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15.大部屋お見舞い。4


 前回と同じようにリンスが入院したと聞いて、
「何かお菓子作ってお見舞いに行こうか」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は提案した。
 きっとリンスの周りには色々な人がお見舞いに来ているだろうから、その人たちにも配りたいし、どうやら紺侍も同じ病室に入院しているらしいし。
 ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)に手伝ってもらい、セシリアはお菓子作りを始めた。日持ちしたほうが良いと思って、定番の焼き菓子だ。
 焼きあがったのは、クッキーにマドレーヌ、マフィン。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)と共に個別包装して、準備も万端。病院に向かう。


「お加減いかがですかぁ?」
 メイベルは、ベッドに横たわるリンスに問う。
「うん。だいぶ良くなった」
「そうですかぁ、それは何よりですぅ」
 責めるような言葉は口にしない。
 体調を崩したのは、確かに体調管理ができていなかったのかもしれないけれど、本人だって好きで身体を壊したわけでもあるまいし。
 あるいは、他の人から耳にたこが出来るほど散々聞かされているかもしれないから。
 赤と白のカーネーションの切花を花瓶に活け、ベッド脇のサイドボードに飾り、
「彩があった方が、気分が良くなりますよ」
 にこ、と微笑む。
「どなたか間違って鉢植えなんて持ってこなければ良いのですけど」
「鉢植え?」
「はい。鉢植えは、根が張っているので……病院に根が張るということは、入院が長引く。という、悪いイメージがあるんですぅ」
「ふうん……知らなかった」
「見舞ってくださる気持ちは嬉しいのですけど、そういうマナーがあるんですよぉ」
 教えてあげつつ、花瓶の傍にカードを置いた。
 カードには、『退院したら、日常生活に運動を取り入れてくださいね』と書いておいた。仕事の合間の気分転換として、散歩に出る程度でいいから、と。
 メッセージカードにした理由は、口で言っても忘れられてしまいそうだからだ。リンスの記憶力が悪いとかそういうのではなくて、弱っている相手に言って聞かせるには苦痛なのではないかという配慮である。もう同じような言葉を聞き飽きているかもしれないし。
 ――とすると、印象にも残ってくださりませんからねぇ。
 だから、メイベルはにこにこと笑うだけにした。
 安心できるように、ゆっくり休めるように、笑顔を向けるだけだ。


 メイベルがそうしている一方で、ステラにはひとつ懸念していることがあった。
 それは、クロエのことだ。
 リンスという枷を外れた彼女は、いったいどこに行くのか。
 興味が向くままに行動しかねないのでは、と。
「…………」
「どうかした?」
 心配のあまり落ち着かなくて、きょろきょろとしていたらリンスに話しかけられた。
「クロエさんのことが心配で」
 後でリンスが頭を抱えるような状況になるのではないか。
 そうなったら、今度は心労で倒れてしまうのでは?
 考えすぎだと、思うけど。
「クロエなら大丈夫でしょ」
「……そうですか?」
「うん。色々経験してるんだ、あの子も。下手したら俺よりしっかりしてるかもね」
 答えるリンスの表情は、珍しいことに笑った顔で。
 それはお互いに強い信頼関係があるから見えるもののような気がして、なら安心なのでしょう、とステラは不安を捨てた。
 まだ幼いクロエのことだから、心配はしているけれど。


