First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
「何で女の子は買い物をするのが好きなんだろう?」
とあるブティックの店内で、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)がポツリと呟く。
忍の脇には、買い物を楽しんだ結果ともいうべき大量の荷物がドッサリと鎮座している。
「信長さん、これなんてどう?」
「おお! この紅蓮の炎の如き赤いドレス!! まさに私とイタリアの魂を具現化しておるな!! だが、覇王である私にはこの黒いドレスも捨てがたい……」
忍の目の前では、織田 信長(おだ・のぶなが)と東峰院 香奈(とうほういん・かな)が次々と店内の衣服や小物を見て歓声をあげている。
「10万Gもするのか……」
ドレスを手に試着室へ入っていく信長と香奈。その手に持たれたドレスの値札を見た忍が、余りの値段の高さに声を失う。
とはいえ、忍がこの修学旅行を楽しんでいないのか?と言われれば、そうではない。
朝から忍達は遺跡見学や食事をしてローマを満喫していた。遺跡見学として訪れたパンテオン神殿やサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会等、外観はシンプルなのに内部は鳥肌ものの荘厳さを持つ場所は、驚きと感動の連続であった。
しかしながら、ショッピングに行動を移した今の香奈と信長のテンションは明らかにその時とギアが違う。忍はそんな二人に気押されていたのだ。
「荷物持ちだけっていうのも何だし……俺も何か買うかな?」
忍が高価そうなジャケットを手に取ると、すかさず店員に試着を薦められ、羽織ってみる。
「身長があるのでお似合いですよ?」
そうイタリア語で話された気がした忍は、鏡を前に立ってみる。
職人の仕立てか、それとも生地がいいのか、ピタリと肩幅であった黒いジャケットは、確かに忍が所持しているどの服よりもかっこ良く見えた。
ジャケットは肩幅と胸と着丈と袖丈の四点が合致した時こそ至高の輝きを放つ衣服である。特に、肩と胸が合っているかが最重要であると言われている。
「ねえ、しーちゃん。この服どうかな?」
忍が振り向くと、両肩と胸元が大胆に開いた黒いロングドレスを着た香奈がいた。
「……」
「似合ってないかな?」
「え……あぁ、似合ってるよ、凄く。別人みたいだ」
暫し忍が言葉を失う程、いつもの香奈と様相が違っていた。
香奈の黒のドレスには黒い蝶の装飾が縫いつけてあり、普段の優しい香奈のイメージとは異なる妖艶さが前面に出ていた。
忍に褒められた香奈は、笑顔を浮かべる。
「ありがとう! 信長さんに言われて着てみたけど、私黒い服ってあまり着ないんだよね……あ!」
香奈がジャケットを羽織っている忍に気付く。
「しーちゃん! かっこいい!!」
「そ……そうか?」
「うん! 似合ってる!!」
香奈の言葉に少し照れる忍。
「では、忍よ、この服はどうじゃ? 私に似合っておるか?」
香奈の隣の試着室のカーテンが開き、信長が現れる。
信長が着用しているのは、炎が舞い上がる様な少しミニなドレス。イメージとしては彼女のヒロイックアサルト時の容姿に近く、そこからスラリと伸びた信長の足が眩しく。あとは赤いヒール等を履けば完璧であろう。
「香奈も信長も凄く可愛いから、何を着ても似合ってるよ」
「本当に信長さん、綺麗!!」
「ふむ……」
信長は顎に手を当てて、香奈と忍を見比べた後、ニヤリと口の端を悪戯っぽく吊り上げる。
「では、私と香奈のどちらが綺麗じゃ? 忍よ?」
「……え?」
忍が目の前に立つ赤と黒のドレスの女性達を前にたじろぐ。
「ど、どっちも綺麗だよ! うん……香奈も信長も凄く可愛いから……」
信長がチッチッチッと指を左右に振る。
