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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第7章 もー抱きつき魔になっちゃってー。

     〜1〜

「やっふぅー! ファーシー様にアクア様、皆様とお花見であります! 楽しみであります!」
 スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)は、弾けるような元気な声で鬼崎 朔(きざき・さく)ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)とファーシー達のもとを訪れた。
「……ところで、皆様はお酒を呑まれるのでありますでしょうか?」
 輪の中に加わると、スカサハは持ってきた飲みやすい日本酒を取り出した。
「成人した方は是非どうぞであります! 成人されてない方には甘酒を持ってきましたでありますよ!」
 そうして、彼女は隣に座る朔にまずお酌をする。
「朔様はお酒でありますよね!」
「ああ、そうだな」
 日本酒を受け取り、朔は飲み物を配っていくスカサハと集まっている皆を穏やかな表情で眺めやった。既に、何名かは酒に飲まれてしまっているようだが。
「やはり、皆で花見……というものは何度やってもいいものだ……」
 しみじみとそう言って頭上に広がる桜を見上げる。目線はそのままに着ている服の襟を摘んで嬉しそうに。
「この服を堂々と着れるしな」
 それは、恋人からの贈り物である桜柄の和服。朔は服装に合わせ、ちょっとお淑やかに正座している。
「…………」
 ファーシーはそんな彼女に、遠慮がちな、伺うような視線を送っていた。空京の警察署で別れてから、こうしてゆっくりと会うのは初めてで。
 あの時どう思っていたのか、結局何も聞けてないから。聞くべきことじゃないのかもしれないけど、それでも、迷惑を掛けていたのなら謝りたい。
 そんな事を考えていると、スカサハがこちらに戻ってきて笑顔で話しかけてきた。
「ファーシー様はどちらが良いでありますか?」
「あ、うん……。甘酒、がいいかな? あっ、そのくらい。うん、飲んだことないし」
「そうなんでありますか? 甘くて、とても美味しいでありますよ!」
 コップに半分くらい甘酒を注いでから、スカサハはきょろきょろとして少し離れた所でビールを飲んでいるアクアに近付いていった。
「アクア様はお酒を呑まれておりますね。こちらもどうでありますか? 皆様も!」
 一緒にいた樹と章にも日本酒を勧め、大体まわったところで彼女は乾杯の音頭を取った。
「では……乾杯であります!」
 皆はコップを触れ合わせる。それぞれ、近くに座る同士で会話していた皆がこの時はまた、一体になった。
「さあ、楽しく過ごすか」
 朔も乾杯してそう言い、酒を口に含む。ファーシーも試しに、と甘酒を飲んでみた。初めてらしいが、特に物怖じした感じはしない。
「……あ、おいしい」
 白い水面に目を落としたままコップを両手で包むように持って素朴な感想を漏らした。新しい発見をした、みたいに。そして、その姿勢のまま顔を上げると、酒の勢いとばかりに(アルコール入ってないけど)彼女は言った。少しだけ微笑んで。
「……朔さん、来てくれたんだ」
 朔達に誘いの連絡をした時、普通に『アクアさんも来る。みんなで』って言ったけれど、その後にまた『あ』と思い至って。
 あのデパート1階での出来事は、ファーシー自身も忘れようが無いから。
「ずっと思ってたの。あの日、太郎さんのお弔いに来てもらって良かったのかなって。わたし……、もうちょっと考えるべきだったんじゃないかなって」
 ファーシーは首を竦めて甘酒を飲む。少し、上目遣いで。
「……確かに私は復讐者だ。だが……死者までも恨むつもりはないよ……」
 朔は、そんな彼女に優しい眼差しを向けた。
「それに、寺院ではなくなった者もな」
「……アクアさんは寺院を抜けたって言ってたけど……」
 先刻のアルバイトとかお金の話をしていた時の事を思い出し、ファーシーはアクアに一瞬だけ目線を送る。
「ああ。だから……ファーシー。君がそこまで気に病む必要もないよ」
 竦められた首が中々元に戻らないファーシーに手を伸ばし、朔は彼女の頭をなでなでした。そこで、ファーシーは照れたように、やっといつもの笑顔に戻った。
「うん……」
「鏖殺寺院関係で今日、この場の雰囲気を悪くするつもりもない。安心してくれ。私は……今この場の幸せを壊すほど無粋な考えは持ってないよ」
 そうして、朔は変わらぬ微笑みでアクアを見た。
「それに……アクアさんを害する気ないし」
「……そっか……」
