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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第8章 レストゥーアトロの真ん中で2

「ねぇー、ココどこなのさー」
 それぞれがそれぞれの日常を過ごす、ツァンダの街中。鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は、ここがツァンダである事も認識してなさそうな怪しい感じで黒田 隼人(くろだ・はやと)の後をついていっていた。口を尖らせ、大いに不服そうである。
「って言うか……隼人! 何で今日に限ってお家に居るのさ! いつもみたいに公園で子供でも見てればいいのに! 朝起きたらいきなりボクのお部屋に、しかも目の前に顔があって、つい銃を撃っちゃったじゃん。……寝ぼけてなければ心臓に直撃させたのに……」
 最後だけ、声のトーンも低くぼそりと小声で。……本気である。心臓撃たれる。
「なに言ってるの、今日も子供観察するに決まってるじゃん!」
 だが、当の隼人は幸いにも(?)聞こえなかったようで呑気にナチュラルロリコン発言である。その彼に、氷雨は尚もぶーたれていた。
「ボク、今日は平和に新作デローンを皆と作ろうと思ってたのに!」
 光景としては実に平和そうだ。そこで、隼人が軽く先を示した。
「あ、もうすぐ着くよ」
「ふぇ? もうすぐつく? 何があるのさ……」
 改めて周りをきょろきょろとして。
「って、あー、桜咲いてるー」
 氷雨はぱっ、と目を輝かせた。公園に向かって走り出す。いっぱいの桜を見上げながら嬉しそうに奥へと入っていった。
「わぁーわぁー桜だー」
 ニコニコとはしゃいで、隼人の方を振り返る。
「隼人、ボクをココに連れてきたかったのー?」
「うん、そうだよ。子供、可愛いなぁ……持ち帰りたい……」
「わぁー、今日の事は桜に免じて許してあげるね! ……最後の言葉は聞かなかったことにしてあげる」
 またぼそっと最後を小声で言う氷雨。何気にアブナい発言をした隼人は桜……ではなく家族で来て楽しそうにしている子供とか、友達同士で遊んでいる子供とかを見て堪能しているようだった。『花より団子』ならぬ『花より子供』である。
 氷雨は普通に桜を楽しみつつ、園内をゆっくりと見回していく。
「でも、人が沢山居るねー。公園の桜見ながら、どこか座れる所探そう! ……あ、でも、ボクから離れて歩いてね。知り合いだと思われたくないから!」
 うわあヒドい。
「さっきからニヤニヤニヤニヤ変な笑いして……近付くな変質者め」
 続けてそんなことを言って、氷雨はとてもいい笑顔を浮かべた。
「……氷雨ちゃん可愛い!」
 全力拒否な笑顔だったが、それが隼人のツボに入ったらしい。氷雨のテンションが1下がった。
「それと、俺は変質者じゃなくて小さいものが好きなだけだよ!」
「……アレだよね。隼人は顔はいいのに性格が物凄く残念だよね」
 半眼でそう述べ、氷雨は自ら隼人から離れた。彼のことはすっぱり忘れることにして桜を眺める。
「桜綺麗だなー。……って、離れてって言ったじゃん!」
 気がつくと、隼人はすぐ隣を歩いていた。気にする素振りなど欠片もなく。
「まぁまぁ、こんなに花人が居るんだからはぐれたら大変でしょ?」
「ふぇ? 花人? って誰?」
 きょとん、と見上げられ、穏やかな笑みを浮かべて彼は答える。
「花人って言うのは花見をしてる人のことだよ」
「へぇ……そうなんだー」
 すれ違う花見客を順に見ながら、氷雨は純粋に感心した声を上げる。
「まぁ、来週、桜流しだから人が多いのも当然か」
「ふぇ? 桜流しって何?」
「あぁ、花びらを散らしちゃう雨の事」
 意味が解らずにまたもやきょとんとする氷雨に、隼人はあっさりと解説する。
「……そうだね、隼人、腐っても頭いいんだよね……」
 それがどうもすっきりしないのか、氷雨は不本意そうに頭を縮めた。
「そうだ、桜にも花言葉があるって知ってる?」
「え? 桜も花言葉あるの?」
「種類によって違うんだけど、一般的には優れた美人って言うんだよ」
「へぇ……桜って色々言葉あるんだね。勉強になるな……でも、隼人に教えられると腑に落ちないのは何でだろう……?」
 何やらブツブツと呟きながら歩き、両側に咲き誇る桜を眺めてしみじみと氷雨は言う。
「それにしても、綺麗だねー。こんな綺麗な桜ならずっと見てたいな……」
「氷雨ちゃん……」
 その透明感のある笑顔に、隼人は立ち止まる。
「……桜に魅入られて連れてかれないでね……?」
 取り残された子供みたいに、不安の混じった小さな声で。でも、良く聞こえなかったみたいで、氷雨はくるっと振り向いて能天気な顔を見せた。
「ふぇ? 隼人何か言ったー?」
「……ううん、なんでもないよ」
 のんびりと眩しい表情に、隼人は笑顔を浮かべて追いかける。だが、それは何の憂いも無いものとはいえなかったようで、氷雨は追いついてきた彼に溜息を吐いた。
「……はぁ……しょうがないなー」
 何を感じたのかは分からないけれど。
「隼人、今日だけは手、繋いであげるから、そんなに寂しそうな笑顔しないでよ」
「え、そうかな……?」
 そんな隼人の手をほら、と自ら取って。
「早く行こう! 桜綺麗だよー」
 笑って手を繋ぎ、氷雨はまた歩き出した。

