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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション

     〜2〜

「優斗さん、あ〜ん」
「は、はい……」
 口まで持ってこられ、優斗はテレサの作ったおかずをぱくりと食べた。が、飲み込む前に、ミアがおかずを箸でつまんで迫ってくる。素晴らしい笑顔だけど、ちょっとコワい。
「優斗お兄ちゃん、あ〜ん」
「む、むい……(訳:は、はい……)」
 何とかそれも口に入れる。その途端、テレサとミアは優斗との距離を更に縮める。優柔不断な彼にどちらを選ぶのかハッキリ答えを迫る為だ。
「どちらが美味しかったですか?」
「どっちが美味しかったの?」
「え、えーと……」
 両方美味しかった……ような気がするが、穏便に済ませようと考えるあまり余裕がなく、味がよく分からないまま飲み込んでしまっていたり。
(ミアちゃん、負けませんよ)
(テレサお姉ちゃん、勝つのは僕だよ)
 テレサとミアの目がキラーンと光る。灯ったのは、対決の光。
「優斗さん、私とミアちゃんのどちらのお弁当を食べるのですか?」
「優斗お兄ちゃん、僕とテレサお姉ちゃんのお弁当のどっちを食べるの?」
「あ、あの、今日はですね、皆で綺麗な桜を見ながら楽しく過ごそう、ということで……だから、テレサもミアも仲良くしようね。…………。」
 言いながら2人の作ってきたお弁当の総量を見て、優斗は自分がかなりピンチであることを思い知った。平等に全部食べて仲良く平和に……、なんて叶うわけのない量だ。何とか流れを変えなくてはならない。で。
「2人のお弁当はどちらも甲乙付け難いくらいとても美味しいですから……そ、そう、皆にも味わってもらいたいですね」
 同席した面々をぐるりと見回す。すると、テレサ達の目力がますますアップした。読まれている。
「「……皆にも?」」
「いえ、決して僕1人で食べきるのは無理ということではなくて……皆で食べないと勿体無いというか、ほら、皆さん是非召し上がって下さい、お願いします」
『…………』
 ……お願いされてしまった。『皆さん』と言った時の声には“僕を助けると思って”という切実なものが込められていた。が、召し上がって良いのかどうかと言えばどう考えても良くない雰囲気である。
「は、隼人も、ほら」
「いや、テレサ達は優斗にって持ってきたんだろ。それを俺達が食べるのは流石に無粋だと思うぜ」
 テレサ達の味方をする事でトラブルを回避しよう、と隼人は言う。優斗達とも距離を取り、他のお弁当に手を出しつつ普通に花見をする態だ。
「…………」
 優斗は考える。この状況から2人のどちらかを選ばずに無事に追求を逃れるにはどうすれば……そうだ。
 彼は、ファーシー達に声を掛けた。
「リョーコさんとお弁当作ってきたんですよね。こうしてのんびりする事ってありませんでしたし、やっぱり初めてだったりするんですか?」
「へ? あ、そ、そうね……」
「まあ、そうですね……」
 じーっ、と成り行きを見つめていたファーシーと、何ですか以前は浮気だなんだと結託し今度は取り合いですかもしかしていつもこうなのでしょうか、とやはりじーっと3人に注目していたアクアは答える。
「僕もいただいていいですか?」
 初めて作ったお弁当を一番褒めてあげるのは恐らく不自然じゃない。これで、一番は誰かという話を有耶無耶に出来ればと考えたのだ。冷静であれば火に油を注ぐことにしかならないと簡単に分かる筈なのだが、あいにく今の優斗は冷静じゃない。
 ファーシーに近い場所にあるお弁当箱からおかずをつまむ。味は普通だ。彼はあずかり知らぬことだが、リョーコや望の協力もあって普通のものが出来たのだ。アクアのは――
「優ちゃん、アクアちゃんのはこれよ」
 詰められた中から、リョーコが豚肉の照り焼きを示す。何だか必要以上に照っている気もするが気にせずに口に入れた。やけに上品な口調で、リョーコが聞いてくる。
「残さず食べてね。お味はいかがかしら?」
 不思議に思う余裕もなく、言われるままに残さず食べる。
「はい。アクアさん、ファーシーさんもとても美味しいですよ。これなら良いお嫁さんになれますよ」
『名前を呼んだ順に』優斗はにっこりと微笑んで見せた。アクアと目を合わせた瞬間から、何か変な気分だが……。
「え、お嫁さん!?」
 ファーシーは驚いてぴゃっ、と姿勢を正した。アクアは少し眉を動かしただけで黙ったままだ。すごく可愛い……あれ?
