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13.大切な人のお見舞い。7


 一日でも早く、立派な医者になるために。
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、毎日医学書を読んで勉強していた。
 足りないのは経験。
 だから、聖アトラーテ病院が研修生を募集していると知って一も二もなく参加要請を出した。
 要請は通って今回も研修生として現場に立つことが叶い。
「先生、今日もよろしくお願いするッス!」
 言葉遣いも丁寧にしようと意識して、腰を直角に曲げて挨拶。
 現場で知ることは非常に多い。
 薬の効能、使い方。
 それだけでも膨大な量を覚えなければいけないのだが、何分人が相手である。患者ごとに対応の仕方も違い、学ぶべきこと、学ばなければならないことがありすぎる。
 ラルクに出来ることは、知ることと。
「先生。それ、俺できます」
「そうか。ではクローディスくん、頼むよ」
「うす!」
 自主的に、かつ積極的にやれるだけのことをやること。
 まだ医学部二年生ではあるものの、それなりに出来ることも増えてきた。
 包帯を替えたり、点滴を替えたり。そのくらいならそつなくこなせる。
 研修生としてこの場に送り出してくれた先生や、受け入れてくれた病院側の期待に応えたいとラルクは精一杯やった。
 そして、実感する。
 ――机での勉強も、もちろん怠っちゃぁいけねぇが。
 ――やっぱこういう実地での訓練のほうがいいな。
 教科書だけでは、実際の動きなどはわからない。
「点滴替えるからじっとしてろよ?」
 患者に声をかけ、相手の負担にならないように手際よく取り替え。
「ここは病室だから、あんま騒ぐなよ?」
 病室で騒ぐ見舞い客には注意や、場合によってはゲンコもくれて。
 また、頑張りすぎて倒れたりでもしたら本末転倒極まりないから適度な休憩も取る。
「お茶どうぞ」
「あ、どうもッス!」
 看護師さんにお茶を渡され、頭を下げた。
「いや、本当に……研修生として居させてもらって感謝だな」
 不意に、言葉が漏れる。
 こんなに早く現場の空気を体験させてもらえることが、素直に嬉しい。
 ――本音を言やあ、早く一人前の医者になりたいが。
 焦っても仕方がないことくらいわかっている。
「っしゃ! 午後の巡回と行くか!」
 だから、今、できることだけしっかりやる。
 一歩一歩進むことが、様々な経験を積むことが、一番大事だから。


*...***...*


 先日、賭けてゲームを楽しんだ。
 賭けといっても金銭のやり取りではなく、ビリが罰ゲームを受けなければいけないというパーティゲーム的なもので、それはそれは盛り上がって。
 そこまでは良かったのだが。
 罰ゲームの内容が、あまり良くなかった。
 『雨の中、傘も差さずにアンニュイな表情で立ち尽くす』。
 ビリを引いてしまった芦原 郁乃(あはら・いくの)は、忠実にその罰ゲームを実行したのだが……。
 結果、風邪をこじらせて入院した、らしい。
 らしいというのは、郁乃に記憶がないからだ。
 身体がだるい。頭が働かない。授業も何を受けたかすら思い出せない。
 ただ、机に突っ伏してぐったりとしていたら、秋月 桃花(あきづき・とうか)が異常に気付いてくれて。
 そして、病院に運んでくれたとのこと。
「だからあれだけ止めましょうって言いましたのに……」
「ごめんなさい」
 見舞いに来てくれた桃花が、心配したんですよと軽く口を尖らせる。
 素直に謝ると、桃花もそれ以上叱ることなどせず、花瓶に花を活けてからパイプ椅子に腰を下ろした。
「丸二日も寝ていたんですよ」
「あちゃぁ……ごめんね、心配かけちゃったよね」
「まったくです」
 桃花の手が伸びてきて、郁乃の額に当てられた。
「もう、熱は下がりましたね」
「……桃花ぁ」
「はい?」
「ここにいて?」
 その手の温もりや感触が懐かしくて、離したくなくて、思わず頼んでいた。
「はい」
「あと、プリン食べさせて」
「あら。では買ってきませんと」
「じゃあ後でいい」
 離れたくないから。
 ぎゅっと桃花の服を掴む。
「桃花ぁ」
「なんですか?」
「呼んでみただけ」
「……もぅ、なんですか。すっかり甘えんぼさんですね」
 くすくす、笑われた。
 笑われた恥ずかしさと、桃花が好きだという感情。
 そんなこんなが病み上がりでうまく働かない頭の中で綯い交ぜになって。
 気付いたら、郁乃はベッドの上に身を起こしていた。桃花を抱き寄せ、唇に唇を重ねる。
「郁乃様……」
「これで桃花に風邪をうつせるね」
「その時は郁乃様が看病してくださるんですよね」
「で、またわたしにうつるのね?」
 はい、と頷かれた。たまらず笑う。
 くすくす、くすくす、二人の笑い声が病室に響く。
「郁乃様。……もう一回だけ……いいですか?」
「キス?」
「……はい」
 照れたように笑う桃花が可愛くて、もちろん、と顔を近付けようとしたら。
 コンコン、と病室のドアがノックされた。慌てて距離を取る。
「お見舞いに来たよー」
 来てくれたのは、学校の友達で。
 そこから、「あれ?」「二人とも顔赤くない?」なんて冷やかされてからかわれるのは、いつものお約束。


