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9.大部屋お見舞い。2


 新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)岩沢 美咲(いわさわ・みさき)に殴られるのは、もはや日常茶飯事でいつものことなのだが、それでも最近は殴られすぎである。
 というわけで、一応悪いところがないかと検査入院をすることにしたら。
「ふははは! どうやら俺様とリンスは何か見えない縁があるらしいな!」
 リンスと同室入院となった。思い返せば前回入院したときも同じ部屋にリンスが居たし、偶然にしてはすごい確率だと思う。
「腐れ縁って言うんだよ」
「ふはははは! 照れるな照れるな! あと心配そうにするな!」
「いや、してないし」
「何、検査入院なだけだ。心配するほどのものではないぞ! 気持ちは嬉しいがな、ふはははは!」
 人の話を聞け、とツッコまれても無視して笑う。
 いつも通りに騒がしくしていると、
「検査結果が出ましたよ」
  岩沢 美月(いわさわ・みつき)岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)がと一緒に病室に入ってきた。
「あなたの身体は、ひとつ常人と違うところがあるそうです」
 パイプ椅子に座り、美月が淡々と検査結果を告げる。
「それは、『コミカル体質』です」
「……コミカル体質?」
 美月が言うには。
 シリアスでない展開の時に食らった攻撃は、『精神が肉体を凌駕した状態』であるために、すぐにオートリジェネレーションが発動するということだった。そして祐司はそれが顕著なため、最近コミカルシーンではほぼダメージを受けないと。
「……なるほど。美咲のツッコミで天井まで吹っ飛んでもすぐに完治したのはそういうことか……」
「しかしシリアスでは効果はありません。コミカルなノリで敵の大将に突っ込んだ結果半身不随になる可能性だってあるそうです。ま、油断は禁物ということですね」
「まあ、今の俺様は無事なのだろう? ならば良しだ、ふはははは!」
「ああ、まだひとつありました」
 美月が思い出したように言った。疑問符を浮かべながら続く言葉を待つと、
「重度の給仕偏執愛症候群だそうです」
「給仕……?」
「わかりやすく言うと、メイド萌えですね」
 メイド萌えという単語を聞いて。
「……コミカル体質はいいとしよう」
 祐司にしては珍しく、低い真面目な声を出す。
「だが、俺様のメイド愛をそんな病気扱いにすることは許せん!」
 そして、激昂した。
「いいか? メイドというのは奉仕の精神を象徴とした立派な職業なんだ! 看護師さんと同じく尊きお仕事なんだぞ!! それを愛でて何が悪い? 崇拝したとして! 何が悪いというのか!!
 それにフェチなんて老若男女問わず誰でも持っているもんだ! それを病気としてみる行為なんぞ! おこがましいと思わないか!!
 だがそれよりもだッ!! 俺様はな、今日『メイドナース服・改』を数着持参したのに! なのに美雪以外着てくれないってどういうことだよ! 美咲も美月もリンスもクロエちゃんも着てくれないとか! どういうことなんっ」
 口上の途中で、がしりと襟首を掴まれた。……嫌な予感しかしない。
 そろ〜っと振り返ると、鬼の形相をした美咲が立っていた。
「美月、窓開けて」
「は、はい、姉さん」
 美咲の命令に、美月が病室の窓を開ける。
「あっ……み、美咲? 落ち着け。な? な!」
 静止の言葉をかけるが、一瞬のためらいも見せることなく美咲は祐司を窓際まで引きずって。
「病院で騒ぐんじゃありませんッッ!」
 投げ捨てた。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁあ…………」
 落ちていく。
 ちなみにここは四階である。
 グシャ、とあまり耳にしたことのない、そしてしたくもない音が響いた。


「ったくもう……」
 フルーツ盛り合わせをサイドテーブルに置き、美咲は息を吐く。
 検査結果を聞いたとき、メイド萌えの理由も聞いた。
 理由は、祐司の初恋の人が美咲に似た気の強いメイド長だったから、というもので。
 ――最近の医学はそんなことまでわかるのね……。
 そこに驚きつつ、恥ずかしい結果に顔を合わせづらく思ったり緊張したりしながら病室に入ったというのに。
 祐司はいつも通りでところかまわず騒ぎまくっていて。
 ――気にしすぎよね。いろいろと。
 自分ばかり気にしていることが、どこか釈然としない。
 ため息を吐きつつ、フルーツ盛り合わせから適当な果物を手にとって剥き始めた。
 そろそろ祐司も戻ってくるだろう、傷ひとつなく。


