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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
魅惑のタシガン一泊二日ツアー! 魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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3章
1.


 バラ園を後にして、一行は今夜宿泊のホテル【薔薇山荘】にたどり着いた。
 山の中腹にあり、タシガンの土地が見下ろせる瀟洒なホテルだ。難を言えば、霧が多いタシガンにおいては、眺望を楽しめる日は年にいくつもない、ということだろうか。
 すでに日は暮れ、時折吹く風も冷たさを増してきている。彼らはバスを降りると、バスの中で案内された部屋割りに従って、荷物を置きに解散した。
「部屋でなにかあれば、俺に連絡をして。ここにいるから。それから、夕食は七時から、二階のボールルームに集合するようにね」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が、フロントで預かった鍵を配布しながら案内をする。
「お腹すいちゃったなー」
「ね、お部屋、どんなかしら」
「温泉も楽しみだね!」
 生徒達は楽しげにそう言い交わしながら、それぞれわりあてられた部屋へと別れていく。

 さて、そのころ。
『準備はいいのか?』
 佐々木 八雲(ささき・やくも)が、テレパシーでもって、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)にこっそりと声をかけた。
『うん、あらかたね。そろそろそっちに戻るよ』
 弥十郎は、八雲へとそう答える。
 この旅行では、弥十郎は表向き普通に旅行に参加となっているが、やはり得意の料理の腕をフル活用し、影ながら活躍をしていた。
 今日も薔薇園には向かわず、昼食後はすぐにこのホテルへと移動し、夕食のフルコースの仕込みをはじめていたのだ。
「今日はよろしくお願いします」
「おお、久しぶりだな。元気だったか?」
 丁寧な挨拶に、出迎えたシェフは相好を崩し、彼を歓迎する。
「はい。みなさんも、お変わりないようで、なによりです」
 弥十郎はそう答え、にっこりと笑った。
 もちろんホテルの厨房にも人はいるので、基本的に手伝いではあるが、シェフの数人かは弥十郎の知り合いのため、結局は弥十郎が仕切る感じになっていたのは否めない。
「おい、新入りたち。黒川のこの動きを覚えておけ。滅多にみられないぞ」
 シェフの一人の言葉に、「やめてくださいよ」と弥十郎は照れたように苦笑いを浮かべた。
 なお、黒川というのは、タシガンなどのホテルで下積みのバイトをしていた時の弥十郎の偽名だ。今は移動屋台「料理☆Sasaki」を不定期営業中のため、バイトはしていないが、今でも黒川という名前で記憶に残っているらしい。
 そんなわけで、料理の準備もいよいよ大詰めだ。あとはどれも、皿に盛りつけるばかりとなっている。
「じゃあ、ワタシはこれで。後はよろしくお願いします」
 弥十郎はそう挨拶をすると、キッチンを後にする。さりげなくまた、旅行の一団に戻る予定だ。
「おつかれさん」
 ロビーに戻ると、八雲がキーを手に、弥十郎を出迎えた。
「久しぶりに大人数の料理だったけど、みんなが喜んでくれるといいなぁ」
「それは大丈夫じゃないか? さて、一旦部屋に戻ろうぜ」
「そうだねぇ」
 あとは明日のバーベキューの準備だ。段取りを考えながら、それでも表情はいつもののんびりとした微笑みのまま、弥十郎は八雲とともに部屋へと向かったのだった。


 ボールルームに、優雅な音楽が響く。ジェイダスの計らいで、彼の小姓たちが室内楽を披露しているのだ。とはいえ、その音色はあくまで控えめに、食事にほんの色を添える程度に留めている。
 いくつかの円卓が用意され、彼らは席次表に従って着席すると、すぐに夕食は始まった。
 
「こちらは、紫芋のポタージュです」
「美味しそうですね」
「ええ。シェフの自信作でございます。どうぞご賞味下さいね」
 本郷 翔(ほんごう・かける)に、給仕を担当している清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう答えると、会釈をして離れる。その動きは、どれもよどみないものだ。
 そっとスプーンですくいあげると、仄かに甘い味が口の中に広がる。先ほどの前菜もそうだが、繊細ながら奥深い。
 料理もそうだが、たしか先ほどの人は、薔薇の学舎の生徒だったはずだ。翔は、なにげなく彼の所作を目で追った。
 執事を目指す翔としては、今回の旅行において、客という立場から執事がむしろどう言う風に動くことが必要かも学ぶつもりだった。そのため、ホテルに到着してからは、スタッフの対応にも注視している。
 ……とはいえ、基本的には、ゆっくりと旅を楽しむつもりだ。もてなされるという立場になってみて、なにを感じるか。それがメインの課題なのだから。
 そう思いながら、翔は嬉しげに、ポタージュに舌鼓をうつのだった。

 同じように、じっと観察をしている少女がいた。しかしこちらは、翔とは目的は異なるが。
「タシガンの料理はどうかな。お口にあえば良いのだけど」
「ええ、楽しませていただいてますわ」
 同席になったルドルフの言葉に、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は静かに答えた。――彼女はその両目を黒い布で覆われているが、何不自由なく動くことも、観察をすることもできる。むしろ、直接的な視覚に頼らない分、その観察結果は真実に近いかもしれなかった。
 綾瀬がこの旅行に参加した理由は、ルドルフにある。彼の素顔を知りたい……それは、仮面の下の素顔という意味ではない。なにげない行為から滲む人柄や本質と言った素顔に対し、純粋に興味があったのだ。
 そのため、偶然とはいえ同じテーブルにつけたことはなによりだ。綾瀬の意識は、テーブルの美食よりも、むしろルドルフにあった。
 そして、彼女の身を覆う漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)は、ただ静かに控えている。
「天気に恵まれて、なによりだ。雨の中の薔薇も美しいが、せっかくの旅行だからね」
「そうですね」
 人前ということもあって、ヴィナが丁寧な言葉遣いでルドルフに同意する。
「ところで、リア・レオニス(りあ・れおにす)はどうしたんだい?」
 レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)の隣が空席になっていることに気づき、ルドルフが尋ねた。
「リアは眠っています。私が鼻を摘んでも気づかないほどですから、よほど張り切っていたのでしょう」
「ああ、そうだろうな」
 バラ園での行動については、ルドルフも知っている。集合した時点で制服がぼろぼろになっているほど探し回ったのだ、疲れ果てて眠っていても不思議ではない。
「もし起きたら、後でも食事ができるよう、頼んでおこう」
「ありがとうございます」
 レムテネルが礼を言う。
「君も、薔薇園ではなにか見つけられた?」
「……ええ。美しい花を、見せていただきましたわ」
 綾瀬が答える。
 なるほど、ルドルフという人物は、周囲に気を配るタイプのようだ。今はヴィナにも話しかけ、場が和やかに食事ができるように振る舞っている。このテーブルに着く際も、さりげなく綾瀬の椅子をひき、エスコートをしたのもルドルフだった。
 薔薇の学舎の新校長となって、まだ間もないはずだが、生徒達から反発の声がほとんど聞こえないのも、さもありなんというところだろうか。
 けれども。
 ワインのかわりの葡萄酒をすすめられながら、綾瀬はふと、思う。
 ほんの時々だけども、ルドルフはヴィナに対して、甘えた表情をする。
 それは他の生徒に対するものよりも、少しだけ親密なものに綾瀬には感じられた。
(……なるほど、それもルドルフ様の素顔の一つ、ですわね)
 綾瀬は内心で、満足げに微笑んだ。