*...***...*


 立ちくらみがして、あれ? と思って立ち止まって。
 そのまま、視界が傾いていくのを感じているうち、笹野 朔夜(ささの・さくや)は気絶していた。
 次に目が覚めたのは病院のベッドの上なのだが。
 ――どうやら、桜さんが身体を使っているようですね。
 笹野 桜(ささの・さくら)が朔夜の身体を使っているらしく、身体を動かすことはできなかった。
 まあどの道、身体がだるくて話す気力もなかったから丁度良かったか。
 意識を浮かび上がらせた状態で、現状を見守る。
「どうせ桜が無茶させすぎたんだろう?」
 笹野 冬月(ささの・ふゆつき)が見舞い品――あまり嬉しくないことに、参考書やノートだった。勉強しろということらしい――をサイドボードに置き、桜に話しかける。
「あら、人聞きの悪い……ちょっと運動しただけですよ」
 と桜は言うが、
 ――や、運動はそれなりに得意ですから問題ないんですけど。
 ――風邪気味の日とか、徹夜した次の日とか。僕の体調関係なしに10キロランニングや剣の素振りなんかしてたら、誰だって倒れちゃいますよ……。
 朔夜は内心、反論する。
『では使うなと言うの?』
 すると桜に反論された。
 ――そこまで言いませんよ。ただ、加減というものをもう少し知って頂けると嬉しいですね。
『覚えておきます。今はお借りしてもいいですよね? だって、お二人がお見舞いに来て下さっているのですから』
 お二人、ということはどうやらアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)も来てくれているらしい。
『朔夜さんたら、肝心なときに寝たままなんですもの。雑談して引き止めていたら話が弾んでしまって……』
 ――まあ、構いませんけど。
 ただ、アンネリーゼについて懸念材料がひとつある。
 アンネリーゼは人間関係に対しての物忘れが激しいらしく、この間遊びに来たときなど朔夜と別の人を兄だと思い込んでいて、説得が大変だったのだ。
『彼女にとって、『黒髪』、『眼鏡』、『身長170センチ以上』、『髪の毛を束ねている』のうち、三つくらい当てはまれば理想のお兄さんだそうですから』
 桜が言った。よく知っていますねと感嘆符。
『……あら、まあ。思い当たる節があっても良いのでは?』
 と言われても、なんのことだか。
 ともあれ、今回は大丈夫だと良いなと思う。
 ――冬月さんが居るから安心かな……?
 冬月は、人への接し方がわからないというか……素直じゃないのだけど、小さい子と話したり遊んだりするのは好きだから。
 ――というより、自分と僕以外の人には甘い気がするんですよね……。
 不公平です、と思っていると、
「聞いてくださいませ、お兄様、おばあ様! わたくし先日の【サイコキネシス】の授業で、紙コップを持ち上げることに成功しましたの!」
 嬉しそうにアンネリーゼが語り始めた。
 それを聞いた冬月や桜がおお、と声を上げて拍手。
「よく頑張りましたね、あーちゃん」
「はい! この間まで折鶴を持ち上げるのがやっとだったのですけれど、朔夜お兄様と契約してから急に出来るようになりましたの。練習の成果が目に見えるのって嬉しいですわね」
 ――それは、契約して能力が向上しただけじゃ。
 と思っても、もちろんこの場に居る誰もがそんなことは言わない。
 こんなに喜んでいるのだから、水を差すような真似は野暮だというもの。
「……それで、あの、出来ればですが……」
 もじもじと、両手の指を絡ませながら俯き加減でアンネリーゼが小声で言った。
 俯いた状態から、ちらり、顔色を伺うように朔夜を見上げる。
「わたくし、練習を頑張りましたわ」
「ええ」
「毎日、毎日、欠かさず練習して……ですから、その……」
 ――なかなか本題に入りませんね……何かやらかしてしまったのでしょうか。
『朔夜さんは、本当に鈍いですね』
 ――どういう意味ですか?
『言葉のままですよ』
 桜と会話しながら、アンネリーゼの言葉を待つこと十数秒。
「……頭を撫でて、褒めてくださると嬉しいですわ」
 とはいえ、現在朔夜の身体は桜が使用中なので。
『お兄様、が撫でるのではないですけど』
 心の声で、桜が謝った。それからそっとアンネリーゼの頭を撫でる。
 嬉しそうな彼女の顔を見て、憑依が解けたら自分も撫でてあげようかな、と思った。
 ――ところで、桜さん……いえ、皆さん。
 気付いているのだろうか。
 朔夜は疲労で倒れたのだから、こうして桜がいつまでも表に出て喋っていると、いつまでたっても体力が回復しないことに。
 結局その日は面会時間ぎりぎりまで桜が出張って話し倒し、翌日朔夜は今よりもちょっと辛い状態に苦しむことになる。
 が、冬月が持ってきてくれた花束に気付いてほっこりするのも、また翌日の話。