「「お嫁さん……?」」
 そして、両隣から殺気が膨れ上がる。
「え、えっ、僕、何かまずいこと……」
 とんだ朴念仁である。
「いやいや、優斗はまだ若いなあ。どれ、私が女性とのお付き合いの仕方のお手本を見せてやろう」
 そこで、テレサ達によって窮地に追い詰められている優斗を救おうという名目で立ち上がったのが天斗だった。天斗はファーシー達に向き直り、笑顔で言う。
「ところで、お2人には既にお付き合いをされている方がいらっしゃるのですかな? もしもいらっしゃらないのであれば……私と結婚して下さい!」
『…………!!!』
 ナンパは、美しい女性に対する礼儀である。
 ――天斗は、そう思っていた。
「お粗末くんかよ!?」
 直後、ぼごっ! と天斗はぶっとばされた。実の息子に。
 馬鹿なことを言い出し始めたロクデナシ親父を、とりあえず、と隼人がぶん殴って止めたのだ。
 イイ音がした。
 芝生の上に横倒れになった天斗は、暴力(ツッコミ?)を振るって止めた不良息子に対して気付かれないように涙を堪え、父の威厳を守るためにしっかり主張する。
「父ちゃんはな……父ちゃんはな……父ちゃんなんだぞ!」
 ――残念だが、威厳? なにそれおいしいの状態になってしまった。
「だから何だ!」
 としか言えない。
 テレサ達も呆れたように、でも少し冷ややかに言う。
「お義父様は早速ファーシーさんとアクアさんをナンパですか……血は争えないのですね」
「さすがは天斗お義父さん、やっぱり優斗お兄ちゃんとそっくりだよ」
 て……、あれ? 2人共? いつの間にかお『義父』様orさんになってるよ?  さっきまでは上に『優斗さん』が付いたのに。
「ちょっ、ちょっと父さん、ファーシーさんやアクアさんをナンパするなんて、止めて下さい! 彼女達は僕の大切なひ……大切な友人なんですから!」
 優斗も父の行動に吃驚し、慌てて制止の声を上げる。しかしテレサ達の前で言葉を選ぶのは忘れない。それなりに気にしているあたり、鈍感なんだか敏感なんだか。中途半端な朴念仁である。
 だが、テレサの追及は容赦無い。
「優斗さん、ファーシーさんやアクアさんをお義父様に取られたくないから止めているんですか?」
「えっ……、違いますよ決してそんな……あれ?」
 そこで、優斗は改めてアクアを見直した。さっきから何かがおかしい。アクアがとても可愛く見えて、そう……父さんにアクアさんを取られるわけにはいかない!