              ◇◇◇◇◇◇

 風雨近付く、花人の多い公園内。
 ツァンダにある公園というだけあり、蒼空学園の制服を着た生徒も多い。新旧あるが、やはり新制服の方をよく見るだろうか。
 その中を、茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)はゆっくりと歩いていた。花見をしている知人達も時折見かけ、軽く声を掛けたりしながら。
 道を行き交う人々の中ですれ違うこともあり、そんな時は挨拶して少し立ち話。
 穏やかにゆるやかに、はらはらと散り始めている満開の桜の下を、急がず慌てず清水のような気持ちで、散歩する。
「……あれ?」
 道が別れている一角に来た時、菫はふと、目の先に見覚えのある後姿を認めて足を止めた。
「チェリー?」
 ぴょこんと立った赤茶の耳に同色の尻尾、長い髪の少女が背の高い少年と腕を組んで歩いている。
「……じゃないか」
 ちらり、とその少女の屈託無い笑顔が見えてまた歩き出す。特徴は似ているけれど、他人の空似……のようだ。
「チェリーにも新しい家族できたみたいだし。もう大丈夫よね?」
 空京で彼女と別れてから、会ってないなと思いながら。
 花びらを降らせる桜を見上げ、菫は言う。
「桜ももう終わりね」
 そして唐の詩人・于武陵の言葉を諳んじる。

「金の杯を受け取ってくれ
 あふれるほどに酒を酌むが、辞さずに呑もう
 花が咲けば風雨も多くなるともいう
 人生は別れに他ならない

 ……なんてね」
「勧酒ね……私はこっちの詩の方が好きよ。春は新しい出会いがあるもの」
 少ししんみりしてパビェーダに笑いかけると、彼女は寺山修二の詩を自らの歩調に合わせてゆっくりと諳んじ始める。『幸福が遠すぎたなら』という詩で、別れだけが人生というのなら、と、様々に出会う季節や花、人や温かさは何だろう。別れだけの人生などはいらない、と締めくくられている。
「チェリーは新しい家族ができたもの。もうきっと大丈夫よ」
 詩の最後の部分を風に乗せ終えると、パビェーダは言った。新しい家族。そして新しい門出を迎えた彼女を祝福する気持ちを込めて。
「それより、メルセデスウとの契約、早く済ませなさい」
「……わかってるわよ」
 メルセデスというのは、以前に知り合った機晶姫の名前だ。菫は、つい首を竦める。
「もう……契約早くしないとね」
 その時。
 強い風が一陣吹き、彼女達の髪や服を勢い良く煽った。下から上に行くような、強い風。同時に、公園内に散っていた花びらが一斉に宙を飛ぶ。
「わぁ、きれい……」
 前を見通すのがむずかしいくらいの桜吹雪。
 その中を、菫とパビェーダは歩いていく。
 遠くから見ると、2人の姿は桜吹雪の中に消えていくような――そんな印象を残しながら。

