校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●教導団の閲兵式(本編一) 首のホックが閉じていることを確認、左右の肩飾りにも埃一つ付いてないことをしっかり調べておく。クリーニングしたてのスカートも新品同様だ。 「さて、行きますか」 全身鏡をのぞき込んで軽く笑顔になり、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は振り向いた。 「……セレン、本当に閲兵式に出るんだ……しかもまあ、なんともキメキメで」 まだ信じられない、とでも言いたげに、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は言う。 「な、何よ? あたし、これでも国軍の軍人よ!?」 とセレンは言ったものの、セレアナはあいかわらず、珍獣を見るような目をしているのであった。 セレンとセレアナ、二人の2022年は、教導団本校での当直勤務で明けた。したがって今年は、あまり正月らしい気分ではなかったりする。せっかく学校にいるわけだし、というわけでもなかろうが、セレンは参加を決め、一旦帰宅して着替えたのだった。 それにしても、セレンフィリティは真剣そのものだ。きちんと上等の制服に身を包んで髪も結わえて整えている。セレアナは当直で着ていた制服そのままで行くつもりだから、対称的といっていい。 「でも……」 恋人の晴れ姿をしげしげ眺めて、セレアナは艶然と微笑んだ。 「真面目なセレン、ってのもいいじゃない。格好いいよ」 そう告げて、横合いから噛み付くようにキスをする。これに応じて、 「あ……口紅ついてないかな? 壇上に上がって今年の抱負を述べないといけないんだから」 「大丈夫よ。ルージュしてないから。ほら、私も軍属だし」 ところで、とセレアナは問うた。 「どんな抱負を述べるつもりなの? 予行演習してみて」 「え? ここで」 「トチったら恥ずかしいでしょ? ほら、さっさとする!」 「え、えー……では……」 やや照れながらも、直立して話し始めるとセレンフィリティは真剣な表情に復していた。 「私は国軍の軍人として」 「私は国軍の軍人として」 壇上、起立してセレンフィリティは淀みなく宣誓している。 「……また、一個人として、愛する者を守り、またこの大陸に住む者すべての想いと絆を護るための盾となり、剣となることを誓います」 一言、一言に熱が籠もり、それが力強い声として結実していた。 セレンの言う護るべき「愛する者」とは、もちろん第一には恋人のセレンのことだが、それと同等に、辛い思い出しかない地球を捨てた自分を受け入れてくれたパラミタと教導団、それにここで出会った人々と、これから出会うかもしれない人々を指していた。 直視するのが辛い過去というのは誰にでもある。 セレンフィリティにとってはひとしおだ。彼女の過去は地獄さながらだった。 貧しい家で育った彼女は、まだ物心つくかつかぬかのうちにマフィア……しかも売春を主とする組織に売り飛ばされ、競売にかけられて十六歳まで悲惨な日々を過ごした。その時期の詳細は書くまい。ただ、彼女の心に靱さがなければ、とうに人間ではなくなっていたほどのものだったとだけ言うにとどめる。 半死半生になりながらその境遇から脱走し、地球を捨ててセレンはパラミタに入った。だから、自分を受け入れてくれたこの地と教導団には強い愛着があった。国軍の軍人という過酷な道を歩むという決定も、彼女にとっては当然のものだったろう。 「その誓いを忘れるな」 静かに聞き終えて、金 鋭峰(じん・るいふぉん)団長はセレンに述べた。 「君が誓いを忘れたとき、君を裁くのは団でも私でもなく、自身の今の言葉だ」 「ありがとうございますッ!」 普段のアチャラカな彼女の姿はない。彼女は今、『壊し屋セレン』ではなく軍人セレンフィリティであった。 セレアナは、胸を打たれてしばし黙考した。 (「まるで別人ね……その言葉、あなたの過去が背景にあるのよね? セレン?」) 恋人として、セレンフィリティの過去については一通り知っているセレアナである。だがセレアナは、セレンは悲惨な時代のことを忘れ去ったと思っていた。 違うのだ。 彼女にとって辛すぎる過去もまた、彼女自身を形作っている重要な要素なのだ。 (「誤解してたようね。セレン、あなたが軍人なんておよそ向かない仕事に就いた理由、その場のノリか成り行きと思ってたわ。ごめんね……自分が情けないわ」) 後でそっと囁いてあげたい。セレアナは決めた。 ――惚れ直したよ、と。