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リアクション
「ローマだ!」
弾む声をあげたのは、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)である。
「ユッチーったら、はしゃいじゃって……子供ねぇ」
想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が、ビデオカメラやデジカメを駆使して観光を満喫する夢悠に、ヤレヤレといった視線を送る。
「だって、シャンバラを別にすればオレにとって初めての海外旅行だ! 感激だよ!」
二人は現在、かつてカラカラ帝が建造したというカラカラ浴場の遺跡を訪れていた。カラカラ浴場は観光地としても有名な他に、オペラやコンサート等の現代のイベントの開催地の1つとしても有名であった。
「ね、雅羅さんもそう思うよね?」
夢悠が道の移動式売店に飲み物を買いに行った雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)に話かける。
「……」
「雅羅さん?」
夢悠が雅羅の元へ向かうと、彼女はイタリア語で書かれた新聞を手に取っていた。
「この国も……経済が破綻しかかっているのね……私のせい?」
雅羅が読む新聞には、言葉がわからずとも、政府を批判していると思われる写真や文章が紙面を賑わせていた。
「あぁっ!? 違うよ! それはこのイタリアって国が非常に楽観的だからだよ!」
慌てて夢悠がフォローする。
恰幅の良い店主が深刻そうに新聞を読んでいた雅羅に釣り銭を渡しつつ苦笑する。
「お嬢さん。最近、物騒な事件が起こってるんだ。気をつけな?」
「え? 何て言ったのかしら? 夢悠、わかる?」
「オレ、イタリア語なんてわからないよ」
顔を見合わせる二人に、瑠兎子が声をかける。
「ホラホラ、ユッチー、雅羅ちゃん? 他にも一杯観光するんでしょ? 日が暮れちゃうわよ?」
「わかってるよ。お姉ちゃん! 雅羅さん、行こう?」
「え、えぇ……あれ? 私のバッグが……」
新聞を読む間、肩からかけていたショルダーバッグを地面に下ろしていた雅羅が、消えたバッグに右往左往する。
「あ! 置き引きだ!!」
夢悠が叫ぶやいなや、早足で立ち去っていく男の姿を見つけて走りだす。
「待てぇぇーーッ!!」
走る夢悠に瑠兎子が「頑張れ、ユッチー!」と呑気な声をあげる。
「(お姉ちゃん! 雅羅さんの周りは危険が一杯だからちゃんと見張ろうって言ったのに!?)」
夢悠は必死に走るも、荷物やビデオカメラ、デジカメを持ったままなので、思った以上に速度が出ない。
雅羅の鞄を持って逃走する男が、街中の角を走っていき……吹っ飛ばされる。
「あれ!?」
「楽しく皆で修学旅行を過ごしたいって思ってるのに、置き引き事件なんて迷惑以外何者でもないわね? 夢悠?」
街角からそう言って、現れたのは白波 理沙(しらなみ・りさ)であった。その手には盗まれた雅羅の鞄が持たれている。
「理沙さん? キミ達確かブティックに行くって?」
「私はチェルシーと違って、金銭的には庶民派だからね。買い物って言っても厳選して買うのよ」
「へぇ……まぁ、まずは犯人を素手でボコるか?」
そう言う夢悠を理沙が制して男を一睨みする。
「私と駆けっこしても今日中には勝てないわよ? 今回は見逃してあげるから、逃げた方がいいんじゃない?」
スポーツ万能娘の理沙は、この男の足程度ならあと百回位は勝てると見ていた。
男は理沙を暫く見た後、ペッと唾を吐いて立ち上がり、左右のポケットに両手を突っ込んで街中へ消えていく。
「逃がしていいの? 理沙さん?」
「……少し後で理由を話すわ。今、あの男に手を出したら、ちょっとマズい事になりそうなのよ」
「マズい事?」
夢悠が理沙に呟かれた意味を聞こうとしていると、そこに雅羅達が追いついてくる。
「ありがとう、理沙」
二人に追いついた雅羅が理沙に礼を言う。
「いいわよ、雅羅。それより……ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「買い物? 理沙の?」
「ううん。私のパートナー達。何か高級な服を買おうとしているの。面白そうじゃない? 夢悠達もどう?」
理沙の呼びかけに、夢悠と瑠兎子が顔を見合わす。
「どうする? ユッチー?」
「お姉ちゃん、雅羅さんの場合、普通の買い物ですら危ういよ……」
「うん……いつも観光可能なコロッセオが今日に限って、入場禁止とかになってたものね」
二人は雅羅と、コロッセオ、パンテオン、カラカラ浴場といった遺跡の他にも、トレヴィの泉やサン・ピエトロ大聖堂を回ろうと思っていた。
「(ま、寄り道も旅の醍醐味の一つかな)」と、夢悠が思い、理沙に二人は同行する事になったのであった。
「理沙に雅羅か……やはりこちらへ来たのか? ん? 他にもいるのか?」
店の入り口付近で腕組みをして佇むカイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)が、入店してきた理沙達に目をやる。
