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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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3


 パンプキンパイを作るなら、まずはフィリングから。
「まずはどうすればいいの?」
「カボチャのカスタードを作るんだ。
 蒸して皮を剥いたカボチャと、蜂蜜とスパイス……そうだな、シナモンやナツメグ、ジンジャー、クローブなんかがいいかな。スパイスミックスとして売っているから探してみるといい。それらと混ぜる」
 メモを持ったクロエに、涼介はわかりやすく教えていく。メモを取ったあと、クロエはその通りに混ぜ合わせる。
 ふと気付くと、涼介と背中合わせの格好で、エースがパイ生地を作っていた。えらく量が多い。
「そんなに作るのかい?」
「うん、あげたい人がいるんだ」
 驚きをはらんだ涼介の問い掛けに、エースは笑った。
「弟はもちろん、ツンデレお嬢や某最終兵器さんとかね。うちには食べ盛りもいるし」
「あげなきゃ拗ねますしね」
 エースのサポートに回っていたエオリアが、くすくすと思い出し笑いに似た笑みを浮かべた。彼は彼で、フィリングを作っている。
「ああそうだ、クロエさん。お菓子作りの基本中の基本ですが、一番のコツはレシピ通りに作ることです。
 どこかの誰かのように、いい加減な計量をしてはいけませんよ?」
 にこり、どこか威圧感のある笑みに、クロエがエースを見た。
「エースおにぃちゃんね?」
「バレた?」
「バレるように伝えましたので」
「……悪かったって。でも、別にちょっとくらいさ、」
「それが失敗の原因ですよ? 美味しく作りたいなら、きちんと量ること。いいですね?」
「……はい」
 寸劇じみたやり取りにくすくすと笑い。
「じゃあ、こっちも作っていこうか」
「はーいっ」
 涼介とクロエは、カスタード作りに戻っていった。
 鍋に、生クリーム、牛乳、砂糖、卵黄、ふるった薄力粉を入れてよく混ぜる。これもクロエにやってもらった。今回、涼介は手出しすることを極力控えていた。クロエのやる気に水を差したくなかったからだ。
「火加減に気をつけてね」
「ひかげん?」
「失敗するとダマになってしまうんです。初心者さんが躓きやすいところですね」
 ベアトリーチェが補足してあげている間、涼介はクロエの力じゃ難しいと思われるカボチャの裏ごしを手伝ってやる。
 裏ごしカボチャをクロエに渡し、少量鍋に入れるように指示する。混ぜて馴染ませたら、着火。
「火加減はこれくらいでね」
「わかったわ!」
「よく混ぜて。クリーム状になったら火から下ろして、残りのカボチャとバターを入れるんだ。その後もう一度火にかける」
「もういちど?」
「バターを溶かすんだ。バターが溶けて完全に混ざったら、パンプキンカスタードの完成だよ」
 あとは、パイ型に敷いたパイ生地にカスタードとカボチャを流し入れて、オーブンで焼けば完成。
「できた? ねえねえ、できた?」
「はい、よくできましたよ。ね、涼介さん」
「うん。よくできました」
 ベアトリーチェと一緒にクロエを褒めて、パンプキンパイの完成。
「こっちもできたよ」
 ほぼ同時、エースの声が上がった。。
「早く焼けないかな。楽しみだね、クロエちゃん」
「ね!」
 きゃあきゃあと喜ぶクロエの様子が微笑ましくて、その場に居た面々は思わずくすりと笑った。
「ところで涼介さん、先ほどのパイの作り方なのですが」
「どうかした?」
「ひと工夫とかあったら、知りたいなって思いまして」
「お安い御用だ。料理は得意だから、私が役立てることなら気軽に言ってくれ」


 時間は少し遡り。
 皆がまだパイやクッキーを焼いている間、リンスはエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)と共にお菓子の家を作っていた。
「このモデルって」
「はい。工房です」
 自分が住んでる家を作るなんて、なんだか不思議だなあとぼやきながら、リンスはお菓子の家を組み立てる。
「ところでこの外壁とか、全部エイボンの手作り?」
「はい。壁や屋根はクッキーです。あと、マジパンでリンス様とクロエ様を再現させていただきました」
 別の小さい箱から出されたその菓子に、リンスは思わず目を瞠った。
「すごいね」
 素直な賞賛しか出てこない。
 そもそもこのお菓子の家だって、そこいらに市販されているような大きさではなく、小ぶりなドールハウスほどの規模である。
「本当、すごい」
「そんな。たいしたことじゃありませんよ」
「いろいろと趣向を凝らしてくれてありがとね。クロエもきっと喜ぶよ」
「お礼を言うなら私のほうです」
 エイボンの言葉に、リンスは小さく首を傾げた。
「何かしたっけ?」
「ええ。先日作っていただいたお人形。兄さまにもミリアさまにも評判でしたから」
「友人の門出が幸せなものでよかったよ」
「リンス様にも幸せがありますことを」
「俺? 俺は今でも十分幸せ」
「謙虚な方ですね」
 笑われたので、そうかなあ、と再び首を傾げた。
 お菓子の家は、完成に向かいつつある。