「そうです! アクアさん……僕はアクアさんが好きです! 付き合ってください!」
「な!? い、いきなり何を……!!!?」
 アクアは突然の展開におののき、優斗から距離を取った。訳が分からない。しかしこの展開に至るタネを知らない彼女は、その言葉を思いっきり本気に取った。ちょっと前なら一笑に付していただろうに。
 そう、これにはタネがあった。遡るは1P。ここだ。
「アクアちゃん、これが秘伝の隠し味のタレよ」
「そうですか、では……」
 ココ。ここでリョーコは、照り焼きに隠し味のタレとして純度100%のホレグスリを提供したのだ。おかずを全部食べるように言ったのもその為だ。彼女自身はむきプリ君との面識は無いが、薬はレシピを持っている舎弟から調達した。
 で、今、効果が出て優斗はアクアにメロメロである。
 当然、テレサ達は怒り心頭だ。
「優斗さん!?」
「優斗お兄ちゃん! アクアちゃんをナンパするなんて……、まだ懲りていないの!? 浮気の罰として、桜の木に埋めるよ!」
「ナンパの罰として、桜の木に埋めます! 隼人さん、あちらの木の下を掘ってください!!」
「は、はい!」
 あまりの剣幕に、つい敬語になってしまった。今の彼女達に逆らうなど、そんな愚かなマネはしない。素直に穴を掘るべく、隼人は指定された桜の木に向かって行った。皆から少々距離が離れている。が、見えないこともない、という絶妙な位置だ。リョーコは、彼女達がよく見える位置に移動した。
「あぁ、アクアさん〜〜〜〜〜〜〜〜………………」
 そして、テレサとミアの手でマホロバの天子の如く桜の木の前に埋められる罰を受ける姿をお酒を飲みながら楽しむのだった。

「は、隼人さん……、優斗さん、大丈夫なの?」
 隼人が穴掘りを終えて戻ると、ファーシーが心配そうな表情で聞いてきた。まあ、無理も無い。アクアも、何も話さないが戸惑いまくっているようだ。こちらは、結末に対してなのか別のことに対してなのかはちょっと判らないが。それとも、両方か。
「ああ、平気平気。いつもの事だ。これが俺達家族のおバカな日常だからな」
 軽く言ってフォローする。気にしすぎてこれからの花見に憂いを残さず、のんびり楽しめるように。
「そ……そうなの? いつも? だいじょぶならいいけど……」
「そ、壮絶な日常ですね……」
 2人は、何だか目を丸くしていた。そんな彼女達を見ながら、そういえば、と隼人は思い出す。
「アクア、合流した時少し元気無かったよな。気になる事があるなら、話聞くぜ」
 ライナスの研究所で、アクアは自分にまつわる様々な事実を知った。これからの事を色々と独りで抱えて思い悩んでしまうには、充分過ぎる程の事実を。その悩みを聞き、解消を手伝えればいいと思う。
「え? え、ええ……」
 最近の出来事とは別に、アクアがあの時考えていた事。それは、来る途中で聞いた樹の話。状況やシチュエーションは違う。だが、大切な人を自ら殺したという1点においては同じだろう。生きていても良いと思えるようになるまでの、年月――
「遼と共に暮らした研究所で、私は彼の日記を燃しました。先に進む為に。先へ進んでも良いと言ってくれる人も沢山居て。……彼が、私を責めていないであろうことも理解しています。それでも、偶にあの――彼に手をかけた時の事を思い出すのです」
 隼人は、それを静かに聞いていた。お茶を飲んで。
「そりゃあ、殺人は良いことじゃない。気にしちまうのは自然なことだ。でもさ」
「でも……?」
 気にし過ぎも良くない。だから、アクアの心が軽くなれば、と隼人は口を開いた。
「俺は先日ナラカへ行って来たけど……、巫女さんが流行っていたりと、意外と死後の生活を楽しんでいる奴も多いみたいだぞ?」
「…………」
 桜からアクアに目を移すと、彼女は何だか間の抜けた顔をしていた。
「そ、そんなテーマパークみたいな所なんですか、ナラカとは……」
 ぽかんとしている、とも言えるかもしれない。それには苦笑で返すしかないが。
 ――何にせよ、隼人のアドバイス方針は結局の所、1つだ。
「まあ、これからは後悔しない生き方をすれば良いと思うぜ」
「……後悔しない、ですか……」
 アクアは正面を向いて、ちびちびとビールを飲み始めた。