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70


 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は以前、家族でナラカへ行ったことがあるけれど蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)の母には会えなかった。
 だからこそ、死者がパラミタへやってくる今日だけでも会いたいと。
 そして、夜魅が元気にしている姿を見せたいと、強く願った。
 それに、夜魅が夜魅の実母と会えるのはこれが最初で最後の機会になりそうだから。
 どうしても会わせたかった。
 けれど。
「……現れなかったな」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、静かに言った。
 そう、現れなかった。朝から待ったけれど、結局姿を見つけることはできなかった。
 祭囃子の音は止み。
 花火の音も聞こえなくなった。
 祭りは、急速に終わりへと向かっている。
 もう、死者もみんなナラカへ帰ってしまったのだろう。時計は九時を大きく回っていた。
「……どうしてでしょうか」
 コトノハが問う。
 待ちつかれて眠ってしまった夜魅の頭を撫でながら、問うというよりは独り言のように。
「会いたく、なかった……?」
「そんなことはないだろう。……だが」
「……叶わなかったんでしょうか」
 悲しい話だ。
 コトノハは、ルオシンは、夜魅の母に会いたいと願った。
 夜魅の母に会って、夜魅をコトノハに、ルオシンに、託してもらいたかった。
 夜魅のことを守ると言って、安心させてあげたかった。
 だって、家族だから。
 ルオシンだって同じ気持ちだ。父として、娘を守る。そう告げるのだと話していた。
 なのに、会えなかった。
 空回りした気持ちだけが、ぶらりと心で揺れる。
 寝言だろうか? 夜魅が唇を動かした。
「……おかぁ、さん……」
 ――せめて、夢の中だけでも……二人の時間を楽しめているのでしょうか。
 そうだったらいいなと願い、コトノハは夜魅を抱きしめた。