*...***...*


 リンスがまた入院したという。
 とあれば、徹底的にからかいに行くのが高務 野々(たかつかさ・のの)であり、実際病室の前まで来た。
 来たはいいのだが。
「…………」
 先日。花見の席での不覚を思い出すと。
「……あぁぁあぁぁ……」
 顔が真っ赤になる。
 ――ほんとーにわたしは何をやってるんですかね!
 自分を叱責し、それからひとつ深呼吸。大丈夫だと言い聞かせる。
 ――普段通りに行動すればレイスさんだって気にしないはず……!
 何せマイペースに定評のある相手だ。きっと大丈夫。大丈夫。
 ――よし、行きますよ!
 病室のドアを開け、リンスのベッドへと近付いて――
「レ、レイスしゃ」
 いきなり噛んだ。
「…………」
「…………」
 気まずい沈黙が野々とリンスの間に流れる。だがこれで顔が赤い理由にはなった……かもしれない。たぶん。
「……コホン」
 咳払いをして、パイプ椅子を引いた。腰掛ける。
「レイスさん、また入院されるとはどういう了見なのでしょう?」
 そして、何事もなかったかのように言う予定だった言葉を紡ぐ。
「とは申しましても、今回は栄養失調ではないみたいですのであまり口うるさく言うのも道理ではありません。進歩はしているようですしね。
 そこでレイスさんには毎日のウォーキングをお勧めしましょう。軽い運動を習慣づけて、その虚弱な身体をどうにかすることをお勧めいたします」
 にこにこと満面の笑みで告げる。リンスは黙ったままだ。そこで野々はハッとした。
 ――ほんのちょっとジャブで弄るつもりが……! これではストレートで葬り去っているじゃないですか!
 虚弱という言葉にさすがに思うところがあったのだろうか。普段のリンスなら「さっき噛んだよね」とか、あるいは言葉の端を引っ張って迎撃するとか、軽口合戦を広げてくるのに今日は何も言ってこない。
「あ、ああう、う。違うんです。違うのですよレイスさん」
「?」
「貧弱とか虚弱とかひ弱とかではなくてですね」
「ねえ増えてる」
「あっ、つい。いえ、でも私が言いたかったのは、えっと……」
 ――くっ、罵詈雑言なら出てくるのにフォローの言葉が出てきません……!
 ぐるぐると考えた結果、
「もう、このお・バ・カ・さん☆」
 ウインクしながら可愛く言って、つんっ、と額をつついてみた。
「……………………………………」
 困惑した空気と、どう対応すればいいのか戸惑う様と、先ほど噛んだ瞬間以上に気まずい沈黙が見て取れた。
「……あああ、ぜんっぜん違う! 迷走にもほどがありますよ私! そんなの一回もやったことないじゃないですかぁ!!」
 思わず頭を抱えて吼える。自分の声が耳に届いて、熱が少し冷めた。
「はっ……すみません取り乱しました。病室で騒ぐなどメイドとしてあるまじき……」
 メイドとしてあるまじき行為、という言葉で、少し前の花見で酔った自分を思い出す。
「……うあああ」
「何、さっきから。どこか悪いの? 頭?」
「レイスさん、ナチュラルに抉ってきましたね。虚弱と言ったのを根に持っています?」
「持ってるけど」
「あ、持ってるんですね」
「それはともかく本当にどうしたの。風邪?」
 す、と額に手が伸ばされる。椅子から立ち上がって距離を取った。
「……?」
「いいえ。風邪など引いておりません」
 ただ、先日の花見の日のことを。
「レイスさんのことを思い出すだけで、顔がどんどん火照ってくるのです」
 自らの醜態を恥ずかしく思うあまりに。
「……はあ」
「気の抜けた返事をして……。もう、本当にレイスさんのせいなんですからね! 責任とって欲しいくらいです!」
 八つ当たり気味に言うと、
「ごめん」
 謝られたので拍子抜け。
 やれやれですと再び椅子に腰掛けたところで、正面のベッドの主が笑っていることに気がついた。
「なんですかそこの金髪頭。何を笑っているんです?」
「イエイエ。お姉さん、人形師のことが好きなんスねェって」
「……は?」
 好き?
 誰が、誰を。
「……ああ、まあ、好きですが。何か?」
「おっとォ予想外に肯定来た」
「あのですね紡界さん。ひとつ言っておきますが、私は女の子の方が好きです。具体的に言うと、クロエさん大好きです」
「本当に具体的なカミングアウト。人形師、オレはどォいう反応すればいいんスかね」
「俺に振るかな、そこで。流しておけばいいんじゃないの」
「アンタじゃあるまいし」
「あれ? そういえばクロエさん居ませんね。せっかくお会いしに来たのに……」
 クロエを愛でられないのでは、ここまで来た意味が半減してしまう。
「というわけでストーキングしに行きますので、これにて」
 何か話題の種を投げっぱなしにした気もするが気にしない。
 失礼しますと丁寧に頭を下げて、クロエ探しに向かうのだった。


