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リアクション
■ 変わらないもの ■
新宿を行く人の波。
多くの人が行き交うこんな所にいると人目が気になってしまうけれど、ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は我慢して待ち合わせ場所に立ち続けた。
両親と会うには心構えが出来ていないけれど、親友のリーヴェ・ティアーレが容姿を気にしないというのなら、どうしても会ってみたかった。
緊張して待っていると、向こうからリーヴェがやってくるのが見えた。彼女の姿はすぐ分かる。女性にしては高い身長のリーヴェがきびきびと歩く姿は雑踏の中でも目立った。
ルディに気づくとリーヴェは足を急がせてやって来た。
「待たせたか?」
「いいえ。時間通りですわ。リーヴェ、お久しぶりです」
「そうだな。いつぶりだろう」
そう言うリーヴェの蒼の瞳には、ただ懐かしむ様子だけがあり、黒から白へと変わってしまったルディの髪色を厭う様子がないことに、ルディは心底ほっとした。
まずはランチを取ろうと、ルディは目星をつけておいたカフェレストランにリーヴェを誘った。
ルディはパラミタであったことを話してから、最近結婚したばかりのリーヴェにあれこれと尋ねた。
「リーヴェのご主人はどんな方?」
「ああ。少々頼りないが優しいんだ。店も手伝ってくれる」
リーヴェはドイツで花屋を営んでいる。力仕事も案外多い職業だけれど、夫となった人が手伝ってくれるなら心強いだろう。
「ふふ、ご馳走様」
「人のことよりルディはどうなんだ?」
幾分赤くなりながらリーヴェに促され、ルディも好きな人の話を話題にのせた。
「飄々としているけれど、とても思慮深い方。もう会えなくなってしまったけど、願うことならもう一度お会いしたいわ」
ちょっと寂しいけれどルディは笑った。寂しくともその記憶は良い想い出と繋がっていたから。
昼食が終わると、2人はショッピングに出掛けた。
百貨店の婦人服売り場を、何か良い物はないかと物色する。
ルディも背が高いけれど、リーヴェはそれより10cm近くも背が高い。気に入ったデザインで身長に合うものとなると、なかなか探すのが大変だ。
「このワンピースはどうだ? 色合いもデザインも申し分無しだ」
「そうですね、これを買うことにしましょうか。リーヴェはこちらのブラウスはどうかしら? さりげない花柄が素敵ですわ」
洋服を買い終わると今度はアクセサリー売り場へ。
ルディは可愛らしい蝶の髪飾りを、リーヴェは精巧な花のペンダントをそれぞれ購入して、すぐに身につけた。
気のおけない女友達との買い物はどうしてこんなに楽しいのだろう。
靴、小物、ついついあれこれと買ってしまいながら、いつしかルディは昔のように自然にリーヴェと笑い合っていた。
買い物が終わると、ルディとリーヴェは近くの居酒屋に入った。
「飲み放題はつけますわよね?」
「当然だろう」
2人はどちらも早いピッチで注文しては、気持ちよいほど見事にグラスを空けてゆく。
「変わらないな」
リーヴェに言われ、ルディは無意識に手を髪に持っていった。黒から白へと変わり、そして短く切ってもしまった髪に触れる。
その仕草にリーヴェは、ルディが自分の変化を気にしているのを見てとった。
だからこそ、地球に戻れるこんな機会にも父母には会おうとせず、自分に連絡をしてきたのだろう。
「ルディは変わっていない」
もう一度リーヴェが言うと、
「そう言ってくれるのはリーヴェだけかも知れませんわね」
親に便りも送らないでいるのに、とルディは寂しく微笑んだ。
「髪の色は変わったかも知れないが、優しすぎる性格も何もかもがルディのままだ」
大丈夫だと、リーヴェはルディの肩を抱いた。
女友達のやさしさに、ルディの目から涙が溢れた。
「私は、過去を棄てたつもりでした……」
辛い過去を棄てる為、両親も友だちとももう会えないと。
けれど親友のリーヴェはこうして変わらずにいてくれて、自分が変わっていないと言ってくれる。
「……拾っていいのでしょうか? 過去を」
「拾うんだ。そして乗り越えろ。何があったのかは知らないが、過去は乗り越えられるものだ」
自ら断ち切った過去の端を拾い上げ、今と繋ぎ直す。
あの時は辛くて向かい合えなかった事柄も、今ならもしかしたらかなうかもしれない。
そう思わせてくれるような親友のぬくもりに、ルディは涙をこらえず流れるままにさせた――。