「忍もそんなジャケットを着てキメておるんじゃ。どちらをエスコートしたいか?という問題じゃよ」
信長の言葉に香奈は少し恥ずかしそうに俯く。
「(……こ、これは逃げられない展開……なのか?)」
考えこむ忍がチラリと香奈に助けを求めようとするが、香奈はそんな忍の困惑ぶりを読んだのか、偶然にも二人の目と目が合う。
「(しーちゃん……)」
「(香奈……)」
信長はそんな忍と香奈を見て満足そうな笑みを浮かべている。彼女には忍が選ぶべき答えなど既にお見通しであった。
「さぁ、どちらじゃ?」
意を決した忍が、信長に促されるまま口を開こうとした時、バンッと店の扉が開き、エイミル・アルニス(えいみる・あるにす)とハングドクロイツ・クレイモア(はんぐどくろいつ・くれいもあ)が飛び込んでくる。
「うわぁ! このお店、素敵な服がいっぱいあるなあ。よおし……ハングドクロイツ、どっちが似合う服を持ってくるか、競争だよっ!!」
「競争でございますか? よろしいですよ」
小柄な少女と長身の男は、そう言うなり店内の反対方向へと向かい、品物を吟味し始める。
忍達が突如として現れたエイミルとハングドクロイツに呆気に取られていると、教導団軍服を着たライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)がエイミル達から少し遅れて入店してくる。
「済まないな。あんた達が先客なのに」
目つきが悪いライオルドが、真面目にパートナー達の非を詫びる。
「そっちもショッピングに?」
「同じだな」
忍に尋ねられたライオルドが、店内に置かれた忍達の買い物袋を横目で見て苦笑する。忍程では無いもののライオルドの手にもしっかりと荷物が持たれている。
「荷物持ちか……」
「俺はこのローマの街で、のんびり二人の引率を務めているんだ。とはいえ二人の方が年上なんだか、好奇心は見た通り旺盛だからな……」
「ああ、成る程」
「特に服を買いたいって言うんで付き合っているんだけど……。いったい何買おうとしてるのか……」
「そうか……え? 年上?」
忍が聞き返そうとすると、エイミルが黒の男物のロングコートを持って走ってくる。
「これこれ! これからの時期コートとかいいんじゃないかな」
仕立ての良い黒いコートを得意げに見せるエイミル。
「……それ、男物だろう?」
忍が首を傾げる。
「教導団の制服の上からでも着れそうだな」
「だよね! 女物も捨てがたいけど……」
「……ん?」
「え、なんでもないよなんでも」
エイミルがアハハと笑って誤魔化す。
「そうですね。折角の外見なのですから、いっそきちんと女物をお召しになってはいかがです?」
そう言ってハングドクロイツが持って着たのは、黒のドレスである。
「ハングドクロイツ!?」
エイミルが驚きの声をあげる中、ライオルドを前にハングドクロイツが、ドレスを片手に講釈をする
「まさかミニスカートなど履けとは申しませんから、ご安心ください。このドレスなどいかがです?」
「それ、完全に女物じゃない!?」
折角の旅行だから、ローマの町並みをライオルドと一緒に楽しみたいと思っていたエイミルにとって、ハングドクロイツはすごくお邪魔だった。「だけど、旅先だから気にしないでいてあげる」と思っていたエイミルの決心がここに来て、やや鈍り始めていた。
「ええ、ですが下をパンツにすればどちらとも取れるデザインもございますよ」
「コンバーチブルというものか?」
「左様でございます。アンドロギュヌス(両性具有)対応です」
「そういう手もあるのか……」
ハングドクロイツ流のジョークだったが、ライオルドには上手く伝わらなかったらしい。
「では、俺がこれを着てみるから、どちらが似合っているか、それで決めよう」
ライオルドはエイミルとハングドクロイツから受け取った二着の服を持ち、試着室へと消えて行く。
そんなライオルド達の様子を見ていた忍の腕がツツカれる。