「それにしても……紺侍さんはともかく、リンスさん。あなたはまたですか」
 美月はリンスのベッドの傍に来て、言った。
「体調管理がなってないですね。というか、進歩してないですね」
「そう見えるんならそうなんだろうね」
「そして反省もしてないですね。いい加減、衣食住を世話してくれるパートナーでも見つけたらどうですか?」
 言葉に、リンスがきょとんとした。言っている意味を理解していないのだろう。
「早く身を固めろってことです」
 そうすれば、美咲がたぶらかされることもないから。
 言うだけ言ったら少し満足した。「それでは」と短く挨拶して、美咲の隣にパイプ椅子を引いて座る。


「リンスお姉ちゃん、紺侍お兄ちゃん、大丈夫?」
 美月と入れ替わりにやってきたのは美雪だった。
「お守りあげたのに、効果なかったのかなぁ……」
「イエイエ。オレのはただの不注意っスから。美雪さんが気に病まなくていいんスよ」
「リンスお姉ちゃんは?」
「俺は……この時期はよく体調崩すから。気をつけてはいたんだけどね。ごめん」
 二人の言葉を聞いて、美雪は拳を握る。
「もっと禁猟区の腕を磨くね! 不注意も、苦手な季節も、関係ないくらい!」
 目指せ無事故無欠席! と気合を入れると、二人が小さく笑った。
「ただいま、リンス」
 と、病室を出ていたクロエが戻ってきた。
「クロエちゃん!」
「みゆきおねぇちゃん。きてくれてたのね!」
「うん。お見舞いに来たよ〜。ねえねえクロエちゃん、りんごでうさぎさん作ろう〜♪」
「すてきね、つくるわ!」
 二人並んで座って、美咲から果物ナイフを借りて。
 怪我をしないように気をつけながら、りんごを剥いた。
「私は皆と一緒が一番楽しいんだ」
 だから、皆元気でいてね。
 極上の笑顔で、美雪は病室の面々にそう告げた。


*...***...*


 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、空京にあるロイヤルガード宿舎に住んでいる。
 なので、いつもリンスの工房に行くときは空京からはるばるやって来ていたわけだが……。
「ロイヤルガード宿舎とさ、聖アトラーテ病院って、すぐ近くなんだ。毎日だってお見舞いに来れるくらいなんだよ」
 空京にあるシャンバラ宮殿で仕事を終え、ロイヤルガードの宿舎に戻る途中でお見舞いに行く。
 そんなことが可能なのだ。現に、今日はそうしている。
「みわおねぇちゃん、きょうのかっこうかっこいい!」
 だから、今日はベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)ともども、いつもの蒼空学園制服姿ではなく威厳のある格好をしているのだが。
「クロエの分もあるよ」
 今着ているロイヤルガードの制服は、コスプレ衣装として売られている。
 ので、クロエの分も用意してみたのだ。
「着る? おそろいになるよ」
「きるわ! おそろいおそろい〜♪」
 楽しそうにメロディをつけて口ずさむクロエを連れて、衣装チェンジ。
「どう?」
 着替えたクロエが病室で一回転してみせた。美羽のような威厳はないものの、縁取りやあしらわれた房の桃色がクロエの雰囲気に合っていて可愛らしい。
「似合ってるよ、クロエ」
「♪」
「というわけで、リンスにあーん攻撃を仕掛けます!」
「……どういうことなの」
 ずばん、と告げた今回の作戦。リンスが怪訝そうに訊いてきた。が、ひとまず無視。
「ここに空京ミスドのドーナツがあります」
 差し出したのは紙袋。中身はチョコドーナツがいくつか。
 これをクロエとひとつずつ手に取って、
「「はい、あーん」」
 とやれば、一人であーんさせるよりもたくさん食べさせられる。
 クロエも美羽との付き合いが長いせいか、綿密な会議をせずとも作戦名を告げるだけで何をやるかはなんとなく掴んでいるようだ。今回も即座に行動に移ってくれた。
 たまらないのはリンスである。逃げる間もなく、何? と思っている間に両脇からチョコドーナツが迫る格好になってしまった。
「……ていうか、大部屋であーんとか。何、羞恥なんたら?」
 けれども渋るので、
「私とクロエのあーんが嫌なら、コンちゃんにやってもらおうか?」
 美羽はドーナツを持っていない方の手で、紺侍に紙袋を渡した。紺侍がニヤァと笑ってドーナツを手にした。
「ほらほら人形師。あーんしましょうねェー?」
「気持ち悪い」
「ひでェ」
 結局リンスは紺侍のあーんは突っぱねて。
「……するの?」
「コンちゃーん」
「します。する」
 美羽の手のドーナツを、齧った。
「わたしのほうも!」
「はいはい」
 続いてクロエの方も齧る。
「リンスさんも、美羽さんとクロエさんには叶いませんね」
 持参した花束を花瓶に活けながらベアトリーチェが笑うのに、
「まったくだ」
 もくもくとドーナツを咀嚼しながらリンスが答える。
 美羽はクロエと顔を見合わせ、
「作戦成功!」
「せいこう!」
 満面の笑みを浮かべた。


