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リアクション
■3――二日目――21:00
山場本家――。
その倉の中に、石となった涼司をを置きながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は問いかけた。
「……なんで山葉を死人にしちゃダメなん?」
月明かりを背に倉の出口に立って、長く影を伸ばしていた弥美が微笑んだ気配。
「ヤマが地球に顕現するためよ。
死人では奈落の影響が強過ぎる。引きずられるのね。
安定するためには、涼司ちゃんは、こちら側の者でなければいけない」
「……そっか」
アキラは、涼司を鎖で縛ってから、また弥美に問いかけた。
「山葉を元に戻しておいていい?」
「どうして?」
「秘祭の間、俺はダム湖にいようと思うから。
誰か、ダムを破壊して村を水で封じようってのが来るかもしれないだろ?」
「そう。分かったわ」
アキラは頷き、自身の力で涼司の石化を解いた。
意識を失っているらしい涼司の身体、ぐったりと曲がる。
アキラは立ち上がり、弥美の方へと振り返った。
月の白光を受け、弥美の肌は幽鬼じみた白さを湛えていた。
その小さな頭が薄く傾げられる。
「ダム湖の場所は知っているかしら?」
「教えてくんない?」
「北よ。水はいつも北にあるの」
「そっか」
アキラは弥美とすれ違い、倉の外へ出た。
「順調なようね」
山場 愛は、アキラの背を見送りながら、倉から出て来た弥美に言った。
倉の戸を閉まる音。
弥美が鍵をかけようとした手を止め、愛の方を見やる。
「大分、手こずったようだけど。
涼司ちゃんは友達に恵まれてるわね」
「その友人たちは、まだ諦めたわけじゃないでしょうね」
「何か考えが?」
「ええ。でも、それにはアンプルの容器が必要なの。
アクリトのはあの爆発の時に壊れちゃったし……」
「これを使って」
弥美がアンプルを愛の方へと差し出す。
首を傾げた愛へ弥美が言う。
「涼司ちゃんのよ」
「助かるわ」
愛は、それを受け取り、「ああ、それから――」と自身の企みを弥美に告げた。
弥美は結局、倉の鍵を閉めることは無かった。
懐かしい匂いだ、と涼司は思った。
ずっと昔、こんな匂いの中で遊んだことがある。
幼い頃に聞いた童歌。怖いものを払ってこらしめる、ヤマタカサマ。
「……っ」
目を開けると暗い室内があった。
倉の中だ、と直感する。
「……そういえば、昔、入り込んで遊んで怒られたことが……」
ぼんやりと呟く。
と、倉の扉が開けられた。
そちらを見あげれば、山場 愛の姿があった。
「涼司君……」
懐中電灯を持った彼女は、外を伺うようにしてから、倉の扉を閉め、涼司へと近づいた。
それに合わせて、なおさら懐かしい匂いがして、涼司は腹を鳴らした。
くす、と愛が小さく笑う。
「差し入れよ」
スッと指先で涼司の口元の汚れを拭って、彼女はホッコリと温かそうな菜飯の盛られたお椀を差し出した。
涼司は口元を曲げて。
「縛られているから……」
「食べさせてあげる」
愛が微笑んで、箸の先に一口分の菜飯を取る。
涼司は嘆息した。
妙に身体に力が入らない。おそらく弥美に一服盛られたのだろう。加えて、鎖で縛られているから、自分で飯を食うことすらままならない。
「ほら」
愛に促されて、涼司は目の前に差し出された飯を口に入れた。
それからしばらく、愛に菜飯を食べさせてもらってから、涼司は訊いた。
「愛さん……あんたは――」
「ええ、死人よ」
愛がお椀を地面に置きながら俯き、言って、それから、かすかに肩を震わせた。
「……アクリトを殺したわ。全ては弥美さんの命令」
「……そうか」
涼司はアクリトの死への無念さと、弥美の命令によって人の命を奪わざるを得なかった女の悔しさを想い、ゆっくりと息を吐いた。
と、涼司の目の前へ、愛の手が差し出される。
そこにはアンプルがあった。
「涼司君がアクリトから受け取ったアンプルは弥美さんに取られてしまったわ。
これはアクリトが持っていた分のアンプルよ」
愛が涼司の懐にそれを差し込む。
「涼司君、これで弥美さんを滅ぼして」
「……愛さん」
「きっと逃げ出すチャンスはあるわ」
涙を流した愛が涼司を抱きしめる。
そして、彼女は懇願するように言った。
「だから――涼司君、お願い。貴方の、山葉の手で、悲劇を終わらせて」
「……分かった。俺は必ず……全てを終わらせる。このアンプルで」
涼司は自身に強く誓うように言った。
涼司の言葉に。
愛は、涼司を抱きしめた格好で、つい、笑んでしまっていた。
公民館から少し離れた民家の庭先。
村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は、やはりグズグズと泣いていた。
「やだ……もうヤダよぉ……なんで、なんでこんな怖いことばっかり」
ルカルカに斬られた傷口はもうすっかり再生しているようだったが、それでも、その瞬間の恐怖は少女にとって、やはりかなり辛いものだったらしい。
(……やはり、確認になど行かせなければ良かった)
アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)は、蛇々を見やりながら心中で苦々しく吐き捨てた。
公民館に人の気配を感じて、自ら確認に向かうと言い出したのは蛇々だった。
もしかしたら、彼女なりにアールの役に立とうとしたのかもしれない。
だが、結果として彼女の心を苦しめることになってしまった。
無理やりにでも止めておけば良かった、とアールは思った。
「……お前は役に立たん。やはり、狩りは俺一人で――」
「怖いよぅ……お腹が空いたよぅ……悲しい……怖い……嫌……」
「……蛇々?」
アールは、彼女の様子の異変に気づいて、小さく問いかけた。
少女は、ふらふらと歩き始めていた。
「何処へ行く?」
「怖いんだもん……お腹がすくんだもん……」
「…………」
蛇々に、アールの言葉に応える気配は無かった。
「悲しいんだもん……嫌なんだもん……」
そのまま、彼女は彷徨うようにゆらゆらと通りの方へと向かって行く。
「クソッ……」
アールは吐き捨てて、彼女を追った。
(俺は、守ってやると約束した。永遠に……守ってやると)
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