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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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6


 ハロウィンといえば、仮装。
 そこに思い立つまでに、さほどの時間は必要なかった。
「だから夜魅、仮装をしましょうか?」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)に笑いかけた。
 そして、工房へ行こう。
「トリックを仕掛けて驚かせてあげるんです♪」
「ママ、楽しそうだね」
「ふふふ。素敵なことを思いついたの」
 くすくす、くすくす。
 笑うコトノハに、夜魅が怪訝そうな目を向けてきたけれど。
 ――だってこれって、すごく面白いですよ、きっと!


「トリック・オア・トリート♪」
 悪魔の角と伊達眼鏡、ピコピコハンマーで魔神ロノウェの仮装をしたコトノハは、工房の戸を叩いた。
「いらっしゃ、」
 ドアを開けたリンスが、コトノハを――というか、夜魅を見て言葉を切った。
 夜魅の格好は、クロエの仮装。
 白と水色を基調としたアリスロリータの衣装。大きく目立つ、赤いチェックのリボン。
「どう? 似てる?」
 夜魅が悪戯っぽく笑って見せた。
「うん。かなり」
 驚いたな、とリンスが感嘆の声を上げたので、コトノハはおかしくなって笑ってしまった。
「何」
「予想以上に驚いてくれたので! トリック成功ですね♪」
「してやられたよ」
 それでも楽しそうにしてくれているから、やった者勝ちといったところか。


 夜魅とクロエが、二人並んでパンプキンパイを食べている。
「後ろから見ると、羽がある分一目瞭然だね」
「ですね」
 リンスと二人、工房の飾り付けをしながらコトノハは夜魅たちを見た。
 本当の姉妹のように、並んで笑っている二人。
 ――姉妹、か。
 実の姉は、今、夜魅のことをどう思っているのだろう。
 なんとも、思っていないのだろうか。
「リナファ」
「え?」
「飴あげる」
「は、……え?」
「ハロウィンだからね」
「……はい」
 手の中に置かれた、小さな可愛らしいキャンディ。
 これはリンスなりに励まそうとしてくれているのかもしれない。
 そう思うと、少しだけ心が軽くなった。ジャック・オー・ランタンを飾る作業に戻る。
 ハロウィンは、お盆と同じく死者の霊が家族を訪ねてくるらしい。
 ――だとしたら……逢えなかった、夜魅のお母さんにも……。
 逢えるのでは、ないか。
 薄い希望だけれど。
 叶えばいいのに、と願ってやまない。
 だからコトノハはジャック・オー・ランタンに火を灯す。
 死者の魂が、迷わないように。
 ここまで来てくれるように。
 魂といえば、クロエも魂だけの存在。
 いつかクロエが輪廻の輪に組み込まれるとき、生まれ行く先はどこだろう。
「やっぱり、リンスの子供として産まれてくるのかしら」
「は?」
「クロエが転生するとき、のことです」
 言葉に、リンスが一度瞬いた。それから小さく、本当に小さく、寂しそうに笑い、
「そうだといいね」
 と答えた。
「親ばかかな」
「いいえ。親って、そういうものですよ。
 ……さて。しんみりするのはここまで」
「?」
「どうしてハロウィンなのに仮装のひとつもしていないの! さあ衣装を持ってきたので着て見せてください」
 びらり、取り出したのは黄色を基調とした魔法少女のコスチューム。
「嫌だよ、それ着たら頭かじられそうだし」
「そんなことないですよ」
「いや、本能的拒絶が。そもそもそれ女装じゃん。俺男だからね」
 断固拒否、という姿勢を取るので諦めた。
「いつか着てもらいますから。そしてティロ・フィナーレと決めセリフを」
「いやいや。いつになっても着ないからね」
「諦めませんよ」
「諦めていいよ」


*...***...*


 数ヶ月前、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)はお婿さんになった。
 正確にいえばお嫁さんなのだが、そこは彼女の主張を通すとして。
 伴侶を持つ身とならば、家事、特に料理は毎日するべきもので。
「だから、もう前みたいに残念な料理なんて言われないのですよ♪」
「そう。上達したんだ、すごいね」
「えへへ。師匠に褒めてもらえると嬉しいのですよ。……というわけでリンス師匠! いざ尋常に勝負なのです!」
「話が繋がってなくない?」
「なくなくないのです。さあどうぞ!」
 ずいっ、と差し出したのは、昨日一人で作り上げたパンプキンパイだ。
「かなりの自信作なのですよ!」
「それは楽しみだ」
 受け取ったリンスが、箱からパイを出す。
「……っ」
 そして、息を飲んだ。
 ――ふふふ。あまりのすごさに声も出ないのですね……!
 失敗を繰り返してもへこたれず、紆余曲折の末に出来た完璧だと自負するまでの作品であるパイだから。


