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リアクション
「コロッセオは大盛況みたいだけど……いいのかな、私達こんな事してて……桃花?」
「郁乃様。郷に入っては郷に従えと言います。今思うに、それは修学旅行の事を指しているのでしょうね」
「……そうなの?」
ネロと同じコロッセオの上段の貴賓席で試合を見ていたのは、芦原 郁乃(あはら・いくの)と秋月 桃花(あきづき・とうか)であった。
傍には二人に丁寧にワイン……のようなブドウジュースを注ぐ、黒服の男たちがいる。
そもそも郁乃と桃花はクレタ島へミノタウロス退治に向かったはずであった……。
「クレタ島のミノタウロス退治?」
イタリア観光中に郁乃の元に届いた連絡は、トラブルの元になっているミノタウロスを退治しようというお知らせだった。
「まぁ観光もそれなりに楽しんだし、人助けなら手伝ってもいいよね」
「郁乃様らしいご判断です。人への助力をためらうような方じゃありませんから」
桃花もあっさり郁乃に同意し、そんなわけでクレタ島に向かったはずだった……だが。
「郁乃様……ここはクレタ島じゃないのでは?」
「う〜ん、やっぱりそうかなぁ〜」
辺りを見回す桃花の声に郁乃は戸惑った返事しか返せない。なにせイタリア語は話せないし、場所の確認のしようがないのだ。
二人が訪れた島には、ミノタウロスで恐怖しているはずの島民も、迷宮も見当たらない。
しばらく歩き回っていると、港の倉庫に怪しげな黒スーツの集団が集まっているのが見える。
「あれじゃない?見るからに怪しそうな感じだし」
郁乃が嬉々とした声をあげ、走りだす。
「い、郁乃様! 確認もなく行かれるのはきk……」
桃花の忠告もそこそこに集団の中に飛び込む郁乃。
「やい、そこの怪しいものども! ミノタウロスともども退治するっ!!」
いきなり現れたボブカットの小柄な少女を見て、黒スーツの男達がイタリア語で何か会話する。
「(チ、取引を感づかれたか?)」
「(落ち着け。まだ子供じゃないか? フレドのヤツにまた『素材』として届けてもいいんじゃないか?)」
「(いいや。こんなチンチクリンは商品にならねぇぜ。それより、後ろの青髪の女の方がまだマシじゃないか? 胸も大きいし……)」
「(じゃあ、蜂の巣だな)」
例えイタリア語は分からなくても、郁乃には何となくニュアンスが伝わったようだ。
「……ちょっと? 私の事今バカにし……!?」
こちらを向いた黒スーツの男達は、マシンガンの銃口を向けてくる。
―――ババババババッ!!
「郁乃様!!こちらに!!」
「桃花!?」
近くに止めてあった車の影に隠れていた桃花が郁乃を呼び、郁乃は飛び交う銃弾をかいくぐり、桃花の元へ飛び込む。
「ハァ……ハァ……やっぱり怪しかったわね」
「い、郁乃様……桃花はこういう風景をテレビで見たことあります……」
「き、奇遇だね わたしも見た記憶があるよ たしかゴッドンファーザーだったよね」
「はい、ですからここは……」
ゴクリと喉を鳴らした郁乃に、桃花が島の本当の名前を告げる。
「シチリア島ということになりますね」
「うん、でもそんなにのんびり話してる場合でもなさそうな……」
「そうですね…どうやら大事なお取引を邪魔したようですから……」
その言葉に郁乃が男たちの奥に視線を移すと、黒い布を掛けられた怪しげなブツがある。
「こうなりゃやけだ、こっちも悪者退治にゃ変わらないよね」
「はい、マフィアは悪者というのが基本ですね」
「じゃ……やっちまおう!」
かくして、郁乃と桃花は成り行きからマフィアとのバトルへと話は移っていくのだった……。
―――中略。
クイーン・ヴァンガードである郁乃とパラディンである桃花は、優勢に戦いを進めていた。
「(ハアハア)……ど、どうして……(ゼイゼイ)……こうんなことに……なっちゃったんだろね……」
また一旦物陰に身を隠しハァハァと息を整える郁乃が桃花に尋ねる。既に半分程は気絶させて片付けたのだが、応援を呼ばれたために状況は悪化しつつあった。