「うん?」
「しーちゃん、お待たせ! 着替え終わったよ!」
普段の服装に戻った香奈がニッコリと笑う。
「……あれ? 信長は?」
「何か一人で観に行きたい所があるから先に行く、荷物はしーちゃんにお任せ、だって」
忍が店の端に置いた買い物袋を見ると、先程信長が着ていた赤いドレスの入った袋が増えている。
「あれが10万Gか……」
ずっと試着で着ていたジャケットを棚に戻しつつ、溜息をつく忍。
「じゃあ俺達二人か……香奈、ゆっくり観光でもしようか?」
「うん!」
忍の提案に香奈が笑顔で頷く。
香奈は「忍と二人きりになれたらいいな〜」とずっと思っていた。だから信長が二人に気を利かせてくれた事に感謝していたのだ。
「(信長さん、ありがとう)」と心の中でお礼を言う香奈。
「それで、どこへ行こうか?」
「しーちゃん、私、信長さんに教えて貰った、行ってみたいところがあるの。いい?」
「いいよ、どこ?」
「サンタ・マリア・イン・コスメディン聖堂!」
「いいよ。行こう!」
ライオルドが黒いロングコートを羽織って試着室から出てくる。
「ライオルド! すっごく似合ってるよ!」
エイミルが黒いロングコートを着たライオルドを褒めちぎる。
「そうだな……丈や肩幅もぴったりだ」
鏡に映った姿を見たライオルドも納得の顔を見せる。
「しかし、黒色のコートが似合わぬ人間等なかなか居ないでしょう」
ライオルドを見ていたハングドクロイツがニヒルな笑みをエイミルに向ける。
「う……で、でもこのコートの素材や仕立て具合、いいじゃない!」
「まぁまぁ……では、私のドレスも試着なさって下さい」
ハングドクロイツに促され、ライオルドが試着室に消えていく。
暫し後……。
「ハングドクロイツ? これ、下のパンツを履くのか?」
試着室からライオルドの声が聞こえると、ハングドクロイツは有無を言わさず即答した。
「いいえ。まずはスカート姿でお願い致します」
エイミルが眉を顰めて薄っらと笑みを浮かべたハングドクロイツを見やる。
「……わかった」
エイミルが口パクで抗議する中、黒のドレス姿のライオルドが試着室から出てくる。
「……ちょっと丈が短い気がする」
ライオルドが女性ではあまり居ない高身長ゆえか、全体的にタイトでショートな様相になっている。
「……これはこれでいいわね」
エイミルが自身の敗北を認める。
「短い丈故に。パンツを履けばより足長に見えるのでございます」
ハングドクロイツがセットアップのような黒のパンツを持ってくる。
「ライオルドの身長でしたら、裾直し無しでも着れるでしょう」
「そうね。悔しいけど、一張羅として着るならコートよりこちらね」
エイミルとハングドクロイツの勝負はこうして終わりを告げた。
ただ、着せ替え人形となっていたライオルドは、「これ、女性物だからボタンの位置が……」と、不満を少し漏らす。
しかし、エイミルとハングドクロイツは、既にライオルドのための次のグッズを求めて店内を物色中であった。
未だ続くエイミルとハングドクロイツの衣服バトルに巻き込まれているライオルドに挨拶をして店から出ていく忍と香奈。
「その、サンタ・マリア何とかって所、何かあるの?」
忍が聞くと、香奈がニコリと笑う。
「聖堂にね、真実の口があるんだよ」
「真実の口?」
「手を口に入れると、嘘ついてる人はその手首を切り落とされる、或いは手が抜けなくなるという伝説があるの」
「……へぇ」
先ほどの二択をはぐらかした忍にも信長の魂胆がやや見えた気がしたが、香奈と二人で行くなら悪い場所ではないだろうと考え直し、ローマの街を歩いていくのであった。
いつもと違う街並みの中でも、いつもと同じ香奈の可愛い足音が、両手に持った大量の荷物をほんの少し軽くしてくれる。そんな気がした忍であった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last