 カボチャの中身をくり抜いて作ったジャック・オー・ランタンは、工房の各所に飾られることになった。
 あるものはアロマキャンドルを立て、あるものは顔を作り。
「ほらクロエ!」
「きゃあっ!?」
 サイコキネシスで飛ばしてみせて、クロエを驚かせて見たり。
「どのおかおもみんなえがおなのね!」
「そうだよ、工房を笑顔いっぱいにしたの!」
 どう? と胸を張ると、クロエはすてき! と笑ってくれた。大満足だ。
「クロエ、ちょっとおいで」
 と、リンスが奥の部屋からクロエを手招いた。
「みつかったの?」
「うん」
 よくわからないやり取りに、美羽は疑問符を浮かべる。クロエはえへへと笑うばかりで答えてはくれなかった。部屋に入っていく。
 しばらくして美羽の元へ戻ってきたクロエの格好は、美羽とお揃いの魔女衣装。
「あ、それ……」
「うん! きょねんベアトリーチェおねぇちゃんがつくってくれたものよ。リンスにさがしだしてもらっておいたの!」
「持っていてくれたの?」
「もっていないわけがないわ!」
 くるりとその場で一回転し、クロエが満面の笑みを浮かべてみせる。
「ことしもまた、おそろいね!」
「クロエ〜! だいすきっ」
 感極まってぎゅっ、と抱き締める。すると、「わたしもすきよ!」と抱き締め返された。
「あ、なんかいいな〜。クロエちゃん、ボクもぎゅってしていい?」
 そこにひょこりとリーズが混ざり、三人でぎゅーっ。
「ハロウィンって楽しいねぇ、にへ〜♪」
「ぎゅっぎゅしてるだけがハロウィンじゃないのよ。これからパイもやきあがるもの!」
「うん! ボク、そっも楽しみだよ!」
 丁度良いタイミングで。
 焼き上がりを告げるオーブンの音が、響いた。
 美羽とクロエがキッチンへ駈けると、ベアトリーチェとエオリアが、オーブンからパイを出していた。
「パイは焼き立てが一番美味しいです」
 一枚をお皿に移しながら、ベアトリーチェが言う。
「美羽さん、クロエさん。大切な人に、一口目を運んであげてください」
「だぶるろけっとだっしゅね!」
「任せて!」
 皿を持ち、二人は方向転換してリビングへ走る。
 向かったのは、もちろんリンスとコハクの前。
「リンス、あーんっ」
「? あー、……あつっ」
「あっ、ごめんなさい!」
 クロエが楽しそうにあーんをし、リンスも恥らうことなく受け入れる。
 美羽はというと、
「……えーと、」
 ああはいかないわけで。
 なんだか恥ずかしくなってしまい、どうしようかな、と目線を泳がせた。
「美羽」
「え?」
「あーん」
 そうこうしている間に、コハクがフォークを手に取っていて。
 パイを、差し出されていた。
「……あー、ん」
 気恥ずかしさはすごくあったけれど。
 どうしてだろう、受け入れることに躊躇はなかった。


「むう、らぶらぶだ! どこもかしこもらぶらぶだよ、陣くん!」
「あー、せやなあ」
 リーズに腕を揺さぶられ、陣は生返事に近い声を上げた。
「だからね、トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうよ! むしろイタズラしたいよ!」
「したいんかい」
「ふふん」
「何ドヤ顔してんだ。ほら、お菓子」
 すい、とこっそり作っておいたプリンを差し出すと、リーズが目を丸くした。
「へ?」
 ついでに素っ頓狂な声も上げる。
「真奈もこっち来ぃ。お前の分もあるんやから」
 パイやクッキーを運んだり、お茶の準備をしていた真奈に向かって手招きした。
 真奈は、いそいそとお茶をテーブルに置いて周り、陣の隣の席に腰掛ける。
「なんでなんで? なんで陣くんプリン作ってくれたの〜?」
「なんでって、一応今日はトリックオアトリートって奴だから。イタズラされんように予防線として作ったんよ」
 ああ、それだけだ。
 それ以上の理由なんてない。
「それだけ?」
「…………」
「ですか?」
「…………ちゃうよ」
 本当は。
「……たまには、オレが作ったもんを食べてもらうのも一興かな、って」
 毎日料理を作ってくれている真奈には遠く及ばないかもしれないけれど。
 日頃の感謝を、少しでも形にできたらと。
「陣くん、」
「なんや」
「とっても嬉しいよ!」
「阿呆、早く食え」
「お言葉ですがご主人様、その命令には従えません」
「だよね。せっかく陣くんが作ってくれたんだもん、一気にじゃなくて味わって食べたいよね〜♪」
「はい。大切に、大事に味わって食べさせて頂きますね……♪」
 二人の言葉は嬉しいけれど。
 陣にとっては恥ずかしい以外のものではなくて。
「……っ、パイ食うぞー! ケーキもクッキーも食うぞー!」
 それを隠すために、いつも以上にはしゃいでみせた。


 対誰へ向けたのか、すぐにわかるようなラッピングと、パイの大きさ。
「喜んでくれるかな?」
 エースの問いに、メシエはさあねと素っ気なく返す。
「ていうか、メシエは味見役で来たんだろ。ほらほら食べて食べて」
 実はそれは建前で、本当のところとしてはリンスにあの日の礼を言いたかっただけだけど。
 食べろというなら、別に断る道理もない。何しろパイは、綺麗な焼き色もついていてとても美味しそうだから。
 皿に一切れ切り分けて、一口。
「少し甘いな。私は甘さ控えめの方が好ましい」
「厳しいですね、メシエは」
「しかしカボチャの味がしっかり活きているところは高く評価できるよ。中々なんじゃないか?」
「それなら何より」


 こうして。
 飾り付けやパイ作りから始まったハロウィンパーティは、幕を開けた。
 まだ早い時間ながらも、大人数でわいわいと。