「カイル、荷物持ちご苦労様! ちょっと理由あって合流したんだ」
理沙とカイルが話している間。
「おぉぉ……こ、この店は!?」
理沙と雅羅に続いてやってきた夢悠が感嘆の声をあげる。
「お姉ちゃん、こういうお店あんまり来た事ないけど……凄いね? 雅羅ちゃん?」
「私だってないわよ……趣味じゃないし」
その店内は、ピンクと赤と白を基調……というか他の色が人肌や髪くらいじゃないか、という位の甘ったるい空間で構成されていた。
「あら、理沙さんに雅羅さんもいらっしゃったのですね」
店の中央付近でピンク色のフリル多めのドレスを着たチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が、理沙達を見て微笑む。
「チェルシー……買い過ぎじゃない?」
カイルの横には、恐らくチェルシーが購入したと思われる衣服や雑貨の荷物が山のように置かれてある。
「確かに、これ以上は俺も持てそうにないな……まぁ、持ってやるつもりだが」
ゴキリッと回したカイルの肩が鳴る。
「あ、カイルさん、ありがとうございます。でも、買うのは本当に気にいったものだけにしておきますわ♪」
「これだけ買って言う台詞じゃないでしょう? ……て、ノアの姿が見えないんだけど?」
「チェルシ〜〜〜! 見て下さい〜〜! 私似合ってますか〜〜?」
おっとりとした声と共に試着室から出てきたのは、ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)である。
「…………ノア?」
「あら? 理沙も来たの?」
理沙が目をゴシゴシと擦る。
「見間違いじゃないよね……?」
「どうしました?」
「ノアって、ダークブルーとかの暗い色の服ばっかり着てるイメージだったから……」
理沙の目の前に立つノアは、チェルシーに負けないピンクと白色のロリータファッションに身を包んでいた。
「修学旅行って初めてですから、たまにはこういう服を着てもいいでしょう?」
ノアはカイルと同じく、チェルシーの浪費のお目付け役として同行したハズであった。が、色々見ているウチに、やはりそこは結構生きているノアと言えども女の子である。
「あ、この洋服の試着してみようかしら……♪」
と、すっかり今やお買い物するイチ女子と化していたのである。
「折角の旅行だ、気になるものがあったら記念に買うのもいいだろう」
理沙を見て、カイルがそう言う。
「でも……」
「しかし、無駄使いは程々にな」
「「はーい!」」
自分の言葉に明るく返事するチェルシーとノアだが、恐らくあまり効果はないだろうと、カイルは溜息をつく。
「こうなってしまったら、後は成るように成るだけだな」
「うおお!? 10万G! た、高い!!」
チェルシーのロリータ服についた値札タグを見て、驚きの声をあげる夢悠。
「そうでしょうか? でも折角ですから」
生粋のお金持ちのお嬢様であるチェルシーと、色々壮絶な過去を抱えた夢悠の価値観の溝は深い。
「あら、向こうのお洋服も素敵ですわね……」
チェルシーが別の服を見に移動した後も考えこむ夢悠に、瑠兎子が囁く。
「ユッチー? 女の子はオシャレに命かけるものなのよ。だってそれだけで人生バラ色になる事だってあるんだし……ね、雅羅ちゃん?」
雅羅がジッと店の棚にあったドレスを見ている。
瑠兎子が見ると、これまたかなり白とピンクなロリロリなショート丈のドレスである。
「バラ色か……」
「ま、雅羅ちゃん? それはキツ……」
瑠兎子の言葉の後を理沙が続ける。
「ちょっと無理があると思うわ……その、胸に……」
しかし、二人の言葉に聞く耳持たずで雅羅が試着室に飛び込んでいく。
……暫し後。
皆が彼女の入った試着室のカーテンが開くのを固唾を呑んで見つめていると……。
カーテンが開く。
「ど、どうかしら?」
そこには、少し照れた様子の雅羅がいた。ミニスカート丈から長い足がスラッと伸び、胸元に可憐な白いフリルが沢山付いたピンク色のロリータファッションである。
「雅羅さん、可愛い!!」
「うわぁ、こういうのも似合いますね」
「悪くはないな」
「似合っているわよ、雅羅」
「似合ってる……似合ってるけど……ねぇ、ユッチー? ……ユッチー?」
夢悠の中で何かがハジけたらしい。大抵のお店はカメラでの撮影を禁止されているにも関わらず、雅羅の姿を激写しまくる夢悠。
「(うおおおぉぉぉぉ!! 萌え萌えキュン!! 横ピースでキラッ☆!! ラブ注入!! ラブリィィィ!! 最高だぁぁーーー!!)」
心の中で絶叫しながらも決して口や顔には出さない夢悠が雅羅を激写しまくる。
「そうよ! 洋服で運勢を変えられるって、前に本で読んだわ!! これで私も!!」
雅羅が希望に満ちた顔でグッと胸を張る。
―――……ブチッ!
「え? 何、この音……」
―――ブチブチブチッ……!!
雅羅の大きな胸を留めていたボタンが弾け飛んでいくのを、瑠兎子と理沙とチェルシーはただ黙って優しい目で見つめるのであった。
因みにその時、カイルは目を瞑り、夢悠は瑠兎子に両目を塞がれ、デジカメは問題の部分を削除されたそうである。
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