 ファーシーはそんな彼女の様子に、何かを決意したように顔を上げた。アクアの方をはっきりと振り向いて手を上げる。
「アクアさん!」
「……?」
「こっちに来ない? 一緒に飲みましょう!」
 名を呼ばれて怪訝そうにしていたアクアは、その言葉を聞いて少々急いでやってくる。
「飲むって……まさか、日本酒を飲んだんですか?」
「え? 違うわよ。ほら」
「…………」
 示されたコップの中身を拝見し、アクアは気が抜けたように息を吐いた。
「驚かせないでください……」
 自分は普通に飲みまくっているくせに、ファーシーが飲むのは駄目らしい。製造年月を考えれば、別段飲んでも構わないのだが。
「でも、最後にお酒って名前がついてるだけで何となくそんな気分になるのよね。不思議だけど」
「そうですか……」
 そう言いつつ近くに落ち着き、アクアは斜向かいに座るカリンを思い出したように一瞥した。あちらもアクアを見ていたようで、ばっちりと目が合う。
「「…………」」
 睨むような、不貞腐れたような顔のカリンと、冷ややかと表現しても良い目をしているアクア。だが、お互いに目は逸らさない。寺院と関係のあった2人は、以前顔を合わせて多少の会話をした。その結果、友人になろうと態度で示してデレてしまったカリンの方が何となく不利な感じになっている。デレていない分、アクアの方が有利だ。
 まあ、アクアはまだ彼女に心を許していいのか半信半疑な部分があるのだが。
 ――何だか、『私は誰にも心を許してなどいません!』という反論が返ってきそうだがそれは兎も角。
「……貴女も来たのですね」
 その言葉を聞いた途端、カリンはあさっての方を向く。
「ハッ……好きで来たんじゃねぇよ。連れてこられちまったらしょうがねえだろ。全く……」
 それから一呼吸置いて、場に出されていた桜餅の入った容器を手で押した。桜餅とアクアがご対面である。
「……とりあえず、桜餅作ってきたから、ほら、食えよ。うめぇかどうかしらねぇが、一定の味は保証してやるよ」
「……気が進まなかったのに、わざわざ桜餅を作ったんですか?」
「…………」
「…………」
「もう、ブラッドちゃんは相変わらず素直じゃないな〜。そこが可愛い所なんだけど♪」
 桜餅を挟んで落ちていた妙な沈黙。そこに明るい声で割って入った花琳は、気楽な調子でアクアにも声を掛けた。
「アクアさんも剣の花嫁事件の事で気に病む必要無いよ? 少なくとも、私はあれで救われたようなもんだし。ありがとう♪」
「……! ……わ、私は、別に……」
 全く予想していなかった花琳の礼に、アクアは僅かな狼狽を表に出した。にこにことした笑みを崩さない花琳を前にどう返せばいいのか判らず、慌てて誤魔化すように目の前にあった桜餅を取る。
「ど、どういたしまして……」
 合ってるのか合ってないのか、少し変な答えだと自覚しつつ、テンパった状態で桜餅を食べる。直後にしまったと思ったが時遅く。
「ブラッドちゃんの作った桜餅はどう? アクアさん」
「……………………。確かに、悪くありませんね。しかしこの位でしたら私でも……」
「アクア様、ファーシー様、おかわりはいかがでありますか?」
「! そ、そうですね、それでは……」
 助かった、とばかりにアクアは日本酒をスカサハに注いでもらう。ファーシーも甘酒をおかわりして。
「ファーシー様、今日はゆっくりお話するであります! アーティフィサーについてとか、どうでありますか?」
「アーティフィサー? ……そうね、一緒に勉強するって約束したし、色々と教えてもらおうかな? ね、アクアさん」
「また、どうして私に……いえ、まあ今後を考えれば話を聞いても良いですが」
「うれしいであります! それでは、まず……」
 過去に独学の恐ろしさを体験したスカサハは、特にファーシーにはしっかり覚えてもらわないと……! と早速機晶技術について話し始めた。真面目にお勉強! というよりはあくまで雑談風に朗らかに。お花見の雰囲気を壊さないようにして小さな講習会は開始された。
 それからしばし。ファーシーはこれまでの話を復誦してみて。
「…………」「…………」
「? ? 何か違ったかな? 分からないところとかも、特にないと思うけど……」
 彼女の飲み込みの悪さに、アクアとスカサハは言葉を失っていた。
「……何かも何も、貴女……」
「これは、分からないところが分からない、という状態でありますね……」
「? ?」
 ファーシーはその反応に、1人クエスチョンマークを飛ばしまくっていた。そこに――
「……ファーシー、抱っこ。」
「わっ……、わ?」
 朔が幸せそうな顔をして抱きついてきた。猫のように甘えた声で。びっくりして腕を離し、まじまじとファーシーは朔を見つめた。
「さっ……朔さん?」
「だっこー、だっこしよっ、ファーシー」
「も、もしかして……酔っぱらっちゃったの……!?」