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リアクション
■ 捨てたはずの、過去 ■
「あたしたちが最初に出会った場所に行きたい」
そうセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が言い出した時、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は正直驚いた。
今年の夏もまた地球へは戻らずにパラミタで過ごすのだろうと、何の疑いもなく思っていた。地球はセレンフィリティにとって、悲惨な過去の場所でしかなかったから。
「止した方がいいんじゃない?」
傷つくことが分かっている場所へ行くことはない。そうセレアナは心から止めたのだけれど、セレンフィリティの決意は固かった。
「あたしは過去を捨てたと思ってた。でも……あの場所に行けないうちは、捨てられていないんだと思う。過去と本当に決別するためにも、どうしてもあなたと最初に出会った場所に行きたいの」
真剣なセレンフィリティの様子に抗えず、セレアナは彼女の願いを聞き入れて、共に地球へと発った。
パラミタに渡って以来、セレンフィリティが地球に足を踏み入れたのはほんの数度。そして故郷へは一度として帰ったことがない。
というより、14歳以前の記憶のないセレンフィリティには自分がどこの生まれなのかも分からなかった。
そして14歳から16歳にかけてのセレンフィリティの記憶は悲惨を極める。浚われたのか売られたのか、売春組織で夜毎、時には夜も昼も無く見知らぬ男たちに陵辱される日々。その間は心を空っぽにして快楽に溺れることで現実から逃れ、陵辱され尽くされた後にはズタズタにされた自分の惨めな現実に否応なく向き合わされる。
そんな日々が2年も続いたある日、セレンフィリティは何もかもが嫌になった。もうどうとでもなれという気分で組織を逃げ出そうとして……捕まった。そして、他の子への見せしめとして徹底的に心身を蹂躙されたセレンフィリティは、死んだものとみなされ、全裸で東京の六本木の路地裏に捨てられた。
降りしきる雨に打たれ、そのままだったらきっとセレンフィリティは本当に死んでいただろう。
けれどそこに偶然通りかかったセレアナに拾われて……そこから2人の、今日に至る日々が始まったのだった。
「ここよ。セレンはここに倒れていたの」
そう言ったきり、セレアナは黙り込んだ。きっと2人が出会った時のことを思い出しているのだろうと、セレンフィリティはセレアナをそっとしておいて、路地裏を眺め渡した。
自分が一度は『死んだ』場所。自分が死ぬはずだった場所。
過去の自分が誰なのか、もう分からない。名乗っている今の名前さえ、本名ではない。
捨てたと思っていたのに、この現場に立つと忌まわしい記憶が蘇ってくる。パラミタに渡って新しい生活を手に入れた今なお、セレンフィリティは過去の記憶に汚されているのだ。
それでも……それでも、セレンフィリティはここへ来た。
自分を捕らえて放さない過去ともう一度向き合って、決別するために。
それに……ここが、この場所が自分とこの世界で誰よりも愛しい恋人を結びつけた、忌まわしくあっても、同時にかけがえのないものを得た場所なのも確かなことだった。
じっと路地裏に目を注ぐセレンフィリティの横顔を、セレアナは見つめた。
セレアナが拾ったとき、セレンフィリティは人生をほとんど投げていた。そんなセレンフィリティにセレアナは手を焼かされたし、見捨てようと思ったことも一再ならずあった。が、どうしても見捨てられなかった。
それどころか、気が付いたら彼女に惹かれる自分がいて……今、こうして2人がともにある。
「ねえ、セレアナ……」
それまで何も言葉を発しなかったセレンフィリティが不意に口を開く。
「……あたしは今も汚れたままだけど、それでも……あたしのこと、好きでいてくれる?」
いつも強気なセレンフィリティとは似つかない、心細く震える言葉。
けれどそんなところもセレアナはよく知っている。
だから何も言わずにセレンフィリティの身体を抱きしめた。
そして、声も出さずに涙を流すセレンフィリティにキスをする。
言葉よりも雄弁な、約束よりも堅固な、そんなキスを。
長い長いキスの後、2人は肩を並べて路地裏を去った。
もう二度と、過去を振り返らずに生きる為に――。