*...***...*


 酒を、飲んでいた。
 適当な音楽をBGMとして流し、がばがばと。
 飲みすぎですよとラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)に止められても聞かず、ひたすらに飲み続けた結果。
 音楽の歌詞にあったある一文を聞いて、クロ・ト・シロ(くろと・しろ)は立ち上がった。
「きっと!」
 ダッシュで窓へ向かう。
「今はっ」
 窓から外に出、屋根の上。
「自由に空も飛べるはず、あいきゃんふらーい!」
 笑い声を響かせながら、勢い良く飛び降りた。


 結果は両足骨折。
 当然といえば当然の結果なのだが、
「ちょっとジャンプしただけだし。こんなになるなんて思ってねーお」
 オレだっせえぇ、と笑い声を上げてクロは言う。
「つーかマジ無様な格好じゃねこれ? 誰か記念写真撮っとけし。っうぇ」
 笑いすぎて変な声が出た。それでも気にせず笑い、
「なぁなぁ。おまえはなんで入院してんの?」
 人によっては馬鹿にしているとも取られかねない、笑みを含んだ声で問う。
 問いかけた相手はリンスだ。
「風邪みたいなものかな」
「風邪でとか。身体弱いのかよ」
「強くはないね」
 言葉に感情がこもっていないので、からかい甲斐がないと察したクロは、
「そっちのおまえは?」
 矛先を紺侍に変えた。
「コケたんスよ。んで頭打ったっス」
「だっせ! オレ以上にだっせ!」
「初対面なのにひっでェ! そォゆーアンタは何なんスか」
「屋根からアイキャンフラーイ」
「バカっしょ」
「ちげーし。ガイアがオレに『空も飛べるはずだ』って囁いてたんだよ」
「あー、その結果ブリリアントな罠に篭絡されたんスね」
「おまえ話わかるじゃん。子分にしてやってもいいぜ」
 笑っていると、
「こら。あまり同室の方に迷惑をかけてはいけませんよ?」
 ラムズに止められた。ラムズの手にはフルーツの盛り合わせがある。素早い動きで籠からいちごを掻っ攫った。
「すみません、うちのが迷惑をかけまして」
 いちごを食べている間に、ラムズがリンスや紺侍を始めとした同室の面々に果物を配っていた。柑橘系はいらないけれど、自分の見舞いの品が減るのはちょっと癪である。
「大丈夫ですか?」
 配り終えたラムズが、パイプ椅子を引いてベッドの傍に座った。
「五接地転回法が失敗するとは思わなかった」
 漫画で知った、衝撃分散法。身体を捻りながら倒れ込むことによって落下の衝撃を五箇所に分散させ、結果7,8メートルからコンクリートに落下しても無傷が保障されるというものなのだが。
「一朝一夕でなんとかなるほど甘くねぇってさ」
 言って、笑う。いつか完璧にマスターするまで試行錯誤を続けよう。ラムズにバレたら呆れられそうだから言わないが。
「いつも通りのようで。まぁ、水辺に落ちなくて良かったですよ」
「『我輩は猫である』ってか? 『名前はまだありません』なーんてな」
 酒に酔って水瓶に落ちて亡くなったというブラックジョークを笑い飛ばす。
「んなヘマしねぇし。そこまでダサくねぇし」
 笑って見せるけれど。
 心配したそぶりを見せないラムズに、ほんの少し、ちくりとした何かが。
 ――イヤイヤちくりってなんだよオレ。恋する乙女の胸の痛みってか。ねーよ。
 心の中でした自問。笑い飛ばす。
 けれど、
「……もう少し、心配してもいーんじゃねーの?」
 ぽそり、小さな小さな声で言ってみた。
 聞こえないで欲しい。聞こえて欲しい。
「? 何か言いました?」
「べっつになんも言ってねーし。幻聴じゃね? あ、オレ今なら車椅子乗っても怒られねーよな? ちょっと車椅子レースやってくる」
 ひょいと器用に車椅子へ移り、ラムズに声をかけられる前に病室を出た。