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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●14

 金属の歯をかみ合わせ、猛り狂い、鋼鉄の犬が襲いかかる。ラムダ自身、身を翻してパイを狙う。
 たちまち混戦となった。しかも、戦闘開始の合図でもあるかのように猛烈な吹雪が再開された。視界は最悪、風音が激しすぎて味方同士の声かけもままならない。
「パイの確保すら失敗した……これでは……」鬼払いの弓を引き、二つの矢を同時に放つ離れ業で雄軒は敵を遠ざけようとするも、この天候だ。逆風ということもあり、狙いをつけることすらままならない。
 ローを背後にかばい、重戦士バルト・ロドリクスは剣を振るった。「我はミスティーとロー、そしてパイを護る事に身命を賭す。信じてくれ」敵を倒すことよりむしろ、近づけさせないことにその主眼はあった。
 ミスティーは自分よりむしろ、ローを守ることを前提に行動していた。あれほどの強さを誇るローが、怯えきってほとんど行動できないのだ。究極的に苦手な相手なのだろう。「カリスマに犬をけしかけるなんて百年早いわ! このラムネソーダ!」と強がりながらミスティーはパイの姿を探す。混戦で見失ってしまったのだ。
「ちょっとドゥムカ、パイちゃんを見つけて来なさいよ!」
「言われなくても探してるぜェ。しかし、あいつめちっこいからなぁ……。ダンナの手をすり抜けてどこかに紛れ込みやがった」ドゥムカは槍を振るうも、視界が悪すぎてなかなか意図通りに戦えない。何度も犬の攻撃を受けて、倒れはしないがよろめく格好となった。「俺としたことがまったく……! 機械仕掛けの犬どもっ、犬なら骨でも探してやがれ!」
 立ち上がった九頭切丸は、不屈の闘志で犬たちの猛攻を防いでいた。睡蓮は九頭切丸に防衛されつつ、目を皿のようにしてパイの姿を求めていた。
 実際、パイはどうしていたか。
 彼女は塵殺寺院、睡蓮や雄軒たち、そのどちらに味方すべきか惑い、ただ逃れていた。攻撃は避けるが自分から攻めることはしない。まだ申し開きの余裕はあるはずだ。ひとたび、ラムダや犬に手を出せばそれこそ『裏切り者』ではないか。しかし、このまま大人しくラムダに連行されれば、クシーのような悲惨な末路が待っていないとも限らない……。
「っ!」
 背後に強烈な殺意を感じ、パイは振り返った。腕をつかまれていた。
「いないいないバア、ってやつだよね。パイ!」ラムダだ。いつの間にここまで接近していたのか。
 この混沌を楽しむような表情で、ラムダはイヒヒと笑った。
「あ、あたしは裏切ってなんか……」
「裏切ってようがいまいが、どっちだっていいんだよ、パイ。ボクはキミを惨たらしく殺す理由がほしかっただけ」
「な……」
「いいなぁ、羨ましいなあ、ローと姉妹みたいに仲良しで。家族とかきょうだいとか……そういうの大嫌いなんだ。ボク!!
「あんたの好みなんか知ったこっちゃないわ! 塵殺寺院のメンバーとして正当な扱いをしてもらうわよ」
「わかってないなあ」イヒヒ、とラムダは狂気の表情を目に浮かべた。「戦場に正当な扱いもなにもあるかっての! 犬の口の中に、首から先突っ込んでやるよ!」
 その顔つきからラムダの言葉が、本心であることをパイは知った。「ロー……!」咄嗟に悲鳴を上げそうになる。超音波で反撃しようにも、ラムダの冷凍光線のほうが圧倒的に迅いだろう。間に合わない。
 ラムダの右肩が光った。いや、光ったのではなく着弾したのだ。光の弾丸が。
 イヒッ、と笑みを歪ませてラムダは振り返った。そのタイミングで、パイは彼女の手を振りほどきそこから逃れた。
「護る……今度こそ……絶対に……!」
 両腕で銃を握り、脚を軽く開き安定した姿勢。教導団の制服を着崩しているが、その眼差しには崇高にして揺るぎない鉄の意志が感じられた。彼はグレン、グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)。(「あのΛとかいう奴の雰囲気……俺は知っている……」)グレンの頭の中に、冷ややかな声で告げるものがある。それは、グレン自身の記憶と経験だった。(「あれは……命を弄んでいる奴が放つ雰囲気だ……!」)
