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リアクション
(守りは今ので大分疲弊したようね。ここで勢いを止めるわけにはいかないわ)
相手に回復の隙は与えない。
天貴 彩羽(あまむち・あやは)は攻めに入った。
「天貴 彩羽、行くわよっ! ミョンミョン、最大戦速よ!」
巨大昆虫ハンミョウのミョンミョンの上に仁王立ちし、ビシっと缶のある方を指差した。
さっきの猛攻により、ダミー缶の大半は除去されている。そして、状況から本物の缶は見当がついた。
地上スレスレの位置を飛行し、視界を塞がれる前に先に煙幕を繰り出す。そのまま破岩突だ。
「どかないと吹き飛ぶわよ! どきなさい!」
が、さすがにそれで缶を蹴るわけにはいかない。缶だけではなく、その下にいる天空寺 鬼羅も吹き飛ぶからだ。
自分が乗っている以上、ミョンミョンでの攻撃は直接攻撃判定を受けかねない。調教したペットをけしかけ、間接的に攻撃するのとはわけが違うのである。
(いい、彩華。こっちに注目を集めさせるから、その隙に仕掛けるのよ)
(分かったですぅ〜、今度こそ蹴るですぅ〜)
天貴 彩華(あまむち・あやか)に精神感応を送る。
連携が大事なのは、前に海京での缶蹴りに参加した際によく味わっている。だが、今はそれ以上に勢いも大切だ。
ドラゴンやトラックが空を飛び、地面には地雷がごとく様々なトラップが仕掛けられている。この、もはや缶蹴りなのかどうか疑わしい何かをする上では、時として常識に囚われない思いきりが必要になる。
ミョンミョンから彩羽自身が飛び降りる……なんてことはせず、そのまま缶付近の上空を通過する。
だが、そのミョンミョンには、彩華がロングハンドでぶら下がっていた。
煙幕を利用して上昇する彩羽に対し、ロングハンドを掴んだままロケットシューズで加速し、缶へと急降下していく。謎のポーズを取った状態で。
それが俗に言う光輝属性を持つ高位魔法「カッコいいポーズ」であるのだが、おそらく意識してやっているものではないだろう。あくまでメンタルアサルトとしてだ。
(上空からであることを生かして、そのまま缶だけを蹴りなさい)
要は、缶を倒せばそれでいい。
それが人の上にあろうとも。
「あはは、彩華いくですぅ〜〜」
なお、やはり缶は副次的な攻撃では倒れないようになっているらしく、物理的接触がなければならないようだ。爆発や巨大生物が飛ぶ際に発生する風の影響を受けないことから、そう推測出来る。
そのまま缶まで一気に行けると思われたが、
「う、眩しいですぅ!」
光術による目晦ましだ。
同時に、それで煙も晴らされた。さらに、奈落の鉄鎖による重力干渉をも受けたかのごとく、バランスを崩してしまう。実際にそうだったのだろう。
「上空からの攻撃も、そう何度も食らいませんよ」
アイビス・エメラルドの放ったものだった。
そのわずかな隙をついて、続けざまにワイヤーが繰り出される。
「まだ捕まりたくないですぅ。ヤダヤダですぅ〜」
が、タッチされる前にワイヤーの拘束から抜け出す術を、彩華は持ち合わせていなかった。
「なんつーか、今回は攻撃も守備も何でもありなんやな……」
過去二回の缶蹴りを知る七枷 陣(ななかせ・じん)も、今回のあまりにフリーダムな戦いに言葉を失いかけていた。
しかし、この機を逃すわけにはいかない。
(来たか)
防衛側の気配を察知する。
彼に向かって来たのは、榊 朝斗だ。
(随分鬼気迫る顔つきやなぁ。確かにこんな状況なら必死にならざるを得ないのは分かるけど……ああ、うん。大体ふいんきと魂で把握した)
おそらく罰ゲームか何かが掛かっているのだろう。それも、実行されれば彼にとって、耐え難いものが。
小回りのきく空飛ぶ箒スパロウで岩場の合間を縫うようにして、朝斗を振り切ろうとする。
だが、眼前の岩場が突如爆砕した。
彼の持つ機晶爆弾、烈華刃によるものである。
「それで妨害のつもりか!」
召喚獣である不死鳥・アグニを召喚。炎を持って飛び散る粉塵を焼き払った。
「大人しくそこをどけ……ああああああさにゃああああああん!!」
勢いを殺すことなく、アグニの起こした炎の中を突き抜けていく。
「絶対にどくか、負けるわけには行かないんだッッッ!!」
朝斗がアクセルギアを使用。
陣の視界から彼の姿が消える。
だが、ギアが起動するのとほぼ同時のタイミングで、陣はヒプノシスを密かに繰り出していた。
極限状態ならば、眠気が襲ってきてもすぐには効果が表れないこともある。
そう、「通常の速度」ならば。
アクセルギアによって思考を加速させ、体感速度が三十倍になっているということは、自身の身体に受けているものに対する認識も三十倍の速さになることに他ならない。
もっとも、陣も狙ってそうしたわけではないのだが、結果的に彼はただでさえ空中でのバランス調整が難しいシュタイフェブリーゼで飛んでいたため、バランスを崩してしまう。
「諦めろ、もう試合終了だ」
負けたら公開処刑だ、だからどんな手を使ってでも守り抜くなどという雰囲気を纏った者は敵と相打ちになるか、あっけなく敗北するのがお約束である。
この時点で、朝斗にはデッドエンドフラグが立ってしまっていたのだ。
(リーズ、今や!)
