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リアクション
■□■第六章――三日目――夕暮れまで
■0――三日目――8:00
変電所――。
今日の空は、昨日と代わって灰色だった。
「っと、こんなものかな?」
桐生 円(きりゅう・まどか)は、ワイヤーの端を止め終えて言った。
「こっちはこんな感じかしらぁ〜」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の間延びした声の方を見やって、円はうなずいた。
「うん、ばっちりだと思う」
「あとは、けーたいのあれをぐるんぐるん回しておくだけだねー」
こういった工作の様子が楽しくなったのか、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)がやけに楽しそうに言いながら、自分自身がぐるんぐるんと回る。
円は、うん、と頷き、変電所を拠点としていた仲間たちの方を見やった。
「それじゃあ、公民館に行こうか」
灰色の空へ向かう、湿り気を帯びた緩やかな上昇気流。
吊り橋の根元に揺れる、菊の花が一輪。
「やっぱり、ここには来たんだね」
親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)は、菊の花を摘み上げながら呟いた。
パートナーからの連絡が途切れ、それを不信に思って彼女はここまで来た。
ギィ、と軋んだ音に、花から吊り橋へと視線を上げる。
「ヤマの場、かぁ……」
卑弥呼にとって、それは感慨深い響きだった。
山場本家の倉の中――。
「……自力じゃ逃げられそうにないのか?」
弁天屋 菊(べんてんや・きく)は鎖で縛られた涼司を半眼で見下ろしながら言った。
「……弥美さんに一服盛られたみたいで力が入らないんだ……」
涼司がぐったりとした様子で菊を見上げる。
菊が、監禁されている涼司を見つけたのは偶然だった。
とある理由でハナイカダの雄株のみを集め、一時隠す場所を探して、たまたま倉を開いたのだ。
「お前を逃してやりたいが……あたしも監禁されてるようなもんだからなぁ」
菊は頭を掻きながらボヤいた。
涼司が、嘆息するのが聴こえ、菊は口端を跳ねた。
「おまえに呆れられる筋合いはないよ」
「いや、今のはそういうアレじゃ――」
涼司が弁明しかけたのを「分かってる」と笑い捨ててから、菊は表情に真剣さを戻した。
「手間が省けた……ってのは、変な話だが、ちょうどお前に食べさせたいものがあったんだ」
「飯なら、日が上がる前に愛さんが……ハナイカダの菜飯を」
ハナイカダ――それは、山場村で特別な意味を持つ植物だ。
山葉の苗字の元となったものでもあり、秘祭の際には、この葉を使った料理が振る舞われる。
「そっちの方じゃない。
あたしは、昔、おまえが食った本物の方を食わせてやるって言ってんだ」
「本物……って、意味が分からないぞ」
怪訝な顔をした涼司を残して、菊は台所へと向かった。
日中、弥美は眠っている。
監禁に似た状態である菊には、常に死人の監視が付いているが、台所で料理をして涼司に食べさせるくらいの事は見逃してもらえるだろう。
菊はハナイカダの雄株を手に、勝手口をくぐった。
エト・セトラ(えと・せとら)は変電所を訪れていた。
これを破壊すれば、村から電気を奪う事ができる。
ぽつぽつと村に疎らに配された街灯の明かりを奪う事ができる。
「にしても、綾香手伝ってくれれば良かったのに。
こんなの召喚獣とかでパパッと一撃でさー」
と、エトは口を噤んだ。
声が聞こえたのだ。
誰かの話声。
変電所の中から聞こえる。
「これって……変電所の中に誰か居るってこと?」
エトは慌てて、近くの茂みに身を潜めた。
茂みの中から、ゴツゴツとした変電所の建物を伺う。
声は、相変わらずそこから聴こえてきていた。
生者だろうか。
だとしたら、これ以上近づくことすら危険かもしれない。
戦闘は得意では無いし、何より今は昼間だ。もし、襲われたら分が悪すぎる。
(でも――)
と彼女は、気を鎮め、感じる気配に意識を集中した。
変電所の建物の窓には確かに、こんもりとした影があった。
人の影のように見える。
しかし、それは微動だにしていない。
聴こえてきていた声も、肉声とは違うもののように感じた。
喉を鳴らし、茂みの影の中をフェンス近くまでゆっくりと移動する。
ぬかるみには、変電所に出入りする多くの足跡。
そして、彼女は、変電所より聞こえる声の中に、わずかなノイズが混じっているのに気付いた。
「……これ、録音されたもの?」
それを確信して、エトは、はぁああっと思いっきりため息をついた。
「ほんっと緊張しちゃったよ、もう」
分かってしまえば単純な事だった。
おそらく、この変電所には生者たちが集まっていたのだろう。
一日目の夜をここで過ごし、そして、出ていった。
その際、彼らは、まだ彼らが変電所内に留まっているように見せかける仕掛けを残していったのだ。
だとすれば……
「罠が仕掛けられているって可能性が高いんだよね」
エトは、やれやれと呻いた。
呻いてから、ほんの少しだけ逡巡する。
「よし」
と言って、彼女はフェンスを乗り越えた。
そして、彼女の放ったライトニングラストが変電施設を破壊した。
と同時に――ピゥ、とワイヤーが切れて跳ねた音。
ライトニングブラストを放った格好のヴェルセを、仕掛けられていた、幾本もの鉄の棒が貫く。
自身の内部が乱暴に押し潰されて破られる音が骨を伝わって聴こえる。
ドッ、という衝撃。細い金属の擦れ合う音。
本能的に上げられる筈だった悲鳴は、ただの間抜けな空気の音にしかならなず、痙攣した顎の剥き出しにされた骨が、己の口腔から喉の裏にかけて突き刺さった鉄棒の表面を、カチカチと数度ばかり力なく鳴らしただけ。