              ◇◇◇◇◇◇

「これが、地球の文化のお花見なんだね。桜ってすごく綺麗なんだ。知らなかったなぁ……」
 ファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)は、公園の遊歩道を歩きながら左右に並ぶ桜を感心した様子で眺めていた。家にこもって勉強してばかりだったので、ちゃんと花見に来たのはこれが初めてだ。一緒に歩くのはコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)と、誘ってくれた契約者のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。雨が降っては桜が散る……ということで、エヴァルトは『静かな時を見計らって行こう』という予定を曲げて公園に来ていた。
「やっぱり、花が残っているうちに見ておかないとな……」
 散り始めの時期だというのに、雨の予報を受けてか花見客は多い。まあ、その辺はご愛嬌というところだろう。
 桜もなかなか綺麗だし来ておいて良かった。そう思っていたところでコルデリアが彼の袖を引く。
「屋台も出てますわね〜。焼きそばにたこ焼き……、買っていただけますか〜?」
「飯を食いに来たわけじゃないんだがな……」
 コルデリアに言われ、エヴァルトは気が進まないままに屋台で食べ物を買っていく。花見であり食事が目的ではない。故に場所取りの必要も無い。ということで、彼が持ってきていたのは小腹が空いた時のためのいくつかのおにぎりと、緑茶を入れてきた水筒程度だ。
「……ほら」
 買ったものをコルデリアに渡そうとするが、彼女は自分で持つ気は無いらしい。
「持っていてくださいませ〜」
「今、食うんじゃないのか?」
 そう言うエヴァルトには答えず、コルデリアはマイペースに桜を見上げる。
「これといってすることもないのですが〜……桜は、綺麗ですわね〜」
 桜吹雪の中での剣舞もなかなかに映えそうだが、ここは抑えておこうとのんびり歩く。その時、前方で一瞬何かが光った。草葉の陰から煙が上がったような気がしたが、屋台の店員が何かを焼いているのだろうと気にしない。
「……おや」
 そこで、同じ方を見ていたエヴァルトがふと歩く方向を変えた。芝のあるエリアに上がり、シートを敷いて花見をしている一団へと近付いていく。彼に気付いて、集団の中にいた青髪の少女が笑顔を向けた。
「エヴァルトさん!」
「久しぶりだな。いやまぁ、本当は……」
 コルデリアと後を追っていたファニは、少女の容姿からそれが誰なのかあたりをつけた。
「むむっ、あの人がエヴァルト君の話にあった、ほとんど0から蘇った機晶姫さん? ……いいなぁ、私もそれくらいの技術欲しいなぁ……弟子入りしたいなぁ……」
 ファニはファーシーの方をしばし眺め、それからはっ、と我に帰って彼女達の方へ歩いていった。
「忘れちゃいけない。はじめまして! 未来の発明家、ファニだよ。こう見えても計算とか得意だし、バランサーの不調とかあったら、少しは手伝えるかも」
「未来の発明家?」
 ちょこんと首を傾げ、機械とかが得意なのかなとか思いつつ、ファーシーも挨拶する。
「うん、初めまして! んと……今は不調とか感じないけど、何かあったらよろしくね!」
「そういえば、今、何の話してたの?」
「あ、えっとね……」
 少しファニに困った顔をして、ファーシーは言う。記憶力だけは自身がある。
「本当は魂の器シナリオにも参加したかったんだけど、背後が剣の花嫁のパートナーに以前の姿云々の設定を考えてなくて結果落選して、そのまま以降のシナリオにも参加しづらい気分になってたんだって。わたしにはよく分からないんだけど……ゲームか何かの話なのかな」
 ゲームの話である。とんだメタ発言である。ぶっ飛ばされてもリアクション反映される気概があったらしい気合いの入ったメタ発言である。しかしガイドで堂々とピノがメタ発言ぶっこいているので単発では大して問題なかったりもする。
「なんか、あたし達の背後から『ご参加ありがとうございます! びし!』とかいう声が聴こえるよ?」
 ピノが幻聴かなあ、と不思議そうにエヴァルト達に言う。お久しぶりです。
「? へー……?」
 ファーシーと同様、ファニもよく分からないらしい。そこで、コルデリアが会話に加わってくる。
「……実は、未だに設定決まってないそうですわよ〜。ファーシーさん、はじめまして、ですわね〜。MC=気の合う友達、なLCその1のコルデリアですわ〜」
「え、えむしー? えるしー?」
「契約者は気の合う友達ってことですわね〜」
「? そ、それなら解るかな……。コルデリアさんね、よろしくね! 3人共、ここに座る?」
「ああ、いや……やめておくよ」
「そう?」
 きょとんとするファーシーに、エヴァルトは肩を竦めた。
「花見は花見、宴会ではない……というのが持論でな。少なくとも俺には、『花より団子』の諺は適用されない。……ま、親の影響さ」
「ふうん……? うん、分かった。じゃあ、またね!」
「またですわ〜」
「じゃあねー」
 ということで、エヴァルト達は多くのメタ発言を残して去り、公園の中を散歩しながらうららかな春の午後を楽しんだ。
 たまにはこういうのも良いだろう。