朝斗の注意を十分に引きつけた上で、別方向からリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が一直線に缶へと飛び込んでいく。
岩場が砕けた際、アグニの召喚に合わせて箒の後ろに乗せていた彼女を離脱させていたのである。なお、箒に乗ってる際は隠れ身とブラックコートで気配を絶ち、さらに陣と密着することによって二人ではなく一人であるかのように錯覚させていた。
なお、箒は通常一人乗りであるが速度を落とさずに済んだのは、リーズが強化光翼で浮いた上箒と同程度の速度を保っていたためである。
「その隙、もらったぁ〜♪」
ライドオブヴァルキリーで最大限の加速を行う。実に、小型飛空艇の四倍の速度だ。
「させません!」
「にゃー!!」
彼女の気配を察知したアイビス・エメラルドとちび あさにゃんが、同時に煙幕ファンデーションをリーズの視界を防ぐように繰り出した。
「無駄だよ!」
リーズが煙幕をタービュランスで掻き消した。
それでもまだ、次の一手が繰り出されてくる。
アイビスによる奈落の鉄鎖により、リーズが減速を余儀なくされる。ちびあさにゃんと挟み込むようにして、リーズが捕縛されかけるが、
「まさか……!」
二人に対し、ヒプノシスがかけられる。
が、距離的に陣では届かない。
実行者は、秋月 葵だ。
彼女に対しても奈落の鉄鎖による重力干渉が行われるが、空飛ぶ箒パロットの効果により、それがアイビスにも降りかかる。
葵が蹴る、かに思われたが、加速ブースターで彼女の前に立ち塞がったクリスチーナ・アーヴィンと衝突。
そのまま缶のある鬼羅の方へと飛ばされていくが、鬼羅の粘体のフラワシがクッションとなり、缶は倒れずに済む。
その瞬間に、葵が二度目のヒプノシスを行い、鬼羅とクリスチーナを封じた。
その直後、
「間もなく電車が発車しま〜す! 危ないですから、みんな注意してね♪」
声がするものの、どこにもそんなものはない。
と思ったら、思わぬところから飛び出してきた。
「……行きます!」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の体内から、それは発車……もとい発射された。正確には彼女が車両を掴んで投げたわけであるが。
この電車、ラスタートレインという立派な光条兵器である。それが缶に向けて放たれると、虚を突かれたように静まり返ったフィールドを小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は駆けて行った。
ラスタートレインを追従するようにゴッドスピード、さらにバーストダッシュで加速する。電車の陰に隠れるようにして突き進んでいく。
(それにしても、ほんとどんな仕組みなのかな?)
改めて言うほどのものではないが、剣の花嫁は光条兵器の守護者である。その光条兵器には様々な形状があるが、未使用時は剣の花嫁の体内にしまわれているものだ。
……様々な形状があるが、未使用時は剣の花嫁の体内にしまわれているものだ。
身長百五十三センチと小柄なベアトリーチェの体内から、列車の車両上の強化光条兵器が出たのである。
『ポータラカのちからってすげー!』
『ポータラカの技術はパラミタ一ィィィ!』
などといった声が聞こえてきそうだが、理屈が分かる人はおそらくいまい。
しかし、見掛けこそ列車だが、質量まで列車相当というわけではない。また、光条兵器の特性を使い、缶には当たらないようにしている。
さすがにこれでは土下座している全裸野郎相手に人身事故を起こすことになる。それならそれで構わない部分もあるが、足技に定評のある美羽としては、正々堂々と缶を蹴ることにこそ意味があるのだ。
そう、正々堂々と……。
ラスタートレインのことに突っ込みを入れてはいけない。
「もらったぁぁぁああああ!!」
行動予測でこの場の缶の周囲にいる守備陣営が全員身動きが取れなくなった瞬間を見計らってのこの突撃だ。
金剛力を脚部にかけ、勢いに乗せることで土下座の状態になったままの鬼羅の尻ごと、缶を遥か上空へと蹴り飛ばした。
「ぐあッ!!!」
蹴りの衝撃で鬼羅が目を覚ました。
もしこの缶がダミーだったら、美羽は反則となっていたが、幸い本物だった。
「リーズ、離脱するで」
朝斗を振り切った陣は煙幕ファンデーションで守りが復活してもすぐに対応出来ないようにした上でリーズの手を取り、最後の缶のある場所へ向かおうとした。
過去の経験から、「蹴った後が一番危険」だと知っているからである。同じ轍は踏まない。
しかし、彼は気づいていなかった。
先刻行った朝斗に向かっての勝利宣言もまた、お約束の逆転フラグであったことに。
「缶はまだ一つ残ってる……絶対に行かせない……何をしてでもッ!!」
辛うじて完全な眠りに落ちなかった朝斗が、あるものを炸裂させた。
「捕まらなければどうということはないッ!」
だが、陣は煙の中に異臭が混じっていくことに気付いた。
「な、これは……!」
彼が投げたのは、地球消滅爆弾である。
その名前とは裏腹に、殺傷能力は皆無だ。だが、煙と共に強烈な臭いがするという特徴がある。
それは、世界一臭いと言われる缶詰、シュールストレミングに匹敵する。このフィールド内の至るところでは爆発が起こっており、先程リーズが乱気流を巻き起こした影響もあり、その臭いが周囲に広まるのは早かった。
確かに死ぬわけではないが、超感覚を使用している場合は嗅いだ瞬間に失神するほどの臭さである。
「要は、捕まえられなくなったとしても、『攻撃側が動けなくなれば』いいんだッ!」
人に向けて放ったわけではないため、直接攻撃ではない。
「オ・ノーレ! 一体何が君をそこまで駆り立てるんや!?」
「僕にも、譲れないものがあるんだ……!」
それが何か、陣は最後まで知ることはなかった。
(あとは頼んだよ……絶対に、死守して……くれ)
最後の缶とそれを守る防衛陣に望みを託し、朝斗は力尽きた。
試合は、残り一時間を切ったところだ――。
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