 オルフェリアはそう思ったのだが、実際は違う。
 箱から出てきたのは、およそパイとは思えないものだった。
 まず、何かこう見た目からして違う。パイとは小麦粉とバターなどから作ったさくさくとした生地のはずなのだが、オルフェリアの出したものは何かが違う。
 さくさくしていなさそうだし、はっきりって丸焦げだし。
 匂いがまだまともなのが、救いなのか、それとも希望を残しているだけ非道なのか。
 どうしたものか。
 リンスは無言でパイを見る。クロエがちらちらとこちらを伺っているのがわかる。ああしかし応えられない。ので、目を合わすこともできず。
「……クインレイナー」
「はいですよ」
「……自信作、なんだよね」
「なのです! ささ、どうぞ!」
 とまで言われて、食べないわけにはいかないじゃないか。
「……クロエ、お皿とフォーク」
「う、うん」
 頼むと、クロエは下手な反応をせずに取りに行ってくれた。本当に聡くて助かる。
「オルフェも手伝うですよー。紅茶淹れますかっ?」
 その後ろを、オルフェリアがついていった。
「大丈夫ですよー」
 と、のんきな声がかけられた。声の主は、ルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)だ。
「材料は私が用意したものですし、食べられる物にはなっているはずです♪」
「そうであることを願うよ」
 もしも、食べて倒れたり、なんてことになったら様々な意味で大波乱である。
「でもすごい見た目」
「ですよねぇ。同じ材料で作ったはずなんですけれどー……」
 リンスは、ルクレーシャが持ってきたパイを見る。
 格子状のパイ生地で閉じられたそれは、つややかで、香りも甘くなんとも美味しそうである。まさにこれぞパイ。
「どうしてこうなったのかな」
「オルフェはオルフェの好きなように作らせましたので……何かアレンジを加えたんですねー」
「試行錯誤は大事なことだよね」
 だけど料理はレシピ通りに作ってほしかったなあ、と思わざるを得ない。特に初心者のうちは。
「お待たせなのですよー!」
 そうこうしているうちに、オルフェリアが戻ってきた。お皿とフォーク、温かな紅茶を携えて。
 ささどうぞ。勧められては後に引けず。
 意を決して食べようとしたところで、
「無理しなくていいよ」
 ぴしゃりと切って捨てられた。視線をやると、椅子の上に体育座りをした格好のアンネ・アンネ ジャンク(あんねあんね・じゃんく)がリンスを見ていた。
「ジャ、ジャンク君! 無理ってどういうことですかー!」
「や、明らかに食べ物の色じゃないじゃない、それ。人様に勧めない方がいいよ」
「そ、そんなことありません。ちゃんと食べられますー!」
「とにかく、食べないほうが身のためだと思うよ。こっちの方が美味しいし安全」
 そう言って、ジャンクはルクレーシャが作ってきたパイを食べる。
「クインレイナー」
「……はいです」
「ごめん」
「……うわあぁぁん! また負けたのですー!」
 机に突っ伏してしまったオルフェリアの頭をぽんぽんと撫でてから、リンスはジャンクに向き合った。
「ありがと」
「何が?」
「止めてくれなかったら、行くしかなかったから」
「僕だってあの子に死人を出してほしくないし」
 そこまで言わせるものなのか。却って気になる。が、いらぬ好奇心は命取りだと思い、ちらりと浮かんだ考えは消した。
 気を取り直して、ルクレーシャの焼いてきてくれたパイを食べる。フォークを刺すと、さくりと軽い音がした。見た目どおりに味も良い。
「ね、ねぇ」
 不意に、声をかけられた。ジャンクからだ。何、と視線だけ向けると、言いづらそうにジャンクは口をはくはくと動かす。
「?」
「僕は、機晶姫として足りない部分が……欠けてる部分があると思う?」
 人形師のあんたなら、わかると思って。
 ジャンクはそう続けて、パイを食む。
 さてどうだろう。リンスはジャンクの顔を見た。
「一見するとないように思えるけどね」
「そ、そう?」
「でも、そうやって訊いてくるってことは何か引っ掛かりがあるんでしょ。強いて言えばそこじゃない?」
「……やっぱり、欠けてる?」
「うん。自信とか」
「……そんなの、機晶姫に必要なのかな」
「俺は人形も機晶姫も人間も、たいした差はないと思ってるから」
 そもそも何が違うというのか。
 命があって、動く身体があって、考える頭があって、それのどこが違う?
「僕、ジャンクって名前じゃない」
「うん」
「ジャンクって、『欠陥品』って意味でしょ」
「そうだね」
 それが、気に入らなくて、と彼は続けた。
「機晶姫としてどこが欠陥なのか、人形師のあんたなら教えてくれるかなって、ていうか僕は欠陥品なのかなって、……あー」
「大丈夫?」
「だめ。考えがまとまらなくなってきた」
 ふてくされたような顔で、ジャンクがパイを平らげた。
「俺は君と会うのは今日が初めてだからわからないけどさ。そうやって悩んだりできるって、ちゃんと心があるってことだよ」
「どういう意味?」
「心があるなら変われる」
「…………」
「欠陥品が嫌なら、変えてみせればいい」
 ね、と同意を求めてみると、ジャンクはかすかに頷いた。
 あの言葉で、彼の心が少しは楽になればいいけれど。