「間に合いました! パイさん!」ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が滑り込むようにして、パイの体に腕を回し、その身を確保した。このときソニアは三人、いや、四人いた。四人いてそれぞれが、同じ動作をして惑わせた。ミラージュの幻影である。注意してみれば見破れようが、時間稼ぎにはなる。本物のソニアは、パイの顔をハンカチで拭った。
「無事だったか、クランジΠ!」烈風のごとく斬り込む姿があった。手には槍、燃える槍、束ねた髪が炎に煽られ、頭の後ろで躍っていた。「俺たちは味方だ。お前が拒否しようがとことん味方だッ!」その名は李 ナタ、グレンをフォローすべく、側面からラムダを狙った。
「そう言うの気に入らないんだよ! 正義の味方のつもりかい!? 木っ端ども!」ラムダの冷凍光線がナタの槍を包んだ。炎は消え、槍は柄まで凍り付く。この力に、ラムダは自身も驚いているようだ。歓喜して叫んだ。「寒さが増してる……だからボクの攻撃の威力も、増してるんだ!」
 ソニアからパイを任されると、ヒールを用いてレンカ・ブルーロータス(れんか・ぶるーろーたす)はパイの怪我を癒した。そして、「手、出して?」と要求した。
「手? あんた何言ってるの? そもそも、治してくれって言ったつもりは……」パイは抗弁するも、
「いいから。出して? 治療の一環!」レンカは主張を曲げなかった。とうとうパイに手を出させると、それをしっかりと握った。つまり握手だ。「はい。これでレンカとパイお姉ちゃんは友達だね!」
「なによそれ! どこが治療よ!」パイは怒って手を引っ込めた。しかしレンカはめげない。
「心の治療だよ」と微笑んだ。
「ここにもあんぽんたんが……! あんたたち理解に苦しむわ……」あいかわらず怒っているが、パイの表情が少しゆるんだのをレンカは見逃さなかった。
 機械の犬の数が増えている。まだ新手がいたのだ。
「雑魚は増えたが元凶は奴だ! ソニア、ナタ、連続攻撃をやめるな!」連射姿勢をとりながらグレン馳せた。雪を蹴散らし、喉から血が出るほどに叫ぶ。叫ばないと声が届かない。
「グレン……あいつ、まだ傷は完治してねぇってのによ。無茶してまた傷が開いたって知らねぇぞ」ナタは悔しげに言った。できるならグレンには楽させてやりたい。だが、それができぬ自分がもどかしい。
 ナタの気持ちが理解できるのだろう、ソニアは彼女に顔を寄せて言った。「けれど、オミクロンさんのときのように無念が残る結果になるほうが、グレンのためには良くないと思います」
「わかってるさ。わかってるけどよ……だけど」
 少しずつ圧されているのをナタは感じていた。雪の勢いは敵に有利だ。ドゥムカたちも奮戦しているが、味方勢は分断されており、逆に、犬とラムダは包囲を強めていた。ローはほぼ行動不能であり、パイはまだ自分の意を決めかねている。このままでは、各個撃破は時間の問題だろう。
 このとき、声がした。
「温泉でゆったりするつもりだったのに……今日は寒いばっかりだな」
 口調こそ軽けれど物見遊山の一団ではないのは言うまでもない。教導団の小隊が駆けつけていたのだ。先頭をゆくは橘 カオル(たちばな・かおる)、抜刀し、集団戦に適した八相の構えで木刀を握っていた。
「ここ暫く殺人事件の報告がない。ということはパイの奴、人殺しをしてないってことだ……俺達のやった事は無駄じゃなかったんだな……。ローも探し出す。絶対に『二人を助けよう』ぜ」
 もう一人のリーダーはメイド、といってもあまりメイドらしくない勇ましい口調と物腰、仕込み竹箒を抜いて、ぎらり白刃を煌めかせた。朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
「パイと……ローか……あと、あの薄い赤毛は新手のクランジだな」
「俺はローに接触を図ろう。カオルは」
「おう、パイに行く。残るメンバーへの指揮も頼んだ」
 意識あわせを瞬時に済ますと、カオル、垂はそれぞれの相手に向かって駆けた。
 レールガンの光線が、鉛色の空の下すら明るく染めた。これは夜霧 朔(よぎり・さく)が放った一閃。機械犬一頭の脳天を貫いたが、相手に与えた心理的影響はそれ以上だろう。