*...***...*


 身体が辛いわけでないなら、病院のベッドでじっとしている方が却って辛い。
 退屈だとか、暇だとか。
 休めるためには眠ればいいのだと知っていても、昼も夜も寝られるほど睡眠に飢えているわけでもなく。
「むぅ……」
 和原 樹(なぎはら・いつき)はベッドの上に身体を起こした。
 じっとしているのはつまらない。体調だって良くなってきた。
 なら少しくらい出歩いても問題はないだろうと、ベッドから降りる。
 ――もしかしたら知り合いが居るかもしれないし。
 そう思って廊下に出ると、見覚えのある後姿。
「クロエちゃん?」
「あ。いつきおにぃちゃん」
 名前を呼んだら振り返った。クロエがてとてとと樹に寄ってくる。
「こんにちは。どこかわるいの?」
「少しだけ。心配いらないよ。クロエちゃんが居るってことはリンスさんも居るのかな?」
「うん。あっち」
 クロエが指差した方向を見た。廊下が続いて、病室がいくつかある。同じ階に居るとは思わなかった。だとしたらすれ違わなかったのもまたすごい偶然だと思う。
「ありがとう。顔を出してみるよ」
「そうしてあげて。よろこぶとおもうわ。でもおこらないでね」
 うん、と頷いて手を振った。クロエはこれからお見舞いなのだろう、てとてと、廊下を歩いていく。
 樹も教えてもらった方向に歩くと、
「あ、あった」
 リンスの名前を見つけた。中からリンスの声が聞こえる。誰かと話しているらしい。ノックしてからドアを開けた。
「や、こんにちは」
 ひょこりと顔を出すと、
「和原? その格好」
 リンスが僅かに驚いたような顔をした。
「うん。今日はお見舞いじゃなくて、同士の顔を見に来てみた」
「患者なの? 大丈夫?」
「そう、患者。それがすんごい久しぶりにぜんそく出ちゃってさー。や、大したことはないんだ。ちょっとびっくりしたっていうか」
 パイプ椅子に座り、のんびりと喋る。
「子供の頃はよく発作起こしてたんだけど、最近あんまり症状が出てなかったから。それで」
「ん。大丈夫なら良かった」
「そっちの人は? 知り合い?」
 さっきまで喋っていたようだったし。
 視線を向けると、金髪の青年が頭を軽く下げた。人好きのする笑みを浮かべている。
「うん、知り合い」
「紡界っス。お兄さんは?」
「俺はイルミンの和原だ、よろしく。……ところで俺、もしかして二人の話遮っちゃったかな?」
「大した話してないし。紡界が嫌いな食べ物ないって言うから茶々入れてただけの」
「あッやっぱ茶々入れなんじゃないスか。人間味薄いとかボロくそ言って……」
「へぇ、嫌いな食べ物ないんだ」
「ハイ。てェかね、人形師は好き嫌い多すぎるんスよ。だからひ弱なンだ。和原さんは好き嫌いあります?」
「俺は……」
 そんな、食べ物に関する話をのんびりとしていたところ。
「見つけたぞ」
 後ろから、声。
 はっとして振り返るよりも早く、ふわりと浮遊感。気付けばフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)に抱きかかえられる格好になっていた。
「なっちょ、ええ!?」
 その状態に戸惑うものの、
「探したぞ? 病室に居なかったからな」
 叱るように言われて戸惑いが引っ込んだ。
「だってもう症状治まってるし。寝るのも飽きたし暇なんだよー」
「そうか。そんなに暇ならベッドの上で色々と付き合ってもらおうか?」
「……いや、何言ってるんだこの変態。ここ病院だし。俺、仮にも病人だし」
 ありえないだろ、と睨むと小さく息を吐かれた。
「……冗談だ」
「ていうか降ろせよ」
「却下だ。病室に戻るからな。レイス殿、邪魔をしたな」
「ぎゃー!」
 戸惑い復活。
「抱っこするな恥ずかしい!」
「今更か?」
「ちょっとツッコミが遅れただけだろ! 恥ずかしいんだよ、降ろせー!」
 ぎゃあぎゃあ騒いでいると、こほん、と咳がひとつ出た。連鎖するように咳き込む。と、フォルクスに抱きしめられてぽんぽんと背中を撫でられた。手の温かさに、不覚にも落ち着く。
「…………」
「抱きしめられるのは嫌ではないのだろう?」
「……嫌じゃないけど」
「けど?」
「抱えられるのはなんか恥ずかしいから、やだ」
「恥ずかしいだけなら我慢しろ。病室に着いたら降ろしてやる」
 納得いかないが、ここでこれ以上騒ぐわけにもいくまい。肩に腕を回して顔を隠す。
 今度こそ邪魔をしたな、とフォルクスがリンスや紺侍に頭を下げる気配がした。一歩、二歩、歩いていく揺れに身を任せる。


「よくここだってわかったね」
 リンスに言われて、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)は頷く。
「クロエちゃんに聞いたの。ここにいるって」
「クロエ、走ってなかった?」
「大丈夫」
 そう、とリンスがほっとしたような顔をした。
「人形師さん、お大事にね。ばいばい」
「うん。教えてくれてありがとね」
 手を振って、手を振り返されて。
 ショコラッテは、樹とフォルクスの後を追う。