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リアクション
■ 150球の勝負 ■
上野駅で新幹線を降りてから電車を2回乗り換えて、さらに20分山道を登る。
そして見えてくる古い2階建て木造瓦屋根の家が真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)の実家だ。
年末に帰ったときのように、家族総出で迎えてくれるものだと思っていたのだけれど、迎えの中に兄の真白 爽涼がいない。
「あれ、おにーちゃんは?」
尋ねた雪白に母は、それがね、と教えてくれる。
兄は最後の地区決勝戦で逆転サヨナラ負けしたことを引きずって部屋で引きこもっているらしい、と聞いて、雪白は思わずだめじゃんと叫んだ。
「ギュスターブ、協力してよ。じめじめおにーちゃんにカビが生える前になんとかしなくちゃ!」
「協力?」
聞き返すアルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)にうんと答えたときには、雪白はもう兄の部屋へと向かって歩き出していた。
「うじうじ女々しいダメダメおにーちゃんのために雪白がきましたよ!」
勢いよく部屋を開けると、転がって漫画を読んでいた兄が飛び上がる。
「うわ、びっくりした。ただいまくらい言ったらどうだ?」
「ただいま。でもおにーちゃんはいってきますだよ!」
文句を言ってくる兄を、雪白は部屋から引っ張り出した。
「ちょっと出掛けてくるねー!」
「今は出掛ける気分じゃないんだよ……」
放っておいてくれという兄を、雪白は無理矢理追い立てて外へと連れ出す。
「かわいー妹の頼みなんだから、うだうだ言わずにさっさと来る! ギュスターブ、この荷物持って、それからそっち支えてー」
雪白とギュスターブに両側から持ち上げられ、爽涼は嫌々ながらに引きずられていった。
「いってらっしゃい、シロシロ。私は家でお手伝いしてるわね」
雪白たちが来るというので、やっぱり今日も真白家では歓迎の宴会が開かれる。きっとまた人数はふくれあがるだろうからと真黒 由二黒(まくろ・ゆにくろ)は大忙しの母を手伝うために残る。
サングレ・アスル(さんぐれ・あする)も料理の手伝いだ。
「大量に料理作っておくから、腹減らして来るんだぴょん」
由二黒とサングレに見送られ、雪白は任せておいてと手を振った。
雪白が爽涼を連れて行ったのは近所の空き球場だった。
「はい、おにーちゃんはここ。ギュスターブは球拾い役ね」
爽涼をマウンドに立たせ、後ろにギュスターブを配置すると、雪白はバッターボックスに入ってぶんとバットを回すと、その先を兄に突きつける。
「さあ、ワタシから空振りストライクを取ってみろ!」
「そう言われてもなぁ……」
自分より9歳も下の妹に、高校三年、野球部主将で投手の自分が本気になるわけにもいかないだろう。とりあえず、遊んでやるつもりで投げた球は、200m先の空へと飛んでいった。
「へいへいピッチャービビってるよー!」
スナイパーの自分にはこんな球止まって見えると雪白が笑うと、さすがに兄の顔がむっとしかめられた。
「よし手加減は無しだ」
次の球には1球目とは別人のように、球種にも速度にも力がこもっている。
そう、それでいい。
兄の本気の投球を、雪白は本気で打ち返した。
全力の球を。
渾身の変化球を。
どんな球を投げても雪白は打ち返した。
(雪白は鬼だな)
快音を立てて雪白が飛ばした球をせっせと追いかけては拾いながらギュスターブは思う。
カーブだろうがシンカーだろうが、雪白は迷わずフルスイングで打ち返す。
年下といえども雪白は契約者。一般のオリンピック選手すら凌ぐ力を持つ。それが全力で打ちにいっているのだ。普通に考えたら兄に勝ち目はない。
だが、とギュスターブは爽涼に目を移す。
(こちらも鬼だ)
爽涼の目には負ける気など微塵も表れてはいない。
その負けん気、気迫は雪白相手でもひるむどころか、楽しんでいるように見える。
妹の雪白がお気楽で、その兄は真面目。
(似てないくせに2人とも超負けず嫌いか)
何も知らない人がぱっと見れば、爽涼が打ち込まれているだけに見えるだろう。
けれどその間に流れる闘志の火花の激しさに、さすが兄妹だとギュスターブは感心する思いだった。
投げる。
打つ。
投げる。
打つ。
兄が汗をぬぐう。
雪白がバットを握り直す。
投げる。
また打つ。
……今で149球目。そして149ヒット目。これが試合だとしたらラストイニングか。
球を拾いながら投球数を数えていたギュスターブはそろそろかと雪白に呼びかけた。
「よし、これが最後だピッチャー! ここが決勝戦だと思って投げてみろ!」
ギュスターブの声に、爽涼は思い出す。
丁度決勝戦も149球目だったことを。
これが決勝戦。
ラストイニングにオレがマウンドに立つ。
バッターは雪白。バットを構え、こちらに向けてくる強い目は打つ気満々だ。
野次も声援も聞こえない。
流れる汗も吹く風の感触も感じない。
――150球目。
出せる限りのストレートをもう一度!
そして、
……………………
夏の陽も落ちかけた夕方。
提灯に明かりを灯し、雪白は家族とパートナーと一緒に、歩いて10分のところにある墓にお参りに行った。
久しぶりに爽涼にしてもらった肩車。
視界の高さが新鮮で楽しい。
「おにーちゃん、蛍!」
「ああ。綺麗だな」
蛍の光明滅する夜道をゆらゆらと。兄の頭に掴まって雪白はゆくのだった――。