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リアクション
●ローリングスノボ顛末記
少し時間を巻き戻す。
正悟が退場する様を佐野 和輝(さの・かずき)は見守っていた。
「手を貸そうか?」
とエミリアに申し出たが、
「大丈夫です。慣れてますから」
本当に『慣れ』ている雰囲気でエミリアは丁重に辞退し、正悟を担いで元来た道を戻っていった。
「なら俺も行くとするか……アニスとスノーも待ってるだろうし」
和輝の姿が、獲物に襲いかかる豹のように急傾斜に舞った。
そのまま疾走した。
雪を猛然、波のように弾きながら滑り降りる。
彼が駆るのはスキーではない。スノーボードだ。銀色のボードで難所に挑んだ。ごうごうと風が耳を聾し、視界はたちまち速度に歪む。高揚感。けれどそれは、空を駆けてるときに感じるのとはまた違う。ナイフのような鋭い風が吹きつけてくるが、それをかき分けて進むのも心地良かった。
際どいところで岩の突起を避けた。
クレバスを瞬時に飛び越えた。
銀色の谷間にひそむ黒い穴が、すっと足元から遠ざかっていく。
そして和輝とそのスノボは、彼のパートナー二人の前に着地し急停止したのだった。
「見てたよ〜♪ あんな危なそうな斜面をすいすい進んでいくんだもん、カッコイイ〜♪」
「いいんじゃない? まあ、これだったら指導を頼めるレベルかしらね」
アニス・パラス(あにす・ぱらす)とスノー・クライム(すのー・くらいむ)はそれぞれ称賛の言葉を口にする。とくにスノーは、「いいんじゃない?」などと気のない様子を取りながら、その実、和輝の美技に見とれており、彼が着地するまでずっと、まばたきすら忘れて魂を奪われていた。言い換えれば、スノーは和輝に惚れ直していたわけだが、もちろん恥ずかしいのでそんなことは秘密にしておく。
そんなスノーの気持ちを知ってか知らずか、やってみるか、と和輝は二人に告げた。
「さっきのレベルまでボードを乗りこなすには練習が必要だが、そこそこ乗れるレベルならすぐに到達できるだろう」
スノーはもちろんのこと、アニスもスノボはまったくの初めてだという。二人して、旧年中に買ったばかりの新品のボードを手にしている。
「アニス、スノボとか初めてだから楽しみ〜♪」
しっかりとアニスは、金具でボードを足に固定していた。
「あ、足が固定されるのは少し怖いわね……」
初めてコルセットをはめる貴婦人のように緊張しながら、スノーもボードを固定した。
だがその初々しさもわずかな時間だった。
「でも慣れると、意外と……簡単、かもしれない?」
緩やかな斜面だが、スノーはそれなりに様になった滑走ができるようになっており、
「おお〜? 箒に乗ってるときとバランスの取り方が似てる?」と早くもコツを掴んだアニスは、体重移動で巧みに、くねくねと蛇行して見せた。
「そうそう、そんな感じだ。二人とも上手いじゃないか」
好天が味方した。いくらか眩しいものの気分は高揚する。二人の上達の理由は、和輝による熱心な指導のおかげだ。小一時間もする頃にはすっかり良くなった。
上手くなればそれだけ楽しさも増すものだ。アニスもスノーも、もう少し上級コースへの移動を希望した。その意を汲み、和輝は二人を連れていくらか傾斜の急な場所に移動したのである。
「無理せず危ないと感じたら、わざと転んだりして怪我をしないようにな」
と声をかける彼だが、アニスはそんな言葉は聞くそばから忘れている。
「にゃはは〜、エアトリック〜♪」
などど、ふわふわ気分を使用した反則技を使用して、常識外れの高度を取った。無重力空間のように空を踊り笑い転げている。
「ちょっ、アニス!? それは危ないから!!」
つんのめりそうになりながら和輝は止めんとしたが、
「って、ちょっと速度が!?」
頭上でそんな声を聞いて振り返った。
スノーであった。
猛速度でこっちに迫ってくるではないか。
止め方が判らないのかスノーは加速に次ぐ加速を得つつ、放たれたばかりの砲弾のように急迫してくる。
「スノー!! 落ち着け、慌てると―――」
その声が届いたのか届いてないのか、
「こ、こういうときは無理せず転んで止まるのがイイのよね!? え、え〜い!!」
なぜかスノーは、和輝がいるようへ転がり始めた。砲弾状態から転がる爆弾へ。危険きわまりない。
「ってきゃああああっ!?」
「うおあっ!?」
ボーリングで言えばストライクといった感じ。
すなわち、二人は激突して斜面を滑り落ちていった。
「あれ、なんか楽しそ〜♪」
にゃは〜っと声上げて、それをアニスが追いかけていく。
転がりましておめでとう……?
何はともあれ今年もよろしく、である。
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