ててある。
こんなとこまで、十九世紀を再現する必要あんのかよ。
あ、オレはティシュごしにつかんだから、直接はさわってないぞ。
いくらてめぇでも、尻にクソつけたままじゃ、カッコ悪くて、女にいたずらできねえだろ。
これに懲りて、ちったあ、おとなしくしろよ」
 
 いえいえ。お兄さんは、まったく気にしませんよ。
 バルドロウさん、ごほうびありがとうございます。お兄さんは、逆境になるほど燃えるタイプなんです。

「クドさん。どっかでズボンとパンツ替えないと、それ、臭うよ。
洋服店でワケを話して体を洗わせてもらって、新しい下着とズボンを買ったらどう。
バルドロウさんもいくらクドさん相手でもやりすぎだよ。
私もよくは知らないけど、馬の糞には寄生虫とかいないのかな」
 
 男装少女のセリーヌさんがお兄さんの身を心配してくださって、お兄さん、感動しました。
 そうですね。セリーヌさんにイヤがられるような格好をしてるくらいなら、いっそ、下半身まるだしの裸でいた方がまだいいですね。
 さ。思いついたら、素早く実行です。

「だ、か、ら、その展開はやめてよ。
ここは路上だよ。
うわっ、こっちくんな」

 ズボンと下着を脱いですっきりしたお兄さんは、セリーヌさんに抱きつこうとしたのですが、
 
 ジュボ。
 
 お尻のあたりが今度は、急に痛く、熱くなりまして。

「てめぇ、尻、燃えてるぜ。
タバコの火でも馬糞はよく燃えるな。
いま、てめぇが屁をしたら、爆発して、空、飛べるんじゃね」
 
 バルドロウさんが、くわえていたタバコの先をお兄さんのお尻にあててくれたらしいです。
 ごほうびのコンボ、感謝感激ですね。

「クドさん。お尻すごく、燃えてるよ。
炎の勢いがハンパじゃない。
水。どっか、このへんにお水はないの。早くしないとほんとに焼死しちゃうよ」

「はははは。セリーヌさんは大げさですね。
パートナーのバルドロウさんがお兄さんを殺すはずがないじゃないですか」

「そんなこと言っても、炎ぼうぼうじゃんか。
絶対やばいよ。
とりあえず、道路にお尻をこすりつけて火を消さないと。
ほら、寝っころがって。
誰か。水か、消火器はありませんか。誰か」
 
 セリーヌさんが顔色をかえて叫んでます。
 お兄さんの周囲にいる通行人のみなさんも、足をとめてこちらを眺めています。
 そんなにみられると照れますね。いやあ。そんなたいしたものじゃないですよ。
 おっと、なぜか意識が遠のいてきましたね。
 どうしたんですかねえ。立っているのがつらいですね。おかしいなあ。
 体調不良ですかね。
 目を閉じて休んだ方がいいみたいです。それでは、みなさん。また、後でお会いしましょう。



「クドさん。目を開けて、寝ちゃダメ。クドさん。起きてよ」

 セリーヌさんがうるさいですね。
 おや。ほんの少しの睡眠でも体力回復の効果があったようです、体が軽いですよ。
 まるで、宙に浮いてるみたいです。

 バシャーン。
 
 突然、水の中に放りこまれて、思い切り目がさめました。
 お兄さんは、何人かの人に抱えあげられて、道路脇にある馬車馬の水飲み用の木桶に落とされたようです。
 馬糞、火の次は水責めとは、マニアックでいいですね。
 上級者のお兄さんも満足できるコース構成です。

「てめぇ、パートナーの俺の許可をとらずに、くだらねぇことで勝手に死ぬんじゃねぇ」
 
 ん。
 バルドロウさんのこの言葉は、なにか間違っているような気がしないでもないですが、まあ、よしにします。
 お兄さん、守備範囲と心の広さがウリですから。
 おっと、セリーヌさんが目をつり上げ、怒りの表情で、お兄さんとバルドロウさんをにらんでますね。
 どうしたんでしょうか。なにかあったんですかね。

「クドさん。バルドロウさん。ちょっとは、事件のことも考えてください。
あんたら、ガーデンへなにをしにきたんだ、まったく。
自分が事件を起こしてまわってどういうつもりだよ」
 
 セリーヌさん。お兄さんが桶からでたら、手取り足取り、たっぷりなぐさめてあげますから、そんなに怒こらないでください。
 お兄さんは、あなたと楽しい時間をすごすためにここにいるんですから、気持ちを静めて、リラックスですよ。
 よろしいですね。