ひしゃげたフェンスと共に地面へ縫い止められるような形で、エトは思った。
(だから、綾香が手伝ってくれれば良かったのにな。召喚獣とかで、パパッとさ……)
パンッ、と乾いた音が変電所内から聞こえた。
おそらく、ここはもう使い物にならないだろう。
つまり、エトは村から電気を奪うことに成功したのだ。
(とにかく、あたしの役目はしゅーりょー。
……あー……にしても、痛い。すごく痛い。苦しい。叫びたい。
……綾香ってば、早く助けに来てくれないかな)
遠く、灰色の空が広がっている。
公民館――。
変電所から公民館を訪れた面々は、公民館に居た者たちと改めてお互いの情報を交換しあった。
その中には、ルカルカの要請を受けて村を訪れたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と夏侯 淵(かこう・えん)の姿もあった。
公民館前。
「……そうですか、山葉涼司は死人の手に」
東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、顎を撫でやりながら、ふむ、と零した。
「そして、ソルファインは……」
ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)の体を使い、木曾 義仲(きそ・よしなか)が言う。
パートナーロストの影響で意識に重大なダメージを負ったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は公民館の奥で休んでいる。
義仲自体も無事というわけではないだろうが、彼は表情を顰め、ソルファインの手のひらを見下ろした。
「まったく、下手に死人になられるよりは死体になってくれた方がやりやすいとは言うたが……まったく、笑い話にもならん」
「そいつをやって山葉涼司をさらった連中だが――
もう少しで追いつくってとこで……潜りこまれたトンネルの入り口を爆破された」
公民館の階段に腰掛けている高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が言う。
雄軒はそちらに振り返った。
「トンネル?」
「逃亡用に、自前でせっせっと掘ってたもんらしい。
すげー……ご苦労なことだな」
「あちらもそれだけ必死ということですね。
さて――監禁されているとすれば、場所は、山場弥美の膝元である山場本家でしょうか」
「……取り返しに乗り込みますか?」
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の投げた問い掛けに、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、にょきっと人差し指を立てた。
「涼司さん奪取を急ぐ必要はないと思うのぉ〜」
「ふむ。というと?」
雄軒が先を理由を促すと、オリヴィアは立てた人差し指を無意味にひょこひょこ揺らしながら続けた。
「弥美さんが涼司さんを死人にしたり、殺したりする心配はないわぁ〜。
それに、弥美さんと死人が望むヤマの顕現と、私たち生者が望む死人の封印――この二つの儀式は最後の祝詞の部分までは同じなんでしょぉ〜?
それならぁ〜……今はむしろ、死人封印に関する情報を集めたり、秘祭の最後を乗っ取ることに集中した方が良いんじゃないかしらぁ〜?」
「わしもアクリトとやらから少しでも情報を得たいが……どうも、うまく動くことが叶わん。
アクリトの死体の損傷も激しそうだし、ここでせめてもの守りをしていようか」
義仲が続き、雄軒は皆の方を見やった。
「皆さんに異論は?」
問うてから、一巡、皆の方を視線で確かめてから、雄軒は、「では……」と繋いだ。
「オリヴィアさんの言う通り、今は死人封印の情報を得ることと秘祭潰しの準備に集中しましょう」
公民館の中では、集められた情報の考察が行われていた。
「やはり、この村に伝わる除魔には拝火教や仏教的概念によるものが多いですわね」
同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)(静香)が、この村の図書館より持ち出していた文献のページを幾つか示して見せながら続けた。
「中でも興味深いのが――頻繁に語られる“ヤマタカサマ”」
「……“フドウサマ”じゃなくて?」
ヤマに対抗する者は不動明王ではないかと考えていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の言葉に、静香が頷く。
祥子は、ン、と眉根を寄せて軽く首を傾げた。
ともあれ、今考えても分からないことは置いておいて、祥子は考察を進めた。
「公民館の前に置かれていた銃型HC。
あの中には死人に関する情報の他に、この村の全体の地図があったわ。
六角寺は北の山場神社と東の山場本家の間――つまり、村の北東にある」
「……それが、何か?」
「六角寺の後ろには、閻羅穴があるの。
北東は丑寅の方角――俗に言う、鬼門よ」
「筋が通りますわね。本来、鬼門を押さえるために六角寺は置かれ、何らかの儀式によって封じられてきた」
「私はそれが不動明王なんじゃないかと思ってる。ヤマタカサマの件があって、少し迷いがあるけど」
――ともかく、山場本家と対角の西にあるのが、山場本家の数代前の当主が造った私設図書館。
おそらく、今はもう忘れ去られているだけで、北西、南西、南東、そして、この公民館の辺りにも本来なら、祠なりなんなりがあったんだと思う」
「死人を封印するための祝詞は六角寺に?」
「いえ――祝詞がお寺にあるとは思えない。置かれているとすれば、やはり、神社になるんじゃないかしら」
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