「(ハアハア)……そ、それは、相手を……(フウフウ)……間違えたからじゃ……ないかと思います」
今はマフィアと戦闘状態になっているものの、桃花は「これもまた郁乃様らしいといえるのでは……」と思っていた。
「ど、どうやって……終わらそう?」
「こうなってしまっては、徹底的に叩いて報復する気がなくなるまで戦うしかありませんね。本当に郁乃様と一緒にいると、いろいろあって飽きることがありませんね……ハァ」
「そうだね。やるっきゃないか……」
その時、一台の黒塗りの車がやって来て停車する。
「ん?」
見ると、衣服やアクセサリーに下品なほどの宝石をつけた、中年のよく肥えた男が現れる。
「フォフォフォ……随分やってくれたようですねぇ」
「あれ? あの人の言葉はイタリア語じゃない?」
「はい、そのようです、郁乃様」
男は、男達にマシンガンを下げさせて、二人に近づく。
「そこのお二人。私は美術商のフレドと言います。彼らには撃たせませんので、姿を見せなさい」
フレドの声に郁乃と桃花は顔を見合わせる。
「ど、どうしよう?」
「郁乃様。あの男はマフィアではないようです」
「……信じてみようか? ここにいてもこっちがジリ貧になるだけだし……」
郁乃と桃花が物陰から現れると、フレドは満面の笑みで二人を出迎える。
「フォフォフォ。貴方達はなかなかお強いですねぇ。彼らはその辺りのチンピラではなく、本物のマフィアなのに」
「おじさん、誰?」
「美術商のフレドと申します。いえ、そのお強さを見込んでお願いがあるのです」
「お願い?」
「ええ。私の大事な大事な商品。この石像達をローマのコロッセオにまで届けて欲しいのです」
フレドが怪しげなブツから黒い布をとると、その下から少女の石像が現れる。
「石像……そう言えばギリシャで、何かあった気が……」
桃花の呟きに、フレドはオーバーリアクションで頭を抱える。
「おお! その通りです。ギリシャで石像が暴れるという事件があり、私の商売もあがったりなのです! 私の石像も暴れるのではないか? と変な疑いを持たれて……」
「暴れないの?」
「当たり前です。私がちゃんと魔法……ゲホンゲホンッ。いえ、キチンと買い付けたのですから」
「ふーん。本当に生きてるみたいだね。洋服の皺まで再現されてるし」
郁乃が石像の少女を観察するのを見ていた桃花がフレドに向き直る。
「それで……その噂消し及び妨害されないために、フレド様はマフィアを雇ってローマへ運ぼうとしていた、という事でよろしいでしょうか?」
「理解が早くて助かります。何せ、ローマではさる高貴なお方が開催する祭りがあり、それの副賞として納品しなければならないのです」
「……」
「勿論、お礼は致します。お金と、コロッセオでの祭りの鑑賞というのでいかがでしょうか?」
「……どうする、桃花?」
「郁乃様。マフィアの活動資金の大本は非合法な活動です。私達が石像の護衛を行う事で、マフィアは資金の収入が減るでしょう。それはマフィアの壊滅への第一歩になります」
「そうだね。うん! フレドさん、私達に任せておいてよ!!」
「おおー! 感謝します!!」
フレドは郁乃と握手し、何度もその手をブンブンと振る。
× × ×
「……でもまぁ、豪華な席でのんびり試合観戦もいいよね!」
「はい、郁乃様。ですが、現在戦っている剣闘士達が先ほど郁乃様がお手洗いに行かれた時、妙な事を言って……」
「わぁ! 桃花! 見て! みんな必死に戦ってるよ!」
郁乃がキャイキャイと騒ぐので、桃花も黙って試合観戦をする事に決めた。
「(実際、死ぬことはないので、大丈夫でしょうが……あのフレドという男。どうも匂いますね……)」
先ほどから姿を見せないフレドを疑問視しながら、桃花は闘技場の試合に目をやる。
……と。
「あ、貴方達!!」
血相を変えて駆け込んできたのはフレドである。
「どうしたの、フレドさん?」
「わ、私の大事な商品を狙う賊が来たのです! 助けて下さい!!」
郁乃と桃花は、顔を見合わせ、貴賓室から出ていく。