(「私は……塵殺寺院製の可能性が高い……とすれば」)夜霧朔の心の声は、いつしか唇にのぼり言葉を成していた。「過去の私はあなたたちだったかもしれない……でも、垂と出会い私は変われた、だからあなた達だって必ず変われるはず!」立て続けに援護射撃だ。想いを込めた砲撃を放ち、垂とカオルが目的を果たせるよう助けた。
 カオルは滑り込み、パイの目の前に到着していた。レンカが退いて、彼と会話しやすいようにした。彼を見るなり、パイはカオルを指さした。
「あっ! 一目惚れがどうこうのエロ野郎ね! よくもまあ凝りもせず!」
 ばっちりパイの印象に残っていたようである。良い意味ではなさそうだが。
 拳を振り上げるパイに、カオルは間髪を入れず頭を下げた。
「待て、殴られる前に謝らせてくれ。悪かったな。その……胸……」
「せ、生死がかかってるときにくだらない話してんじゃないわよっ」さすがにお年頃、パイはこの発言に紅潮し、振り上げた拳を下ろして言った。「何しに来たのよ、それで」
 するとたちまち、彼は男っぷりのいい顔に戻って告げたのである。「無論、パイのことを守りに来たのさ。憶えててくれよ。俺が必ず守る、って」
 二本指を揃えて立てると、それを略式の敬礼としてカオルは、太刀を握って敵陣に舞い戻り斬り込んだ。剣豪としての本領を発揮するときが来たのだ。犬の突進は受け太刀でかわし、相手がバランスを崩せば抜刀術、変幻自在の太刀筋で機械獣を惑わした。口にした言葉は守る意思のカオルなのである。
 このときカオルの脳裏を、パイの可憐な容姿がかすめた。(「いかんな……マジで気になる存在になりつつある……いや、恋愛感情じゃなく妹的存在として、だが」)
「やっほー! 僕もいるよ!」ラムダの接近を警戒しながら、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)がパイに挨拶する。飛び込んで来た犬を、天の刃を飛ばして追い払い、ライゼはパイに言うのである。「ねぇねぇ、超音波って『音』だよね? 歌も『音』じゃん? って事は、パイは歌が上手いんじゃないのかな? あとで聴かせてね?」
 約束だよ、とだけ告げて、ライゼは即、カオルの援護に加わった。「ちょっと待って、あたしは唄なんか……」とパイは言おうとするも、ライゼはもう声の届かないところに行っていた。
 援軍の登場に、鋼鉄のドーベルマンたちは足並みを乱した。ところがラムダがその中央に立つや、たちまち秩序を取り戻し、パイに集中攻撃を浴びせたのである。しかし攻撃は、命中しなかった。いや、命中するにはしたが、すべて別人に命中していた――朝霧 栞(あさぎり・しおり)に。
「にゃはは〜、死ぬほど痛てぇ!! でもな、大切な存在と離れ離れになるのはもっと痛く辛い事なんだよなぁ!」栞はパイを押しのけて、自分が身代わりになったのだった。犬の爪で肩を抉られ、足首と二の腕を噛まれ、さらには突進も受けて、なお栞は立っていた。どくどくと流血しているが笑顔だ。まさしく捨て身だ。気合いで犬を押し返した。「この言葉の意味わかるか?」栞は言った。「パイ、おまえの大切な存在のところに行ってやれ……ローのところに!」
「でも、あたし……さっきローに酷いことをしちゃったし……」
「いいんだよ! 友達同士だって家族だって、たまには喧嘩もするだろ?」にゃはは、と笑う栞の額に血が流れていた。
「栞の言う通りだ。さあ、タイミングなら作ってやるから、ローの元に急ぐんだ!」カオルが戻って、鋼鉄のドーベルマンの頭部に太刀を落とす。
 ふたたび算を乱した犬たちに、体勢を取り直す余裕はなさそうだ。グレンが射撃で、ナタが槍で、さらにソニアがジェットハンマーでラムダを包囲し牽制していたからだ。
「来ないで!」レンカも両腕を拡げ、機械の犬たちに抗議を表明した。恐ろしい敵の姿に内心、泣き出しそうなくらい怖かったが、いまは恐怖も弱気も、どこかにしまって鍵をかけておく。その声に応えるように、朔もキャノン砲を放った。
「一応、礼は言っておくけど……断じて、あたしはあんたたちの側についたわけじゃないからね……!」と残してパイは駆けていった。去り際、微かにだが栞に頭を下げたのが判った。
 頷きを返して、
「パイの隣にはローが居る。そんな『当然の事』を、絶対に取り戻そうぜ!」
 栞は腹の底から声を出したのである。
 ここから契約者たちは一気に攻勢に転じた。